第3話 古いモダンの残り香

 元カフェーの建物は、アールデコのデザインでした。無色のガラスと黄色と赤の透き通る色ガラスの、トランプのダイヤの形をした小窓が均等に並んでいて、中身は黄金色の光に溢れていたそうです。賭博に興じる男達の服装はまちまちで、開襟シャツをパリッと着ている男性達や、白地に紺の弁慶縞の浴衣をいなせに着こなしている青年もいたそうです。そんな面々がカットガラスのブランデーを楽しみながら、花札に興じるていたのでした……。

 

 少女だった祖母の目には失われた昭和モダンが残っていたかのように見えてしまったのだそうです。ある意味、それは正しかったのではないでしょうか。雇い主さんは、世代的に本物の昭和モダン時代を経験していた方だったからです。そういう人が無意識にでも昔を再現してしまったのではないでしょうか。


 レナは、自分自身がどうしようとしているのか、分からなくなってしまったそうです。危険なものが美しく見えてしまう事がある。その事実に混乱したそうです。そして、賭博場の存在が分かったあともどうすればいいか分からず、数日を無為に過ごしてしまったのです。鏡を見ると自分の顔の輪郭線が、やはり細かく震えて映っていたそうですよ。


 やがて悲劇は訪れました。賭博場の存在が警察に知られたのです。雇い主さんは驚くほどあっさりと自らの命を絶ちました。

 

 雇い主さんは戦前に大陸で仕事をしていた時期があり、その時に護身用に手に入れていた拳銃を使って命を絶ったのです。


 邸宅にも警察は来ました。お巡りさんたちはしょんぼりしていたそうですよ。警察は本物の裏社会に目を付けられないうちに急いで行動していたそうです。お金持ちの道楽で済むうちに賭博場を潰した方が皆のためになると。でも、死者が出てしまったのですから。

 

 奥方や戦前から使えている家政婦さんが応対しているので、レナは邪魔にならないように庭に出ていました。この家に雇われているといっても新入りの自分は警察に話せるだけの裏事情も知らず、出来るのは子守だけしかなかったからです。ビックリしてキョロキョロあたりを見回している小さいお嬢さんをおぶって、庭をぶらついていました。蚊取り線香をもって。


 庭の一角にはニオイバンマツリが花盛りでした。香りが濃厚に漂っていました。レナは思い出しました。孤児院にも庭があったために園芸書や花の図鑑を読んだことがありますが、そこにはニオイバンマツリは有毒で、飼い猫や飼い犬がいる家に植える場合は気をつけなければいけないと書いてあったことを。


 ニオイバンマツリを丹精込めて育てていたのは、亡くなった雇い主さんだったそうです。危険だとは分かっていても美しいと惹かれてしまう。いや、危険と表裏一体の美を放っておけない心を持ったのが、雇い主さんだったのでしょう。


 雇い主さんが惹かれていた危険とは、賭博場だけだったのでしょうか。死という危険なものにも美しさを感じ、惹かれてしまったのではないでしょうか。

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