辺境のヴァンパイア

緑帽 タケ

プロローグ

 有原藤尾という男がいた。彼は優秀な戦闘員であり、東京本部内にて彼の名を知らない者はいないと言われるほど有名だった。それに加え彼は謎が多いことで有名だった。誰一人として彼の身分を証明するものはいない、いつ彼が隊員になったのも不明で能力も誰にも教えることはなかった。その上彼の性格は正義を語るにはあまりにも残忍で狂気的だった。対象は必ず仕留め、捕縛命令はただ対象者の命だけは留めておく程度の抑止力にしかならなかった。そのため彼についたあだ名は『死神』だった。

 これは何十年か前の話である。

 悪魔がいる、エルフがいる、亜人がいる、幽霊がいる、ヴァンパイアがいる。

 彼等はときに人々に牙を剥く、そしてこの世には彼等から人々を守る組織がある。第三脅威対策組織、人々はこの組織の隊員を戦闘員と呼んだ。

 二ヶ月前 東京、旧渋谷区


 「ヴァンパイアだ!ヴァンパイアが出たぞぉ!助けてくれぇ!!」


 そこはまるで戦場だった。ヴァンパイアが廃ビルから廃ビルへ飛び移り、この灰色の街を飛び回った。その圧倒的な暴力を無力な人間に振るう。先程まで叫んでいた市民は瓦礫に押しつぶされ、ただの背景と化した。かつて溢れ返るほどに人でいっぱいだった渋谷は瓦礫の街に、魔族とホームレスの巣窟となっていた。

 

『こちら第九小隊、まもなく現場に到着。どうぞ』

『こちら本部、でに第五、第七小隊は現場に到着している、速やかに合流し、作戦を実行せよ。オーバー』


 装甲車によって体が上下左右激しく揺られる。青のライトが隊員たちを薄暗く照らす。緊迫とした空気が肌を針のように刺した。二本の中刀を肩に掛け戦闘服に身を包んだ黒髪の青年、明日見隼人にとってもうすでにこの環境は日常だった。第三脅威対策大学校を卒業し、早くも一年とちょっとが過ぎた。もうすでに、学校で同じ時を過ごした仲間のうち三人殉職し、一人が辞めた。次は自分だ。気を抜けば自分もあっという間に死ぬぞと。隼人は自分自身に活を入れた。運転手に一番近い隊員の二人が奥側の隣に座っている隊員の肩をたたいて、親指を立てた。その隊員も逆隣に座っている隊員の肩を叩き、親指を立てた。それを繰り返していく。自分の精神的コンディションを確かめるために。隼人の番も回ってくる。肩を叩いた隊員が親指を上に立てるのを確認し、隼人もその逆隣の隊員の肩を叩き、親指を立てた。その時自分の手が震えていると言うことに改めて気づいた。その作業は一番奥の席の人まで完了し、奥から前へ届くように一番奥に座っている隊員は腕を前にし親指を上へつきたてた。一番前の隊員に知らせるサインだ。装甲車が止まる。後ろの扉の自動ロックが外れ、開いた。


『こちら第九小隊、現場に到着した。これより作戦を実行する。どうぞ』

『こちら本部、健闘を祈る。オーバー』


 装甲車に乗っていた隊員たちが次々と列をなして装甲車から降りる。小隊長が声を荒らげた。


「これより作戦を開始する!!お前ら決して足を引っ張るような真似はするなよ!?特に明日見ぃ!!」

「…………」

「おい!!返事は!!」

「ーーはい」


 はっきりと言って、いつも目の敵にされているからか、隼人は早くもこの小隊長がきらいだった。小隊長を戦闘に隊員たちは現場に急ぐ、隼人もこれについていく。空は曇り、低い。辺りからは血と死体が腐った匂いがする。隼人にとってこの職は誇りであったが、職場だけは最悪だった。慣れない道につまずき、足が止まる。その時、ふと、少女の声が聞こえた。とても弱々しく、先程躓くことが無ければ絶対聞こえてないだろうと思うほどだった。明日見は自身の耳を疑った。


「ん?」

「明日見!どうした!?」

「声が聞こえる……」


 そうとだけ返し、隼人は声の主を探してみる。辺りを見渡し、瓦礫の隅々まで凝縮した。先程声をかけた隊員も同じように見渡す。

 いた。見ると、少女が瓦礫の中から懸命に手を伸ばして助けを呼んでいた。これはイケないと気が急く、隼人は即座に声を上げた。


「小隊長!」

「うるせぇ!なんだ?!」

「少女が少女が瓦礫の中に!」


 隊員全員の足が止まる。瓦礫に閉じ込められた少女を指差して「あぁ、アレだ、本当だ。」と言う者もいた。小隊長はイライラした様子で言った。


「あぁ、今は魔物が先だ、無視しろ、無視、お前ら目ぇ合わせんなよ」

「は?どうして!少女が助けを求めているんですよ?」

「馬鹿だなぁ、お前、少女と魔物どっちが重要か分からないのか?ウチの隊は点数が足りないんだよ、点数が、お前さぁ〜〜もう少し頭使えよ」

「いや!点数とかーー」


 小隊長の言葉に苛ついた。一人の隊員が隼人の反論しようと、前に出るのを止めた。彼は小隊長に逆らっては不味いことを分かっている。隊員はとても悔しそうに顔を横に振る。


 「後で助けにくればいいじゃないか、な?」

 「けど!」


 隼人は隊員の言いたい事も分かっていた。しかしそれでも納得がいかなかった。だが、隊員の静止も意味なく小隊長の頭に血が上った。


 「けどぉ、いやぁ、しかしぃ、うるせぇんだよ!お前のくだらない正義感でどれだけ俺等に迷惑をかければいいと思ってるんだ!うるさい、うるさい!これ以上は命令違反だ!いいな?」


 小隊長のお得意の命令違反が炸裂する。これには隼人も押し黙るしか無かった。彼の性格だ、これ以上口答えすると何かと無いことでっち上げ、善人ぶって上に報告する。隼人の初めての教育係も小隊長のでっち上げによって辞職まで追い込まれた。本当に最悪な職場だ。隼人は拳を握った。「こい!隼人、お前もだ」そうとだけ言って小隊長はヴァンパイアの追跡を再開した。他の隊に先を越されないように。隊員も続々と小隊長の後を追う、隼人だけがその場に残る。少女を見るとこは出来なかった。小さな籠に閉じ込められ弱りに弱りきった鳥のような小さな声で助けを呼ぶ少女を見捨てられるものかと、唇を噛んだ。


「ごめん……」


 そう言って彼もまた後ろ髪を引かれるように小隊長の後を追った。彼も結局地位を目の前に逆らうことなんて出来やしなかった。


 「おい、おい!どうしてくれるんだ!隼人!」


 少女を見捨て、追跡を再開した隼人達だったが、当のヴァンパイアというともう既に他の隊によって討伐が完了してしまっていた。隼人達がこの場に到着するだいぶ前から討伐は完了していたようで、別に隼人のいざこざがあろうが、無かろうが。小隊長の手に手柄は渡らなかっただろう。しかし隼人は今、小隊長を前に怒鳴られている。つまり隼人は小隊長のストレスのはけ口にされていた。小隊長のような醜い人間にとって隼人のような新人はいいカモだった。

「ハイ……ハイ、すみません」

「お前があのとき余計なことをしなければ、俺は恥をかかなくて済んだんだ。大体なぁ、お前は戦闘員としての自覚がーー」

「ハイ……申し訳ございませんでは、私はこれで」


 隼人は小隊長の話を遮り、頭を下げた。そのまま目を合わせず、来た道へ足を向ける。小隊長を無視する。隼人は、心に微かなざわめきを感じ、走り出した。


「お、おい!まだ俺の話が――」


 隼人にとって小隊長の話など頭に入らない。確かな罪悪感に、心の奥底から罪悪感が込み上がる。今はただ、少女の安否が気になって、頭がいっぱいだった、真っ白になりそうな程に。少女のいた場所に戻った。見るともう既に他の隊員達によって少女はされていたようで、崩された瓦礫を背に皆バラバラに散っていく所だった。1人、見知った隊員がいた。彼も隼人に気づいて駆け寄ってくる。


