第152話 名前は大事。

 前回までのあらすじ


 刀を取りに行きました。まさかの妖刀でしたが、六郎なので問題ないです。


 ☆☆☆



 首を落とされた幻影が、上から吹き込む風に流されるようにサラサラと消えていく。


 光の粒子となって消えていくそれを、異形は薄く笑いながら眺めている。

 特段気にするような素振りのない異形から、幻影はあまり大した意味を持っていなかったのだろう事だけは推察できる。


 粒子が完全に風に攫われた後、上を睨みつけた異形が口を開く。


『上の者……疾く降りてこい』


 叫ぶわけではないが、腹の底に響くような声が静かになった玉座の間に木霊した。



 その声に反応したように、玉座の間に六郎が


 いつものように力強い着地ではなく、フワリと音も立てずに――肩から羽織る振袖も相まって、それはまるで一枚ひとひらの花弁の如く――


「応。待たせたの」


 笑う六郎に、「遅いわよ」とリエラが口を尖らせた。


「スマンの。ちぃと寄る所があっての」


 そう言いながら腰に差した刀を六郎が叩いた。先程の脈動は何処へやら。借りてきた猫のごとく大人しい刀だが、それを見たリエラの頬が引きつる。


「またトンデモナイ物を。完全に魔剣……いや妖刀じゃないの」


 若干引いているリエラには、六郎の刀が放つ禍々しい気配がヒシヒシと感じられている。あまりの禍々しさに、六郎と刀を交互に見やるリエラだが、当の六郎には何の影響もなさそうだ。



 ポツリと納得の溜息を出したリエラ。良く考えれば、あのエセ毘沙門天を調伏して得た素材なのだ。瘴気とでも言うべき神気を孕んでいてもおかしくはないし、何よりそれを調伏した六郎に使いこなせない道理はない。


 ……というか世界中探しても、六郎以外使える人間はいないだろう。


 取り敢えず納得したリエラの眼の前では、「応。ジンも息災そうじゃな」と六郎が笑いながらジンの肩を叩いている。


「あ、ああ。一応は無事だし、サクヤ様も大丈夫だが――」


 六郎の勢いに若干引き気味のジンが、「そんな事より」と未だ黙ったままの異形へと視線を向けた。


 その視線に倣うように六郎も異形を振り返り――


「で。だいじゃ貴様キサン? 爺どもは何処どけ行ったとね?」


 異形を前に眉を寄せた。


 六郎のその態度にジンは苦笑いをこぼし、リエラは「爺の成れの果てよ」と肩を竦めて、異形は顔色を変えず溜息をついた。


『口の聞き方も知らぬ痴れ者め』


 もう一度溜息をついた異形が両手を広げる――


『我こそ新たなる神。……そうだな【終わり齎す魔神エンデ・デァ・ヴェルト】とでも名乗ろうか』


 そう名乗った異形から再び闘気が迸る。風を巻き起こす程の闘気が、六郎の振袖をリエラの髪を揺らす。


 吹き付ける闘気にリエラが顔を顰め、ジンがその顔を引き締め、六郎は――


「長えし何ち云うたか分からん。名乗りんくだりばやり直せ」


 腕を組んで眉を寄せている。


 吹きすさぶ闘気に怒気が孕むが、それも一瞬。六郎の言葉が挑発だと受け取った異形が、大袈裟に溜息をついて六郎へと真っ直ぐに向き直った。


『我を前に中々いい度胸だ痴れ者よ……褒美にもう一度答えてやろう。我が名を心に刻め――我は【終わり齎す魔神エンデ・デァ・ヴェルト】。世界に滅びという名の救いを齎す者だ』


 ニヤリと笑った異形に、六郎が溜息をついてリエラを振り返った。


……? 駄目じゃ。分からん」

「名前なんてどうでもいいじゃない」


 呆れるリエラだが、眉を寄せる六郎からしたら。なんせ――


「阿呆、爺が居らんのんじゃけぇ、こん首掻っ斬るしかないとやろうが? 名ぁが分からんやったらが分からんめぇが」


 ――なんせ首の価値に直結するからだ。そうこれは挑発でもなんでも無い。単に確認なのだ。六郎にとっては重要な。


やら云う首なんぞ、何の価値にもならんめぇが」


 六郎の盛大な溜息に、「じゃあ魔神でいいでしょ」とリエラが片手で顔を覆い天を仰いだ。

 本人も魔神と名乗っているし、何より【終わり齎す魔神エンデ・デァ・ヴェルト】を形成しているモノは魔神と呼んで差し支えない。


 人々の思いを集めた女神……勿論、魔王に触発され女神の慈悲を望む人々の思いが形になったものだ。

 それは清廉潔白なサクヤを器としたからなし得たもので、実際は集めた思いの中には『魔王への恐怖』や『絶望』といった負の感情も集めていた。


 それらがジルベルトに触発される形で前面に出てきたのが、【終わり齎す魔神エンデ・デァ・ヴェルト】という訳だ。三魔王を彷彿とさせる鱗や翼、そして体毛はその影響だろう。


