第150話 目立つ奴はだいたい大将首
前回までのあらすじ
クロウとレオンが男を見せました。
とは言え、相手の計画は着実に進んでます。
☆☆☆
光に包まれ浮かび上がるサクヤ。
「サクヤ様ー!」
響くジンの声。それを掻き消すかのような、勝ち誇った笑い声はユルゲンだ。
「来たぞ! 遂に! 遂にだ!」
両手を掲げてサクヤを、いや立ち昇る光の柱を見上げるユルゲンは恍惚とした表情だ。
少しずつだが確実に何かを象っていく光の柱。
亀の如き遅さのそれだが、それを見上げるユルゲンの表情に憂いなど一切ない。
そして――
『中々いい器ではないか』
光の柱を同じ様に見上げるジルベルトが、聞いた事もない声を発した。
「やらせると思うか?」
『それを決めるのは我だ』
睨み合うユルゲンとジルベルトに、完全に置いてけぼりの形のリエラとジン。
今まさに二人の老人が動こうとしたその瞬間――
――コン
響き渡ったのはリエラが杖で床を突いた音。その音に呼応して一瞬でジルベルトとユルゲンの間で床が迫り上がれば、
「喧嘩がしたいなら、死んでからあの世でしてくれないかしら?」
呆れ顔で杖を構えるリエラ。
「下がれ小娘。もう貴様らなどに用はないのだ」
面倒そうな顔を隠さないユルゲンに、リエラも同じ様に面倒そうな顔を返した。
「あなた莫迦なの? アタシ達が仕方なくあなた達の相手をしてるの。介護の要不要を決めるのはアタシ達よ」
呆れたようなリエラの言葉に、ユルゲンがその眉根を盛大に寄せた。
「小娘……粋がるなよ」
「そういう台詞は、本当に強い奴が云うから格好がつくのよ」
溜息をつくリエラの顔は完全にユルゲンを小馬鹿にしたそれだ。
「ジルベルト!」
蟀谷に青筋を立てたユルゲンが叫べば、
『まあ良いだろう。まだ形も定まらぬただの思念……いま暫く貴様らの相手でもして待っていよう』
ユルゲンと壁を一枚隔てた向こうで、ジルベルトが指を鳴らしてリエラを睨みつけた。
「『相手をする』? 偉そうに言わないで。『介護して下さい』の間違いでしょ」
クルクルと回ったりエラの杖がピタリと止まる。石突を真っ直に二人へと向けたリエラが大きく深呼吸。
「ジン! いつまで狼狽えてるの! 未だ間に合うわ」
リエラの喝に、ジンが肩を跳ねさせ「間に合う?」と呆けた顔で振り返った。
「ええ。まだ固定化してない。なら完全に固定化する前に、あの女神モドキをどうにかしましょう」
先程より人っぽくなった光の柱をリエラは真っ直ぐ睨みつけた。正直「どうにか」と言っておきながら、どうしたらいいかは分からない。
六郎は己に宿った神格を叩き斬ったと言う。
ならばここでも斬ってしまえばいいのだろうか。
それとも腕輪を外せばよいのだろうか。
どうするのが正解かは分からない。それでも六郎が帰ってきたという事実は変わらない。
「さっさと終わらせて帰るわよ」
リエラの檄に強く頷いたジンが再びその身体に炎を纏い、ジルベルトに向き直った。
再び向かい合う両者。リエラの作った壁から小石が剥がれた音が合図だった。
一気に間合いを詰めたユルゲンとジルベルト。
ユルゲンが振り下ろすサーベルがリエラへ襲いかかる。
迎え撃つリエラの防護壁――にユルゲンが左手で触れれば
音も立てずに防護壁が霧散した。
口の端を上げるユルゲンと、能面の様な表情でバックステップするリエラ――の後方で迫り上がる床石。
背中に当たる壁の感触に、リエラは漸く相手が退路を塞いできた事に気がついた。
醜く歪むユルゲンのその顔は「魔法が使えるのはお前だけではない」とでも言いたげだ。
方や切っ先へスピードの乗ったユルゲン。
方や退路を絶たれ体勢を崩したリエラ。
勝者は火を見るより明らか。
