第155話 エピローグ〜傭兵サムライ異世界に行く〜


「……楽しかったな……本当に」


 真っ白な空間で、リエラは自身を囲む宙に浮かんだシーンの一つを指で弾いた。


 二人で馬に乗って駆ける姿を指でなぞったリエラは、優しく微笑んだ。


「あ、こんなのもある――」


 気がついたリエラが取ったのは、六郎と二人クレープを食べながら夜のクラルヴァインを歩いた時のものだ。


「……これは……結婚式のやつだわ」


 笑うリエラが取ったのは、もう一つのシーン。

 中央に緊張したように見つめ合うレオンとジゼル。それを囲むクロウやジン、サクヤとカートライト公にオルグレン国王。そして――笑顔の六郎とリエラも。


「こっちも――」


 次にリエラが手に取ったのは、嬉しそうにはにかむサクヤと顔を赤らめるジンの姿。神社を彷彿とさせる建物を背後に、真っ白な装いの二人が並んでいる。


 その横に出てきたシーンは同じ様に並ぶ二人にクロウが抱きつき。

 次のシーンでユリアがその耳を引っ張り。

 別のシーンでレオンが照れながら「アーン」されてたり、

 最後は巨大な盃を煽る六郎の横でバクバク食事を平らげる自分の姿だ。


 全部全部。本当に全部が楽しかった思い出だ。


 そして次に取ったシーンに「あ」と声を漏らしてリエラは、最期の瞬間を思い出した――


 ☆☆☆


「やっぱ! 駄目!」


「往生際がわりいの。二人で決めたやねぇか」


 口を尖らせそっぽを向くリエラに、六郎が溜息をつきながら腕を組んだ。


 二人は今、【にいる。


「だって……だって……」


 窄んでいくリエラの言葉。六郎がその頭に手を載せた。


「だってもヘチマもねぇの」


 それだけ言った六郎がリエラの頭を優しく撫でた。


「…………」

「そらぁじゃろ」


 向かい合う二人、交わる視線に耐えられぬようにリエラが再び視線を逸した。


「これはアタシの使命なのよ? なのに……」


 リエラが俯く。


「じゃけぇ力ば溜めたとやろうが」


 溜息をつく六郎に「そうだけど」とリエラが頬を膨らませた。


【黒い意思】を消滅させて暫く、リエラの頭に響いたのは【女神庁】の解体及び、そのコアの封印であった。

 コンソールルームの中央で脈打つそれを封印する事で、この世界を【黒い意思】の影響がある『輪廻の輪』から切り離す事が出来るという。


 折角救った世界を、何処からか侵入してきた奴に奪われるのは癪だと、それを実行する事に決めたのだが――その為にはリエラの神力を全て注ぐ必要があるというのだ。


 それは六郎を構成している魂、それをこの世界に留めている神力も含めて全てだ。


 神力を失った女神は器の魂だけの存在となり、六郎の魂も再び狭間を漂うことになる。


 端的に言うとどちらも死ぬのだ。しかもリエラの魂に至ってはかなり存在があやふやだ。

 本来は神格を受け入れ形成された人工の魂。神力を失おうと、神格が包む元の器の魂は残るはずだ。それがこの世界に降りてしまった事で、どちらもが混ざりあい、下手をすると神力を注ぐ時に魂まで引っ張られかねない。


 そうなればリエラは完全に消滅する。


 それを防ぐために、六郎の魂の一部を使おうというのが【女神庁】及び六郎の出した提案だった。

 神を殺すほど強くなった六郎の肉体、それに収まる魂も同様に人の域を超えている。


 ならばその魂の力を使い、リエラの根幹部分は残そうというのだ。


 ちなみに以前【黒い意思】を倒した時の力は【女神庁】にストック済みで、今はが済んだ状態である。


 そのくらいの力を注がねば、六郎の魂もリエラの魂も保たない。




「ここに来てガタガタ云いなや」

「でも」

「身体が老いりゃあ魂も弱るっち云われたやねぇか」


 溜息をつく六郎に、「あーもう! 分かったわよ」リエラが瞳に涙を浮かべたまま叫んだ。


「いいのね?」

「応。楽しかったけぇ満足じゃ」

「アタシも……」

「ん?」

「アタシも楽しかった」


 微笑みながら涙をこぼすリエラに「泣くなや」と六郎が苦笑い。


「……サヨナラは云わないわよ」

「応。白い所に遊びに行ったるわい」

「約束」

「応――」


 小指を差しだした六郎の唇をリエラの唇が塞いだ――


……六郎」


 微笑んだリエラの身体が光り輝く――同時に六郎の身体も輝き二人の視界は白に染まっていく――



 ☆☆☆


 あの後この『輪廻の輪』に戻ってきてどのくらいの時間が経ったか分からない。あの世界は既にリエラたち女神の管理を離れ、少しずつ『輪廻の輪』から離れている。だからあの世界がどうなっているかリエラには分からない。