 加えてユルゲンの歪んだ『世界を救う』という思いも乗った存在は、『終わりを齎す』と名乗る通り、『終焉』こそ『救い』という極端な神格へと変貌してしまった。


 リエラをしても「魔神でいいじゃない」と言わしめるだけの存在であるのだ。


そんな脅威ではあるが、六郎はよく分かっていない。とりあえず分かったことは


「魔神か……そいはエエのぅ。特大の首級しるしやな」


 首の価値くらいだろう。

 価値を確認した六郎が笑いながら魔神へ向けて一歩前へ――


『まるで我を滅せるとでも言いたげだな』


 呆れた表情で六郎を見る魔神。大きな溜息は哀れみすら感じられる。


『思念を集める幻影を消した程度で図に乗るな』


 魔神の言う幻影は先程のアレだ。幻影を見せることで畏怖の念を人々から集めやすくする。それだけの目的だった幻影だが、インパクトは一入で、帝都は今やこの一角を除いて大混乱だが。


 とはいえ、六郎からしたらそんな事など興味はない。今は眼の前で踏ん反り返っている魔神にしか興味がない。


 口角を挙げる六郎がゆっくりと腰を落とし、柄に手をかける姿は「最早言葉は不要」とでも言いたげだ。


「……アンタが名前の件でグダグダしたくせに」


 そんな六郎の耳にリエラのツッコミは届かない。かわりに返ってきたのは――弾ける床と消える六郎と魔神の姿だ。


 玉座の間中央で打つかりあった二人。

 円心状に広がる衝撃波が壁を穿ち、周囲を吹き飛ばした。


「こ、これはマズいわね」


 衝撃だけで壁が吹き飛ぶ二人の戦いに顔を引きつらせている。サクヤやジンは咄嗟に防護壁で覆ったものの、流石にこの部屋全体に化け物二体の攻撃を防ぎ続ける結界を張る事は出来ない。


