4月3日(月)_明石解人は解りたい

 新年度の朝。駅から伸びる通学路。

 植えられた桜はもう散り始めていて、葉桜へと変わりかけている。

 制服姿がぽつぽつと見かけられるていどに閑散とした道路には一組のカップルがいた。


 女子生徒──桜間さくらまくるるは去年より馴染んだ制服に身を包んでいる。

 色の明るいくせ毛は綺麗にブラッシングされ、後頭部には桜をかたどったヘアクリップが可憐に咲いている。

 春のお日様のような女の子だ。


 隣を歩く少年──明石あかし解人かいとは、いつもよりも可愛いんじゃないかとくるるを見つめる。

 見つめられたくるるは恥ずかしそうに唇を尖らせてぷいっとそっぽを向く。

 可愛い。本当に可愛いのだが。

 気になることが一点。


「……桜間さん、なんでサングラスしてるの?」

「お、オシャレだよっ」


 くるるはレンズが真っ暗なサングラスをかけていた。

 無骨で、とりあえず日差しを遮る、という最低限の役割を果たすために作られたかのようなデザイン。

 解人の目からはオシャレには見えなかった。

 ましてや、自分よりもファッションに気を遣っているくるるにもオシャレに見えているとは考えにくい。


 なぜサングラスを?

 どうしてオシャレだと言うのか?


