第151話 遅れてくるには理由がある
前回までのあらすじ
誕生した魔神を前に、リエラとジンが大ピンチ。ですがいいタイミングで現れるのが主人公です。
☆☆☆
六郎が異形の首を落とした瞬間から、時は少し遡り――
アトモスの後始末をアレンに押し付けた六郎は、城壁を越え、屋根を飛び移り、目の前に迫る皇城へと駆けていた。
皇城から漏れる清廉で巨大な気配に、恐らくサクヤとそれを攫ったユルゲンやジルベルトが居るだろうという当たりをつけて。
北門から真っ直ぐ皇城を目指した六郎が直ぐに辿り着いたのは、奇しくもリエラとジンが侵入した北側だ。
誰もいない城壁の上。
人目のない通り。
静まり返った城内。
是非侵入して下さいと言わんばかりの状況に、「コソコソしとるみたいで嫌やのぅ」と眉を寄せるが、今は己の気持ちよりも優先すべきものがある。
囚われたサクヤを助けるのが最優先であれば、早速皇城へと侵入するほうがいいだろう、と城壁へと飛び移ろうとした六郎がピタリと止まって、東を睨んだ。
六郎の視線の先、小さな影が少しずつ大きくなって――
「冒険者ロクロー……どうやら間に合いましたね」
――息を切らして現れたのは、クロウの副官であるユリアだ。
「何ね? ワシに文句があるんなら後にしちゃらんね」
そんなユリアに面倒だという表情を隠さない六郎。事あるごとにユリアから邪険にされてきた六郎にとって、『ユリアが口を開く、イコール、六郎への不満』という図式が定着している。
自分を煙たがる六郎の態度に、ユリアは「貴方の自業自得なんですが」と口元まで出かかった不満を飲み込んだ。よくよく考えれば、自分も六郎に歩み寄ろうとしたことは無かったからだ。
クロウ曰く「そんなに悪い奴じゃないよ」との言葉を少しだけ信じ、今日くらいは自分から歩み寄っても良いかもしれない。六郎という人間を好きにはなれないだろうが、それでもある程度の理解は得られるかもしれない。
そう考えたユリアは、気持ちと息を整えるために大きく深呼吸をした。……六郎にはそれが呆れた溜息のように映っているが……
溜息か深呼吸か。兎に角、息を整えたユリアが六郎を真っ直ぐ見据え、少し早口で話しだす。
「今回は小言ではありません。殿下より伝言を賜って来ました」
「伝言ん?」
眉を寄せる六郎に「はい」とだけ答えたユリアが、真面目な表情を崩さずに口を開く。
「『決戦に行くなら、ちゃんとした武器持っていきなよ』だそうです」
表情筋を一ミリも動かさないのに、口調はまんまクロウのそれ。真顔のユリアがクロウの口調を真似するという、ユリアの部隊では鉄板のネタなのだが……そこは六郎。
「何や……お前……気持ち悪ぃの」
苦笑いの六郎に、ユリアは自身の顔面温度が上昇しているのを感じている。そして同時に「やっぱこいつ嫌い」と言う結論に今まさに華麗な着地が決まってしまった。
いや着地どころか減り込んでいる。もう二度と六郎の評価が地表に現れる事など無いだろう。
対人スキルは全て戦闘に極振りしている男に、いきなり内輪ネタをブッ込むあたりユリアも大概だが……。
兎に角、氷の美姫よろしく完全に表情を消したユリアが「貴方の言う刀とやらを取りに行きますよ」六郎に背を向けた。
「おお! 刀じゃな」
思い出したように手を叩いた六郎だが――
「取りに行く?」
ユリアの言葉を反芻しながら首を傾げた。
「はい。取りに行きます。貴方が何処に居るか分からなかったので、貴方を捜すことを優先させました」
肩越しに淡々と話すユリアだが、六郎が聞いているのはそう言う事ではない。
「眼の前ん敵ば放って?」
親指で皇城を指す六郎は心底嫌そうな顔だ。六郎からしたら今から敵の顔を拝んでその首叩き斬ってやろう。と意気込んできたのに、「お預け」だと言われているのだ。嫌そうな顔の一つも出てしまう。が、それをユリアが聞く義理はない。
「言いたいことは分かりますが、ピニャ殿からは『最高傑作が出来た』とのご連絡を頂いていますが?」
六郎を振り返るユリアの顔には、呆れの二文字がありありと浮かんでいる。
装備も整えず戦闘に首を突っ込もうとしている。
それを異常とも思わない六郎の思考回路。
