第142話 そりゃ相手も「聞いてないよ」ってなると思う
登場人物
六郎とリエラ:主人公とヒロイン。神器を奪われたけど、スペアを手に入れて見た目も元通り。リエラの杖はお高いらしいので全部終わったらトマスに売りつけるよ。
ジン:守るべきサクヤを攫われた近衛。今のところ内なる怒りを胸にしまい大人しくしてる。
クロウ:帝国の皇子。今のところ周りからの評価はクーデター起こしてる皇子。
レオン:帝国まで来て六郎に巻き込まれて魔王討伐に駆り出される苦労人。一番心配なのは最近胃薬を常備していないこと。
☆☆☆
前回までのあらすじ
とりあえず魔王からぶっ潰そうぜ。といういつも通り「作戦? なにそれ?」で突っ込むことになりました。
☆☆☆
大聖堂の屋根に辿り着いた五人の目に映り込んだのは、そこかしこで煙の上がる帝都の街並みと逃げ惑う人々。そして――
「まさかもう一度戦うとはねぇ」
――ボヤくクロウが示す通り、遠くに見える巨大な異形だ。
オケアヌス。
テラ。
アトモス。
三柱とも聖典に記された格好で帝都に迫る姿は、この世の終わりを想像させる風景だ。
既にアトモスと戦端を開いている城壁の上からは、無数の魔法と矢がアトモス目掛けて飛んでいるがそれがどの程度効果があるのかは分からない。
少し遠くに見えるテラやオケアヌスの進みが遅く見えるのは、帝国兵の抵抗があるのだろう。
とはいえ、時間的に猶予がある訳ではない。アトモスによる攻撃は城壁の一部を打ち壊し、混乱による騒動で起きた火事も人々の不安を大きくする事に一役買っている程なのだ。
「あまり時間がなさそうだな。……どうする?」
レオンが眼下に広がる混乱から視線を上げた。その先にいる六郎は皇城を睨みつけ――
「ジン、主ゃ先に往きや」
――振り返る顔は真剣だ。
「……俺も――」
「要らん。他が気になっとるような奴は足手まといじゃ」
吐き捨てる六郎に、「アンタは言い方ってものが」とリエラが呆れた表情をしているが、当のジンは思い当たる節があるようで唇を強く結んで下を向いた。
「サクヤん身が心配なんじゃろう? で、あればお主だけでん先に行くべきやろ」
「良いのか?」
「あん爺ばぶっ飛ばしたかとやろうが?」
ニヤリと笑う六郎に強く頷いたジン。その肩を叩く六郎が「そいでこそ漢じゃ」と笑って見せた。
「ぶちクラわして来い。そん為に鍛えたとやろうが」
六郎の檄に、「ああ」とジンが嬉しそうに頷けば、
「それじゃアタシも行ってこようかしら」
ポシェットに杖をなおしたリエラが大きく伸びをした。
「アタシが抜けたら丁度三対三でしょ? バランス取れていいじゃない」
笑うリエラに、「いやいや一人で相手とか」、「リエラ嬢……魔王というのはだな」と困り顔のクロウとレオン。そして――
「エエのう。一人一殺といこうやねぇか」
――楽しそうな六郎は既にテラと戦うつもりなのだろう。
馬鹿な事を口走る六郎に、レオンとクロウが「お前というやつは」と詰め寄るが、既に時間もなければ走り出した話は止まらない。
「とりあえず、誰がどれを殺るか決めようや。ワシは寺な」
と勝手に話を進める六郎にレオンが諦めたように大きく溜息――
「悪いがテラは俺が貰おう」
――ニヤリと笑うその顔は、六郎に負けず劣らずの獰猛さだ。
「こぉらレオン。こげん時は年長者ん云うことば――」
「お前の方が年下だろう?」
「そうだそうだ! オジサンが一番年長だからね」
六郎の抗議に二人が被せる正論。
「エエわい。ほんならどっちが寺とやるか勝負といこうやねぇか」
「面白い」
睨み合う二人の間に流れる剣呑な雰囲気に、「アンタ達莫迦でしょ」とリエラの溜息。
「もう面倒だしジャンケンにしなさいよ。三人でジャンケン。勝った人から好きな相手を選ぶの」
「じゃんけんっち何ね?」
「良いだろう」
「オジサンも戦うのは確定なのね」
首を傾げる者、頷く者、肩を落とす者。それぞれの反応を示す中、リエラが面倒そうに「ジャンケンってのは――」六郎にルールの説明をしだした。
リエラに説明を受ける六郎を尻目に――
「カートライト卿――」
クロウがレオンに向けてチョイチョイと手招き。首を傾げながらもレオンがクロウのもとへ――
「協力しようか。青年のことだから――」
ゴニョゴニョと耳打ちするクロウに、レオンは難色を示すような顔色だったが、それでも最後に付け加えられた「勝負なんだ。勝たないと」と言う言葉がダメ押しだったようだ。
リエラの説明が「あーもう! とりあえずグーかチョキかパーを出したら良いの!」という投げやりに変わった頃、クロウの作戦に乗るかのように頷くことで非公式な国際会談は終わりを告げた。
「それじゃあ行くわよ、最初はグー! ジャンケン――」
「「ポン」」
「……」
元気よく出された二人のパーに対して、無言の六郎が出したのはグーだ。
「いよっし! オジサン達の勝ち!」
ガッツポーズのクロウに、「なーして石が紙に負けるとや?」納得がいかなそうな六郎に、「ルールだ。従え」とレオンがその肩を叩いた。
クロウの作戦はこう。
六郎ならば「グー=石=強い」と言う単純な発想でくるだろう。ならば二人でパーを出そうじゃないか。
それがバッチリ嵌った結果にクロウもレオンもしてやったりの笑顔。
