【改良版】茨城県、最高!

久坂裕介

第一話

 残暑ざんしょも完全にぎ、過ごしやすくなった秋を満喫まんきつしていた十月下旬。僕、平山吉洋ひらやまよしひろは昼食に大好物だいこうぶつ納豆なっとう入り蕎麦そばを食べ終えると、職場である茨城県庁いばらきけんちょうに戻った。


 営業部の自分の席に座ると、上司の福田ふくださんに声をかけられた。

「あー、ちょっと、平山君。話があるんだけど」


 そう言われて僕と福田さんは、小会議室に入った。すると早速さっそく、福田さんが切り出した。           

「平山君、先日、都道府県魅力度順位とどうふけんみりょくどじゅんいが発表されたことを、知っているかい」


 僕は、ニュースを思い出した。

「はい。確か今年も、茨城県が最下位で四十七位だったと思います……」

「そうなんだよ。それで部長が、こまっていてね……」

「どういうことですか?」


 福田さんは、腕組うでぐみをしながら答えた。

「うん。部長としては茨城県の名産品めいさんひんを東京で売りたいんだけど、都道府県魅力度順位が最下位なのは、やりにくいと言ってきてね……」


 僕も、それは確かにそうだろうなあと思った。そこで何とか最下位を脱出できないかと、部長は福田さんに頼んだ。そして福田さんがチームリーダーに、そして僕が唯一ゆいいつのメンバーになった。


 でも僕は、疑問を聞いてみた。

「でも、そういうのって県のPR課とかが、もうやってるんじゃないですか?」

「うん。でも結果が出ないから、困っているんだ」


 なるほどと僕は、納得なっとくした。でもやはり僕は、疑問だった。

「でもPR課以上のことができるとは、思えませんけど」


 すると福田さんは、苦笑にがわらいをした。

「まあね。正直、私もそう思う。だから取りあえず、やってみました、という実績じっせきがあればいい。こう言っちゃなんだが、結果は期待していない」


 僕としては、それはそれで複雑だった。でも仕事なので、答えた。

「分かりました。精一杯せいいっぱい、がんばります」


 そして席に戻って、ノートパソコンを起動きどうさせた。PR課がSNSで、どんなPRをしているかを知りたかったからだ。


 するとPR課は、動画をユーチューブはもちろん、インスタグラムで名所めいしょの写真をアップして、さらにはツイッターでも茨城県のグルメなどをPRしていた。僕は、ため息をついた。これ以上、どうすればいいんだ……。


 僕はアパートに帰ってカップラーメンとおにぎりを食べると、竹崎たけざきあかりにLINEを送った。竹崎は小学校から高校まで同じで、年齢ねんれいは僕と同じ二十四歳。生まれも育ちも茨城県の水戸市みとしだが、僕は東京生まれで父の仕事の都合で小学一年生の時に、水戸市に引っ越してきた。竹崎は大学に進学をせず、試験を受けて高校卒業と同時に水戸市役所で働いている。


 高校三年生の時に、同じクラスになった。小学校から一緒だったが、僕は内気で女子と話すのが苦手だったから竹崎とも、あまり話をしなかった。竹崎が元気で、いつもクラスの人気者だったのも話しかけられなかったのも理由の一つだ。だが一番大きな理由は中学校、高校に進学するたびに竹崎が、どんどん可愛かわいくなって近づけなかったからだ。


 ただ大学に進学できる学力があったのに「私は水戸市が好きだ! だから水戸市役所で働く!」と言い出したのには、おどろいた。


 僕はやりたかった仕事も無かったので取りあえず、茨城県にある大学に進学した。そして竹崎とも会っていなかったのだが二十二歳の時の同窓会で再会して、意気投合いきとうごうした。僕も試験を受けて、茨城県庁で働くことが決まっていたからだ。


「二人で地元のために、がんばろう!」と、盛り上がった。まわりからはちょっといたが、僕たちはすでにっていて気にしなかった。そして連絡先を交換した。


 それから今まで月に一、二回、デートみたいなことをするようになった。レンタカーで茨城県の名所に行ったり、軽く食事をしたりした。カラオケにも行った。僕はReolが好きだが女性だからキーが高くて歌いづらいと言うと、竹崎はユーチューブで歌をおぼえて、『あおげやとうとし』を歌ってくれた。そんな竹崎を僕は、もちろん好きになった。


 でも僕たちは、付き合ってはいない。もちろん僕は竹崎と付き合いたいと思っているが、茨城県庁で働いて二年目の僕はまだ新人だと思っていて、つまり社会人として、更にいうと男としての自信が無かった。


 そんな竹崎に僕は、LINEを送ってみた。

『茨城県の魅力って、何?』


 すると数分後に、返事がきた。

『え? どうした、突然?』

『うん。また茨城県が都道府県魅力度順位で、最下位になっただろう。だから僕が茨城県の魅力をPRすることになったんだ』


『なるほど、そういうことか。うーん、でも茨城県の魅力って、たくさんあると思うんだけど』

『そうなんだよ。すでにPR課が、名所とか名産品をSNSでPRしてるんだよ』

『あー、なるほどねえ……。じゃあ平山君の目線で、茨城県の魅力をPRしてみたら?』


『え? 僕の目線?』

『そう。まだPR課がPRしていなくて、平山君が良いと思うモノをPRしてみたら?』

『僕の目線か。なるほど……』 


 すると僕に、根拠こんきょがない自信がちてきた。これなら、イケるかもしれないと。更にこの方法で茨城県が最下位を脱出したら自信がついて、竹崎に『僕と付き合ってください!』と告白こくはくできそうな気がしてきた。


 テンションが上がりまくった僕は、竹崎に返信へんしんした。

『ありがとう! 僕、がんばるよ!』



 次の日。僕は早速、PR課に行きビデオカメラなどの機材きざいを借りた。PR課の人からは最初、怒られた。

「何? 営業の人間がPRのための機材を借りたい?! 我々の仕事が不十分ふじゅうぶんだとでも?!」


 僕は取りあえず、下手したてに出た。

「いえ。僕はPRの仕事を、お手伝いしたいと……」


 すると、「何? そうなのか。それじゃあ機材を貸すから、がんばってくれ。わはははは」とはげまされた。さすが『怒りっぽい。忘れっぽい。きっぽい。』、茨城県民だなと納得した。


 そして昨夜、改めて調べて僕が興味を持った茨城県の名物を、食べられる店に行った。


 まずは身はやわらかく淡白たんぱくで上品な味わいの、あんこうだ。それを骨以外はすべて食べられる、あんこうなべ極上ごくじょう霜降しもふり牛肉である常陸牛ひたちぎゅうを、甘辛あまからく煮て食べるすきやき。常陸の輝きという、やわらかくなめらかなブランド豚肉を使った、しょうが焼き。


 それらを撮影して、茨城県の公式ユーチューブチャンネルにあげた。だが一週間経っても再生回数は、ほとんど伸びなかった。


 うーむ。鹿島灘かしまなだはまぐりや常陸秋蕎麦ひたちあきそばの方が、良かったかな。いや、今やどこでも流行はやっているB級グルメの方が、良かったか。温かいけんちんじるに、ざるそばをつけて食べる、つけけんちんそば。それに小麦粉をり上げてもちもちの食感に仕上しあげたすいとんをしるで味わう、うまかべすいとんの方が。


 まあいい。次は茨城県の名所を紹介しよう。まずはやはり、筑波山つくばさん。『西の富士。東の筑波』と言われる関東随一かんとうずいいち名山めいさんだ。山頂からは関東一円かんとういちえんを見渡せるため、それらもカメラで撮影さつえいした。


 次に、国営ひたち海浜公園。今の時期はバラやコスモス、紅葉する草コキアが見頃みごろだ。そして偕楽園かいらくえん。一八四二年に作られた庭園ていえんで、『日本三名園』の一つだ。見どころは何といっても百種、三千本のうめだ。


 それらの写真をインスタグラムにあげたが、やはり一週間経っても反応はうすかった。


 それならばと、これからの茨城のイベントをツイートした。宇宙や海の不思議をめぐりながら水族館を楽しめる、海の不思議展。春エリア、夏エリア、秋エリア、冬エリアを四十万球で表現した、かわちイルミネーション。街路樹がいろじゅが黄色にライトアップされ、もみじを思わせる、きらきらタウンひたちおおみや。でもやはり『いいね』は、それほど伸びなかった。


 なので僕は実際にイベントに行って、その感想をツイートすることにした。『海の不思議展では、深海しんかい圧力あつりょくを楽しく学べます!』、『かわちイルミネーションではLEDの光が、温かく包みんでくれます!』、『きらきらタウンひたちおおみやでは、青いイルミネーションで装飾そうしょくされた時計台も必見ひっけんです!』など。


 一カ月ほどがんばってみたが、やはりSNSでの手ごたえはほとんど無かった。なので横になり、アパートの天井てんじょうを見ながらボーッとしていると竹崎からLINEがきた。