そして、それを形成してきた六郎という男の人生。
何一つとってもユリアには理解など到底出来るものではない。とはいえ、クロウがわざわざ自分を派遣させたのだ。その分の仕事はせねばとユリアはもう一度表情を引き締めた。
「殿下は貴方に賭けたのです。で、あれば確実に勝って頂かなくては」
もう一度背を向けたユリア。その行動に六郎は「万全で臨んでくれ」と言われている気がしてならない。
正直余計なお世話だと言いたい気はある。というか八割方はそんな気持ちだ。
だが残りの二割は――
「クロウがお主を寄越したんじゃな?」
――クロウの思いを無下にするのは悪いという気持ちだ。
本来であればクロウとジンが解決に当たりたかった事件だろう。それでも魔王という脅威を前に、クロウはそれを討伐することを選んだ。
クロウもレオンも強い。
魔王相手でも負けはしないだろう。だが、魔王を倒して更に黒幕と戦えるかと言えば、微妙な所だ。
疲弊した状態で戦えるほど皇城の中から感じる気配は優しくはない。
そんな状態になると見越して、クロウが六郎のもとへユリアを派遣したのだ。
万に一つも負ける事の無いよう。
万全の状態で相手に立ち向かえるよう。
その気遣いをここで無下にするのは、六郎の道理に反する。
敵を見つけたなら有無も言わさず滅する。
男が託した思いは無下には出来ない。
腕を組んだまま暫く唸っていた六郎だが――
「相わかった。案内しちゃらんね」
――大きく息を吐いて、諦めたように表情を緩めた。
「かしこまりました。では――」
六郎の言葉を聞いたユリアが屋根を飛び越え駆け出す。
その後を続く六郎の背後で、巨大な光の柱が皇城から立ち昇った――
☆☆☆
南門に面した大通り、そこから一本路地を入った所にピニャの工房はあった。
景気のいい鉄を叩く音と、煙突からモクモクと吐き出される煙が、今も絶賛稼働中である事を教えてくれている。
通りに人の気配はないが、そこかしこに散らかった物を見るに、つい先程までは結構な騒ぎだったと思えるのだが……
「報告には聞いていましたが、まさか本当に避難していないとは」
片手で頭を抱えて天を仰ぐユリアが扉を開き、熱心に目の前の金属と向き合っている工房の主に大きな声で呼びかけた。
ピクリと動くピニャの肩。振り向くその顔は、王国で最後に見た時と全く変わらない、何処か眠そうでやる気のない顔。それでも――
「……待ってた」
トテトテと小走りで入口まで来るピニャの顔には、久々の友人を歓迎する笑みが浮かんでいる。
「応! 久々じゃの。ちぃとデカなったんやねぇか?」
ガハハと笑う六郎に、「……嫌味? 全然伸びてない」と口を尖らせるピニャ。
その肩に光る玉のような汗が流れて落ちれば、六郎は「いんや。デカなっとる」と笑いながら首を振った。
「前より……確実に。主ん腕は上達しとろうが?」
笑う六郎の「デカくなった」と言う意味を初めて理解したピニャが「……当然」と胸を張って満更でもない表情を見せた。
六郎が成長したように、この半年ずっと鍛冶と向き合ってきたピニャも成長しているのだ。
その身体から迸る雰囲気は、身体の大きさを錯覚させるほどの自信だ。
「こりゃ楽しみじゃ」
笑う六郎に、「……今回は本当に凄い」そう言いながらピニャが奥へと引っ込んだ。扉の外、遠くでワッと歓声が上がった――その歓声に「やるやねぇか」「……殿下」と二人がそれぞれの感想をこぼした頃、ピニャが一つの包を持ってきた。
「……正直硬すぎて何度も諦めそうになったけど」
ジト目のピニャがその包を六郎へと差し出した。
真っ黒な布で包まれた棒状の物――その包を六郎が開けば、現れたのは白い柄巻が印象的な刀だ。
「……コントラストは大事」
ニヤリと笑うピニャが示す通り、白い柄巻きと黒い鞘はその色の対比もあってかなり目立つ。
とは言え、刀を抜いてしまえば――
そう思った六郎が柄に手をかけた瞬間、刀が大きく脈打った。
それこそ「ドクン」と音が聞こえてきそうな程の脈打ちに、ピニャもユリアもその顔を驚愕に変え、六郎とその刀から一歩後退る。
「妖刀か……跳ねっ返りん強か奴じゃ」
笑う六郎が、躊躇せず刀を引き抜けば――現れたのは、真っ黒な刀身だ。