「ちょっと――!」


 リエラが石突を床に打ち付ければ――六郎と魔神、そしてリエラを光が包み込む。


 玉座の間から一瞬で三人が消え失せれば、


「ロクロー殿……頼みました」


 サクヤを抱えたジンが呟いた声だけが、広間に響いて消えた。



☆☆☆





 光に包まれた六郎の視界は、崩れた玉座の間から一瞬で荒野に。


 眼の前で黒い靄のような剣を持つ魔神は『無駄なことを』と一瞬だけリエラに視線を向けたが、再び六郎を睨みつける様に笑っている。


 リエラが飛ばしたのは帝都近くの荒野だ。帝都からも少し離れ、周りには特に人工物のない開けた荒野。

 ミュラーに乗っている時に通った場所であり、リエラが短距離転移で移動できる最大半径ギリギリのラインだ。


 六郎と魔神の戦いは恐らく帝都を半壊させる。そうなれば逃げ遅れた人、皇城に避難した人、様々な市民を巻き込むおそれがある故、リエラはここに飛ばしたのだが――


『いずれ全て滅びるというのに』


 ――笑う魔神には時間稼ぎにしか見えなかったようだ。


 弾かれるように間合いを切る六郎と魔神。


 着地は六郎が早かった。


 ついた左足をそのまま踏み切りへ。

 音も光も置き去りにする六郎は、リエラの目では捉えきれない。


 一瞬で間合いを詰めた六郎。

 宙を浮いたままの左薙。

 それを魔神の剣が受け止めれば

 六郎が刀を押して身体を反転。


 宙に浮いたままの左後ろ回し蹴り。

 魔神のスウェイ――鼻先を掠める踵。


 勢い止まらぬ六郎の右薙。

 それも魔神が半歩下が――る魔神の顔が一瞬歪む。


 慌てたように大きく仰け反った魔神。


 間合いが切れた両者が再び相見えれば――


『小細工が得意だな』


 ――僅かに切れた頬から滴る青い血を魔神が拭った。


 そんな魔神にで刀を持つ六郎が口角を上げて見せた。


 右手に持っていた刀を、左後回し蹴りの最中に左手に持ち換え、更に柄頭付近を握ることでリーチを稼いだのだ。


 最初に見せた左薙で刀のリーチを想定していた魔神には、一瞬刀が伸びたように見えただろう。


「こん程度でビビってくれるなや。もっと楽しませてくれ」


 笑う六郎が刀の峰で肩を叩き――「ほれ、かかってこい」――右手で魔神に手招き。


『この程度で調子に乗るな――』


 地面を弾けさせた魔神の姿が消えた。


 何かに気がついたように六郎が振り返りながら刀を一閃。


 響く甲高い音に、リエラは初めて六郎が何かを防いだ事を理解した。


 振り返り刀を振るいつつバックステップで距離を取る六郎。

 それを逃さんと魔神が再び迫る。


 六郎の着地を狙った左足払い。

 宙を蹴ってそれを躱す六郎――

 へ迫る魔神の右後回し蹴り。


 右腕を固め、魔神の右脹脛ふくらはぎへ向けて身体を倒す六郎。


 蹴りのインパクトと打突部位をズラした防御だが、その一撃で六郎の身体が軽々と吹き飛んだ。


 それを追う魔神の姿が再び消える。


 宙を飛ぶ六郎を真上から叩き斬る黒い剣。


 身体を捻り、回転の力を乗せて六郎の刀がそれを迎え撃つ。


 衝撃で輝く剣と刀。

 円心状に広がる衝撃波――と、叩きつけられた六郎。


 割れる地面と舞い上がる砂塵。


 それでも追撃の手を緩めない魔神がもう一度剣を振り上げ――た瞬間その柄頭を捉えた六郎の。その衝撃に剣が魔神の手から宙を舞った。


 地面から跳ねるように腕で飛び出した六郎の左蹴りが、魔神の剣、その柄頭を捉えたのだ。


 宙を舞う剣に一瞬魔神の気が逸れる。

 交差する六郎と魔神。

 刀を振るには近すぎる間合いに、それでも笑う六郎が刀を持った右腕で魔神の首を思い切り刈り取ったラリアット


 バチンという大きな音は、凡そ人が人型の何かにラリアットを食らわした音ではない。

 一瞬呼吸を乱された魔神が『ウッ』と声を漏らし、後ろに回り込んだ六郎がその髪を引っ張り腰へ左足刀蹴り。


 引かれる頭。

 押し出される腰。


 それに倣うように魔神が後方に一回転――の途中で振り抜かれる六郎の右爪先。


 魔神の顔面を狙ったそれは、魔神が繰り出した防護壁に当たって轟音を響かせた。


 蹴りこそ当たらなかったものの、吹き飛んだ魔神が鬱陶しそうに立ち上がり六郎を睨みつけた。


「刀んが甘ぇの」


 笑う六郎が刀の柄を何度か握って放してを繰り返し見せれば、


『問題はない――』


 そう吐き捨てた魔神が手を翳せば、新たな剣がその手に出現した。


『何度でもいくらでも作れるからな』


 そう笑う魔神がもう片方に剣を持ち、同時に右手の一本を掲げた――


 何かを察知した六郎が後ろに大きく飛び退けば、空と地面から無数の黒い剣が


 六郎を捉えそこねたそれらが霧散していく中、『いくぞ――』異形の姿が再び消える。


 一瞬で間合いを詰めた異形の地面を割る踏み込み。

 両手の剣が黒い靄を吐き出しながら、六郎へ向けて振り下ろされた。


 それを受けるのは六郎の刀。

 再び空気を震わす衝撃に、一瞬六郎が踏ん張る――その真後ろから現れた黒い剣。


 六郎の後頭部を狙うそれに、六郎が相手の振り下ろしを受けながらダッキング。


 慣性に従った後髪を黒い剣が掠めて消えれば、

 屈む六郎を貫かんと地面から剣が生えた。


 相手の力を利用し、滑り込むように魔神の股ぐらをくぐり抜ける六郎。


 その振袖を、肌を、黒い剣が掠める。


 舞う鮮血。

 それを追うように黒い剣が地面を走るように生えて行く――


 転がり、

 起き上がり、

 跳ねて、

 駆けて。


 躱した六郎が、体勢を整え一瞬で魔神へ接近。


 力強い踏み込みが地面を穿てば、六郎の剣が大気を斬り裂き魔神に迫る。


 六郎の一撃を受けた魔神。


 震える空気を弾き飛ばすように、

 魔神の両脇から新たな剣。


 自身を狙うそれから距離を取った六郎。

 それを追う魔神の姿が消えた。


 空宙で、

 地表で、

 そこかしこで走る衝撃波が、

 重なり、

 干渉し、

 相殺し、

 増幅され、

 当たり一面は轟音が鳴り続け、地形が変わっていく。



 一際大きな衝撃の後、刀と二本の剣を交差させる両者が地表付近に現れた。


 拮抗する力が重力に逆らっているように、ゆっくりと二人が地面の上に――


『人にしてはやるな……』


 笑う魔神に


「神を名乗るには弱えわい」


 同じ様に笑う六郎。



 その六郎を弾き飛ばすように、魔神が両手の剣を思い切り振り、再び両者の間合いが切れた。


『良いだろう。ならば神の力……とくと味わうが良い』


 剣を掲げた魔神の背後に無数の魔法陣が現れる。


『人の身でどこまで耐えられるかな――』


 魔神が笑えば無数の魔法が六郎へと襲いかかった――

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