フリークエスト集

洗剤の代わりに砂糖をひとつまみ

 お昼前、アステルは薬学書を片手にベータを探していた。


「あっクレアさん、すいません」


 探している途中で、ティータイム中のクレアを見かけ話しかける。


「ベータさん見かけませんでしたか?」


 そう訊ねるとクレアは微笑み、反対側の椅子を手のひらで指し示す。


「知っているけれど、少し話していかない?」

「え? あ……はい」


 戸惑いながら椅子を引き、本をテーブルに置きつつ腰掛ける。

 本当に少しのつもりなのか、クレアはアステルに紅茶を淹れる素振りを見せない。


(なんで俺座らせられたんだろう……)


「ベータは今セレと一緒に居るのよ」


 アステルの疑問に答えるかのようにクレアは言う。

 兄弟のコミュニケーションを邪魔しないであげてと遠回しに言われているのかと思い、そうなんですねと苦笑。


「な、仲良いんですね。お二人」

「そうね。セレは誤解されやすいけど」

「俺一人っ子だしお兄さんと呼ぶ人も居なかったから、少しだけ羨ましいです」

「そう。でもベータみたいのは苦労するわよ。『目に入れても痛くない』なんて言うからセレに目潰しされても怒らなかったし。普段から引いているけれどその数倍は引いたわね」


 その光景が脳裏を過り、思わず乾いた笑みが溢れる。


「あはは……け、喧嘩とか縁遠そうですね」

「セレはいつもだけれど、ベータがセレに対して怒ることは然う然うないもの」

「全くないってわけではないんですね」


 突然無言となるクレアに不安が芽生える。


「……どうし」

「良い頃合いだから行ってきなさいな。二人なら、私達が借りている宿屋に居るから」


 かと思えば話を切り上げられた。なんだったんだ今のはと気にしつつ、ありがとうございますと立ち上がる。


「くれぐれも気をつけて、ね」


 含みのある言い方に益々、疑問符が頭を埋め尽くす。念の為分かりましたと返し、アステルは宿屋へと向かう。




(『気をつけて』とは言われたが、これと言って変な事ないな……)


 ベータの姿を探して宿屋を歩いていたアステルは、今し方通過した部屋に振り返る。出入り口を覗くと、腰を落として作業をしているベータの姿を発見。

 しかしアステルは駆け寄ることも声を掛けることもなく、出入り口隣の壁に背中をぴったりと付け隠れた。


(服を洗ってるにしては……様子が変だな……)


 一瞬だけ目にした部屋の中では、桶に入れた洗濯物を、水と洗剤を入れた別の桶で洗っているベータ。……の後ろで、正座しているセレが居た。明らかに異様な光景だったのと、ピリピリとした空気を感じる。


「……あの、兄さん。私がや──」

「いい。お前に任せたら落ちねぇし」


 ベータの言い方がきつい。セレに対して珍しくマジギレしている様子に、関係ないアステルまで怒られているような気分になる。

 ふとその時、アステルは『あれ?』と気付いた。


(確か自動でやってくれる道具はあったよな? なんでわざわざ手洗いしてるんだ?)


「……お前さぁ。何回間違えれば気が済むんだよ」

「ごめんなさい……」


 はぁと大きな溜め息を一つ。


「“砂糖”と“洗剤”のどこが一緒なんだよ。明らかに違うだろ」


 アステルは、目を、丸くした。

 どこか安堵しつつ、アステルはゆっくりとその場から離れた。


 数時間後。二人はいつも通りに戻っていた。

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エンドレスオーラドリーム 〜全ては今宵、胡蝶の夢で〜 ゆりもす @ulysses_azul

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