第141話 どう動いても掌の上ならやりたいようにやればいいじゃない。

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。トレードマークの神器を奪われたので、今はちょっと見た目に大人しい。見た目だけ。


 ジンとクロウ:六郎達に巻き込まれながらも世界の命運を背負った二人。


 レオン:王国騎士団長。六郎も認める実力者。ちなみに婚約者のジゼルとはまだ手も繋いだことがない。


 アレン:レオンの弟。出演回数は少ないのにトラブルにしか巻き込まれない苦労人。


 ジゼル:レオンの婚約者。元王国のギルド受付嬢。六郎やリエラと仲がいい。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ユルゲンは幻影に変わるし、神器は奪われるし、魔王は出るしで踏んだり蹴ったりですが、皆元気です。もう少し落ち込んでピンチを感じさせて欲しいのですが、中々言うことを聞いてくれません。


 ☆☆☆




 飛び込んできた男が「魔王が現れた」と叫んでからは、大聖堂の中は上を下への大騒ぎになっていた。

 特に外を確認した騎士が、「本当だ……」と呆けた声で事実を伝えてからは、もう収拾すらつかない有様だ。


 泣き叫ぶもの。

 必死に祈りを捧げるもの。

 騎士に詰め寄り助けを乞うもの。


 皆が皆己のことで精一杯になる中、六郎たちは未だ通路の中心で腕を組んでいた。


「やられたわね」


 頬を膨らませるリエラの言う通り、完全にしてやられた結果だ。神器を奪われ、魔王を準備してあった。

 こうなっては人々は否が応でも【女神】に祈りを捧げてしまう。


 今のところ相手の掌の上で踊らされているだけの状況に、リエラはおろかクロウもジンも歯噛みするだけしか出来ないでいる。


「まあエエやねぇか。ぶち殺す相手が増えただけじゃろ。魔王に……それに女神に――」


 笑う六郎だけは通常運転で、そんな六郎に「アンタって人は……」とリエラも溜息をつくが満更でもない表情で笑い返していた。


 そんな二人のもとに近づく三つの人影――


「ロクロー、何が一体どうなってる?」


 ――呆れた表情を隠さないレオンがジゼルの手を引き、その後ろでアレンが心底嫌そうな顔で六郎達を見ていた。


「さあの。ワシにも分からん」


 笑う六郎に、「お前というやつは……」とレオンの蟀谷こめかみがヒクつくが、それを大きな溜息で体外へと吐き出した。


「兎に角俺は状況を確認してくる……アレン、暫くジゼルさんを頼んだぞ――」


 そう言い残したレオンが六郎達の元にジゼルとアレンを置いて、飛ぶように大聖堂の外へと飛び出していった。


 そんなレオンと入れ替わるように、ズンズンと足音を鳴らしながら詰め寄る男が一人。


「き、貴様! ロクローとか言ったな! なんてことをしてくれたんだ?」


 仕立てのよい服に身を包んだ小太りの男が、額に脂汗を浮かべながら更に捲し立てる――


「魔王を呼ぶなど……今直ぐどうにかしろ!」


 口角泡を飛ばす小太りの男に賛同するように、周囲からも非難の声がこれでもかと上がる……が、六郎はそれを完全に無視。


 もちろんリエラも無視。

 クロウが気まずそうに顔を隠せば、ジンも申し訳無さそうに顔を背ける。

 アレンはジゼルの手を引いて六郎達から少し距離を取って、大きな溜息。


 真っ赤な顔をに青筋を立てる小太りが「おい、聞いて――」叫ぶ言葉に被せるように六郎が口を開いた。


「とりあえず、これからどうするね?」


 六郎の言葉に、「そうね……」とリエラが顎に手を当て――


「おい貴様! 私を無視する――」

「やかましか」

「――ベヘッ!」


 ――六郎の拳が小太りの男の横っ面を上から叩き落した。綺麗に決まったハンマーパンチに、


「死んだんじゃない?」

「出来たらでいいからさ……来賓に手をあげないでほしいんだけど」

「今更だろう」

「綺麗にめり込んでます」

「俺達は関係ないからな」


 各々が哀れな視線を小太り男に向けている。


 そして先程まで煩かった周囲は、振り上げていた拳と非難の声を引っ込めて今は六郎から完全に視線を逸している。


「ま、このオジさんはおいてといて……とりあえず?」


 溜息をついたリエラに、クロウが「個人的には市民は助けたいんだけどねぇ」と同じように溜息をもらした。


「ぶっ潰せばエエやろうが? グダグダ考えるんも面倒くせぇけ、叩き潰したろうやねぇか」


 笑う六郎に、「そりゃそうだろうけど」と頬を膨らませるリエラが放つ非難の視線に「?」と六郎が眉を寄せた。


「それもそうね……」


 肩を落としたリエラが、「どのみちは一緒か」と大きく溜息をついた。


 魔王を倒さねば被害が拡大してしまう。ならば魔王を先に倒してしまおう。という判断は相手からしたら


 魔王が打ち倒されれば、市民が女神の存在を強く信じそれに感謝するのだから。


 思いを集めるのにこれほど効率のいい方法もないだろう。

 放っておいても祈る事で集められる。倒されても感謝されて集まる。


 ならば魔王など無視して、に突っ込めばいいかと思うがそうはいかない。


 相手が魔王を呼び出したのだ。であれば、と六郎は踏んでいる。六郎が言った「どのみち一緒」と言う言葉が示す通り、相手は意のままのタイミングで民衆の祈りや感謝をコントロール出来る。


 であれば六郎の言う通り、罠と分かっていても真正面から潰す方が相手にタイミングを掴ませないという点で少しだけ有利かもしれない。……恐らく殆ど変わらないだろうが、気持ち的な面で言えば「やってやった」と言う気持ちは大事だ。


「それじゃ、退って事で?」


 リエラの言葉に頷くクロウとジン。そして「応、またとやりあえるの」と嬉しそうな六郎。


「振り分けはどうする?」

「そらぁワシは寺と――」


 六郎が口を開きかけた瞬間、レオンが飛ぶように外から戻ってきた。


「ヤバいな。帝都の外縁付近まで接近されてる。……初めて見たが、あれが魔王か」


 真剣な表情のレオンに、アレンが「マジかよ」と呟きジゼルが唇を強く結んだ。


「現在街は大混乱だが、帝国兵の誘導で少しずつ避難が始まってる。場所は魔王から遠い北口だ」


「北口……ここから一番近いな」


 アレンの呟きにレオンが頷いた。


「それで? お前たちはどうするんだ?」


 額に滲む汗を拭い、自身に向き直ったレオンに、「決まっちょる。今から魔王退治じゃ」と六郎が嬉しそうに笑った。


「……何というか」


 レオンが呟いて片手で顔を覆うこと数秒……


「アレン……十三隊と共にジゼルさんを連れて帝都を出ろ」


 レオンの言葉に「は?」とアレンが素っ頓狂な声をあげれば、「を果たせ」とレオンの真剣な声が続く。


 今回式典に出席するに当たって、王国の代表であるレオンとその婚約者の護衛という名目でアレン以下王国騎士団第十三隊が帝都入しているのだ。


「いやいや、兄貴は――」

「俺は残る。残ってロクロー達と魔王を倒す」


 レオンの真剣な表情に、ジゼルの顔が強張った。


 ――魔王と戦う――それがどれだけ危険なことなのか、この世界の誰でもが知っている。魔王とは御伽噺の存在なのだ。そんなモノと戦うなど、普通の人からしたら正気の沙汰ではない。


