第146話 何だかんだで似たもの同士
前回までのあらすじ
レオンも魔王テラと相対しました。
☆☆☆
振り下ろされた二本の右腕を躱したクロウ。風を纏ったクロウの横薙ぎが、オケアヌスの身体に傷をつける。
斬りざまにオケアヌスと交差する形でクロウが着地――からの反転とともに返す刃。
それは反転しながら防御するオケアヌスの腕の皮膚を傷つける程度に留まった。
「いやぁ、やっぱり硬いねぇ」
クルクルと短剣を弄ぶクロウが苦笑い。
オケアヌスの腹から滴る青い血は、地面を濡らす程ではなく、腕に至っては薄っすら血が滲んでいる、と言う程度だ。
それでも産まれて初めて負った傷に、オケアヌスが本気でクロウを敵と認定したように空へ向けて咆哮を上げた。
ひび割れる空間に手を突っ込めば――「それは見たねぇ」と笑うクロウが指を鳴らす。
幾重にも重ねられた刃が、次元の割れ目に突っ込むオケアヌスの手へと襲いかかった。
一つ一つは小さいそれだが、全て同じところを抉るように付けられるその傷に、オケアヌスが顔を歪めつつも無理矢理に鉾を引き抜いた。
「わーお。流石は魔王ってところか」
吹き出す血と抉れた肉。その傷跡からは骨も見ているが、気概を見せたオケアヌスにクロウが苦笑いを返した。
とはいえ、オケアヌスの傷は浅くはない。右腕一本はほぼ使い物にならない状態なのだろう。オケアヌスが鉾をもう一本の右腕に持ち換えた。
「手が四本ってのは……卑怯だよねぇ」
面倒くさそうに顎を擦るクロウに迫るオケアヌスの横薙ぎ。
風切り音すら置き去りにクロウに襲いかかる。
紙一重のダッキング。
遅れるクロウの後髪が数本宙を舞うが当のクロウは、「それも見たねぇ」と笑顔のままだ。
過ぎ去った一撃。
振り抜かれてがら空きの胴。
クロウが短剣の切っ先を突き出せば――一瞬で伸びる風の刃がその腹へ突き刺さる。
皮膚を斬り肉を穿つ――その前に、オケアヌスが振り抜いた勢いを利用してその場で回転。
薄く表面を抉っただけの突きがオケアヌスの身体を逸れて伸びる。
回転しつつ一本の左腕で、クロウの伸びた刀身を払うというおまけ付き。
刀身を逸らされ、体が崩れたクロウへ襲いかかるのは、
回転したオケアヌスが繰り出す再びの横薙ぎ。
再び襲い来るそれをクロウが同じように躱――そうとしたクロウが、何かに気がついたように大きく後ろへ飛び退いた。
クロウがいた場所から吹き出す間欠泉。
丁度横薙ぎが通り過ぎた瞬間に吹き出したそれに、「いやぁ危ない」とクロウがパタパタと顔を仰いだ。
「一度君と戦ってて良かったよ」
そう笑うクロウの視線の先では、オケアヌスの背後に浮かぶ無数の魔法陣。加えて両手に持ち直した鉾を地面へと突き立てた。
地面から吹き出す間欠泉と、魔法陣から伸びる数え切れぬ程の水の軌跡――
「それも見たけど……一人相手はやりすぎじゃない?」
苦笑いのクロウが地面から吹き出すそれを避け、襲い来る水の軌跡を身体を捻ることで躱した。
☆☆☆
両刃剣を振り上げたテラ――に向けてレオンが突っ込む。
斜め上から振り下ろされる一撃。
それの下をスレスレでレオンが抜ける。
テラが振り降ろした両刃剣が地面を穿つ――地を走る衝撃が大地を捲り上げ地鳴を響かせた。
強大な軍すら瓦解させかねないその一撃を後方に、レオンがテラの右前足に向けて剣を薙ぐ。
響く甲高い音に、レオンが「ほう」と楽しそうに笑い、テラの後方へとすり抜けた。
「流石に硬いな。……甘い踏み込みでは傷を付けるのがやっととは」
レオンが剣を振れば、僅かな青い血が地面に飛び散った。
完璧なタイミングであったが、テラの両刃剣が齎した衝撃に、踏み込みが上手く行かなかったのだ。
とは言え――
「まあ、斬れると分かっただけ成果はあった」
――テラの憤怒に染まる瞳に、剣を構えて闘気を纏うレオンが映る。
再びテラが咆哮を上げれば、その姿が一瞬にして消える。
音を置き去りにしたテラ。
遅れて弾ける地面と舞い上がる砂塵。
一瞬でレオンとの間合いを消したテラが両刃剣を横に薙ぐ。
先程までとの速度差に一瞬目を見開いたレオンが、滑り込むようにその刃を躱す。
だが振り抜かれた両刃剣は、そこで止まらない。
背中まで回された右手から、左手に移ったその刃
それが今度は後ろ足での踏み込みと共に、間合いが更に詰まったレオンへと真上から突き立てられた。
横から縦。線から点への流れるような変換。
それをレオンが転がり躱せば、再び地面を穿つ一撃が大地を揺らす。
