第140話 時間と場所を指定してきてますからね。そりゃ準備も万端ですよ

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。大聖堂に突っ込んでみたら旧知の友を発見してちょっとテンション上がってる。今のところ作戦は「出たとこ勝負」。……いや、それはいつもか。


 ユルゲン:グラーツ帝国の新皇帝。めっちゃ色々企んでる。いつも暗い部屋でコソコソ企んでるので準備は万端。ちなみに虚空に向かって口癖のように「ジルベルトか?」と言うので、ジルベルトが認識されるまでは「エアーフレンド」が居ると家臣に思われていたとか何とか。それ以降は暗闇の中一人の時を確認してから言うようにしてる。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 大聖堂に殴り込みにかかったら、イチャついていたレオンを発見しました。


 ☆☆☆





 六郎があげた素っ頓狂な声に、周囲の人々はいよいよ状況が飲み込めないでいる。


 大聖堂を震わせる轟音。

 割れたステンドグラス。

 そしてそこから飛び込んできた男女――


 明らかに招かれざる客である四人だが、ユルゲンは脇に控える騎士達に手を挙げて制したままだ。


 戴冠式に強引に飛び込んできた招かれざる客。よくよく見れば、その中に帝国の皇子もいるのだから、招待客含め聖堂内の多くの人が「成程クーデターか」と若干ズレた認識で状況を飲み込もうとしたのだが――今も結局状況を飲み込む事はできていない。


 その大きな要因は、未だ呑気に――


「こげな所で何しよんじゃ?」

「え? レオン? ホントだー! ……って、何でジゼルさんまで居るの?」


 ――盛り上がる六郎とリエラのせいだろう。


 本当にクーデターならば、今頃聖堂内は怒号と悲鳴が響く混沌とした状況になっていたはずだ。

 それなのに、標的と思しきユルゲンは落ち着き払って静観を決め込み、渦中の人物たちは


「なーんちな! 夫婦めおとんなるっちか!」

「うっそー! お祝いしないとじゃない!」


 相変わらず大きな声で緊張感のない盛り上がりを見せている。


 割れたステンドグラスのせいか、聖堂の外の騒がしさはよく聞こえる。


 ――どっちに行った?

 ――魔法部隊を呼べ!

 ――弓と城壁のバリスタもだ!


