第1話


 公民館のような埃臭い二階の廊下。隼人は所々塗装が剥げているドアの前で、ドアノブを握ったまま行き詰まっていた。ドアの先は隼人の新たな職場であった。足魚第三脅威対策支部、ここが隼人が新たに属する部署であった。隼人が引っ越してきたアパートから署は近場であった。アパートからまっすぐ行き、コンビニのある広い道路を横切る。雑木林に挟まれた狭い道を抜けるとそこにあった。それは開けた場所にポツリと建っていた。背後には立派な神社があるだけで、ほかは見渡す限りののどかな田んぼばかりだった。見た目は三階建ての雑居ビルみたいで、隼人は何度もメールから配布された地図を見直した。『足魚第三脅威対策支部ミウオダイサンキョウイタイサクシブ』建物の前に雑に立て掛けられた看板にはそう書かれていた。二階のベランダでは、タバコを吸っている黒スーツの男が戦闘員を見分けるための腕につけるバンドを付けていたため、ここが指定の場所なのは確かであった。隼人は黒スーツ男ににら目付けられながら、男に急かされるように中に入った。そいて今に至る。ドアノブに手をかけながら、入室時の挨拶を入念に三回繰り返した。戦闘員になってから初めての部署の時は他に他に何人か居たものだから、隼人にとって1人は初めての経験であり、手に汗を握った。

「――よしッ!」

 隼人はドアノブを捻った。

「おはようございます!」

 ドアを開け、一歩前に出てからきちりとはきはきと大きな声で挨拶をした。室内にいる戦闘員や事務員は皆驚いたように、一斉に隼人に注目した。隼人はキョロキョロとオドオドした様子で部屋を見渡した。皆に注目されていることに、隼人はつばを飲んだ。隼人に興味を持ち注目する人もいれば、もうすでに興味なさげに業務に戻っている人もいた。そんな態度が隼人の喉を詰まらせていた。

「え……えっと、東京本部から来ました明日見隼人です!初めは慣れないかと思いますが、よろしくお願いします!」

 隼人は頭を下げた。室内は沈黙で固まっていた。なんとなく彼の顔が赤かった。すると奥から拍手と共にこの凍った空気を溶かす者がやってきた。

「ようこそ!足魚支部へ!あぁ、キミ達は仕事にもどっていいよ」

 女性だった。淡い紫色のカールがかかったショートヘア、ピシッとした紳士的なスーツを着こなしている。後ろには先程隼人が見かけたベランダでタバコを吸っていたスーツ男が付いた。今はタバコを吸っていない。

「私は支部長の木野キノ凛堂リンドウ気軽に木野さんって呼んでくれてもいいよ」

 木野は気さくに言った。スーツ男はまだ名乗らない。

「さて、早速で悪いけど君の新しいバディ兼、教育係を紹介しよう、彼は有原アリハラ藤尾フジオ君の新しい相棒だよ」

「よろしく。」

(なるほど……)

 隼人は小さく呟いた。

「明日見隼人です!よろしくお願いします!」

 隼人は出来る限りいっぱいの笑顔で言った。スーツ男……有原と隼人は握手をした。有原は黒く短く切った髪をしており、寝癖が小さくハネていた。木野と相対して有原は庶民的でしなびれた様なスーツを着ており、何処かしまらなかった。無精髭をはやしており、なんとなく不機嫌そうだった。

 有原が呟いた。

「本当は1人のほうが良いのだが仕方がない……」

 有原がなにげに呟いた言葉に木野は目を見開き、隼人は驚いたように口を開けた。木野が有原の肩をたたいて言った。

「ま、まぁ、彼はいつもこんな感じさ、前もこんな感じにぶっきらぼうだったし、きっと緊張を隠しているんだよ」

 有原はなにも喋らない、むしろそっぽを向いているような感じさえあった。


「どうして僕はこうも上司に縁がないんだろうか……!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辺境のヴァンパイア 緑帽 タケ @midoribousi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