4月2日(日)_明石解人の告白【くるるのひとりごと10】
ひとひらの花びらが目の前を揺り落ちていく。
なんだか寂しくなって、追いかけようと手を伸ばした先。
見覚えのある姿があった。
「桜間さん、おまたせ」
カイトくんが歩いてくる。
私は嬉しくなり、伸ばしかけて宙ぶらりんになっていた手をパタパタと振る。
「おはよ! 待ってないよ!」
今日はデート。デートなんですよ。
花見って誘われたけど、二人っきりでおでかけならそれはもうデートだよね。
カイトくんから連絡が来たときはしばらくパニックになってた。心臓バクバクだったね。
驚いた。そして嬉しかった。
誘ってもらえただけで幸せポイントが貯まったよ。やっほいだよ。
って、浮かれてた。最初は。
しばらくしたら、だんだん冷静になってきてさ。
嬉しさより緊張が勝ってきちゃって。
どんな服を着ていこうかな、とか、髪型は、とか。
それよりなにより。
理央と話したことを思い出しちゃってさ。
『デートして手を握ってハグしてからキス!』
『手は繋ぐ……! よし、きめた、手を繋ぐ!』
キス……は無理です、はい。そんなん恥ずかしくて死んじゃうよ。
だとしても、手を繋ぐって決めたんだ。宣言でもしないといつまでも行動に移せない気がしちゃってさ。
だから今日は手を繋いで、カイトくんとの心も繋がっちゃって大勝利! が目標。
もちろん私は両手ともフリー。
このためにリュックで出陣してるんだからっ。
手汗を気にしてベビーパウダーまでしてきたんだもん。すべすべさらさらの赤ちゃんおててだぞ。気合は充分っす。おっす。
彼の両手をチラ見。
よし、なんも持ってないね。荷物はボディバッグにまとめてるみたい。
てことは右左どっちのポジションからでも手繋ぎに持ち込める。脳内でシミュレーションをする。
反復横跳びみたいにシュッシュって回りこんで、空いているほうの手をキャッチ!
ふふふ、イメトレは完璧だねっ。
「カイトくん! 行こうかっ!」
「う、うん。テンション高いね?」
「そんなことないよっ」
公園に入ると花見のお客さんでいっぱい。
車が通れるくらい道の幅は広いし、近所の児童公園とは比べ物にならない。ちょっと遠出して都内に足を運んでよかった。
カイトくんは満開の桜を眺めて「おお……」なんて感動している。
だけど私はそれどころじゃない。
そろーっと、気付かれないようにカイトくんの左手に右手を伸ばす。
あと20㎝、10㎝……。
と、そのとき仲良さげな男女とすれ違った。
「──でさー」
「えー、マジでそれは──」
ビクッとして伸ばしていた手を引っ込める。
公園に入ってすぐに気付いたけど、人が多い!
この中で手を繋ぐって正気かな? そんなの付き合ってるってことじゃん……!
まずいよ、イメトレがちっとも役に立たない。
「桜間さん、お昼作って来てくれたんだよね」
「えっ! うん! はい! そうです!」
急に話しかけられてびっくりしちゃった。
さっきまで君のおててを狙ってたんだよ~とか言えるはずもなくて、心臓がバクバクだ。
「俺、レジャーシート持ってきたから、イイ感じの場所見つけるまでぐるっと散歩とか、どう、かな?」
「お、おっす。うっす。それがいいと思いまっす」
公園は中央に芝生の広場があって、囲うように整備された遊歩道沿いに桜が植えられている。
私たちは左右から伸びる枝で作られた天然のアーチの下を並んで歩いていく。
桜はいいよねっ。
右の木と左の木が道のド真ん中で、枝っていう手を繋げるんだからさ。
私とちがってさっ!
理不尽にも八つ当たりしていると人だかりが見えてきた。
車が止まっているのが見える。
大きい公園だけど、車は立入禁止じゃないのかな?
「キッチンカーだね」
「ぬ?」
目を凝らすと、のぼりが立っているのが見える。
さくらソーダと書かれていた。
カイトくんが飲んでみたいと言うので、じゃあ私も、とそれぞれ購入。
「美味しいね~」
「微炭酸で飲みやすい。甘すぎないし」
「んねっ。私としてはもうちょっと甘くてもいいんだけどな~」
春めいたピンク色のゼリーが桜を感じさせる。
めちゃ可愛いドリンクだぁ。
ふふっ、桜を背景に写真撮っちゃおーっと。
じゃなくって!!!!!!
片手塞がっちゃったじゃん!
手繋ぎデートの難易度が跳ね上がったよっ!
ただでさえハードルが高いのに!
うぐぐ、と思いながらストローでソーダを啜る。
デートとしては上出来なのだ。
並んで桜を眺めたりしちゃって、一緒のドリンクを飲んだりしちゃって。
春の陽気に包まれながら好きな人と歩く。
こんな幸せなことがあるだろうか。
でも! 今日のミッション的にはぜんぜんダメダメだよぉ!
◇ ◆ ◇
飲み物が空になったころ、適当なところでレジャーシートを広げてランチタイムに。
カイトくんがサンドイッチを、私がおかず詰め合わせをそれぞれ取り出す。喫茶『ヴィンテージ』で美奈さんに教わった品々だ。
唐揚げとか卵焼きとかも看板メニューとして習ったからね。せっかくだから腕前を披露したかったのだ。
一緒に美味しいねって盛り上がった。
ランチタイムだから手は繋げなかったけど!
