第153話 復活した途端に問答無用で殺されるのがラスボスとか裏ボス

 前回までのあらすじ


 魔神、本気出すってよ


 ☆☆☆


 魔神の後方に出現した魔法陣から、無数の魔法が六郎へと降り注いだ。


 火球

 水球

 風玉

 石礫

 光線

 黒刃


 飛んで、跳ねて、捻って、駆けて、躱した六郎に『ほら、次だ――』と魔神が新たな魔法陣を作り出す。


 炎の矢

 氷の鎚

 風の槍

 岩の拳

 雷の剣

 影の鎌


 かき消し、斬り捨て、弾いて、叩き落して、受け流した六郎が笑う。


 その笑顔を掻き消すかのように、魔神が魔法を放ちながら六郎へ接近――


 宙で身を捩って炎の矢を躱した六郎へ、右手の剣を振り下ろした。


 迫る剣に、捩っていた身を回転させ刀で迎え撃つ。


 再び走る衝撃――の瞬間六郎が手首を引いて魔神の剣を受け流した。


 六郎の刀を滑る剣。

 その勢いに押されるように逆回転する六郎。

 不意に剣を受け流され前のめりの魔神。


 予定していたであろう左手剣での切り上げに向かない体勢。


 加えて――


 剣と刀その接触箇所を支点に、回転した六郎の左後回し蹴り。

 それを受けるのは魔神の左腕。


 剣、腕、肩。それが描く三角形に六郎の踵が叩き込まれた。


 震える空気――は一瞬。

 即座に足を引いた六郎は、勢い止まらぬ回転での右前回し蹴り。


 再び震える空気。


 勿論次の瞬間六郎は再び足を引き戻した。


 魔神が流石に反撃を――と左手の剣を振ろうとした瞬間、その腕が引っ張られた。


 六郎が右の爪先によって。


 引かれる魔神の腕。

 足首を返しその腕を踏みつけるように上体を起こした六郎。

 無防備な魔神の頸動脈。


 そこに迫るのは、六郎の本命右手一本での右薙だ。


 魔神が思い切り身体を仰け反らせると、六郎の切っ先がその首を僅かに掠めた。


 回転の勢いも止まり、地に足をつける六郎と、そんな六郎から距離をとった魔神。



『ちょこまかと……いいだろう。ならば――』


 新たな魔法陣が光り輝いた瞬間、六郎が一気に距離を詰め魔神に斬りかかる。


 一瞬で現れた六郎に、一瞬魔神が目を見開いたものの――


 六郎は踏み込んだ足で急ブレーキとともに後ろへ飛び退いた。

 六郎が踏み込んだ位置、地面から突き出す岩の龍。


 巨大な顎が空を切り、その龍の表情には悔しさが見えなくもない。


 不発に終わった魔法はそのまま宙で霧散し、他の魔法が代わりに未だ宙を浮く六郎へと襲いかかる。


 炎、氷、風、岩、雷、影……様々な属性をその身に纏った龍が魔法陣から複数現れ、六郎目掛けてその顎を開いた。


 前後左右上下に渡る文字通り全方位の攻撃に――「狙いが単純ぞ?」――宙で回転した六郎がその手の刀を一閃。


 振り抜かれた衝撃だけで、全ての龍が消し飛び霧散していく。


 静かに地面に降り立った六郎が、刀の峰で肩を叩き「……次」魔神を見つめている。


『不遜なり……痴れ者め!』


 再び魔神の後方で輝く魔法陣――現れる無数の魔法は先程の比ではない。


 先程の魔法に加え


 降り注ぐ炎を纏った岩

 押し流す激流

 全てを飲み込む暴風

 迫り上がる巨大な岩

 雨の如く打ちつける雷

 叩きつけられた巨大な影の手


 凶悪な魔法が雨あられと六郎へと襲いかかる。


 いくつかが六郎を捉え、その肌を焼き、皮膚を切り裂くが、どれもこれも致命傷とは言い難い傷だ。


