第9話 1万円で買えるもの

「もう少し愛想良くしていないと、白馬の王子様だって逃げてしまうと注意していたものなのだけどね。実際、アイツは面白くない女だよ。冗談が嫌いで、おまけに説教好きで口うるさい。決まりきったことをありふれた言葉で語る。あれでは国語辞典と話をしてるようなものだよ。そして、見てのとおり目付きが悪く愛想がない。藤原君の彼女にふさわしいと胸を張って保証する自信がない。ごめん」


 頭を下げる一夜に戸惑う零斗。

 話す内容は随分だが、そこには蔑みや見下しは一切なかった。いうなれば照れ隠しと予防線。それは神様には不似合いなものだ。


                     ◇


 綾瀬の家と八千草家は、先々代そのまた先代からの付き合いで、特にボクのママ上とカルラのママ上は大の親友だった。だからボクとカルラが同い年だったことにママ上同士は大喜びだったそうだ。

 幼馴染という奴で物心ついたころから二人はずっと一緒だった。カルラはそれは頭のいい子で、花の名前、虫の名前、星の名前。聞けば何でも教えてくれた。赤スグリに黒スグリ。森で見つけた木の実を食べることが密かな楽しみだった。運動の方は得意でなく、いつも後ろからボクのことを追いかけてきていたよ。躾だマナーだという、ボクが全く興味のないことも丁寧に教えてくれるので、本当に口うるさい奴だったよ。そのくせ機嫌が悪くなると黙り込んで、何も話さなくなる。ダメだよカルラ、人間はいつだって笑顔でなきゃ。この世界には、自分の半身がいてお互いがお互いを探しているんだ。でも、悲しいことに努力しないと出会えないんだ。そんな話をしたら、むくれていたよ。小学校、中等部、そして高等部と二人はそれからもずっと同じ道を歩んでいる。


                      ◇


「そうだなぁ、長所といえば真面目。そして有能だ。大抵のことはアイツに任せておけば上手くいく。よく言えば裏表のない性格……ふむ」

 

 天を見上げては、額にしわを寄せ、顔をくちゃくちゃにして考え込む。自信に満ちた姿しか見せない彼女がここまで悩むのは珍しいことだ。

 一夜があまりに楽しそうに話すものだから、聞き入ってしまっていたが、隣に座るミキティの厳しい眼光にもそろそろ耐えられなくなってきた。


「まぁ、根は純粋な女の子なのだ。どうか傷つけるようは事はしないでくれ。よろしくお願いする、

藤原君」


「だから、好いた腫れたの話じゃないって言ってますよね?僕は別に彼女に告白するために会いたいわけじゃないんです。それに、話を聞いていてわかりました。やっぱり僕が出会ったのは、八千草カルラさんじゃない。全然違いますよ」


 一夜の主観が偏っている可能性も大きいが、それでも零斗の持つ印象と、カルラという少女はあまりにかけ離れていた。


「二重人格か、クローン、並行存在、ドッペルゲンガー? 双子はたしか違いますよね?」


「カルラに兄弟姉妹はいない。歳の近い従妹もな。いろいろあって半年ばかりは顔を合わせていないけれど、クローンやドッペルゲンガーを見たこともないぞ」


「会えるんですか?」


「ああ、もちろん。親友の私が呼べばすぐにでも会える。心の準備はオーケイかい」


「ええ」


 とんとん拍子でうまく進んでいる様子をミキティは隣から眺めている。


「まぁ、その子に会って納得して、明日からはフツーに授業を受けるんだったら、文句はありませーんよ?」


 目的とは裏腹にどこかで上手くいかなければいいと思っている自分の器の小ささにミキティは内心いらだっていた。


「神様ってば、いつもこういう地味な人助けをしているわけです?」


 言葉の間にある棘を隠そうともしない。


「ああ。ボクは神様だからね。人間という奴は誰かの役に立つことでしか、神様のありがたみを理解してくれないんだよ。それでボクのことを神様だと信じてくれるならお安い御用ってわけさ」


「そうやって自分の兵隊でも集めているわけです?」


「兵隊だって?誰と戦争するつもりなんだい。僕は見返りなんか求めない。ボクはボクがボクであることを理解してもらいたいだけだよ」


「はは、すごく胡散臭いですね」


 そう言ってミキティは席を立つ。


「もちろん、ただのトイレですよ。ご歓談を」


 零斗は一夜の顔をのぞき込み、さっぱり分からないとジェスチャ-する。

 さて何と答えたものだろうかと、一夜が悩んでいると、突如店に不穏な空気がよぎった。

 乱暴に開かれる扉。

 ぞろぞろと生徒の集団が流れ込んでくる。男に女、派手に着飾ったやつ奴に地味な奴、属性は様々だったが、互いをよく知る集団のようだ。慣れた動きから、彼らが新入生ではないことは見て取れた。店に入り切れず外で待つ者も現れて、その数は30人を超えている。

 やがて集団をかき分けるようにして一人の男が先頭に立つ。刈り上げられた短髪の男は黄色いサングラスをかけている。


「さぁて、ご来店の皆様。この店はただいま現時点をもって貸し切りとなります。申し訳ありませんが、直ちにお帰りの支度をお願いします。なお、ささやかながら補償金をお支払いさせていただきますので、すべてご納得の上でお受け取りください」


 男はなれた様子で声を店の隅々まで響かせる。どよめく店内。続いて男の部下であろう生徒たちが店内の客を次々と外へと誘導していく。

 一人が怯えた様子で、零斗たちの席に近づいてきた。こちらは、黄色いサングラスの男とは違いおどおどした態度。ボサボサ髪で大人しそうな男子生徒だった。


「すいません。すいません。ホント、ご迷惑を掛けます」


 男は何度も頭を下げながら、PRiV(個人用携帯端末)を掲げる。零斗たちにもそうしろと言いたいらしい。

 事情を理解できないまま零斗がPRiVを取り出すと、チャリンチャリンと聞きなれた音が鳴る。

 零斗の電子口座に1万円が振り込まれた(尚、現在の1万円は2020年当時の1万円に相当する)。


「お納めください」


 零斗が一夜の態度を伺うとただ無表情を作り、不快な心の内を示すのだった。

 一夜が微動だにしないので男は冷や汗をたらすほど困り果てた様子。気が付けば、他の客はみな送金手続きを終え、店から出て行ってしまっていた。それでも一夜は動かない。


「ハイハイハイ。みんなさぁ、3分押してまーす。プロ意識持って動こうねぇ」


 そういいながら新たに店に入ってきた男に黄色メガネが頭を下げる。集団の視線が瞬時に集まったことが、この男こそが集団のリーダーであることを証明していた。

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千夜学園の女神さまっ 影咲シオリ @shiwori_world_end

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