 だが、彼はレオン・カートライトだ。音に聞こえしカートライト家の天才。騎士の中の騎士。そんな彼が民衆を見捨てて一人逃げるはずがない。


 そこまで考えたジゼルが大きく息を吐いてレオンに真っ直ぐ向き直った。


「分かりました。ですが私も残ります」


 ジゼルの言葉に今度はレオンの顔が強張った。


「私はこれから公爵家に連なる者です。そんな者が市民を捨てて一人逃げるなど出来ません。……逃げるなら皆の避難が終わってからです」


 力強い真っ直ぐな視線に、レオンが大きく溜息をもらし、


「アレン。十三隊、ジゼルさんとともに帝国兵と協力して避難を誘導しろ。だが決して魔王には近づくな。それと――」

「もしもの場合はを抱えてでも逃げてやるよ」


 笑うアレンにレオンが大きく頷いた。


「それじゃ、俺たちは先に往くぞ!」

「レオンさん……ご武運を。帰りをお待ちしております」


 手をふるジゼルとアレンが大聖堂を後にした。二人のように聖堂から逃げ出す者もいれば、逆に聖堂へと逃げ込んでくる者も後を絶たない。


「倒す順番とかは置いといて、ボク達も状況を確認しない?」


 上を指差すクロウに、「そうだな」とジンが大きく頷けば、


「往くんはエエが、こんままの格好じゃツマランの。確かサクヤに貰うたがあったやろ?」


 頭を掻く六郎に、「ま、派手じゃないとアンタっぽく無いもんね」とリエラがポシェットから一枚の振袖を取り出した。


 が欲しいと言う六郎のために、上質な魔法銀ミスリルを繊維に織り込んだ特注の振袖。流石に神器には劣るが、それでも中々頑丈な一品だ。意匠はいつも着ている物に似せた桜の意匠。


 それを羽織り直した六郎が、「うむ。しっくりくるわい」と笑った六郎の明るい声は、既に沈痛な祈りばかりが響く大聖堂に異様な程響き渡った。


「おっしゃ、行こうやねぇか」


 指を鳴らす六郎にリエラがまさかのストップ。


「ちょっと待って。折角ならをしていきましょ」


 笑うリエラが六郎達を手招き――首を傾げる六郎達はリエラに続いて先程までユルゲンが演説していた一段高い場所まで。


「あー! あー!」


 そこで声を張り上げたリエラに、大聖堂内の耳目が一瞬で集まった。


「アンタ達、目に見えないモノになんか祈るのを止めなさい。魔王はこの【リエラ教】の開祖にして御神体、リエラ・フリートハイム率いる【リエラ教】の信者たちが倒すわ!」


 堂々と胸を張るリエラに六郎やクロウ、そしてジンは「成程、やらないよりはマシか」と納得しながら呆れ顔を見せているが、唯一レオンだけは


「何だその胡散臭い宗教は? いつから俺は――」


 と隣の六郎を肘で突きながら問いただしている。


「感謝するのは、女神ではなくてアタシ、リエラ・フリートハイムに――」

「貴様! 神聖な大聖堂で何を言っている!」


 両手を広げるリエラの演説を止めたのは、何処にいたのか巨体を揺らす教皇だ。


 ドスドスと音を鳴らし「我々が救いを求めるべきは女神様だ」と詰め寄ってくる教皇にリエラが面倒くさそうに眉を寄せ


「うるさ――」


 途中まで開いた口を閉じて、ニンマリと笑う。


「あなたもってるじゃない。アタシもこのままじゃ格好がつかないと思ってたし……それ、寄越しなさい?」


 自身に向けて手を差し出すリエラに、教皇の顔面は見る間に紅潮――


「こ、小娘! 一体誰に向かって口を――」

「ああ、もうそういうのいいから」


 面倒くさそうなリエラが左手で杖を掴む。

 それを教皇が振りほどこうと杖を上に持ち上げ――

 持ち上がる杖に合わせるように、リエラが左手を押し込みながら左足を前に。


 教皇の右手を支点に横向きに倒れる杖。

 突き出されたその先端をリエラの右手が押さえこみ――

 薄く笑いながら、今度は自身の左手を支点に右手を更に抑え込んだ。


 教皇の右手を捻るように旋回した杖。

 その先端が、教皇の蟀谷を強かに叩けば


「グヘぁ――」


 よく分からない悲鳴を上げながら吹き飛ぶ教皇。


「よし、杖ゲットね」


 笑うリエラがクルクルと杖を回せば


「鍛錬の成果じゃな」と六郎が頷き

「見てない見てない」とクロウが顔を覆い

「成程」とジンが術理に感心し

「……我が国は無実だ」とレオンが頭を抱えている。


 吹き飛んだ教皇など何のその、「とりあえず上に行きましょうか」とリエラが杖を掲げれば全員の身体を淡い光が包み込む――


「さあ往くわよ信者ーズ! この世界に真の女神の生誕を教えてあげましょう!」


 床を叩けば全員の姿が一瞬で消えた――何とも言えない微妙な空気と唸る教皇の声だけを残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る