第145話 組織ってのは面倒なもの
前回までのあらすじ
クロウとユリアが魔王をほっぽらかしてイチャついてました。頑張れオケアヌス。巨大な死亡フラグを回収するんだ!
☆☆☆
六郎を置き去りにテラへ向けて駆け出したレオン――その胸が高鳴るのを抑えられないでいた。
幼き頃教会で教えられた魔王の伝承。その中でも一際レオンの関心を惹いたのが魔王テラであった。
巨大な両刃剣を振り回し、その一撃は地を割りその一歩は大地を揺らす。
小細工なしの真っ向勝負で女神と戦い、無数の神兵を道連れに最期は女神に封印されし存在。
アトモスやオケアヌスも同様の最期を迎えたのだが、それでもテラとの戦いは子供ながらにレオンの胸に深く刻まれていた――圧倒的強さと脅威を持つ魔王という存在もだが、それ以上にそんな相手に敢然と立ち向かっていく女神やその周囲の者達が。
あの日胸を踊らせた戦いを味わうことが出来る。幼き日の思いを乗り越えることが出来る――リエラをして六郎と似た者同士と言わしめレオンだが、それでも六郎と決定的に違う部分がある。
強い相手と戦いたいという修羅の一面と、己の力で誰かを助けたいという菩薩の一面。その二面性を上手に抱えているという点であろう。
ただ単純に力を振るう六郎との決定的な違い。
誰かを守る時にその最大の力を発揮するレオンにとって、今この状況はまさに最高の舞台と言えるだろう。
高鳴る胸を抑え、城壁の上レオンが降り立つ。六郎同様城壁の一部を陥没させる勢いに、周囲の帝国兵が驚いたように槍を突き出した。
「だ、誰だ!」
帝国兵からしたら驚きも無理はないだろう。いきなり現れた魔王に加え、見ず知らずの騎士が物凄い勢いで城壁の上に現れたのだから。
そんな彼らの状況も分かってはいるが、あまり付き合ってはいられない。吹き抜ける風に血の臭いが混じっているのだ。
つい最近まで嗅いでいた戦場の臭いに、レオンの拳に自然と力が入る。
「レオン・カートライト。……義によって助太刀に馳せ参じた。状況をお聞かせ願いたい」
剣の柄に左手を置いたままのレオンが名乗れば、周囲の驚きが更に一段階上がった。
レオン・カートライト。王国を傾かせた【国崩し】を追い払い――世間にはそう伝わっている――続く公国との戦争では、公国側に甚大な被害を齎した騎士の中の騎士。
その一振りは並の騎士を数人纏めて屠り、その一突きは堅牢な砦を穿つと言われる男。この大陸で武器を手にする人間は皆知っているその名は、屈強な帝国兵をしても驚きを隠せない程のインパクトを与えていた。
「王国騎士団団長、レオン・カートライト卿。助太刀の申し出有り難い限りではあるが、これは帝国の問題――」
どよめく兵たちの間から出てきたのは、二メートルはあろうかという偉丈夫だ。帝国軍の士官を表す軍服に身を包む姿から、この西門防衛戦における城壁上の責任者なのであろう。
「――それに卿は現在国賓にあたるお立場。卿に何かあれば帝国の威信に関わる故、是非避難していただけないだろうか?」
丁寧な言葉遣いではあるが、要は「王国の助けは要らないからさっさと逃げろ」と言いたいのだ。
とはいえ、それで「はいそうですか」と退くレオンではない。
「ここが帝国で、貴兄が帝国軍所属なのは理解する。が、事は帝国だけの問題ではないだろう? ここで魔王を討たねば、その次は公国、王国と被害が拡大するのは明白」
真っ直ぐ見返すレオンの眼力に、指揮官の偉丈夫は苦虫を噛み潰したように黙ったままだ。
「被害が拡大する前に、全勢力を持って叩くのが最優先だと考えるが? そこに王国も帝国もないだろう。今この時この瞬間、我らは同じ大陸に生きる人類として手を取り合うべきでは?」
紛れもない正論を真っ直ぐに突きつけるレオン。指揮官もそれは分かっているだろう。分かってはいるが「そうですね」と簡単に頷けないのが軍属の面倒な所だ。
自分より上の人間が「いいよ」とゴーサインを出してくれれば快く受け入れたい。いや正直今直ぐにでも「喜んで! やっちゃって下さい」と言いたいのだろうが、それを自分が言ってしまえば後々の責任問題など面倒な事が起こりうる。
帝国軍は王国に助けを求める様な腑抜けの集まりだ。
などと何処の誰が吹聴するか分からない。その時レオンを受け入れる事を決めた人物に、帝国軍の威信を貶めたというレッテルが貼られるのだ。
さらに言えば前線に自分より身分が上の士官が居るのも良くない。部隊を率いているのは、この砦の上で当番に当たっていた下士官の自分ではなく、貴族から出向している将軍クラスなのだ。
ここで自分がレオンを快く受け入れても、前線の部隊が引き入れるとは思えない。そうなれば、魔王を前に今のような不要な水掛け論の再開だ。
馬鹿丸出しでゴタゴタしている間に仲良く共倒れの未来しか見えない。