 解人には恋人・・のくるるが考えていることが解らなかった。


「シンプルで硬派な桜間さんも新鮮で可愛いけど、いつものオシャレとは違う気がするね」

「むえっ!?」


 言われて恥ずかしくなったのか、くるるがサングラスを外す。

 しかし目元は手で隠していた。


「……カイトくん、笑わないって約束してよ?」

「ん、笑わない」

「むー……」


 くるるが覆っていた手をゆっくりと退ける。

 目とまぶたが赤く腫れあがっていた。


「桜間さん!? どうしてそんな……なんかケガとかじゃ……」

「ちがうちがうちがーう!! なんでそーなるの!!」

「へ?」

「泣き腫れただけなんですケド」

「お?」

「昨日、私のこと泣かせたのは、どこの誰でしたっけ」


 くるるが、赤くなった目でじとりと見つめてくる。


「あっ……」


 解人は昨日のデートを思い返して恥ずかしくなってきた。

 本音をぶちまけて告白をした結果、くるるは泣きながらも想いに応えてくれた。

 付き合うまでに三回も泣かせた計算になる。

 悲しませてはいないが、解人としては気にしているところだった。


「やっぱりサングラスかけるっ!」

「で、でも桜間さん。たぶん、先生に怒られちゃうと思うけどな」

「……カイトくんさぁ。さっきから気になってたんだけど」

「は、はい」


 妙な迫力を感じて解人は思わず敬語になってしまった。

 くるるがズイッと顔を寄せてくる。


「なんでまだ苗字呼びなワケ?」

「うぐ……」


 解人は顔を逸らす。

 告白が成功したあと、下の名前で呼んでほしいとくるるから言われていたのだ。

 いつまでも『桜間さん』と他人行儀に扱われるのがイヤなのだと。

 解人は二つ返事で了承し、『くるる』と呼んでいた。

 昨日のうちは。


 一日経って冷静になると恥ずかしくてたまらなかったのだ。

 さっきだって、サングラスのくだりがなければまともに顔を見られなかったかもしれない。


「ほーらー、呼んでよー。りぴーとあふたーみー、くるる」

「……く……くる…………」

「オバケに出会った人じゃないんだから! もっかい! セイ、くるる!」

「く……」

「く?」

「……く、くるる」

「えへへへへへへ」


 完全勝利大満足笑顔になるくるる。

 解人は、真っ赤になった自分の顔を腕で隠した。


「ちょっとカイトく~ん、照れてんの~?」

「う、照れるに決まってるだろ……!」

「あははっ、カイトくんはカワユイのお~~~」


 くるるがニヤニヤしながら迫ってくる。

 付き合って吹っ切れたくるるは照れが無くなり、解人が恥ずかしがるほどに押せ押せの姿勢で突撃してくる。からかいもする。

 昨日なんて泣き顔のままでもこの調子だったのだ。

 解人としては、グイグイ来られるのも、からかわれるのも恥ずかしい。

 でも、そんなくるるは非常に可愛くて。

 二つの感情で拍動がどうにかなってしまいそうな解人だった。


「今ならクラスが変わっても、離れ離れになっても、ヨユーだな~~~~」

「そっか、今日からクラス替えか。俺はちょっと寂しいかも」

「ふふふっ。私だってこの前までは不安だったんだよ? でも────」


 並んで歩いていたくるるがスキップで駆けだす。リズミカルにアスファルトを蹴ったかと思うと、急に足を止め、勢いよく振り返る。

 柔らかい髪が春の空気をふくんで、ふわりと舞った。



「────私、カイトくんの彼女なので! 無敵です! イェイ!」



 くるるがピースサインを突き出して、チョキチョキと動かす。

 解人は今、この瞬間を写真に収めたいと思った。

 思ったときにはスマホを取り出していた。店長と話して以来、ふと心が動いたときには写真を撮るくせがついたのだ。


「えっ、もしかして撮ろうとしてる!? なんでなんで!?」

「や、だって……可愛かったし……」

「ほんと~!? えへへ、撮られるのはちょっと恥ずかしいけど……」


 道の先にいたくるるが解人の元へと駆け寄ってくる。


「カイトくんと一緒なら、いいよっ」

「え、でもそれじゃあ撮れないんじゃ……」

「もー、自撮りすればいいでしょ?」

「なるほど。したことが無さすぎてまったく思い浮かばなかった」

「ほらほら近づいてっ」

 

 くるるが解人に身体を寄せた。

 息遣いも聞こえんばかりの至近距離。制服越しだというのに柔らかくて細いくるるの肉体を確かに感じて、解人の心臓がドキドキと鳴った。


 画面に映る自分たちのを改めて見ると、ああ、本当に付き合ったんだなあという実感が湧いてくる。

 昨年度末にクラスの女子たちと撮ったときにはあり得なかった距離感。

 クラスメイトでもない。

 友だちでもない。


 恋人の距離だ。


「ほらほらっ、カイトくんシャッター押して!」

「え、あ、おお……」


 言われるがままに解人はシャッター音を鳴らす。

 と、同時。


 首筋に温かい感触。くるるの居た側の首筋だ。


 何事かと首に手を当てて、彼女の方を見る。

 くるるがいたずらっぽく笑っていた。


「へへ……あの時の続きだよっ」


 ペロっと舌を出したかと思うと、くるるは逃げるように駆け出した。


「……はい?」


 解人は呆然としながら撮ったばかりの写真を眺める。

 くるるが自分の首すじにキスをしていた。

 たったいま手で押さえている場所だ。


「っ!!!!!」

「もー! カイトくんってばー! 気付くの遅すぎだよーっ!」


 くるるが遠くから手でメガホンを作って声を張る。

 からかわれているのだと解人は思った。


「な、なんでいま、キ……するんだよ!」

「なんででしょーか! ふふふっ、当ててみてー」

「わ、解らないから聞いてるんだってば!」


 解人は改めて思う。

 くるるの考えていることは解らない。

 だからこそ知りたい。

 足早に彼女の背を追いかけた。



 くるるは、振り返って彼の顔を見つめる。


 人に理解されづらい私と向き合ってくれるひと。解ろうとしてくれるひと。

 君はきっとまだ知らない。

 私がどんなに君に救われているか。

 君は鋭いのに、どこか鈍くって。

 だから君が解るまで、私も伝えていきたいな。



 並木沿いの桜が一枚、また一枚と花びらを散らせる。

 それでも枯れるわけではない。葉桜となり、裸になったとしても、また春には咲き誇る。


「ね、見てカイトくん! 理央からクラス割りの写真きた!」

「俺は五十音順だと上の方だから……」

「あっ、待って同じクラスじゃない? ほらここ……」


 学校まで続く桜は二人の笑顔を見守っていた。






※ ※ ※


これにて完結となります。お読みいただきありがとうございました。

おもしろいなと思ったら★やレビュー、応援やコメントなどしていただけると幸いです。励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】桜間くるるは解られたい! 宮下愚弟 @gutei_miyashita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