 侵入してきた六郎たちよりも、帝都の空を覆った巨大なドラゴンミュラーはもっと大きな脅威だったのだろう。


……いや、もしかしたらミュラーに隠れてしまい、六郎たちが聖堂に飛び込んだのは確認されていないだけか。


 兎に角外の騒がしさに反して、静かな聖堂がやけにノンビリと――


「積もる話はで良かろう」


 感じられていた空気が一瞬で張り詰めた。


 聖堂内の気温が一気に下がった様な感覚。息がしにくく、全身が総毛立つ――


 つい先程までの空気は何処へやら、聖堂内の人々は悲鳴を上げないのではなく、上げられなくなっている――会話が終わったのであろう六郎の一変した雰囲気のせいで。


 別に闘気を纏っているわけではない。

 殺気を放っているわけでもない。


 それでもユルゲンを見つめるその獰猛な笑みは、その場に居た全ての人間の生存本能を呼び起こしていた。

 生物として根源にあるそれが、全員に警鐘を鳴らす。


 アレと目を合わせてはいけない。

 アレを刺激してははいけない。

 アレから今直ぐに離れなければならない、と。


 本能がそう言うが、誰一人として指一本動かすことが出来ない。

 目を合わせてはいけない筈なのに、目を逸らす事が出来ない。


 彼らの行動を支配しているのは、紛れもない根源的な『死』への恐怖。


 逃げなければならないが、誰かが動かねば己がアレに目を付けられるかもしれないという恐怖。


 目を逸した瞬間、殺されるかもしれないと言う恐怖。


 逃げろ、動くな。

 目を合わせるな、逸らすな。


 矛盾した警鐘が、人々から呼吸をするという生理現象すら奪っていく――


「招待客を殺されては敵わんな」


 ――パチン――その空気に溜息をついたユルゲンが右手を高々と上げて指を鳴らした。


 一瞬ユルゲン周辺の空間が歪んだように見えたが、特にユルゲンに変わりはない。ただ、空間に静かに響いたその音が、張り詰めていた空気をいつの間にか霧散させていた。


 気がつけば戻ってきた呼吸に、全員が大きな安堵の溜息を漏らす頃、


「やられたわ」とリエラが小さく溜息をつき、六郎は「何じゃ? おかしか気配じゃの」と眉を寄せている。


 傍目には変わらないユルゲンの雰囲気に、リエラは行使された魔法から。六郎はユルゲンの放つ気配からその異常さに勘づいていた。


 落ち着いた雰囲気に戻った周囲を見渡すリエラが、「精神安定系の魔法ね……それもかなり高度よ」と呟きながら杖を取り出した。


「ま、アタシには劣るけど……どうやら


 と続けるリエラが杖を握りしめる。


「応。おったの……爺の後ろに」


 鼻を鳴らす六郎の言葉に、「ジルベルト……」とジンが背中に預けた大剣の柄に手をかけた。


 ジンの放つ剣呑な雰囲気に、周囲の騎士もそれぞれが武器の柄に手をかける――が、ユルゲンが「やめろ」と低く一喝してそれを止め、六郎の「もう居らんわい」という一言で歯噛みをしたジンがその手を柄から放した。



「さて……そろそろ集まって頂いたお歴々に諸君を紹介したいのだが?」


 片眉を上げるユルゲンの表情に、「応、エエぞ。派手に頼むわい」と六郎も腕を組みながら片眉を上げた。


「フン……目立ちたがりめ」


 ニヤリと笑ったユルゲンが、両手を広げて続ける――


「ようこそ『リエラとロクロー』! 君たちの参列を大いに歓迎しよう!」


 ユルゲンが声を張れば、周囲が一気に騒がしくなる――


「『リエラとロクロー』だって?」

「【国崩し】か?」

「教会と揉めてるはずじゃないのか?」


 そこかしこから上がるのは、この場に最もそぐわない二人とそれを招待したユルゲンへの疑義ばかりだ。


「ユルゲン! 何故このような異端者を神聖な聖堂に――!」


 その中でも顔を真っ赤に口角泡を飛ばす教皇の勢いは凄まじい。重たい身体をドスドス鳴らしてユルゲンのもとへと詰め寄る教皇に、周囲に控える騎士はユルゲンと教皇の間に割って入った。


 皇帝に詰め寄る教皇という図式に、聖堂内の人々の関心は一気にそちらへ――


「ユルゲン! 答えよ!」


 騎士に阻まれながらも叫ぶ教皇を、ユルゲンは面倒くさそうに一瞥するだけで、直ぐにそれを無視するように奥にある巨大なステンドグラスの下へと歩きだした。


「ユルゲン――!」


 騎士に阻まれた教皇が再び叫べば、溜息をついたユルゲンがそれを振り返り「黙らせろ。耳障りだ」と吐き捨てた。


 その言葉に一瞬呆ける教皇と騎士だが、言葉の意味を飲み込めた教皇が更に顔を赤く「貴様、誰に向かって――」と声を荒げれば、周囲の騎士が「御免!」とその口を抑えて脇へと引き摺っていく。


「少々邪魔が入ったが……ここに集まって頂いた方々には説明しよう。何故異端者と呼ばれる彼らをここに呼んだのか。そして彼らを呼んだのか、を」


 ユルゲンが両手を広げた瞬間、六郎の左足が聖堂の床を砕いてその姿を一瞬で運ぶ――

「あ、ちょっとそんな事しても――」

 慌てる様なリエラの声は間に合わない。一瞬でユルゲンの眼の前に現れた六郎が拳を握りしめる。


 振り抜いた拳がユルゲンに突き刺さる――が、まるで幻影に突き刺さったかのように、拳どころか六郎ごとユルゲンを貫通する。空振った拳の勢いを器用に捻った身体で殺すと同時に六郎が着地――