刃紋も鎬も何もかもが黒いその刀は、まるで六郎に抗うかのように大きく脈動を繰り返している。
「ま、魔剣というやつか」
「……何これ……打ってる時はただ硬いだけだった」
見たことのない現象に、流石のピニャも訳がわからないと、今だけはその眠そうな瞳を大きく見開いている。
ピニャやユリアからしたら意味の分からない現象だが、六郎からしたら納得だ。
鉱石になったとは言え、元々は人々の怨嗟が集まった思念体。六郎にこっぴどくやられ、その姿を石に変えただけで、今もその恨みつらみは行き場を無くしこの刀の中に囚われたままなのだろう。
それが再び血と恨みを撒き散らす道具に姿を変えたのだ。
――今直ぐ暴れさせろ
そんな意思表示の一つでもしてみたくもなるのかもしれない。
とは言え主人が誰かという事だけは教えておく必要があるわけで――笑う六郎が刀を握ったまま恐ろしいまでの闘気でその身を包んだ。
闘気――普通の人間なら蜃気楼のような靄。力の強いものであればそれがより濃く強くハッキリ境界を成し白く自身を包むもの。
それが六郎に至っては――
「黒い……闘気」
――黒い靄が全身を包んでいる。
見るものを不安にするような、そして圧倒する恐ろしい迄の闘気に、ユリアもピニャも瞬き一つ出来ないでいる。
殺気こそ込められていないそれに、動きを制限されるということ。それが表すのは絶対的な力の差だ。
ユリアをしても計り知れない力に晒される刀身が、先程までの脈動と打って変わって「カタカタ」と震えるように小刻みに動き出した。
「ワシん許可なく口ば開いたら……へし折るぞ」
獰猛な笑いの六郎が吐き捨てた言葉に、震えていた刀身は次第に大人しくなっていき――遂には黙り込んだように全く動かなくなった。
「よか」
口角を上げた六郎が、鞘に刀を戻して腰に差した。
「うむ。やはり腕ば上げたの」
笑いながら腕を組む六郎に、「……ホント無茶苦茶」とピニャが大きく溜息をついた。
意思を示そうとする魔剣に、それを抑え込む持ち主。どちらも人伝に聞けば「……与太?」とでも言いたくなる話だ。いや、目の前で見ていても信じられるか分からない。
だが持ち主が六郎であれば「無茶苦茶」の一言で片付いてしまう。その認識自体が無茶苦茶なのだが、それにピニャが気づくことはないだろう。
刀を差し、振袖のたわみなどを調整した六郎が満足した様に頷いた。
「積もる話もあるが……先を急ぐでの」
「……ん。また変な素材があったら回して」
笑う六郎にピニャも笑い返す。
「そうじゃな。次は小太刀と……あとは鉄扇を新調したいわい」
後ろ手をヒラヒラ振りながら扉に手をかける六郎に「……待ってる」それだけ答えたピニャが見送りとばかりに後を追う。
扉を開けば、割れんばかりの歓声が三人を包み込む。工房の中では遠くに感じたそれが、一気に現実となって三人を包む。
歓声もそして――皇城に見える巨大な後ろ向きの人型の姿も。
長い髪を持つそれに、街中のそこかしこから「女神様だ!」「我々をお救いに」と歓迎するかのような声が上がっている。
「……女神様?」
ポツリと呟いたピニャに、六郎がニヤリと笑う。
「いんや。ありゃ大将首じゃ……」
「大将首って――」
眉を寄せるユリアだが、六郎の耳には聞こえていない。
「おぅし! そん首、六郎が
獰猛な笑みを浮かべた六郎が、石畳を弾けさせその姿を消して間もなく――巨大な異形の首が見事に吹き飛んだ。
異形の首が宙を舞い、クルクル回って霧散すれば――
――一瞬で鳴り止む歓声。
一拍置いて静寂が悲鳴に変わる。まるで阿鼻叫喚の地獄のような悲鳴の嵐に、ピニャとユリアは顔を見合わせ「……何も見てない」「ええ。見てません」そう頷いて二人で工房の扉を潜った。
先程まで現実として二人を包んでいた悲鳴も、今は遠く他人事のように聞こえてくれないかな。
そう願いながら二人は黙ったまま扉をきつく締めた。
外を包む阿鼻叫喚は、そんな扉などお構いなしに二人に「現実だよ」と伸し掛かってくるのであった。
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