 もう二度と出会うことはない世界と仲間たち――


 それでもあの時駆け抜けた短い時間だけは、こうしてリエラの思い出として様々なシーンを切り取ってこの世界に映し出している。


 あの世界を離れたリエラは、新たな世界の管理に就いている。


 この世界に配置された女神は、既に信仰を失いその存在を消してしまったのだろう。蝕む【黒い意思】だが、どうやら世界がかなり発展しているようで、知らず知らずその侵食を人々が防いでいる形らしい。


 信仰がなくとも、を獲得したリエラが消えることはない。だが、神力は思った以上に貯まらない。この世界の浄化は長くなるだろう。


 ――それでも生きていける。この思い出があれば――


 不意に零れそうになった涙にリエラが上を向いた。


 その視線の先では、別の女神が誰かを召喚している所だ。


「嘘つき……」


 遊びに来ると言ったくせに、来ないではないか。


 そう思ったが、仕方がない。六郎はリエラを消滅から救うために、己の魂を差し出したのだ。レベルアップ前のちょっと強いだけの人に戻ったと言える。

 ただの人が、何の助けもなくこの世界に辿りつけるはずもない。


 分かってる。もう会えはしない事など。


 だから……だからこの思い出を抱いていこう。


 そう思ったリエラが涙を拭った瞬間「、泣くことはねぇやろうが」聞き間違える事のない声が――。


「空……耳……?」


 そこまで病んでいたとは。自分で自分に苦笑いを浮かべたリエラだが、視線を前に戻すと――


「応。来たったぞ」


 ――そこには腕を組んで偉そうに踏ん反り返る六郎の姿。


「は、はははは……遂に幻覚まで」


 頬をつねるリエラを前に六郎が「お前何しよんじゃ?」と眉を寄せた。


「ろ、ロクロー?」

「応」

「なんで?」

「来るっち云うたやろ。ワシが約束ば違えた事なんてねぇやろ」


 偉そうに、そして嬉しそうに笑う六郎にリエラの目頭が熱くなる――


「だから泣くことはねぇや――」


 頭を掻く六郎の胸にリエラは思い切り飛び込んだ。そのまま胸を拳で叩き「うっさい、うっさい莫迦。遅いのよ」泣き笑いの様な表情を隠すように、何度も何度も――


 その拳を仕方がないという具合に受け続ける六郎。




 ひとしきり六郎を殴ったリエラが、その腕の中で鼻を啜る。


「ホンに泣き虫やの」

「違いますぅー。目にゴミが入っただけですぅー」


 六郎の胸に顔をグリグリ押し付けたリエラが少し腫れた瞼で上目遣い――


「ところで何でここに来れたの?」


 小首を傾げるリエラに、六郎は「応。手紙ば預かっちょるぞ」そう笑って、胸に手を入れた――


「ほれ」


 ――手渡された手紙をリエラが小首を傾げながら開いて固まった。


「いやぁ、に遊んどったら追い出されっしもうての。他にも何や見たことある連中も居ったんじゃが、誰も目ぇば合わしてくれんし悲鳴ば上げて逃げよるし」


 笑う六郎に、リエラは呆れ顔を向けてもう一度手紙へ視線を落とした。そこには――


。責任持って面倒見て下さい。閻魔

 P.S 獄卒と囚人から出禁の嘆願書が毎日来て大変です。次からは門前払いなのでよろしく』


 短くしたためられた文だ。


「アンタ……何したのよ……」

「閻魔にちと挨拶しただけじゃ」


 悪びれる様子のない六郎が肩を竦めれば、相変わらずだとリエラも自然と笑みがこぼれた。




「それで? どうするの? ?」

「応。話が早くて助かるの!」


 ニヤリと笑う六郎に、「だからそれアタシの台詞よ」肩を竦めるリエラだがその顔はどこまでも嬉しそうだ。


「じゃ、行きましょうか……


 リエラが手を掲げると二人を淡い光が包み込む――


「そういや、こん世界っちどげん感じね?」

「この世界? そうねロボットとかが闊歩してるわ」

? 何ねそれ?」

「ロボットよ。えっと、そうね鉄で出来た大きな人……かしら?」

「何かそら? 奈良ん大仏け? 大仏なんて動かしてどげんするとね?」

「何で大仏が動くのよ! ああもう! 行けば分かるわよ――」


 光が強く輝き二人の姿を覆い隠していく――












 ☆☆☆




