バランスを崩したレオンに襲いかかるのは、地面を捲り上げながら迫るテラの横薙ぎ気味の刺突。
突き立てた一撃を横にしながら振り抜くだけだが、正確無比な切り返しはそれだけでも十分脅威だ。
その一撃に飛び込みつつ回転を加えた横薙ぎでレオンが迎え撃つ。
空気を震わす衝撃が、薄曇りの空を明るく照らした。
テラの一撃に力が乗り切る前に迎え撃ったレオン。
その横薙ぎがついにテラの両刃剣を弾き飛ばし、一瞬その脇腹がガラ空きに――
「もらった――」
霞に構えたレオン――に向けてテラの口から炎球が吐き出された。
出鼻をくじかれたレオンが、苦々しげにその炎球を叩き斬れば、その一瞬でテラが再び体勢を整えた。
「……なるほど。魔王の名は伊達ではないと」
笑うレオンの前で、テラがその前足を思い切り地面へ叩きつけた。
発生した地割れが黄色く輝き出せば――一瞬でそれらが隆起と沈降を繰り返し、レオンに襲いかかる。
ボコボコと蠢く地面を起用に飛び跳ねるレオンが、隆起に合わせてテラの元へ。
振り下ろされる一撃を迎え撃つのはテラの両刃剣。
宙でぶつかったそれが、今日何度目かの衝撃波と光を周囲に撒き散らして輝く。
☆☆☆
オケアヌスの猛攻を躱すクロウの耳に、少し遠くで鳴り響く轟音が届いた。
「……カートライト卿も派手だねぇ」
そう呟いて水の軌跡を躱しつつ風の刃を返すクロウだが、おかしなことに気がついた。……近すぎるのだ。
レオンは西門。クロウは東門。本来なら巨大な帝都を挟んで真反対で戦っている筈の二人だ。それなのに音が聞こえてくるということは――
「あれぇ? 南門じゃん!」
チラリと振り返った先には、帝都の玄関を示す巨大な南門の姿。城壁が少し崩れてはいるが、それでも帝都の威厳を示す門は健在だ。
そしてその向こうには、まだ小さいが間違いなく両刃剣を振り回すテラの姿も見える。
普通に考えてありえない。
クロウだけが、レオンだけが、戦いの最中に南門に近づくという事はありえるだろう。だが二人が導かれるように南門へと言うのはありえない。
……それこそ作為的な誘導がなければ。
「……戦ってる真っ最中に企みとは余裕じゃない?」
見せるクロウの笑顔は獰猛そのもの。なんせ一度痛い目を見ているから。相手と戦うならゴチャゴチャ余計な事を考えるべきではないと身をもって知っているから。
そんなクロウの笑みを掻き消すように吹き上がる間欠泉――
その間を縫うように駆けたクロウが、「ま、良いよ。乗って上げる」と飛び上がりその短剣を思い切り突き立てれば、オケアヌスの悲鳴めいた咆哮が大気を震わせた。
少し遠くに聞こえる悲鳴とも咆哮とも思える声を背に、隆起する地面を躱すレオンが大きく後退して距離を取った。
乱れた地形もテラの一踏みで何事も無かったかのようにまっ更な大地へ。そんな障害物の無い大地を突進してくるテラ。
それを見たレオンはバックステップを溜めに変換し、テラ同様相手へ向けて直進。
斜め上から振り下ろされるテラの両刃剣。
迎え撃つは同様に振り下ろすレオンの剣。
再びの衝突――かと思えば、間合いの手前でブレーキを踏むようなテラの踏み込み。
それと同時に、振り下ろされる両刃剣がピタリと止まる。
「なにを――」
一瞬呆けたレオンだがそれに気がついた。
右腕一本で持っていた両刃剣に添えられるテラの左手。
それがカチ上げるように両刃剣の柄をスライドすれば――左切り上げ気味の攻撃へと変わる。
思わぬ奇襲にレオンが踏み込みをバックステップに変えて大きく後退。
「余程俺を向こうに行かせたいみたいだな」
間合いを切ったレオンが後方をチラリと見やれば、無数の魔法を躱しながら同じようにこちらへと向かってくるクロウの姿。
時に後退し、時にオケアヌスが誘導するように。
その姿を見るに、先程からテラに誘導されるようにここへ来たのも強ち間違いではないとレオンは見ている。
「一つ教えてやろう……勝負の場においてそれ以外を考えている内は……勝てんぞ」
笑うレオンには自身に思い当たる節がある。いつぞやの勝負で、その勝負だけでなくその先まで考えていた事が。勝負における雑念が足枷にしかならないと身を持って知っているだけに。
再びせり上がってきた地面を「だがまあ乗ってやろう」と斬り飛ばしたレオンが獰猛な笑みを称えてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます