第147話 ヒロインで女神です。悪役じゃありません

 ※やらかしてます。話の更新順番的に、前話よりこちらを先に公開すべきだったかも……

 少々話が細切れで進みますが、全員同時進行で戦っているため、誰か一部だけにフォーカスすると話がかなり前後するので……都合が悪いのです。ご容赦頂ければと。




 前回までのあらすじ


 クロウとレオン、戦闘中。どうやら魔王達に思惑があるようだが……それに乗る事を決めた二人。吉と出るか凶と出るか。


 ☆☆☆


「リエラ殿……走れるんだな……」


 屋根伝いに飛ぶジンの呆れたような視線に、「そりゃ走れるでしょ」とリエラが肩を竦めながら次の屋根に飛び移った。


「いや、そうではなくて――まあ今はいいか」


 苦笑いを浮かべたジンが言いたかったのは、自分についてこられるくらい走れるなら、普段から六郎の背に乗る必要はないじゃないか。という事なのだが、それを問うた所で何となくの答えは分かるし、何より今はそれを追求していられる余裕はない。


 表情を引き締めたジンの眼前に迫るのは巨大な皇城。


 ジルベルトやユルゲンが何処に行ったか分からない……が、魔王が現れてから感じる荘厳で力強い気配が皇城から漏れ出している。


 それが示すのは、そこで新たな女神が誕生しようとしている――つまりサクヤがいると言う事なのだろう。

 であれば、間違いなくジルベルトやユルゲンもその場に居るはずだ。


 そしてその魔王騒動のせいで、皇城前は北門以上に騒然としている。


 避難する民衆、その中に見える矢鱈と華美な服を着ているのは貴族や来賓だろうか。彼らの護衛と思しき連中が民衆を押しのけて行くが、それでも生命がかかった状況に民衆たちも指を咥えて見ているだけではない。護衛を引き摺り倒し、貴族の髪の毛を引っ張り、数の力で彼らを押さえつけ我先に城門へ向けて走っている。


 兵士、民衆、貴族、中には馬車まで……様々なものがごった返しまさに混沌としている城門前の大通り。それを眺めるジンの視線の先で、小さな子供が男に突き飛ばされ転がった。

 怒号と悲鳴にかき消されてはいるが、泣き叫ぶ子供を前に「屑ばかりね」とリエラが呟いた。


 悲鳴と怒号が支配する大通りの混乱は、それらを統率して避難を誘導すべき兵士の数が足りていないのも理由の一つだろう。


 魔王に当たる者達、帝都周囲の城壁を守る者達、そして――


「こっちに矢を回してくれ!」

「魔法部隊が着たぞ!」


 皇城を囲む城壁の上から響く兵士達の怒号がその正体だ。仮に帝都を守る城壁が落とされたら、次の防衛線がここになる。民衆の避難誘導も大事だが、それと同等に防衛準備も大事なのだ。


 兵士が走り回る城壁の上も、

 民衆を誘導する大通りも、

 避難してきた民衆を振り分ける城門前広場も、


 多数の兵士が大混乱の中走り回っているが、防衛体制を整えつつ、避難してくる人々を迎え入れるには、そもそもの人数が足りていないのだ。



 遅々として進まない避難と、魔王迎撃の準備に「今がチャンスだ」とジンが呟いた。

 なるべく無駄な体力を使いたくないジンとしては、混乱の最中に皇城へと侵入し、ジルベルトの所まで一直線で辿り着きたい。


 そんなジンからしたらこの混乱は願ったり叶ったりの状況だろう。


 未だ迎撃体制の整っていない兵士たちに、騒がしい城門前。であれば裏からこっそり忍び込めそうだ、と再び屋根を駆けようとするジンは背筋に走るモノを感じて弾かれるように振り返った。


 その先では杖を掲げて魔力を練り上げるリエラの姿――


「り、リエラ殿。何を――?」

「何をって……決まってるでしょ? 取り敢えず皇城を吹き飛ばそうかなー、って」


 笑うリエラが練り上げる魔力が更に濃くなる。


「ここが無くなれば、大通りの混乱もなくなるんじゃない?」


 笑顔のリエラにジンは背筋が寒くなる。そんな事をしたら、大通りの混乱は更に増すだろう。逃げようとしていた場所が吹き飛ぶのだ、諦める者、別の場所に逃げ出そうとする者、恐らく逃げる場所がバラバラになり、へたり込む者が道を塞ぎ、そこかしこで衝突が起きるのは明白だ。


 加えて絶対に。そうなれば面倒なことこの上ない。


 折角侵入できそうなのに、「とりあえず」なんて適当な理由で騒ぎを大きくされては敵わない。大体「とりあえず」で皇城を吹き飛ばそうという神経も理解が出来ない。


 なんとしても止めねばと


「ストップストップ! 皇城を吹き飛ばすのはナシで!」


 慌てるジンに、「えー?」とリエラが眉を寄せた。


「ここで騒動を起こしたら、更に被害が出る……だから駄目だ!」


 リエラに言って聞かせたのは一つ目の理由だけ。もう一つの「兵士に見つかる」を言ってしまえば、「いいじゃない。正面突破だし」と笑いながら魔法ナシで真正面から突っ込みそうな気がしたのだ。



「頼む……サクヤ様が巻き込まれる可能性もあるんだ」


 頭を抱えるジンに「それもそうね」とリエラが魔力を霧散させ、頬を膨らませながらだが杖をポシェットにしまった。


「とりあえず裏側から侵入しようと思う」


 至極真っ当な意見に「えー? コソコソしてて嫌なんだけど」と案の定不満顔タラタラのリエラを伴って、ジンは直ぐにその場を離れた。先程のバカでかい魔力の奔流のせいで、城壁の上に詰めていた兵士たちがこちらを指さしていたからだ。


 渋々のリエラの背を押すようにジンが屋根を駆ける。チラリと振り返った南門に見えたアトモスが、何故か攻撃の手を止め気がした。




 ☆☆☆



 結果から言うと、裏側は全くと行っていいほど無防備だった。


 北側に魔王が出現していないという事が大きいのだろう。全兵力を南と東西に振っているような采配に「それでいいのか?」と思ってしまうが、それくらい魔王が脅威なのだろう。


 降り立った皇城の中は、外の喧騒と比べると恐ろしいほど静かだ。


 人の気配がほぼ感じないのは、全ての兵士が出払い、使用人などの多くが避難しているのか、はたまた近くに感じる巨大な気配の持ち主達が人払いをしたせいか。


 理由はどうあれ、今この周囲にはジン達以外に人の気配はない。感じられるのは皇城の外にまで漏れていたあの気配と、その近くにある二つの強力な気配だ。


 その中の一つ、覚えのある気配に「ジルベルト……」とジンが拳を強く握りしめた。


 気配を辿って歩きだして間もなく――二人の前に現れたのは巨大な扉。これみよがしなその扉に「芸が無いわね」と溜息をつくリエラ。


「分かりやすくていいじゃないか」


 言葉とは裏腹、真剣な表情のジンが扉に両手をかけてゆっくりと押し広げれば――


「なんだ? 二人だけか?」


 奥から響くユルゲンの声。


 敷き詰められた赤絨毯に、壁を彩る帝国の旗。広い空間に窓はなく、奥にあるのは――


「サクヤ様!」


 玉座に座らされているサクヤの姿だ。


 杖を片手に、頭には冠。羽織る白い衣は、振袖から変性した【女神の衣】なのだろう。サクヤを覆う巨大な気配に耐えきれないようにグッタリと目を閉じる姿は何とも痛ましい。


「貴様らぁ!」


 怒りに打ち震えるジンの身体が熱を帯びた瞬間、地鳴と思える轟音が遠くから聞こえた。その音に全員が顔を上げた瞬間、追い打つような轟音が再び。


「……の方か」


 音が聞こえてきた方向に視線を向けるユルゲンに、「イレギュラーだな」とジルベルトが若干苦々しい表情をこぼした。


「イレギュラー?」

「ああ。想像以上に早い……


 ジルベルトの言葉に、ユルゲンが一瞬目を見開き、リエラとジンは「ああ。」と納得していた。


 どうやら聞こえてきた尋常ならざる轟音は、六郎が何らかの方法でアトモスを叩き落して追撃でも仕掛けたのだろう。そう二人は予想している。


 そしてその予想は大正解で、六郎の拳骨によって叩き落されたアトモスと、それを追撃した六郎の飛び蹴りだ。


 想像以上に早いアトモスの脱落だが、それを落ち着かせるようにユルゲンは大きく息を吐き出した。


「……そうか。まあ残りの二柱にをして――」


 その言葉を遮るのは三度の轟音。六郎がトドメとばかりに繰り出した飛び蹴りは、皇城すらも揺らし、高い天井からホコリがハラハラと落ちてくる。


 その轟音の意味を察知したのだろうユルゲンがジルベルトを振り返れば――黙って首を振るだけのジルベルト。


「なるほど。お前たちもやるようだ……」


 初めて見せるユルゲンの強張った表情をリエラが鼻で笑う。


で『多少』なんて言うなら底が知れてるわね。泣いて謝ったら許してあげる。って言えばどうかしら?」


 そう言いながらリエラは杖を手早く取り出した。


「世迷い言を――泣き叫ぶのは貴様らの方だ」


 その表情にありありと憤怒を貼り付けたユルゲンが、腰のサーベルを抜き放つ。


「そ。。言っておいてなんだけど、本気で謝られたらどうしようかと思っていたもの。いくらアタシでも、涙と鼻水でグチャグチャのジジイを殴るのは気が引けるから」


 リエラが笑えば、ユルゲンも「面白い」と獰猛な笑みを見せた。

 ちなみにジンは「謝っても殴るんじゃないか」と、「殴るのは気が引ける」発言にリエラらしさをひしひしと感じて思わず苦笑いだ。


「ジルベルト! そちらの男は任せるぞ!」


 ユルゲンの声に、「まあ余興には良いか」とジルベルトも首を鳴らしてジンに向き直り、それに対するジンも表情を引き締め「漸くだな」と背中の大剣を抜いた。


 二組の間に流れる殺気と闘気の応酬。

 更に大きくなるサクヤが纏う気配。


「女神様の誕生までもう間もなく……貴様らの悲鳴を女神様への供物としよう」


 サーベルを構えるユルゲンが「楽に死ねると思うなよ」と続ければ


「……駄目ね。零点よ。その台詞は――手垢だらけだもの」


 笑うリエラも杖を掲げた――


「直々にお仕置きしてあげる」


 リエラの掲げた杖が強く光り輝き、それが合図だったように残りの三人が一気に動き出した。

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