食後にのんびりしているとチャンスが訪れた。
大きくないレジャーシートだったから、二人して手をついて座っていると指先がカイトくんと触れ合いそうになる。
じりじりと指を近づけていくと、あと5cmってところでカイトくんがレジャーシートから手を離すからビックリしちゃって。でもカイトくんは「みて、飛行機雲」と指さしただけだった。
自分の空振り具合が情けないよぅ。
それからもチャンスは巡ってきた。
カイトくんは無防備だったので、私が右に左に動いて空いた手を狙ってもちっとも警戒していない。
でも。
いけると思って手を伸ばしても動きは止まってしまう。
両手がフリーになっても、勇気がなければなんにもできないのだ。
たくさんのチャンスがあって。
たくさんフイにしてきた。
「さ、桜間さん、どした?」
「……な、なんでもないよ~」
気付けば、上出来だったはずのデートはぎこちないものに変わっていた。
カイトくんの態度もどこかよそよそしいっていうか、ぎこちないっていうか。なにかを窺っている感じがする。
もしかして解散のタイミング?
だとしたら納得がいく。
ご飯も食べて、話しもして、散歩もして。
なにか遊べるものでもあれば違ったんだけど、手を繋ぐことで頭がいっぱいだった私はそんな準備してきていない。
それに、私はこんなにも挙動不審だし。
愛想を尽かされちゃったのかな。
どうしてこうなったんだろ。
新年度、カイトくんと離れ離れになってもつながりが消えないようにって手を繋ごうとしてたのに。
そのせいで空回りして、つながりが消えそうになっている。
やだよ、そんなの。
「桜間さん、このあとは────」
気付けばカイトくんの手を握っていた。
バチッと目が合う。
しまった、と思った。
何も言わずにいきなり手を繋ぐなんて。そもそもそこから間違ってたのかもしれない。
「ご、ごめんっ、これは違うのっ……!」
慌てて手を離そうとする。でも。
ぎゅっと握り返された。包むように優しくて、それでいて離さないって意志を感じる強さだ。
「カイト……くん……?」
「ちょっと、時間あるかな」
彼の頬は赤く染まっていた。
桜の花びらが目の前を舞っていく。
心臓がドクンと跳ねた。
◇ ◆ ◇
私たちは遊歩道を歩く。
なし崩し的に握った手はそのままだった。恥ずかしかったけれど、カイトくんが握り返してくれたいま離してしまったら、もう二度とその手を取れないような気がして。
男の子と手を繋いで歩いて初めて知ったけど、意外と歩きづらい。
手の長さも歩幅も違うからかな。
それとも。
緊張してるせい、かな。
「……カイトくん、話ってなに?」
「……うん、えっと、告白しなきゃいけないことが二つ話があるんだけど」
「こ、告白っ!?」
上ずった声を出してしまう。
「うん。まず感謝を伝えたくて」
「へ? 感謝?」
目が点になる。
ああ、告白ってそういう……。
にしても感謝? される覚えがない。
いっつも迷惑をかけてきたのに、感謝だなんて。
カイトくんは苦笑いをする。
「たぶんピンと来てないと思うけど──」
バレてた。
いっつも私のほうが気持ちを解ってもらってばかりいるのに。感謝だなんて。
「──桜間さんは、俺のことを、人の気持ちを勝手に汲み取っちゃう俺のことを、嫌わないでいてくれてありがとうって」
「へ? きらう?」
そんなこと考えたこともなかった。
「俺、中学のころウザがられたことがあったんだ」
「え、ど、どうして?」
「桜間さんは違うかもしれないけど、多くの人は自分が考えていることを見透かされるのを好まないんだよ。知った風な口をきくなって怒鳴られちゃってさ」
「え……」
「桜間さんはきっと誤解されることの方が多かったから、俺のことをウザいって思わないでいてくれたんだろうけど。だとしても、俺はそれにすっごく救われてたんだ。人の心が読めるヤツを嫌わないでいてくれてありがとう」
カイトくんは照れくさそうに頭を掻いた。
でも私は納得がいかない。
だって、私の方がいつもカイトくんに察してもらってばかりだったのに。
彼に感謝をするのは私の方だ。
「そんな寂しいこと言わないで。私の方が救われてたんだから」
「だとしたら本当に嬉しいことだよ。勝手に考えてることを読み解くなんて所業を喜んでもらえるなんてさ」
ははは、と彼は笑う。力のない声だった。
私はギュッと手を握り締める。そうでもしないと、今のカイトくんはどこかに行ってしまいそうで。
すると、握り返してくれた。
「これが一つ目ね。それで、もう一つの方なんだけど」
「ほ、ほい……」
緊張してしまう。
手汗がすごい。ベビーパウダーとかしてきた意味ないな。
「一昨日のバイトの帰り道でさ、桜間さん言ってたじゃん。離れ離れになっちゃうねって」
「う、うん」
「俺は嫌だなって思ったんだ。桜間さんと、このままで終わるのなんて嫌だって」
カイトくんが急に足を止めた。
私の方が少しだけ進んじゃったから、振り返る。
ひとひらの花びらが揺り落ちてきた。
桜のアーチが遊歩道のずうっと奥まで続いていて、カイトくんが顔を真っ赤にして私のことを見ていて。
「もしよかったら……俺と、付き合ってほしい。桜間さんのことが、好きなんだ」
視界が歪む。
涙だと気付くまで、なにがなんだか解らなかった。
解ったら、とめどなく溢れてきて。
見られたくなくって顔を伏せてしまって。
でも、私は。
カイトくんの言葉が嬉しい。
カイトくんの体温が嬉しい。
カイトくんの声が好きだ。
カイトくんの心が好きだ。
だから顔をあげた。
「私も、カイトくんが好きっ……! だから、私も付き合いたい、ですっ……!」
桜舞う遊歩道の真ん中。
涙でぐちゃぐちゃな私は、彼にそう言った。
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