第3話 同志

 三木谷家ではリビングのカレンダーに予定を書くことがルールになっている。とはいっても菜乃華はとくに予定がないので、カレンダーには一希の土日の予定くらいで、あとは宗一の保育園のイベントが月に一回あるかないかというような所である。

 土日はほとんど部活の練習か大会、自分の学校のチームが休みでも他の学校の審判や大会運営の役員などで、一希にはほとんど休みがない。月に一度、半日だけ休みがある程度なので、その半日は家族で過ごせる貴重な時間だった。

 一希はなかなかカレンダーに予定を書かないので、だいたい週の半ばに菜乃華がラインで

"今週末の予定は?"

と聞くのがお決まりのパターンになっていた。返事はだいたい決まって

"土曜日は練習試合で、日曜日は審判と大会運営"

と返事が来る。

 菜乃華が聞きたいのは何時に家を出て、何時に帰ってくるかだ。いつものパターンの返事に対して

"で?"

とだけ返す。すると

"何が?"

と返事が来る。一希もこの

"で?"

の意味がわかってはいるが、どうせその答えは菜乃華が望むものではないので、あえてわからないふりをする。

"何時に帰ってくるの?"

菜乃華の質問に返事は来なかった。


 返事がないまま一希が帰宅する。子供達はもう寝てて、寝室で子供達と一緒に布団の中で横になっていた。起きて一希におかえりを言うのはめんどくさい。別に一希の顔も見たいわけではない。一希にラインをする。

"土日の予定、何時頃帰ってくるのかもカレンダーに書いといて!"

ここまでくると一希も逃げられない。

"はい。"

とだけ返事をしてカレンダーに予定を書いた。

 翌朝、菜乃華が起きるとには風呂場の洗面台で髭を剃る一希の姿がある。さすがに『おはよう』と会話をする2人。子供達はまだ寝ている。『書いといた?』その質問に一希が『はい。』と答える。リビングのカレンダーを見ると土曜日練習試合17時、日曜日大会運営18時と書いてある。思わずため息が出る菜乃華、また次の休日もワンオペか…と思い夫に何も言わずに寝室に戻り、寝巻きで着ていたジャージを脱ぎ、私服に着替えた。

 ワンオペ育児の大変さを絶対にわかってない。むしろ大好きな子供と一緒に過ごせて幸せだと思っている夫。確かに子供との時間は幸せであることには間違いない。だが、育児をほとんど菜乃華にやらせてきた一希には育児の大変さを味わせたい。

 そうしてまた1週間が経った週の半ば。お決まりのラインをする。

"土日の予定は?"

"土曜日、翔太とアウトレット行って、日曜日は県大会運営"

翔太というのは同じ野球部の顧問で今年から教師になったばかりの若い先生だった。面倒見のいい一希は翔太先生をかわいがり、家でも時々、翔太の話題は出ていた。仲がいいことは知っていたが、今の菜乃華は土曜日の予定に困惑している。

"え、土曜日OFFだったの?"

もはや日曜の大会運営は毎度のことなのでどうでもいい。この土曜日の予定はなんなの?菜乃華は予想外の回答に混乱している。

"そう。俺も翔太もジャージがないから買いに行きたいね。みたいな話をしてたらアウトレット行きたいね。って話になり、そしたら近くにいた他の先生もアウトレット行きたいってなって行くことになった。"

アウトレットのくだりはどうでもよかった。

"それって丸々一日?"

家から近くのアウトレットは車でも1時間はかかる。返事はわかっていたが、確認のために聞いてみる。

"そう。うちが車だす。"


 菜乃華は土日に予定がある場合は1ヶ月以上前から一希に伝え、休みをとってもらう。なのに一希は何の相談もなしに、同僚と予定を入れた。押さえきれない怒りを鎮めようと菜乃華はテレビを付ける。ワイドショーが流れているも、頭には一切その内容が入ってない。

 世の中の夫というのはみんなそんなものなのだろうか。なぜ結婚したんだろう?ということばかりが頭の中をぐるぐる巡っている。

リビングでは華咲がおもちゃのボールを持っては投げるを繰り返していた。

 スマホの検索で

"夫" とうつと

"夫 うざい"

というものが目に入り、思わず検索してみる。そこにはたくさんの夫のうざいエピソードが載っていた。それをずっと見ていると、少しずつ菜乃華のイライラはおさまるのだった。世の中には私と同じ思いの人がたくさんいる。いや、自分以上に夫にストレスを感じている人がいることに菜乃華はなんだが、ネット上の顔もわからない投稿者と同志のような気がして嬉しかった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る