 連合軍作戦本部――


「一体どうなっている?」


 足早に廊下を歩く中年男性が、隣を歩く兵士へ声を荒らげた。


「わ、分かりません。分かっているのは、帝国軍そして自軍がということだけです」


 怯えたように口を開いた兵士に、「くそ、一体何だと言うんだ」男性が苦虫を噛み潰したような顔で更にその足を早めた。


 二人が辿り着いたのは大きな金属製の扉。自動で開いた扉を二人が潜れば、そこには巨大なモニターと無数のコンソール、そしてそれぞれの前に座る多くの人の姿だ。


 入ってきた男性に、全員が立ち上がり敬礼をする中、男性が手を挙げてそれを止めさせ口を開く


「状況はどうなっている?」


 男性の言葉に、一人の女性がコンソールを操作――


「機体に取り付けられていたカメラをクラウド経由で解析した結果――」


 モニターに映し出されたのは、舞い上がる土煙と何故か勝手に倒れていく巨大な魔導人形ロボットの姿だ。


「――舞い上がる土煙に指向性がある事がわかり、のだと推察いたしました」


 女性の言葉にモニターで繰り返し動画を見る男性も「なるほど。そう見えるな」と頷いた。


「目にも止まらぬなど考えにくいですが、一応動画をハイパースローで処理しました。それがこちらです」


 そうして女性が映し出した映像は、全てが止まっているかと錯覚する程のゆっくりさだが、その中心で右に左に、上に下にと縦横無尽に駆けている。ハイパースローを持ってしてその姿を確実に捉えられぬ脅威に、男性の顔が強張った。


「アレは何だ?」


 ポツリと呟く男性に、「人……のようでしたが」と女性が答えるが、「あんな人間がいてたまるか」と男性の声が部屋中に響き渡った。


 静まり返る室内。


「とにかく……あの影を最重要の脅威として――」


 男性が口を開いた瞬間、別のモニターを注視していた男が「あっ」と思わず声を上げその口を両手で塞いだ。


 咎めるような皆の視線を


「どうした? 気になることがあれば申せ」


 男性が手で制しながら、その男に顔を向けた。


「い、いえ……倒れた機体のリアルタイムカメラが一台だけ奇跡的に生きていたので監視中だったのですが、……そこに一瞬人影が――」


 その言葉に男性が、「前面モニターに繋げろ!」声を張り上げた。


 その言葉で切り替わった画面は、ノイズ混じりに青空を映すだけだ――


 暫くノイズと青空が映るだけの光景に、誰かが「見間違いじゃない?」と呟いた瞬間、男性がマイクを掴んだ。


「こちらは連合国軍司令マクシミリアン・ガーラントである。誰か、誰かそこにいないか! 生存者はいないか!」


 その後もドンドンと酷くなっていくノイズに向けて「誰か!」とマクシミリアンが声を上げるが、反応は無い。やはり見間違いかと誰もが大きく溜息をついた瞬間


『ザ――ザザ――んじゃ――誰か喋りよんぞ?』


 モニターの向こうからノイズ混じりに声が聞こえてきた。聞いたこともない話し方は確実に連合でも帝国でもない。明らかに第三勢力を思わせるその声に、室内に緊張が走る。


「だ、誰だ。こちらは連合軍司令マクシミリアン・ガーラントである。可能ならば名前と身分を明かしていただきたい」


 相手が何処の誰か、など言うはずは無いだろうが、少しでも情報を聞き出せるなら……との望みをかけた問だ。


 暫く流れる沈黙に、誰もが「駄目か」と諦めかけた時。


『――ワシか?』


 酷いノイズ混じりの音声は不明瞭で聞き取りづらい。が、青空もほぼ見えなくなったそのモニターに影が差した――


『ワシは――ㇿㇰロゥ――』


 一人の男だ。黒い髪を垂らし、整った顔の年若い男だが、獰猛に笑うその瞳には昏い深淵を宿しているかのような――






じゃ――』


 ブツリとモニターが切れた。














『ザザ――ザ――』










『ザ――ザ―ザザ――っと、ロクロー! ロボットの首なんて要らないって言ってるでしょ!』



 ――ブツン――









 〜傭兵サムライ異世界に行く〜




 完

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