第2話 馴れ初め

 一希は中学校の教員で、野球部の顧問をしている。昔から野球が大好きで、父親の影響で小学校3年生から少年野球を始めた。そこから中学、高校、大学でも野球を続けた。

 将来は野球の指導者になりたいと思い、教師を目指した。新卒で教員採用試験に受かり、中学校の教員になった。熱望していた野球部の顧問にもなり、一希は仕事にやりがいを感じる毎日を送っていた。


 一方の菜乃華は、昔から両親に公務員になるように言われ、なんとなく大学で教員免許をとり、そのまま、教員採用試験を受けて教師となった。公務員であれば正直、どんな職業でも良かった。教師という仕事に特別大きな憧れがあったわけではないが、昔からピアノを弾くことが好きだったので、そのまま音大で音楽科の教員免許を取得しただけである。音楽家として収入を得るのは無理だと思い、両親の希望でもあった公務員という安定した職業に就くことで、人生を無難に過ごせると思っていた。


 菜乃華と一希は同い年で、共に新卒で教師となったが、勤務する中学校は違った。教師になって3年目のある日、菜乃華の学年主任である、佐藤先生が菜乃華の顔をニヤニヤ見ながら声をかけてきた。『菜乃華先生、実は菜乃華先生にどうしても紹介したい人がいるの。』

 佐藤先生は普段からとても頼りになる国語の先生で、真面目なイメージしかない。来年、定年を迎えるが、自分の父親と同じ世代とは思えないくらいパワーのある人だった。野球部の顧問で、昨年の夏の大会では県大会でもベスト8に入る程の指導力で、保護者からの信頼も厚かった。

 また、佐藤先生のことは尊敬していたが、余計なお世話な一面もある。同じ学年に地方から1人で上京してきた若い新卒の男性教諭がいて、朝晩、コンビニ弁当を食べているという話を聞いたら、佐藤先生は次の日から奥さんが作ったお惣菜を持ってきてその若い先生にあげているという。さらに週末は家に招いてホームパーティーなどをしたこともあるそうだ。さらに、他の学校の先生ともつながりが多く、佐藤先生がよく若手の先生を紹介をし、交際に発展することもあるそうだ。そのような噂は聞いていたが、実際のところよく知らない。菜乃華はとりあえず『誰ですか?』とあまり乗らない表情で返事をする。『藤が丘第一中学校の野球部の先生で、三木谷一希くんって言うんだけど、菜乃華先生と同い年で、すごくいい青年なんだ。次の土曜日うちで練習試合するから、ちょっと顔出してよ。その日部活でどうせ学校にいるでしょ?』確かに菜乃華は吹奏楽部の顧問で、その日は練習日だった。『はぁ、でも…』というと会話の途中で佐藤先生が言葉を放つ。『実は、2ヶ月前にもうちで試合やったんだ。その時に彼、菜乃華先生に一目惚れしたんだよ。どんな子ですか?って聞かれたから色々と菜乃華先生のこと話したら、紹介して欲しいと言われて。とりあえず会うだけ会ってみて。』今時、一目惚れって…、それに佐藤先生は私の何を話したんだろうと思うことはたくさんあったが、もう断ることは無理だと思い、『じゃあ。』とだけ軽く返事をした。


 気が乗らないまま土曜日を迎えた。

16時に菜乃華は部活が終わった。職員室に戻ると佐藤先生がパソコンに向かって仕事をしていた。『あ、菜乃華先生、今、三木谷くんのチーム解散させてるからちょっと待ってて!』と言い、机の上に置いてあったどら焼きを菜乃華に渡す。ご機嫌取りなのだろうか。菜乃華はどらやきを自分の机に置き、トイレへと向かう。職員室を出ようとすると、職員玄関のインターホンが鳴った。ちょうど菜乃華がモニターの前にいたので『はーい。』と出る。すると、少し気まずそうに『藤が丘第一中学校野球部の三木谷です。あの、佐藤先生に用がありまして…』

 佐藤先生がニヤニヤしながら、『菜乃華先生、そのまま職員玄関開けに行って!じゃあ、あとは若い2人で』と言う。菜乃華は急にドキドキする。『え、佐藤先生、私どうすれば?』すると佐藤先生はスマホで誰かに電話をかけている。『あ、もしもし、佐藤だけど、三木谷くん?今から職員玄関に彼女が行くから!じゃあ俺はもう帰るからあとは若い2人で!』

菜乃華はもう職員玄関に行くしかなかった。

 職員玄関に行くと背は180cmくらいはあるだろう、爽やかそうな青年が1人立っていた。

これが2人の出会いだった。

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