「おかしかごたる気配やち思うてみたら……」


 立ち上がる六郎が溜息をついて続ける。


「来いやら云うとって、隠れとるやねぇか」


 面白くなさそうに吐き捨てた六郎に、「せっかちな男だ」と幻影のユルゲンが振り返ってニヤリと笑う。


 先程指を鳴らした瞬間、その姿を別の場所に移すと同時に幻影をこの場所に残していたのだ。

 気配の変わったユルゲンと、その場にいないと感じた雰囲気から殴りかかってみれば、「やはり」という状況に六郎は鼻を鳴らした。


「彼らを呼んだ理由は唯一つ……女神様のご意思だ」


 六郎を無視するように再び観客の方を向いたユルゲンが両手を広げれば、狙っていたかのようにステンドグラスが淡く輝き出した。


 それを見るリエラが「あっちゃー」と片手で顔を覆えば、六郎とリエラの周りで光の粒子が立ち上っていく――それが収まれば、リエラの持っていた杖も、六郎が羽織っていた振袖もその姿を消し、残ったのは「お?」と疑問符をこぼす六郎と「やられたわ」と眉を寄せるリエラだ。


「リエラ殿、一体――」

「罠よ。盛大な……神器を全部転送されちゃったって事」


 ポシェットを弄るリエラが、大きく溜息をつきながら首を振った。つまり【冠】も持っていかれたという事だろう。


 その様子にユルゲンが勝ち誇ったような笑みを浮かべて口をひらく。


「女神様は仰った……彼らは災いを齎す者と――」


 輝きの増すステンドグラス――ザワつく聖堂内を無視するようにユルゲンは続ける。


「女神様は仰った……これは我々への試練なのだと――」


 ザワつきは大きくなり、ついにどこからか「ど、どういう事だ!?」と悲鳴めいた野次が飛ぶ。それすらも無視するユルゲンの後ろで更にステンドグラスが輝きを増した。


「女神様は仰った……されど臆することなかれ。『を信じよ』ただそれだけで、災は去ると――」


 ユルゲンがニヤリと笑えば、ステンドグラスが今日一番の輝きを見せ――聖堂内にも聞こえるほどの轟音が外で響き渡った。

 より大きくなる外の喧騒、締め切られた大扉を叩く無数の拳の音――


「な、何だ? 何がおきてる?」

「何なの?」


 外の喧騒と鳴り止まぬノックの音、それは刻一刻と強くなり、扉を壊さんかの如きだ。あまりの勢いと喧騒に、扉を警備する騎士の一人が、かけられ鍵に手をかけ――た瞬間、押し寄せるように転がり込んでくる人の波――



「助けてくれ!」

「ああ、女神様!」

「ご加護を――」


 半狂乱で転がり込んでくる人の多さに、扉付近に詰めていた騎士が陣形を組んでその波を抑え込んでいく。


「どうした、今は厳正なる式典の――」

「それどころじゃない!」


 叫ぶ人々の顔は恐怖に彩られて、凡そまともには見えない。


「落ち着け、何があったんだ?」

「落ち着いていられるか! だ……!」


 転がり込んできた男の発した言葉に、聖堂内が一瞬水を打ったように静かに――そこからは怒号と悲鳴が渦巻く大混乱だ。


 逃げようとするもの。

 膝をついて女神に祈り出すもの。

 外の状況を確認しようと外に飛び出すもの。


 様々な人、様々な行動で、混沌の渦と化したその状況にユルゲンの幻影が六郎を振り返りニヤリと笑った。


「さあ、始めようか。世界の命運をかけた大狂乱の宴を――」

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