リエラの頭蓋に吸い込まれるサーベル――
黒い剣を持ったジルベルトの一撃を、ジンは炎の大剣で防いでいた。
上から押しつぶすかのようなその一撃で、ジンの足が床を砕き少しずつめり込んでいく。
『……どうせ死ぬのだ。今死ぬか、後で死ぬかの違いでしかないであろう?』
上から抑え込むジルベルトがニヤリと笑えば「ふざけるな」とジンが大剣を持つ手に力を込める。
ゆっくりと押し返されていく黒い剣。遂にジンの大剣が黒い剣を弾き返し、ジルベルトが大きく仰け反った。
弾いた勢いで振り上げた大剣をジンが振り下ろす。
バックステップで躱すジルベルト。
床を穿つジンの大剣。
吹き上がる炎がジルベルトを襲う――が、その炎はジルベルトが生成した防護壁の周りを燃え上がらせただけだ。
それでも間合いを詰めたジンが横に大剣一閃。
防護壁を砕き、ジルベルトに迫るその一撃を、
黒い剣が辛うじて受け止めた。
剣が吹き出す炎を、ジルベルトの黒い靄が受け止め脇へと流していく。
『……面倒な炎だ』
大きく息を吐いたジルベルトが、大剣から逃れるように大きく横へ飛び退いた。
振り抜かれた大剣が撒き散らした炎は、再びジルベルトへ向けて――その炎を前にジルベルトが指を鳴らす。
地を走っていた炎がピタリと止まれば、ニヤリと口角を上げるジルベルト。
『元々は同じ根源の存在。その身を離れた炎を我が操れぬ道理は無い』
笑うジルベルトが手を翳せば舞い上がっていた炎が一斉にジンへと襲いかかった――
リエラの頭蓋に吸い込まれるように叩き込まれたサーベルは、甲高い金属音を打ち鳴らしていた。
耳鳴りのようなその音に。
そして手に訪れた痺れに。
――防護壁は先程解除したはず。と、ユルゲンが一瞬顔を顰めた。
その顎先にリエラの杖頭が迫る。
押し上げるリエラの右手が、
踏み込んだリエラの右足が、
杖頭に弧を描かせ、ユルゲンの顎へと吸い込まれていく。
完璧なタイミングだったそれだが、ユルゲンが咄嗟に顎を上げたことで、顎先を掠めるだけに――
仰け反ったユルゲンがバク転する形で一旦距離をとった。
「……小賢しい真似を」
苦々しい表情のユルゲン。その表情が物語っているのは、先程ユルゲンの完璧な一撃を防いだリエラの防護壁の事だろう。
完璧に捉えたと思った一撃は、リエラの数センチ外を包む透明な防護壁に阻まれた。
「防護壁が見えないと駄目だなんて誰が云ったのよ?」
薄く笑うリエラの表情に、ユルゲンが顔を顰めて歯噛みする。
半透明の球体は魔導具の力で無効化した。だが、まさか二重に防護壁を張っているとは思わなかったのだ。……いや、二重に張っていると気づけなかった。
リエラが今までスタンダードな、半透明で球体の防護壁しか見せていなかったからだ。
頭の中で防護壁=半透明の球体。と言う固定観念がある人間にはピッタリのカウンター。
そもそも球体にするのは、その方がイメージがつきやすく簡単だからだ。自分の体のような複雑な形状で作るのは労力が桁違いなのだ。
だから自分の身体を包み込むような防護壁など普通はやらない。よもや透明にするなど魔力消費の観点から見れば以ての外だ。
だがその先入観は、事実サーベルを止められたユルゲンに一瞬の迷いを与えた。そのせいで顎先に強襲を貰いかけたのだから、リエラの狙いはドンピシャと言って良いだろう。
とはいえ――
「もう引っかからんぞ」
――獰猛に笑うユルゲンの言う通り、一回きりの子供騙しのようなトリックでしかない。
完全に手札を出させた。そう笑うユルゲンの目の前で、リエラが鼻を鳴らした。
睨み合う二人の耳と目に、空気を震わす程の衝撃と光が飛び込んできた。
「……どうやら向こうはケリがついたようだぞ?」
光り輝く横をチラリとみやったユルゲンがニヤリと笑う。
「そうね。後は貴方を殺して終わりよ……」
杖を掲げたリエラがニヤリと笑う。
「あ。あと女神モドキもね」
「負け惜しみを――」
眉を寄せるユルゲンの言葉を遮ったのは、リエラの杖。その石突が響かせた乾いた音だ。
リエラの後ろに出てくるのは無数の青い魔法陣。そこから吹き出すのは、オケアヌス直伝の超高圧水流群だ。
縦横無尽に駆け巡る水の軌跡がユルゲンに襲いかかる。辺り一面、蜘蛛の巣のように一瞬で張り巡らされた水の軌跡――一本一本に氷の粒まで混ぜてある凶悪なウォーターカッターを、それでも器用に躱すユルゲンは流石というところか。
「この程度――」
「これで終わりの訳ないでしょ」
躱しながら近づくユルゲンに、リエラが笑ってもう一度地面へ杖を突き立てれば――床がヒビ割れが輝き出した。
隆起と沈降を繰り返す足場に、ユルゲンの顔が初めて大きく歪む――腕を、足を、水の軌跡がユルゲンを掠めては消えを繰り返す。
加えて――
「さあ踊りなさい」
――笑うリエラが床を突けば、虚空から雷が降り注ぐというオマケ付き。
ガリガリと削られているであろう魔導具のキャパに、ユルゲンが覚悟を決めたように全ての魔法を無視してリエラへ直進。
避け続けてもキャパが減るなら、最短距離で近づいた方がコストが低いだろう。
そう目論んだ突進にリエラが「悪くないわ」と笑った瞬間、ユルゲンへ集中砲火が降り注ぎ、同時にその後方で光の柱が一気に輝き出した――
炎に包まれ燃え上がるジン。完全に火達磨にしか見えないそのシルエットだが、火達磨の筈のジンが大剣を横に薙げば、一瞬で炎が収まり無傷のジンが現れた。
「龍が己の炎で焼かれることはない」
ジンの言葉に、ジルベルトが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「お前が何者か知らない。お前が何を企んでいるかも知らない」
ゆっくりと大剣を担ぐ様に構えるジン。
「お前を何が作り出したか知らない。お前と俺たちの関係も知らない。」
腰を落としていくジン――その左足に込められていく力に、床が小さく音を立ててヒビ割れる。
「唯一知っているのは、お前が俺の大切な人に手を出したという事と――」
ジンの身体を闘気が包み、胸や肩から炎となって吹き上がる。
「――お前を倒さないといけないと言う事だけだ」
弾ける床石。
消えるジン。
響く踏み切りの強い音。
空気の振動より速く、ジルベルトのもとへ辿り着いたジン。
加速の勢いを攻撃に。
直線運動を垂直運動へ。
それらを可能にする踏み込みは床を穿ち、石を舞い上げる。
振り下ろされた一撃は空気を裂き、音すら出さずにジルベルトの肩へと吸い込まれていった。
『莫迦な……我が人如きに――』
袈裟に切り裂かれたジルベルト。辛うじて両断こそ免れているが、かなり深い傷なのだろう黒い靄がとめどなく溢れている。
ジルベルトはそれを抑え込むように両手で抱え、苦しそうにフワフワと浮いてジンから距離を取った。
『かくなる上は……』
苦しそうなジルベルトが手を翳せば、音も立てずに崩れる結界。
「どこに――」
行く? ジンの言葉を待たずに、ジルベルトが殆ど人の形となった光の柱へ――
それにジルベルトが触れた瞬間、玉座の間をまばゆい光が包み込んだ。
「ちょっと、何なの? 何でアタシ以外に後光が差してんのよ!」
騒ぐリエラがジンの横へ駆けつけるが、当のジンも何のことだか分からない。
「ジルベルトがあの光に――」
「なんだと! クソ!」
ジンの言葉に焦ったような声を上げるのは、下半身がなくなったユルゲンだ。
「ジルベルト! 貴様! まだ女神様は――」
光に向かって這うユルゲンが叫ぶが、光は構わず女神の形を模していく――。
完全に人の形に近づいた頃、サクヤが苦しそうにうめき声を上げ、それと同時に巨大な女神が明滅を初めた。
「とりあえず腕輪を外すわよ!」
リエラの言葉にジンがサクヤへ走り寄り、グッタリとした腕から神器を外して放り捨てた。
「あとこれも!」
リエラがサクヤの羽織る神器を放り捨てれば、苦しそうだったサクヤの顔は少しだけ穏やかなものに。
「良かった……」
額に汗こそ残るものの、穏やかなサクヤの表情に、ジンがホッと胸をなでおろしている。
「安心してるところ悪いんだけど……とりあえず、アレ……どうしたら良いのかしら?」
リエラの視線の先には、フワフワと宙に浮かぶ白い衣と腕輪だ。
衣の上に明滅を繰り返す女神。そしてその周りをクルクルと回っている腕輪だが、ゆっくりと力を失っているように、その回転は弱くそして低くなっていく。
「とりあえず、何かぶっ放してみる?」
ジンに聞きながらも、許可を得ずに衣……もとい女神モドキへむけてリエラが雷一発――苦しそうに藻掻く女神モドキに「あ、効いてる」と打った本人が一番ビックリしている。
「よし、良くわかんないけど倒せそうよ。後でロクローに自慢しましょ」
笑うリエラが杖を掲げた瞬間――
「ジルベルト! 聞け! このままではお前も、私も終わりだ!」
声を張り上げるユルゲンにリエラとジンの視線が向いた。
「私の身体をやろう! 私達二人で新世界の神として、新たな世界を――」
叫ぶジルベルトに降り注ぐリエラの雷。黒く焦げ煙を上げるだけのそれ――だが、衣と腕輪が意思を持つように黒焦げとなったユルゲンへ覆いかぶさった。
――ドクン
大きく脈打つユルゲン。
明滅を繰り返す女神モドキ。
衣がはためき
腕輪が光る。
下半身のない黒焦げの死体が宙に浮いた瞬間、今日一番の光が周囲を包み込んだ。
光が収まった後に現れたのは――
灰色の肉体と白く長い頭髪を持った男。瞳と左の額、髪の分け目から伸びた角は紅く、左の背中に見えるアトモスのような黒い片翼が目を引く。
失った筈の下半身は、テラのような黒い毛皮に覆われた逞しい物に。
そして太い腕を包むのはオケアヌスを彷彿とさせる黒い鱗だ。
『……ふむ。悪くないな』
片手を何度か握りしめる異形が、リエラ達へ視線を向けた瞬間――その姿が消える。
気がついた時には既にリエラもジンも吹き飛ばされていた。
辛うじて防護壁で防御を張ったが、それが一瞬で砕け散り訳も分からず壁に叩きつけられたのだ。
『どうした? 未だ息があるだろう?』
笑う異形の視線の先、崩れた壁が淡く輝けばリエラとジンが転がり出てくる。
「アッタマきたわ」
異形を睨みつけるリエラと「次は油断しない」とジンも大剣を構え直した。
『いいぞ! 貴様らを最初の贄としてやろう……新世界の、新たな神の――』
異形が両手を広げれば、吹き上がる闘気が玉座の間を突き抜け皇城の屋根を吹き飛ばした。
そこに現れたのは、異形と左右対になっている巨大な幻影。
人々の願いを集約したにしてはあまりにも禍々しい神の姿。それでいて恐ろしい程強大なその姿――
勝ち誇り笑う異形。
何とか対抗しようと杖と大剣を握りしめるリエラとジン。
そんな彼らの耳に――ヒュン――と頭上から風切り音が聞こえた瞬間、幻影の首から先が吹き飛んだ。
比喩でも何でもなく、本当に幻影として現れていた神の首が宙を舞い、風に攫われ霧散していく――
「なぁんかこらぁ……大将首っち思うたら、物の怪ん幻やねぇか」
そんな風に乗って聞こえてきたのは、何とも呑気で聞き慣れた声だった。
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