第154話 ナレーション混じりで進むとエンディングっぽいよね
前回までのあらすじ
魔神をいわしました。あとはエンディングを走るだけ。
☆☆☆
壊れた皇城と落ちた鐘楼。崩れた城壁と大通りに詰めかけた人々――
混乱の渦にあった帝都は悪い夢だったかのように、空は晴れ渡り春の訪れを知らせている。
抜けるような青空。活気のある人々の声――あの大事件から早二ヶ月――帝都を包む空気は穏やかで明るい春の陽気そのものだ。
「殿下……いよいよですね」
金槌の音が響く皇城の廊下にユリアの弾む声が響いた。
「そうだねぇ……ちょっと緊張するよ」
いつものダラけた服でも、軍服でもない格好にクロウは居心地が悪そうに首元を引っ張った。
青を貴重とした軍服に似たジャケットは首元まできっちり止められ、肩から羽織る豪華で分厚い白いマントはクロウが歩く度裾を翻している。
「もう逃げないでくださいよ?」
ジト目のユリアに「分かってるよ」とクロウが苦笑いを返した。
「流石に就任のスピーチをユリアちゃんに任せるほど馬鹿じゃないって」
顔を引き締めたクロウの眼の前には巨大な両開きの扉とその脇を固める兵士が二人。
クロウとユリアに敬礼する彼らは微動だにしない。
「扉を――」
ユリアの号令に呼応した兵士二人が敬礼を解いて扉を開いた。そこから漏れるのは春の訪れを知らせる柔らかな陽の光と――
「うわぁ……結構集まってるっぽい?」
――ザワザワと多くの人が発する気配だ。そのあまりにも多い気配にクロウが頬を掻けば「当たり前じゃないですか」ユリアが溜息をついた。
クロウの後ろに控えていたユリアがゆっくりと前へ進み出し、扉の前でクロウを振り返った。
「それでは殿下……いえ……陛下。いってらっしゃいませ」
恭しく頭を下げるユリアに「頑張ってくるよ」とクロウが顔を引き締めて扉の外へ――クロウを包む眩しい光と大歓声――
皇城の玄関口、広場を見下ろす巨大なバルコニー。
バルコニーの脇を彩るのは各国の来賓と、それを護衛する帝国兵。その中に見知った金髪を見つけ、クロウが軽く手を挙げた。
魔王を一緒に倒した仲であり、この二ヶ月様々な問題に取り組んだ同志でもある。
そんな新たな仲間を目の端に、バルコニーの欄干までゆっくりと進む。
真下の城門前広場には多数の民衆が詰めかけ、城壁の外にも付近の屋根の上にも、クロウを遠目からでも見ようと多くの人々が集まっている。
皆が投げかける期待の混じった視線に、クロウはゴクリと唾を飲み込んで大きく息を吐き出した。
「――親愛なる帝国臣民……そしてお祝いいただける各国のご来賓の方々。あの痛ましい事件から然程日が開けぬ中、復興に忙しい中、我が就任の挨拶にお集まり頂き、まずは感謝を申し上げる――」
『後の世において、【神殺し】と呼ばれた事件の最後に、『リエラとロクロー』は出てこない。
文献によれば、【神殺し】において『リエラとロクロー』の二人は
ドラゴンに乗って聖堂を急襲し、
魔王を呼び出し、
混乱に乗じて皇城を破壊し尽くした。
そんな二人の蛮行に、遂に女神がその怒りの裁きをと現れた瞬間、六郎がその首を刎ね飛ばしたと伝わっている。
文献によると魔王は『リエラとロクロー』、そしてそれを呼びつけたユルゲンのせい、と言う事になっている。
巨大な髪の長い光る人型……多くの人がそれを女神だったと証言している現象。それを六郎が消滅させたとして【神殺し】と言われ現世まで語り継がれている。
だが、今の世で【神殺し】を信じている人はいないだろう。
ドラゴン、魔王、女神、今の世の中で信じている人など一人もいない現象のオンパレードなのだ。流石に創作だと言われている。
今の史実では、『リエラとロクロー』による皇帝殺害事件という事になっている。
当初『リエラとロクロー』はユルゲンと共に、権勢を誇っていたアルタナ教の権威を落とし、帝国の大陸統一を目論んでいたとされている。
それが計画の違いか、ユルゲンと仲違いをしてそれを殺害、当時の皇太子であったクラウス・グラーツらによって撃退されたと言うのが現代の通説だ。
ユルゲンと『リエラとロクロー』の繋がりこそ分かっていないが、【国崩し】や【クラルヴァインの悪夢】を考えると、彼らが大陸統一とアルタナ教の失墜を狙っていた事は今では動かぬ事実とされている。
