あとがき


 強く影響を受けた作家を二人述べよと言われたら、迷いなく伊藤計劃と昏式繊くらしきせんを挙げます。伊島糸雨いとうしうです。

 今回は珍しく二次創作ということで、好きな作家に焦点を当てたものを書かせていただきました。原作は昏式繊〈克良木シリーズ〉第一作「月と豊饒」で、対象は連続失踪事件の被害者とその友人として登場する地元の女子高生──藍川皐月、石田繭、鵜山千百合の三人となります。

 昏式繊は2005年から2014年まで活動した一次創作専門の同人作家です。2005年の冬コミ(C69)で、伝奇収集を趣味とする幻想小説家の主人公:克良木碧かつらぎあおいと助手の松葉詩宇まつばしうを主役とする〈克良木シリーズ〉第一作『月と豊饒』を頒布し、以降一年に一冊のペースで冬コミでの新刊頒布を続けていました。『月と豊饒』から『土と盲目』『そらと延命』『星と牢獄』『雪と黄昏』『夜と楽園』『あおと幽契』『うたと円環』『花と潮汐』『海と白百合』の計十作が2014年の冬コミ(C87)以降消息を絶つまでに書かれており、私はちょうど最後の年に初めてコミケに参加し、そこで〈克良木シリーズ〉全巻を買い揃えました。最初は各巻に異なる花の意匠と登場人物が描かれた表紙に惹かれたのですが、後にそれも昏式繊が別名義(盃水紀さかずきみづき)で描いたものと知ってひっくり返ったのを覚えています。

 藍川、石田、鵜山は『月と豊饒』で脇役以上の役割は与えられていません。藍川が書いたという「囁きの彼岸」も、題名のみが登場するだけで一切の回収がないまま終わっています。これに関しては、元々使う予定だったがとりやめたギミックがそのまま残ってしまったのではないかとファンの間では言われています。

 藍川を除く二人は事件にもほとんど関わりないのですが、作中の描写からは彼女たちが非常に親しい間柄にあったことがはっきりと窺えます。今作はそれを踏まえた上での二次創作でした。事件の後、残された二人はどのように生きたのか。そんなことを考えてみました。

 創作の好きな要素の一つは、こんなふうに各自が手前勝手に語りを引き継ぎ、新たなお話を縦に横にと繋いでいくところにあります。その意味では、私もまた一人の繋ぎ手というわけです。伊島糸雨いとうしうという名前も、影響を受けた作家・作品にまつわるものでつくりました。

 〈克良木シリーズ〉を振り返ると、昏式繊は伝奇ものやSFを好んで書いていた他、『夜と楽園』以降は克良木と松葉など登場人物の関係性に焦点をあてたストーリーを多く描いていました。私は今でもよく参考にしますし、本作も常に傍に置いて執筆を行いました。昏式繊は好きな作家であると同時に、私にとってはひとつの憧れでもあります。いずれ自分も同人誌で本を出したいという思いは、ここに端を発するものです。

 しかし、昏式繊は2014年の年末に突如姿を消しました。元々告知専用であったツイッターアカウント(@sensi_kon)も、「空のアルケー」「幻視虚構大全:序」「天柱エンジェル・ラダー」等全七十二作の短編が掲載されていたブログ(「夕暮式先史」)も削除され、今となっては新しく存在を知る人もほとんどいなくなってしまいました。消えてしまった理由はわかりません。私はちょうどのめりこんだ直後だったので、ひどくショックだったのをよく覚えています。『海と白百合』は、なんとも先を匂わせる終わり方でしたから。

 消えてしまった書き手たち。昏式繊は今もどこかで小説を書き続けているのかもしれませんし、そうでないのかもしれません。どうあれ、私の青春を鮮烈に彩り、創作(特に百合とSF)をしていくひとつの原動力となった〈克良木シリーズ〉を私はこれからも愛し続けるでしょう。そしていつかまたあの人の小説を読むことができるなら、それは私にとって大きな喜びとなるに違いありません。

「華と追憶」は、そんな今はもう存在しないものたちへの、ささやかな願いのお話でした。



「大切なればこそ語るが良いさ。そのうちいつか、同じように大切にしてくる人が現れる。ほら、仲間が増えたら嬉しいだろう?」

 ──昏式繊〈克良木シリーズ〉第七作「碧と幽契」

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華と追憶 伊島糸雨 @shiu_itoh

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