 「あの子は!?」


 隊員は訴えるような隼人の声に俯き、彼の肩に手をおいた。首を横に振る。ハッと、隼人も隊員の顔が見れず、ただ、僅かな声を漏らし、呆然としてしまった。


「お前のせいじゃない、アレは仕方がなかった。」


「ごめん」とだけ言い残し、隊員は後を去る。それが追い打ちとなった。隼人は自身の不甲斐なさ、あのときの選択に歯ぎしりをした。壊れそうな感情にただ、握りこぶしを握る。


「おい、隼人!!俺の話の途中に何処へ行く!ふざけるのも大概しろ!」


 最悪なタイミングで最も最悪な人間がやってきた。小隊長は大股で隼人を指差し、満面朱を注いだような顔でやってきた。彼は隊員に囲まれた少女を見るやいなや鼻で笑ってみせた。何と言うことだろうか、小隊長はあろうことかストレス解消の肴を少女に変えたのだ。


「ハッ、死んだか。いいザマだ、ま、こんな場所にいる時点でそういうことだよな、逆に死んだほうが世のためだ。あんなモノ、死にかけで救助したところで無駄にウチの人員をさくだけだ 。ま、無駄に俺らの迷惑はかけたけどな」


 隼人は鋭く刺すような目で嗤う小隊長を睨めつけた。怒りが爆発する。あの魔物よりみにっくいにやけ顔が憎くて仕方がない。感情が小隊長への殺意で真っ赤になった。


「お、おいよせ……」


 1人の隊員が隼人を止める声をあげたが、隼人はそれを無視た。隊員もそれ以上止めようとはしなかった。小隊長に詰める。もう迷わない、と。


 「おぉ、お、な、なんだよ、」

 「小隊長、失礼します」


 隼人は小隊長の顔面ぶん殴った。怒りでぐしゃぐしゃになった感情と、今までの鬱憤をのせて。小隊長はそのまま地面に頭を叩きつけ、大の字になったまま、数回体をバウンドさせて白目を向いた。隊員たちが静まる。あるのは隼人の清々しい顔のみである。

 早朝、外はまだ薄暗く、部屋は薄い青色、それと少し灰色。鳥の鳴き声ひとつない程の静けさを破った。部屋中に機械音が鳴り響く。


『おはようございます、明日見様、起床時間です。おはようございます、明日見様、起床時間です。』


 隼人 は起目を覚ます。体を起こした。先程まで見てた夢を思い出す。あの今でも憎たらしく思う小隊長の顔を殴ったあの時の夢を。


「嗚呼、くそ……!」


 隼人は掛け布団に頭を埋めながら、頭を抱えこんだ。あの後病室にて、「クビだ!命令違反だ!アイツを辞めさせてやる!!」と他の隊員に宥められながら駄々をこねる子供のように唾を飛ばす小隊長を見て裏で忍び笑っていたが、今思えば状況的にまずかったのは隼人の方だ。あの時笑っていた自分を見ると逆に憫笑してしまいそうだ。大隊長に言い訳の1つくらい言っておけばよかった。


「やっちまった〜〜」


 天井を見た、引っ越したばかりの部屋、場所は茨城県小美玉市足魚。念願の一人暮らしだと言うのに、本部の寮に比べると少しうす汚く感じた。あの時の行動は後悔していないーーような気がする。隼人はベットから出た。


「今更後悔したって遅いか」


 隼人は制服に着替える。パック飯を電子レンジで温めそこに卵、醤油、ついでに余っていた天かすをかけた簡易的な朝食を取り、武器を手入れしてから今日は余裕を持って部屋を出た。自身の将来を思い煩いながら。

 


 

 



 

 


 

 



 

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