 それでも傷を負った六郎を前に、魔神はニヤリと笑った。


『中々上手に踊るではないか……先程の不遜な発言を呪うがいい』


 笑う魔神の後方から再び魔法が飛来する。それらを躱し斬って叩き落とす六郎を前に、


『フハハハ! 無様ではないか! そら、もう少しギアを上げるぞ!』


 笑う魔神が剣を掲げれば、六郎を穿たんと無数の黒い剣も襲いかかった。


 吹きすさぶ魔法。突き刺す剣。


 六郎の振袖を引き裂き、その肌に傷をつけ、身体を吹き飛ばす。


 完全に防戦一方の六郎を、驚き固まったリエラが眺めている。


 今も地面から突き出した剣を躱した六郎が、飛来した風玉によって吹き飛ばされている。

 完全に押されているその様子に……「信じられない」リエラの呟きがポツリとこぼれた。


 リエラは我が目を疑っている。


 吹き荒れる暴力的なまでの魔法に……否。

 六郎が押されているから……否。


 六郎がからだ。


 普通に考えたら、絶体絶命の雰囲気に焦っているとも取れる。だがそれはない。リエラは知っている。六郎という男の本質を。


 ――ヒリつくような生命のやり取りを楽しもうやねぇか。


 六郎の言葉が脳裏に過る。


 そんな六郎が、生命の危機を感じる戦いを楽しまない訳がない。

 つまり、六郎にとっては楽しむ価値もない、戦いですらない……そう思ったリエラが、もう一度六郎に視線をやれば、先程と微妙に違う雰囲気に気がついた。


 何というか……魔法が当たらなくなってきている気がするのだ。


 傷を負う度、吹き飛ばされる度、攻撃を躱す度、斬り落とす度、回を重ねる事に六郎が傷を負うより躱したり掻き消す方が多くなってきている。


 傷を負い、体力を削られている筈なのに、今ではもう六郎の身体を掠める魔法を探す方が難しいくらいだ。


 されていってる。


 動きに無駄がない、いや……魔法の軌道や剣の気配、そしてそのタイミングとクセが信じられない速度で六郎の中に蓄積されてるのだ。


 どうやらそれに魔神も気がついているようで、今は真剣な表情のまま魔法と剣を操り六郎を捉えようと必死だ。


『いい加減に死ね!』


 叫んだ魔神に呼応するように無数の魔法と剣が六郎へ――飛来するそれらに六郎の刀が閃く。


 六郎の刀が黒い軌跡を無数に描く度、六郎を前に魔法が全て霧散していく。初めて全ての魔法が掻き消され、当たりには一瞬沈黙が流れた。


どいもこいもどれもこれも。……次」


 切れた頬を拭った六郎。その言葉に魔神の笑顔が一瞬だけ曇った。それでも――


『良いだろう!』


 再び出現した魔法陣からいくつもの魔法が繰り出される。強大な魔力の奔流とも言える最上位の魔法の数々。

 だが、どれもこれも六郎を完璧に捉える事は出来ない。縦横無尽に駆ける六郎は魔法が飛来する度、躱し斬って弾いていく――そしてその動きはこの瞬間にも更に最適化されていく。


「お前舐めとんか? ……もっと工夫はねぇんか?」


 溜息をつく六郎だが、先程の魔神は使という方が正しい。


 。小規模な魔法では避けられるとの事からだろうが、あまりにも広範囲かつ強力な魔法は、人一人に向けるにはいささか過剰すぎる。


 魔法の効果範囲から離れなければ、最悪自分にもダメージが及ぶ。あまりにも強力な魔法は、制御に神経を使うため剣を出現させるタイミングがない。

 故に規模が大きくなればなる程、魔法だけで攻めることになるのだが――いくら強力で、魔神が作ったオリジナルと言えども、見ていたものが大きくなっただけだ。六郎に躱せない道理はない。


