第143話 よく考えたら素手で魔王を叩き落とすって、もう魔神じゃん

 前回までのあらすじ


 ジャンケンでそれぞれが倒す魔王を決めました。トップバッターは我らが六郎くんです。


 ☆☆☆




 宙を高速で駆けるアトモスを六郎は追いかけている……が、正直言って面白くない。城壁まで行ってみれば、アトモスは前回戦った時と比べて恐らく弱体化しているようなのだ。


 逃げながら六郎を足止めしようと魔法を放ってくるが、どれもこれも威力、範囲共に前回と比べるとどうも弱い気がする。


 それに加えて、先程まで弱い者いじめを楽しんでいるように見えたアトモスにも面白くないと感じていた。


 以前六郎と戦った時は、相手をいたぶって殺すような存在ではなかった。

 通じる通じないは別として、どの攻撃にもしっかりと殺意が乗っていた事は覚えている。


 故に最期は真っ向勝負で六郎に挑んできたし、それを六郎も受けて立ったのだ。


 それがどうだ。先程までのアトモスはまるで相手の恐怖を煽るように、ジワジワと攻撃を楽しんでいたようにも見えた。


 弱かったが――六郎との相性が悪かっただけだが――一応勝負には侠気を見せたアトモスが眼の前の敵をいたぶる様な行為をするだろうか。……否、だと六郎は信じている。

 つまりこれはアトモスという名と見た目をした別の存在なのだろう。


 そんな六郎の予想は半分だけ正解だ。


 今ここに居る三魔王は、ジルベルトが世界の記憶とその力を使って顕現させたハリボテに近い。

 勿論ハリボテと言ってもその能力値だけで言えば本来の魔王変わらない。


 では何が決定的に違うのか……それは中にある魂とでも呼べる、の違いだ。

 いかに記憶を引き継ごうとも、いかに能力を引き継ごうとも、使うモノが違えばそれは最早別物なのだ。


 その魂とも呼べるモノが違うのだ。六郎からしたら魔王の見た目をしたハリボテ同然と言っても過言ではない。


 そして六郎は失念しているが、アトモスを倒した後も何だかんだで戦いまくっているので、単純に六郎が強くなったという面もある。

 強くなった六郎。弱体化したアトモス。あの時点で決定的な相性差があったのに、いわんや今の力量差をや、である。


 何処から引っ張ってきた魂かは知らないが、いかに魔王の記憶と能力を持っていたと言えど「コイツぁやべぇ」と逃げ出しても仕方がない。

 特に今回に限って言えば、アトモス本来の魂によって、記憶に深く刻まれるレベルのトラウマだ。それを前に本来より劣る中身であれば一目散に逃げ出すだろう。


 敵前逃亡……それが六郎からしたら最悪の行為だとも知らずに。


「雑魚やったが……そいでも最期に気概ば見せたんじゃ。これ以上そん名、汚すんは許さん」


 呟く六郎がアトモスの逃げる先に回り込むように空を駆けた。


 弱いだけならまだしも、先程まで弱い者いじめを楽しんでた奴が敵前逃亡である。


 六郎の中では既に極刑が決まっているのだが、今追いかけるだけに留めているのは眼下に広がる帝都のせいもある。


 ここで叩き落とせば流石に全く関係ない市民に少なくない被害が出るだろう。いくら自分勝手な六郎といえど、ただ単に日々を生きている人々を巻き込むほど愚かではない。


 アトモスに追いつく度軽く殴り飛ばして方向転換を強制する六郎。恐らく傍目から見たらアトモスがジグザグに走っているかのように見えるだろう。城壁の外へ誘導するように殴りつけて追いかけること暫く――