そんな大陸最大の事件が、何故今も【神殺し】の名で通っているのか……それはこの混乱で、実際にアルタナ教の権威が失墜し人々の心が神から離れた事が大きいだろう。
加えて次期皇帝である叔父を亡くしたクラウス新皇帝の演説。
――これからは人の世だ。いつまでも女神様に頼ってはいけない。
この演説も大きな要因と言われている。
この演説の目的は、堕ちていくアルタナ教を完全に叩き潰す目的とも、続く大陸和平条約への布石とも言われている。
何を思って彼がそんな事を言ったか分からないが、それでも彼が生涯を通して数々の問題を国や種族問わず解決に導いた事から、本気で人の世を作りたかったのかもしれない。
事実、クラウス皇帝の思想は彼の没後千年が経った今でも、世界中で支持され国家間の友好を結ぶ基軸となっている。
つまり『リエラとロクロー』が起こした皇帝殺害事件は、神という不可知な存在からの脱却へと繋がったのだ。
それ故【神殺し】――神というそれまでの絶対権力を殺し、人々の手にこの世界を託すキッカケとなった事件、として伝わっている。
もちろん、今の世でも神は人々の心の安寧を保つ存在として、一定の評価を得ている。だが、それだけだ。権力を持たず、人々を助けず、人々を裁くこともない。
神を失った我々が進むべきは、誰か一人に責任を押し付ける世界ではなく、ここで生きる全ての者が責任をもちうる自立した世界なのだ――』
大通りの脇、建物の屋根の上から、バルコニーのクロウを眺めているのはジンだ。
腕を組み、眺めるその顔は何処か誇らしげで、何処か淋しげだ。
遠目にしか見えないクロウだが、それでも堂々とした口ぶりでこれからの帝国や大陸の事を話すクロウ。
周囲を包む歓迎ムード一色の気配にジンは小さく笑った。
「ジン……そろそろ参りましょう」
そんなジンの背後から聞こえてくるのはサクヤの声。
「もうそんな時間でしょうか?」
「ええ。名残惜しいですが……皆待ちわびておりますから」
ジンの隣に並んだサクヤが、嬉しそうに目を細めてクロウを見上げた。
「そうですね……行きましょうか。次に会う時は、お互い国のトップとして……ですね」
クロウに背を向けたジンに、「ええ。クロウに負けない為政者になります」サクヤも微笑んでその後に続きジンに手を預けて、人混みを避けるべく路地裏へと飛び降りる。
その背中を押すように、クロウの演説が響いていた――
バルコニーの上でクロウは演説をしながら、眼下の人々を見回していた。
いや、今は眼下の人々というより、先程気がついた見知った二組の背中だろうか。
路地裏を歩く二つの背中。
大通りを堂々と歩く二つの背中。
どちらもそれぞれの道を行くとばかりに、その歩みに全く迷いはない。その背に向けてクロウは僅かに微笑んで演説を締め切った。
「さあ、諸君。新しい時代の幕開けだ! 互いに手を取り進もうではないか!」
歓声がクロウを、帝都を包み込む。その歓声に手を挙げ応えるクロウ。二組の背中は既に小さくなっている――が、
クロウが振り返って扉の前で控えるユリアに手招き――訝しむユリアを扉の前に詰めていた兵士二人が訳知り顔でクロウの前まで押し出していく。
クロウの隣まで押し出され「え? なんですか?」と完全にテンパるユリアと――
「あ、ボク結婚しまーす!」
不意に響いたクロウの気安い声と衝撃発言に、割れんばかりの歓声が一瞬止んで、より大きくなって帝都を包んだ。
「こっちにいる、ユリアくんと――」
ヘラヘラとユリアの手を取ったクロウに、「え? は? 発表は後日じゃなかったんですか?」と顔を赤らめるユリア。
割れんばかりの歓声。
恥ずかしがるユリア。
笑顔のクロウの視線の先では――振り返った二組の姿。
ピョンピョン燥ぐ女子二人と、仕方がないという具合にこちらを見て手を挙げている男二人。
「二組とも似たもの同士だよねぇ」
クロウが挙げた手は、紛れもなくその場にいた人々ではなく、ここまで一緒に駆け抜けた友人四人に向けてのものだ。
鳴り止まぬ歓声。
抜けるような青空。
吹き抜ける春風。
世界は平和に満ちている――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます