第149話 頼むからターン制RPGのシステムを導入してくれ
前回までのあらすじ
リエラとジンが多少優勢に見える戦いの中、ジルベルトが仕込んだ何かが発動し、程なくして女神が誕生したっぽい感じで終わってます。
☆☆☆
帝国の入口、南門の前は今や局地的な災害の様相を呈している。
吹き上がる間欠泉。
揺れる大地。
降り注ぐスコール。
突き上げる岩。
地形が変わるほどの大規模魔法の数々が、たった二人の人間に向けて放たれているなど誰が信じられるだろうか。
レオンもクロウもそれぞれ西と東から、時に引っ張られ、時に押されてこの南門の前まで誘導されてきた。
南門前について暫く、漸く相手の攻撃に誘導するような目的が消え、本気でレオンやクロウを殺しに来ている。
そんな猛攻を先程からずっとレオンもクロウも躱して受け止め弾き返して、更に反撃まで続けているのだ。
「カートライト卿、大丈夫?」
「ええ、何とか」
背中合わせで笑う二人が、相手がまだまだ大丈夫そうな事に口角を上げて頷いた。
振り下ろされる武器にも、放たれる魔法にも、恐ろしいまでの殺気が乗っている。それでも二人共魔王相手にちゃんと立ち回れているのは、ひとえに二人の実力故だろう。
躱し、反撃を加える二人。
武器を振り回し魔法を放つ二柱。
既に一対一から二対二の状況に変わって長い。
吹き上がる間欠泉を逆手に、宙へと飛び上がったレオン。
飛び上がったレオンを撃ち落とさんと、周囲から水の軌跡が襲いかかる――それにレオンが剣を一振り。
横に一閃。
煌めく軌跡が高圧水流を弾け飛ばした。
水が弾けたのは一瞬だが、その間にレオンはオケアヌスに肉薄。
突き出したレオンの剣にオケアヌスが慌てたように体を開けば、
その首筋を掠めたレオンの剣が肉を抉る。
通り抜けるレオン目掛けて、真横から振り下ろされるのはテラの両刃剣。
それを迎え撃つのはクロウが放った巨大な風玉。
風玉を弾き飛ばし、地面を穿ったその一撃だが、一瞬鈍った剣閃はレオンを捉える事が出来なかった。
お互いがお互いをカバーしつつ戦うレオンとクロウ。レオンがアイコンタクトで謝意を伝えると、クロウが僅かに口角を上げてそれに答えた。
一撃を邪魔されたクロウにテラが向き直れば、その後ろから駆け出したレオンが踏み込みと同時にその足を斬りつけた。
太い足が中程から断ち切られ、痛みに上げるテラの咆哮が大地と空気をビリビリと震わせている。
テラの足元に居るレオン目掛けて突き出されるオケアヌスの鉾。
それを受け流すようにズラすのは、クロウがもつ風を纏った短剣だ。
飛び上がりながら突きを逸し、相手の右肩側に滑り込むクロウ。
狙うは――最初に右腕の一本につけた深い傷だ。
狙い違わず振り下ろされた風の刃が、オケアヌスの右腕を一本叩き落した。
吹き飛ぶ巨大な腕。
舞い散る青い血。
空気を震わす咆哮。
オケアヌスがクロウを嫌がるように鉾を振り回せば、クロウとレオンが一旦二柱から間合いを切った。
「結局なんでココに来たんだろうねぇ」
大きく深呼吸をして息を整えるクロウ。
その横でレオンが
「さあ……何か思惑があるようでしたが」
瓶を放り投げた。
「思惑……ねぇ」
視線こそ二柱から外さないが、クロウは背後に感じる南門に意識を集中している。自分たちが移動すると同時に、防衛に当たっていた部隊も同じ用に南門前に詰めている。
背後から聞こえる応援するような声に熱が籠もっていることから、かなりの部隊が
「相手の思惑は分かりませんが、早めにケリをつけましょう」
レオンが剣を構える姿に、「だねぇ」とクロウも短剣に――魔力を通わせようとした瞬間、不穏な気配をクロウが察知した。いや、レオンもほぼ同時に。
周囲を包む感じたことのない気配。ゆっくりと間合いを詰めてくる二柱の真上にそれらが集まっていく。
「なんだ?」
「さあ……ただあんまり良くないかも」
クロウがその表情を曇らせた瞬間、二柱の頭上に見たことのない者が出現した。
いや、正確には見たことはある……【聖典】の中で。
白い衣を身に纏った美しい見た目の男女。背中から生える真っ白な翼が示すその存在は――
「……御使い」
ポツリと呟いたレオンの言葉通り、所謂天使という存在だ。出現したそれらは、魔王の周りを飛びながら良く分からない光を撒き散らしている。
何故このタイミング、何故ここに、一体誰が――
高速で思考を巡らせるクロウの耳に、「み、御使様だ! 魔王を倒しに御使様が現れたぞ!」歓声が飛び込んできた。
その声に弾かれるように門を振り返ったクロウ。
南門。
御使い。
集まった兵士。
避難する人々。
皇城。
大聖堂。
北門。
――どのみち一緒やろうが?
響いた六郎の言葉で全てが繋がった瞬間、クロウは「くそ、やられた」とその顔を顰めて短剣を構え直した。
「クラウス殿下、一体どういう――」
「説明する暇はないけど、あれは敵。味方のふりして今も魔王の周りで飛んでるけど、あれは紛れもなく敵……というか敵の仕込みだよ」
敵とは言ったが、クロウ自身どうしていいか分からない。
この天使はジルベルトが出現させた、幻影のようなものなのだろう。
六郎の言う通り、魔王を倒しても倒さなくても「一緒」だったのだ。最終的にジルベルトの出した天使が魔王を消滅させたように見せるだけでいい。
そしてそれはこの位置がベストなのだ。
南門からまっすぐ伸びる大通りは皇城へと続いている。
今も避難でごった返すその大通りから、最も見えるのがこの位置。
そして市街へ逃げる人々は北門を通っている。
北門は南門と丁度真反対に位置しており、加えて北の城壁の越しに見える建物は、皇城と大聖堂だ。
大聖堂の一番高い鐘楼自体はミュラーが落としたが、それでも他の尖塔など大聖堂を連想させる建造物は健在だ。
北門から天使モドキが見えるとは思わないが、大聖堂や皇城の上に、この天使モドキが撒き散らす神々しい光は見えるだろう。
つまりここで天使モドキたちが衆人環視の中、魔王を滅する事が最大の目的だ。
今から慌ててオケアヌス達を倒したとしても、その手柄は天使モドキ達に奪われるのだけは間違いない。
この位置まで来てしまった時点で、相手の策略にハマってしまったのだ。
「迂闊だった」
ギリギリとクロウが歯噛みする中、状況の分かっていないレオンは両手に持ち直した剣を脇に構えた。
「クラウス殿下……確認しますが、アレは敵なのですよね?」
「え? あ、うん――」
言葉につまりながらクロウが返答した瞬間、レオンが脇に構えていた剣を一閃。
あまりの疾さに、クロウですらレオンの腕が一瞬ブレたようにしか見えなかったその一撃は、空気を裂き、巨大な刃となって宙を浮く天使モドキを数体吹き飛ばした。
まるで風船が破裂するかの如く、弾け飛んだ天使モドキの姿にクロウ達の背後から聞こえてきた「押せ押せ」の歓声が一瞬で静かになった。
「ふむ。御使いといえど、大したことないのですね」
小さく息を吐くレオンに、「……思い切り良すぎない?」とクロウが引きつった笑いを向けた。
「大丈夫ですよ。バレなければ」
笑うレオンに、クロウも「メチャクチャだねぇ――」と頭をかいた。
「――でも、嫌いじゃないかな」
クロウが
完全に黙り込んでしまった背後の応援団だが、レオンとクロウはそれを無視して一気に加速。
「道化四人。とはいえ――」
直進していた二人が左右に方向転換。
「今この時、この勝負は俺たちだけのもの――」
大外から回り込む二人に呼応するように、眼前の異形も方向を転換しつつその口角を上げたように見えた。
背中合わせのオケアヌスとテラ。その正面から突っ込むクロウとレオン。
左右別々の方向から迫る巨大な鉾と両刃剣――
クロウの竜巻が鉾を上に逸らせば、レオンの剣が両刃剣を受け止めた。
脇へと逸れたその隙をクロウは逃さない。
押し出すような風玉がオケアヌスの身体を更に回転。
完全に崩れたその巨体を前にクロウが短剣を幾度も振った。
テラの真後ろで回転するオケアヌスを視界の端に、レオンは体中を闘気で覆う。
曇り空を破るほどの闘気が立ち昇れば、レオンの剣がテラの両刃剣を跳ね返した。
崩れるテラ。霞に構えるレオン――
そのレオン目掛けて三つの顎門が大きく開き、巨大な炎球を放つ。
オケアヌスを刻んだクロウの風刃が、オケアヌスの周囲で集まり複数の小さな竜巻に――その竜巻の向こうではテラの口元に巨大な炎が見えている。
「『悠久を見守りし母なる息吹よ 我が前に立ちはだかるは 加護を汚せし愚かなる者 さればその息吹の加護を彼の者から――』」
オケアヌスの周りを無数の竜巻が高速で回転すれば、上空に発現する巨大な魔法陣。
「――奪い給え『
竜巻が一瞬で魔法陣に吸われたかと思えば、オケアヌスの身体が一気に膨張。
内部から破裂して周囲にボトボトと肉片を撒き散らした。
指定した範囲を真空にする魔法。その抱擁を受け入れたものは、それに耐えきれず破裂し肉片となる……女神が使ったとされる大規模魔法の一つだ。
リエラに詠唱と仕組みを教えてもらい、この日のために磨き上げてきたクロウ最大の切り札。
落ちてくる肉片の向こう側にクロウが見たのは――
レオンに向けて飛来した炎球だが、それがレオンに当たる瞬間地面が爆ぜてレオンの姿が消えた。
体勢を崩したままのテラ、その胸元に一瞬光りが走ったと思えば、次の瞬間テラの胴体に巨大な風穴が空いた。
テラの後方、宙に浮いた状態で出現したレオン。
空宙で剣を振るえば、飛ぶ青い血。そして――
それに呼応するように、力なく膝から崩れ落ちるテラ。
眼の前でボトボトと音を立てて落ちるオケアヌスであったろう肉片に、「これはまた……」とレオンが苦笑いを浮かべれば、「一撃か……」とクロウも苦笑いを浮かべている。
地面に降り立ち剣を収めたレオンが動かないテラを確認し、その場に座り込んだ。
「……疲れました」
笑うレオンに、「ボクも空っぽ」とクロウはその場で大の字に倒れ込んだ。最高級の
「とはいえ――」
「少しは格好がつきましたかね?」
笑い合う二人が、どちらともなくお互いに向けて拳を突き出した。その瞬間地面が割れる程の歓声が城壁から聞こえる。
二人の勇姿を称える様なその歓声に、レオンとクロウが照れたような顔でお互いに目配せをすれば、今度はどちらともなくその武器を高々と掲げて歓声に応えた。
「これからはさ……人の時代なのかもね」
「はい?」
ポツリと感慨深げに呟くクロウに、レオンが小首を傾げた。
「いや……困ったりしたら直ぐ神様に頼ったり、そのせいにするんじゃなくてさ……人でもこうして協力し合えば、魔王も倒せる。だからそろそろ女神様ばかりに任せるのは終わりなのかもねぇ」
クロウの見上げる空は、先程の大規模魔法のお陰か雲が晴れて青い色が見え始めている。
「よく……分かりませんが、『人同士協力する』という点においては大賛成で――」
笑うレオンの言葉を、巨大な気配が遮った。先程までの魔王とはまるで違う、神々しい清廉な気配。その気配の出処へ、弾かれるように顔を向けたレオンとクロウ。二人の視線に映るのは、皇城から天へ向けて伸びる一本の光の柱だ。
立ち昇る光の柱に。
それが振りまく神々しく清廉な気配に。
クロウもレオンもただただ見守るだけしか出来ないでいる。ゆっくりと人の形を作っていくそれに――
「人の世への最後の試練かねぇ」
――クロウの呟く言葉は、砦や街から上がる大歓声に掻き消されて消ええいった。
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