「さっさ落ちや!」


 ――漸くとばかりに一気に距離を詰めた六郎の拳骨が、アトモスの脳天に突き刺さった。


 その衝撃で空宙に光の波が伝播する。広がった光を突き破るように、斜め下に落下していくアトモス。


 舞い上がる砂埃に周囲から悲鳴が湧き上がった。


 六郎がアトモスを叩き落したのは、の直ぐ傍。民衆が避難をしているまさにその最前線だ。


 轟音と舞い上がる砂埃に市民が悲鳴を上げる中――その巨体へ宙を蹴って更に加速した六郎の飛び蹴りが突き刺さった。


 再び響く轟音。

 舞う砂塵。

 地面にクモの巣状に走る亀裂。

 アトモスの口から吐き出される青い体液。


 ピクピク痙攣するアトモスは既に虫の息だ。そんなアトモスの上で面白くなさそうに鼻を鳴らした六郎の耳に――


「総員抜剣! 騎馬は俺に続け! 絶対に市民に近づけるな!」


 何処かで聞いたことのある声。


 舞い上がる砂埃の間に六郎が見たのは、武器を手に馬に跨り土煙を上げてくる騎馬の一団だ。先頭を走る見覚えのある顔に六郎は「お?」と口角を上げた。


「騎馬隊止まれ! 砂塵が収まったら――」


 響く声に反応したのか、アトモスが最後っ屁のように羽をバタつかせる――「こぉら、大人しせんか!」と六郎がその腹をもう一度踏みつければ、アトモスの悲鳴と地鳴が周囲に響き渡った。


 バタつかせた羽で舞い上がる砂塵とこの世のものとは思えない嘶き――訓練された軍馬が怯えたように尻込みすれば、騎馬隊の歩調が一気に乱れる。


「く、一旦退け!」

「あ、隊長は――」

「心配するな。適当な所で俺も逃げる」


 馬から飛び降りて槍を構え直すアレン。


 六郎としては真剣なアレンに、若干申し訳ない気持ちでいる。なんせ土煙の中には既に瀕死のアトモス……いやと六郎しかいないのだ。どうやらあまりに高速で移動してそのまま地面に叩きつけてしまったので、鳥人間の姿をこの北門周辺で見たものがいないのだろう。


 だがそれならば好都合か……。


 思案を廻らせたした六郎は、誰も見ていないのであれば、徒に避難民を混乱に晒す事はなさそうだと小さく溜息をついた。


「とりあえず、貴様キサンは死んどけ」


 六郎がアトモス……もとい鳥人間の腹の上で思い切り跳躍――


 砂埃をぶち破って空へ昇る六郎に、「何だ!」とアレンがその肩を震わせれば、遥か上空で煌めく六郎。


 勢いをつけたその飛び蹴りが、再度アトモスもどきの腹に突き刺さった。


 再び舞い上がる砂塵。

 広がる地面のヒビ割れ。

 咳き込むアレン。

「隊長――」異常事態に駆けつけようとする騎士たちを

「来るな!」とアレンが制した。


 アレンにも何が何だか分かっていない。

 何が何だか分からない以上、ここは一旦退くべきと、距離を取ろうとした瞬間――


「おおぃ! アレン」


 笑う六郎が砂埃の中から声をかければ、槍を構えたままのアレンが「ロ、ロクロー? どうしてここに?」と呆けたまま呟いた。


「ちぃとこんばぶちのめしとってな」


 六郎が自身の後ろを親指で突き刺せば、「あ、アトモス?」呆けたアレンの声が小さくこぼれた。正直六郎からしたら「アトモス」だなどと口が裂けても言える様な相手ではないが、それを今説明する程時間はない。


「ワシはこんまま爺ん首ば獲りに往くけぇ、後は頼むわい」

「あ、後って――」

「そらぁ後片付けじゃ。流石にこげんふとかモンスターば放置しとったらツマランめぇが。お主くらいの腕なら、こん鳥人間相手に解体でん何でん出来ようが?」


 それだけ言って笑った六郎が、腹に大穴が空き動かないアトモスを残して跳躍――桜色の軌跡だけを残してその場を後にした。


 残ったのはゆっくりと落ち着いてくる砂埃と呆けたアレン。そして――


「た、隊長! 大丈夫でしょうか?」


 未だ状況が分かっていないのだろう遠くに控えた部下達だ。


「あ、ああ。大丈夫だ」


 前に来そうな部下を、手を挙げる事でアレンが制した。


 全く動いていないとは言え魔王だ。先程も暴れただけで風が巻き起こり軍馬が怯える程の脅威であった。

 もしかしたら、まだ僅かに息があるかもしれない。


 いや六郎がそんなヘマをする訳はないが、戰場において「大丈夫だろう」は死への片道切符だ。

 そんな状態で一般兵含む部下など近づけようものなら、万が一の事故が起きる可能性がある。武器が刺さらない程度ならマシだが、最悪アトモス最期の足掻きに巻き込まれたり、怯えた馬から落馬したりと、少し考えただけでも洒落にならない。


 ……結局出来ることは皆を近づけず、アレン一人で死んでいるか確認する事なのだが……


「後始末って……あの野郎――」


 額に浮かぶ青筋が全てを物語っている。


 何度も言うが如何に腹を穿たれ動かないとはいえ相手は魔王だ。アレン自身、出来たらこの場から逃げ出したい気持ちで一杯だ……が、チラリと振り返る先には自分の部隊、民衆、そして兄に託されたジゼルの姿。


 大きく息を吐いたアレンが肚をくくる。


「今度会ったらマジで文句言ってやる――」


 槍を構え直したアレンの身体を蜃気楼の様な靄が包み込む――それはレオンを彷彿とさせるかのような静かで、だが気迫に満ちた闘気だ。


 死んでるかどうかの確認なら、思い切りの一撃をぶち当ててしまえばいい。


 仮に生きていたとしたら、それで死ぬし、死んでいたとしても憂さ晴らしくらいにはなるだろう、とアレンは槍を強く握りしめた。


 短く息を吐いたアレンの右足が地面を穿つ。

 音すら置き去りに一直線で槍を突き出すアレンはさながら雷の如し。


 その槍がアトモスの横っ腹を穿つ

 衝突の衝撃波と置き去りにされた音が砂埃を吹き飛ばした――


 一瞬で晴れた土煙の中に部下や民衆が見たのは


「あ、アトモス……」


 御伽噺の住人、そのうちの一柱だった。


 一瞬悲鳴と怒号に包まれた周囲だが、アレンの槍が深々と突き刺さり全く動く気配のないそれに、今度は歓喜の声が周囲を包み込んだ。


「すごいぞ!」

「アトモスを討ち取った!」

「王国騎士がやったぞ!」


 沸き起こる歓声に、「いや、俺はただ死んでるかの確認を――」とアレンが否定するが民衆がそれを許さない。握手を求めるもの、涙を流して喜ぶもの、その勇猛さを称えるもの。誰もがアレンという騎士の成し得た偉業を口々に語っているのだ。


 疲れきったようなアレンの傍で、「ロクローさんでしょうか?」とジゼルが呟けば、嫌そうな顔をしたアレンが頷いた。


「あの野郎……面倒な事押し付けやがって」


 アレンの恨み節すら掻き消す歓喜の声は北門を伝播し徐々に帝都に広がっていくのであった。



 ☆☆☆


 ※ 登場人物紹介は、ほぼ毎回同じなのでこれから省きます。端的に言うと完全にネタ切れです。引き出しが少なくて申し訳ない!


 登場人物紹介を打診して頂いた読者様。個人的には非常に楽しく紹介・思案させていただけたのでここで感謝の意を表させて下さい。

「偶にでいいですよ」「更新が開く時などだけでいいですよ」とお優しいアドバイスを馬鹿な私が無視して突っ走った結果、最後を前にネタ切れというオチになりましたが、それでも出来るところまでやりきりました。是非「だから言ったじゃん莫迦」と言って下さい。笑

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る