「俺はテラだな」
「奇遇。ボクはオケアヌスだから勝負はここで終わりだねぇ」
笑い合う二人が頷いた。二人共アトモスだけは回避したいのだ。空を飛んで空宙からバカスカ魔法を放つ相手など御免被りたい。という事で利害が一致した二人の作戦にまんまと六郎が嵌った訳だが――
「ちょー待ち! 寺はどいか知っとるが、他二体ん名前なんぞ――」
「お前の相手はアトモス。アレだ――」
レオンが指差す先には、今も奇声を上げながら城壁に襲いかかるいつかの鳥人間。
「はあ? あん雑魚ともっぺんやれっちか? 却下じゃ! おい九郎――」
声を張り上げた六郎がクロウを振り返るが、その姿は既に小さくオケアヌスに向けて駆け出した後だ。
危機を察知したクロウが有無を言わさずオケアヌスに向かい、そして――レオンもその隙にテラへと向けて駆け出した。
残された六郎の蟀谷がピクピクと動けば、
「アタシ達も往くわね」
リエラとジンも皇城へ向けて駆け出す始末。
腕を組んだまま六郎がアトモスを睨み付けること暫く――
「エエわい。速攻でうっ殺して、爺二人ん首ば貰いに行ったるわい」
吐き捨てた六郎もその姿を大聖堂の上から消した――
☆☆☆
帝都クライノートを囲む巨大な城壁。その上は今まさに大混乱の最中であった。
かつて帝国がまだ小さな国だった頃……首都にこれほどの危機が及んだのはその時以来であろう。
長い帝国の歴史から見ても、帝都の防衛戦というのは数えるほどしかない。そして今まさにその一回が起きており、それは過去のどれをも凌駕する危険さと規模だ。
「魔法部隊は防御と攻撃との分担を忘れるな!」
城壁の上で檄を飛ばす帝国軍士官の顔色も優れない。大陸最大最強の軍事力を誇る帝国。その最強の軍隊で士官を務めている彼ですら、この様な危機は経験したことがないのだ。
眼の前に迫るのは巨大な異形。
人の胴体に昆虫の脚を連想させる六本の腕。腰から下に生える孔雀のような尾も翼も、そして頭を飾る冠羽も黒い。ハーピィのように足がない事で、余計に不気味さが増す半分人間で半分鳥の異形。
魔王アトモス
聖典に記された魔王の一柱にして、最凶の魔物。
空を往き、絶対的に優位な位置から強大な魔法で全てを蹂躙する大空の覇者。それが一度嘶けば、人など軽く吹き飛ばされる理外の存在だ。
今も遠くに見えるそれが軽く羽ばたくだけで、城壁が抉れ、魔法部隊の半分を防御に専念させる必要がある程だ。
あまりの脅威に部下の何人かは既に半狂乱状態に陥っている。そんな部下を思い切り叱りつけることで、辛うじて恐怖の伝播を防いでいるがそれも長いことは持たないだろう。
魔法を浴びせ続けても、嘲笑うかのようにゆっくりと近づいてくるアトモス。
既にその姿は目の前に迫り、巨大な羽毛が見える程の距離に。
「女神様――」
誰かが呟いたその祈り。それに縋りたくなる気持ちを抑えて
「弓部隊――てぇ!」
士官が再び声を張り上げた。
一斉に飛ぶ無数の矢に、邪悪な笑みを浮かべたアトモスが大きく羽ばたいた。巻き起こる竜巻が矢を巻き上げ城壁の一部を破壊する。
「もう終わりだ……」
「立て! 我らが生きている以上終わらせはせん!」
絶望に膝をつく部下を持ち上げ弓を持たせる。
祈る事は心の中だけで出来る。今は手を足を頭を動かさねば死んでしまうのだ。だから――
士官が腰の剣を抜き去り、強く握りしめた。こんな相手にちっぽけな剣でどうにかなる訳がない。それでもここで退くわけには行かない。それが兵の役目と肚を括ったその瞬間――
轟音とともに城壁に一人の男が飛び込んできた――
城壁の上が陥没するほどの勢い。初めは他の魔王にやられた兵かと思ったが違う。見た事のない意匠の派手な服に、長い黒髪。整った顔立ち――
「おうコラ鳥人間。えらい楽しそうやねぇか」
――顔立ちに反して不思議で乱暴な言葉づかい。そして何より驚いたのは……青年を見たアトモスが固まった事だろう。
蛇に睨まれた蛙という言葉が脳裏に過ぎっている。
そんな事がある訳がない。なんせ相手は魔王アトモス。生物の頂点にして君臨者の一柱だ。それが恐怖に固まるように見えるなど、余程疲れているのかと――
「こぉら! 逃げんなや!」
――青年を前に固まっていたアトモスが、見たこともない速度で飛び去った。脱兎のごとく。なりふり構わず逃げるアトモスが空に一筋の軌跡を残していく。そしてそれを追うように青年の姿が再び消えた。
城壁の一部を再び壊して。
「……何だったんだ?」
「助かった……のか?」
一体何が起きたのか分からない。だが一つだけ言えるのはあの青年は人間ではないだろうという事だけだ。
アトモスの描く軌跡を追いかけるもう一つの軌跡。だんだんと小さくなったそれだがアトモスが描く軌跡は未だに帝都の上空をジグザグに走って――いたそれが急に光り輝き斜め下に急降下。
この南門まで響く轟音と振動に、不思議とアトモスが落とされたと直感が告げていた。
もう一度響いた轟音だが、それ以降は静かに――どうやら終わったようだ。
「感謝します。女神様――」
とその日初めて女神という存在を強く信じたのであった。
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