レオンは国賓であり、そうなるとここを通した自分への責が発生する。我が身可愛さと笑われるかもしれないが、それが組織に属して生きるという賢い選択肢なのだ。
逡巡している士官の様子に、レオンが大きく溜息をついた。
レオンは理解している。目の前の偉丈夫は本心ではレオンを受け入れたいことを。だがそれに頷かないのは、色々と面倒な
レオンも組織というものに属しているから分かる面倒な
彼らがそれを手放す事はない。それこそ死ぬその瞬間まで。
とはいえ、レオンも長いこと組織に身を置いてきたからこそ分かる。そういう人間に対する一番簡単な解決方法も――
「そうか。通して頂けぬと言うのであれば、押し通るほかあるまい」
剣を抜くこともなくレオンが闘気を放てば、士官の男がその腰の剣を申し訳無さそうな顔で抜いた。
「お引取り頂けぬのであれば、こちらにも考えがありますぞ」
男もレオンに言葉を返すが、本気などではない。
要は口実だ。
止めようと頑張ったけど、相手に押し切られました。勿論上の人間はそれでもごちゃごちゃ言ってくるだろう……が、そこはそれ「レオン・カートライトなんて止められません」その一言で相手は黙る。
なんせ、そのごちゃごちゃ言ってくる奴も、「そりゃ無理だ」となるのだから。
「申し訳ない――」
口を開いた偉丈夫の真意は、このような事態にも関わらず、茶番に付き合わせる事の申し訳ないさ。
それに敢えて応えないレオンが、脇をすり抜けようと足に力を――
「で、伝令! クラウス殿下より伝令です!」
――レオンが踏み切る直前に転がり込んできた伝令。
「『この状況に鑑み、レオン・カートライト卿にご助力を頼んだ次第。卿の往く道を塞いではならぬ』との事です」
その言葉に偉丈夫が「フゥ」と小さく溜息をついて剣を収めた。
「先程は失礼致した。レオン・カートライト卿。ご助力感謝いたします!」
脇に避ける偉丈夫に「苦労しますな」とレオンが苦笑いをこぼして、城壁のヘリに足をかけた。
「状況は極めて悪いです。魔王の名に恥じぬ強さ。現在第五、第六師団が当たっていますが――」
偉丈夫が顔を顰めて見つめる先には、巨大な異形。獣の下半身に人の体。そして三つ並んだ狼の首。全身が黒い毛で覆われ両刃剣を振り回すその姿は聖典から飛び出してきた姿そのままだ。
その足元で必死に抵抗を続ける帝国兵だが、その攻撃のどれもが効果を発しているとは思えない。
今もテラが振り回した両刃剣によって、地面が抉れ人がゴミのように空を舞っている。
「……了解した。出来れば全員防御に徹していただけると有り難いのだが」
レオンの言葉に、「防御ですか?」と偉丈夫が眉を寄せた。
「ああ。……近づかれると巻き込みかねんのでな」
レオンの見せた獰猛な笑みに、偉丈夫の士官は「ゴクリ」と生唾を飲み込み同時に伝令がギリギリ間に合った事に感謝していた。
☆☆☆
「貴様ら逃げるな! それでも帝国兵か!」
檄を飛ばすのは馬に乗ったカイゼル髭の将軍だ。
帝国の貴族出身なのであろう、豪華絢爛なサーベルが薄曇りの中光を反射しているが、それがテラに突き立てられる事はない。
明らかに瓦解している軍だが、それでも何とかテラに食らいついてるのは、それぞれが持つ個の強さ故だろう。
だがそんな個の強さも魔王の前では誤差でしかない。今もテラが振り回した両刃剣が――兵を襲うそれが轟音と衝撃波を放ちながらも地面スレスレで止まった。
来るべき衝撃に身を固めていた兵たちが、訪れぬ衝撃に目を開けてみると――
「なるほど。恐ろしい膂力だな……が、その程度ではないだろう。魔王を名乗るにはまだ足りんな」
足元の地面を陥没させ、剣を両手にテラの両刃剣を受け止めるレオンの姿。
「な、何者だ!」
「レオン・カートライト。クラウス・グラーツ殿下の要請により、ご助力に馳せ参じた」
馬の上から叫ぶ将軍を振り返らずに、レオンが両刃剣を弾き飛ばしながら声を張り上げた。
「ここは私が引き受けよう。卿らは兵を退いて城壁の防衛に当たっていただきたい」
レオンを敵と認めたテラが空に向けて大きく咆哮を上げる。
「馬鹿な! 私はここの――」
「何度も言わせるな! 邪魔だ! 下がってろ!」
振り返ったレオンが放つ気迫に、今までテラの圧力に耐えていた軍馬が怯えて嘶いた。
暴れる馬から将軍が落ち――ない。片足の鐙が運悪く引っかかり、将軍の頭を引き摺るように馬が城壁へと逃げていく――
それを眺めていた帝国兵も「全軍退却」と誰かが上げた号令に従い城壁へと下がっていく。
残されたレオンが大きく息を吐いてテラに剣を向けた。
「かかってこい。悪いが待っている人がいるのでな。お前に時間はやれん」
笑うレオンに向けて、テラが両刃剣を振り下ろせば、それを躱したレオンが飛び上がりざまに剣を突き立てた――
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