「妖術ばかりは飽いたわい。もっと本気で来い」


 刀を鞘に、手招きをする六郎。

 眉をピクリと動かした魔神が一気に迫る。


 魔神の袈裟斬り。

 左に潜り込む六郎のダッキング。

 空振った右剣と左剣を魔神が並列横薙ぎ。

 『二』の軌跡を横っ飛びでやり過ごした。


 切れた間合いを許さないように、魔神が踏み込みとともに二本で右切り上げ。

 斜めに並んで振り上がる魔神の両手――

 その左拳上側を六郎の左足裏が捉えた。


 踏みつける様な蹴りは六郎の身体を宙へ運ぶ。

 魔神の眼前、笑って飛び上がった六郎が腰を捻る。


 魔神の側頭部に突き刺さる六郎の右膝。

 一瞬顔を背けた魔神。

 その鼻先に迫るのは切り返しの左膝だ。


 慌てて防護壁で己を覆う魔神――


 六郎の膝が魔神の鼻先数センチで轟音を打ち鳴らす。


 六郎の攻撃を止めた事で、一瞬魔神の気が緩んだ。


 それを許す六郎ではない。


 宙に浮いたまま魔神の髪を掴み、再度切り返しの右膝。


 頭を引き寄せ、膝を突き出すその一撃が防護壁を砕いて鼻先に突き刺さる。


 仰け反る魔神。

 零距離から開いた間合い。

 その右側頭部に刺さる六郎の左前回し蹴り。


 吹き飛ぶ魔神が砂埃を舞い上げ転がっていく。


 空宙で四連脚を放った六郎は、一回転してそのまま着地。


 地面から飛び出した魔神が大きく飛翔――


『おのれ……人の分際で――』


 大きく闘気を溜めた魔神の前面に巨大な魔法陣。


『消し飛べ!』


 放出されたのは黒く禍々しい魔力の奔流。

 一直線に六郎へ迫る巨大な黒い光線に、六郎は


 それが当たる直前、腰を捻って鞘から刀を抜き打った。


 六郎の一太刀で、真っ二つに割れて霧散していく黒い光線――その光景に『莫迦な……』呆ける魔神と


「……次」


 退屈そうに峰で肩を叩く六郎。


? だと?』


 ワナワナと震える魔神に、六郎は刀を肩に預けたまま「応。次じゃ」とその表情を変えずに魔神を見上げている。


「早う本気を出せ。やら魔王連中でも変身して強うなったぞ」


 魔神を睨みつけながら、「まあ一匹は微妙じゃったが」と六郎が頬をかいた。


「兎に角、早う本気を出せ。それで終いやねぇやろ? 【神】ば名乗っとるんじゃ」


 相変わらず肩に刀を預けたままの六郎に


『小癪な……』


 顔を歪めた魔神がその姿を消した。


 一瞬で六郎の背後に――


『どこだ!?』


 ――背後に回ったはずなのに、目の前にいたはずの六郎がいない。

 キョロキョロと辺りを見回す魔神――


「おい――」


 その背後から聞こえてきた声に、魔神の肩がビクリと跳ねた。魔神の背後にはいつの間に移動したのか、刀を担いだままの六郎の姿。


「――早う本気ば出せっち云うとるじゃろ。そいとも何か? そん剣術と妖術で終いなんか?」


 六郎の溜息に、『黙れ!』魔神が振り向きざまにその剣を横に――薙いだそれは六郎の左人差し指と親指の間でピタリと止まった。


「……そいで終いや云うんなら、そん首刎ねっしまうぞ?」


 六郎が纏う殺気に、魔神が剣を放して大きく距離を取った。


 六郎の指に潰されるように折れて消えていく黒い剣――


 その代わりのように、掲げた魔神の右手に現れる巨大な剣。


『不遜なり、不遜なり! いいだろう。貴様は我の最大の技で屠ってやる

 ――』


 魔神を包む闘気が大きく膨らんでいく。

 両手で大剣を持った魔神がそれを肩に担いだ。


『人の身で、我が【虚空】で逝ける事……誇りに思え!』


 地面が弾けて魔神が消える。

 一瞬で六郎の前に現れた魔神の踏み込み。

 地を揺らし穿つそれは、担いだ大剣に神速を齎した。


 振り下ろされる剣が空間を断ち、文字通りの軌跡を描く。


 その一撃を真正面から六郎が受け止めた。


 広がる衝撃波にリエラが目を瞑り、

 受けた衝撃で六郎を中心に巨大なクレーターが出来上がる。


 クレーターの底で剣と刀を交わらせる二人。


 方や上から叩き斬ろうとする魔神。

 方や両手でそれを受け止める六郎。


 そして――


『グッ――』顔を顰める魔神と

「くぅー、痺れるやねぇか」と笑う六郎。


 どこまでも対照的な二人、その交わっていた剣が弾かれた。


『ありえん!』


 宙で顔を歪める魔神に、笑う六郎が一瞬で納刀――


「エエ一撃やった。楽しませてくれた礼じゃ――」


 弾けるクレーターの中心。

 今度は六郎の姿が消える。


 魔神の前に現れた六郎の神速の抜き打ち――


 巨大な三日月の軌跡が、魔神の大剣を粉砕してその身体に傷をつけた。


『こ、この程度――』


 傷から漏れる青い血と黒い靄。

 抜きざまに魔神とすれ違う六郎。

 が、宙を蹴って反転。

 返しの一撃が魔神の背中を――


 再び六郎が宙で反転。


 斬りつけ、反転、斬りつけ、反転――回を重ねていく毎に、その速度は加速度的に上がっていく。

 既に斬りつける音も、六郎が宙を蹴る音も置き去りに、ただただ無数の黒閃が魔神の体中を縦横無尽に走り抜ける。


 遅れた音同士が連なり連続して一つの大きく長い音に変わり、魔神の身体が巨大な三日月と黒閃で見えなくなった頃――


 地面を弾き飛ばして六郎が現れた。


 笑った六郎が、刀を一振り。地面に飛び散る真っ青な血――そのまま空に浮かぶ巨大な黒い三日月に背を向け


「月と花か……もありゃ良かったの」


 納刀とともに、空に青い血が一気に舞い散った。それは散る桜の様に鮮やかで、そして黒い月と共に不吉の象徴のようにも見えて――リエラは苦笑いしか出来ない。


 とはいえ、折角だと杖を一突き――周囲に雪が舞い落ちる。


「お?」

「オマケよ」


 怪訝な表情の六郎に、リエラがウインク。


 その視界の端で、夜を切り取ったような月と黒い塊が消えていく――風に流される靄の中に塵のようなモノが混じるのは、魔神の肉片だろうか。


「神器……粉々になっちゃったわ」

「首……落としそこねてもうた……」


 それを眺めて苦笑いのリエラと肩を落とす六郎。


 サラサラと風に流され完全に消滅した魔神と神器。その名残を暫く二人黙って眺め


「……終ったのね」

「そうじゃな」


 どちらともなく大きく息を吐いた。


「とりあえず帰りましょうか」

「じゃな」


 帝都の方角を指差すリエラに、六郎が大きく頷いた。


「今回は頑張ったから疲れたわ」

「クロウに旨いもん食わして貰おうやねぇか」

「それがいいわね……って、アンタが皇城ぶち壊したし、それどころじゃないんじゃない?」

「そりゃお前もやろうが」


 ジト目の六郎に「アタシは壊してませんー!」とリエラが頬を膨らませ、「まあ壊してエエっち云うとったし大丈夫じゃろ」と六郎がそれをカラカラと笑う。




「あ、そうだ! ねぇねぇ。レオンとジゼルさんの結婚式見に行きましょうよ」

「おお、エエのう! 盛大に祝っちゃろうで」


 楽しそうに笑う二人の声は、雲間から差し込む陽の光の中いつまでも響いていた。


 それはこの世界がこれから歩む未来のように、どこまでも明るく――

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