エピローグ
港から見える青い海。快晴の空の下、爽やかな潮騒が風に乗って奏でられる。
つい数日前、この場所で過去を失って、未来が始まった。やわらかに波立つ海面を見下ろせば、運命を変えた出会いから庁舎での決戦までの濃密な時間が、海面に薄っすらと映し出された。
「これからどうするかね」
船も人もいない埠頭の先端に立って、声に出して自問自答する。
俺の命は、救われた命だ。死闘を生き残ったあとも、俺は恩人の助けとなるために、どこまでもついていくつもりだった。俺に生き方を選ぶ権利などなくて、恩人に尽くし続けることが義務だと考えていた。
それを察したのか。リリアは当然のように組織の一員として行動を共にしようとしていた俺に、真面目な顔で訊いてきた。
『君が協力してくれるなら心強いが、君は志願して入ったのではない。恩を返そうというならひどい勘違いだぞ。貸していた分は、お釣りが出るほど受け取った。これからはまた、君の好きなように生きればいい』
そう言いながら、戦いが終わったばかりなのに休むこともなく、リリアは次の戦いの準備を進めていた。
第七二区画都市を陥落させたリリア率いる|反政府組織(テロリスト)・ニーベルングは、今回の勝利を足がかりに、本格的な革命を実行に移すらしい。今回の勝利では、副産物として国に切り捨てられた正規兵を戦力に加えることができた。大半は第七二区画都市の秩序を守るため街に残留するが、占領した巨大な都市一つを任せられるなら、それは充分すぎる戦力増強といえるだろう。
戦いのあと、アンドリヴァ・ナイツの増援は来なかった。庁舎を奪取された以上、奪い返すのは困難と判断したのか。それとも、最新鋭の殺戮兵器を破壊された連中には敵うわけがないと諦めたのか。或いは、既に秘密裏の行動を開始しており、死角から命を狙っているのか。
真相は不明だが、ニーベルングには未来を視る能力者が何人もいる。騙すのは容易ではないし、倒すことも簡単ではないだろう。そんな考えが自然と過ぎった時、死力を尽くした決戦で自分が吐いた台詞を思い出して、思わず自嘲した。我ながら、本当に都合の良い性格をしている。
「ま、いいじゃねぇか。信じたいものは信じりゃいい。信じたくねぇもんは信じなきゃいい。それが俺の生き方だ。それを忘れねぇうちは、俺は死ぬまで俺でいられる。どんな障害も乗り越えてみせるさ」
腰に差していた海よりも青い短刀を手にとって、破砕した代わりの鞘から引き抜くと水平線に向かって突き出した。
青く続く世界の果てに、これから訪れるいくつもの未来が視えたような気がした。
生きている限り、困難は必ず付きまとう。越えるのを諦めたくなるほど高い壁にぶち当たることがあれば、逃げ出したくなるほどの理不尽に直面することだってある。
だが、そんなものはあまりに些細なことだ。
難しく考えてしまうだけで、難しいことではないんだ。
誰だって壁を超えて成長してきた。この世界は、生まれた瞬間から戦いだ。日々、今日の自分は昨日の自分を超えようとして、明日には今日さえも踏み台にしようとする。自覚していない奴が多いだけで、俺達人間はそうやって進化してきた。ぶち当たった困難の壁を超える方法は、生まれたその日から肉体が、そこに宿る魂が知っている。
だから、この世界で不可能なんてない。
この魂にやれないことなんて、一つとしてありえない。
「――決まったな」
突き出した短刀を鞘に納めて、俺は自らが歩む未来を選択した。
――だったら試してやる。
この心が抱いた壮大すぎる願望を、本当に形にできるのか。
この身には結果を知る能力が備わっているが、結末は視なかった。
遠い未来などいくらでも変わる可能性がある。それに、結果ありきでの生き方なんて、俺は死んでもしたくはない。
勝利は、この手で掴みとってこそ価値がある。確約された結果など、求めるほどの価値はない。
一台のバイクが港に入ってきて、埠頭の手前でエンジンを止めた。乗っていた奴が降りて、悠然と背後から近寄ってきた。
未来を繋ぐ青色の短刀を腰に差して、俺は海に背を向けた。
波風に揺れる長い髪。立ち止まった彼女は、穏やかに俺を見据えていた。
「迎えにきちゃった。答えは決まった?」
俺に生き方を与えてくれた彼女は、答えを確信しているような顔で、そう訊いた。
その質問に俺が答えた未来を視たのか、それとも、悪い師匠の入れ知恵か。
どちらでも構わない。
「答えなら、とっくに決めていたさ」
そう。俺は初めて彼女と出会った日から、そうすると決めていた。
その未来を選んだことが、
彼女達と歩む未来を選んだことが、自分の意志であるならば、
きっとそれは、俺にとって後悔しない輝かしい未来になる。
その未来に繋がる道は、自分が、自分らしく生きられる道なのだから。
Un-Fiction≒Record のーが @norger
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