『ツイッターも見たよ。すごく、がんばってるじゃん!』

『うん。でもあまり、反応はんのうは良くないんだ……』

『ふーん……。ねえ、ちょっと息抜いきぬきでもしない?』

『息抜き?』

『そう! 私が茨城県で一番、好きな場所を教えてあげる!』


 そして土曜日に僕と竹崎は、海岸かいがんにきた。どこまでも続く白い砂浜すなはまと青い海。見上げるとやはり、何もなくどこまでも続く青い空と白い雲。それ以外、何もない、ただの海岸だった。茨城県にも特徴的とくちょうてきな岩やがけがあり、いわゆる観光地になっている海岸もあるが、そこはただの海岸だった。


 そこに着くと早速、竹崎は、はしゃいだ。グレーのニットにデニムのGジャンを着て、白いミニスカートをはいていた竹崎は、スマホで海の写真をり始めた。

「うわー。ここにくるのは結構けっこうひさしぶりかも」


 そんな竹崎をボーッと見ていると、竹崎は振り向いた。

「ね。いいでしょ、この海岸」


 僕は、あいまいな返事をした。

「うん、まあね……」


 そして、疑問を聞いた。

「どうして、ここがそんなに好きなの?」


 すると竹崎は、笑顔で答えた。

「ここって小学校の時、臨海学校りんかいがっこうで、きた場所じゃん?」

「ああ、そうだっけ……」


「うん。友達と砂浜で追いかけっこをしたり、海で海水をかけ合ったりして楽しかったんだ。そんな思い出があるから、ここが私が茨城県で一番、好きな場所なんだ」

「ふうん、そうなんだ……」


 そういえば僕にも、かすかな思い出がある。この何もない海岸で、ただひたすら友達と遊んだ記憶が。


 すると竹崎は、急に真面目まじめな表情で告げた。首までの長さの髪、愛くるしい目、丸みを帯びたあごを僕に近づけて。茨城県の女性らしく愛想あいそうが無いけど、この急接近きゅうせっきんにはちょっとドキドキした。

「ねえ。あんまり気にすること、ないんじゃない」


 僕は、何のことか分からずに聞き返した。

「え? 何のこと」

「都道府県魅力度順位のこと」

「どうして?」


 竹崎は、やはり真面目な表情で続けた。

「だって今、茨城県には約二百八十万人が住んでいるんだよ! 都道府県人口は、全国で十一位なんだよ!」


 僕は、話を聞き続けた。

「学校や仕事で、仕方しかたなく住んでいる人もいるかもしれないけど、この人数ってすごいんじゃない?」

「うーん、確かに……」


「この人たちって、『ああ、茨城県は、それなりに良いところだなあ』って思って住んでいると思うの。それに茨城県で生まれ育った人には忘れられない思い出があるから、茨城県を離れられないと思うの。私みたいに」

「なるほど。確かに」


 僕は、やっぱり竹崎は義理人情ぎりにんじょうあつい茨城県人だなあと、再確認した。


 そして竹崎は、言い切った。

「だから、いいじゃん! たとえ都道府県魅力度順位が最下位でも、約二百八十万人が『ああ、茨城県は、それなりに良いところだなあ』って思ってくれてたら、それでいいじゃん!」


 僕の心は、少し軽くなった。

「まあ、そうかもな……」


 そう考えると僕も、この何もないただの海岸がいとおしくなった。僕は思わずスマホで、写真を撮っていた。そしてツイッターに写真をあげた。『僕も好きな場所』というコメントと共に。


   ●


 そして一年経って今年の都道府県魅力度順位は、なぜか茨城県は順位が一つ上がって四十六位になっていた。理由は、よく分からない。都道府県魅力度順位は出版社がインターネットで消費者に答えてもらい、順位をつけるそうだ。僕たちががんばってSNSなどで、茨城県の魅力をアピールしたから、何となく茨城県に興味を持った人が増えたから、なのかもしれない。


 もしそうだったらいいな、と思いつつ僕は自信を持った。何はともあれ、茨城県は都道府県魅力度順位の最下位を脱出したからだ。だから僕も、自信を持った。『僕だって、やればできるはずだ』と。


 そして、土曜日。僕は、おしゃれな私服に着替えた。鏡を見てみると、短髪で銀縁ぎんぶちメガネの奥の大きな目、そして太いあごが写った。更に昨日きのう、買ってきた香水を手首と首に付けた。今日、あの海岸で竹崎に、『あかり、僕と付き合ってほしい』と告白するつもりだからだ。



                              完結

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