第139話 簡単に切れないのが人の縁

 登場人物


 レオン:オルグレン王国騎士団団長。六郎の理解者兼、友……だけど再開するなら平和な場所で……いや、六郎がいたらどこでも戦場になるのでやっぱり再会は無しで。


 アレン:レオンの弟。都市国家連合との国境砦で六郎とリエラに遭遇。結果的に二人に助けられているが、あまりの異様さにもう会いたくない。


 ジゼル:元王国ギルドの受付嬢。六郎とリエラを押し付けられた不幸な受付嬢。でもそのお陰かレオンと婚約する形に。六郎とリエラには普通に会いたい。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ドラゴンに乗ってタイ◯ニックしてたら戴冠式始まってました。


 ☆☆☆





 壁一面を覆ういくつもの巨大なステンドグラス――外は生憎の曇り空にも関わらず、僅かな光でも荘厳に輝くそれらが、招待客に女神という不可知の存在を強く連想させている。


 ここはアルタナ教の総本山とも言えるクライノート大聖堂。


 グラーツ帝国の帝都クライノートの中央、皇城の隣に立てられた絢爛豪華な大聖堂だ。


 凡そ千年前より語られる女神の伝説を、人々の導として伝え広げてきた組織は、帝国の誕生とともに手厚い保護を受けて、瞬く間に大陸全土へと広がっていった。


 今や大陸に住む人で、アルタナ教の名を知らぬものはいない程の権勢を誇る教会だが、ここ数ヶ月はその権勢に陰りが見え始めている。


 ……たった二人の異端者によって。


 異端認定した冒険者二人によって、教会の武装勢力が尽く返り討ちにあっているらしい。


 そんな噂は瞬く間に大陸中へと広がり、人々の関心はこれからどう動くかという事にのみ向けられている。


 教会の威信に陰りは見えているが、それが信奉する女神という存在に対する人々の信頼に揺るぎはない。


 教会という組織が腐ろうとも、その上に立つ女神は別なのだ。人々は神という不可知の存在に希望を見ている。


 いや、希望こそが神なのかもしれない。


 その証拠に人々は絢爛豪華なステンドグラスに、未だ見ぬ女神を見ている。己が願いと希望をのせて――




「それにしても……とんでもねないデカさだな」


 そんなステンドグラスを長椅子に足を組んで座り見上げるのは、濃紺の髪に鋭い目つきの青年だ。今だけはその攻撃的な瞳に呆れを宿し、「金……かかってんだろうな」と呑気な声を上げている。


……口の聞き方には気をつけておけ。これでも俺たちはなんだぞ?」


 呆けた顔でステンドグラスを見上げるアレンの頭をワシワシと撫でるのは――


「分かってるって……こそ新婚旅行気分じゃないだろうな?」


 ――不意を突かれて「ま、まだ婚約の段階だ」と顔を赤くするだ。


 ニヤニヤと笑うアレンの視線の向こうでは、レオンの肩越しに困り顔で笑うウサ耳の女性――ジゼルもいる。


「ほ、本当に私で良かったのでしょうか? その……私は平民ですし……」


 艶やかなドレスとは対照的に、自信なさげに萎れていくウサ耳にアレンが「良いの良いの」と手をヒラヒラ振りながら鼻をならした。


母上殿が『良い』って言ってんだから、ジゼルさんが嫌じゃなければ良いんだよ。親父殿も『ようやく孫が見られるか?』って笑ってたじゃん」


 組んだ足に肘を乗せながら、頬杖をついたアレンがチラリと横を見やれば――


「ま、孫はまだ――」

「そ、そうですよ。気が早いです」


 ――のろけるように顔を赤らめる二人の姿。そんな二人に「ごちそうさま」と鼻を鳴らしながらアレンは視線を逸した。


「……当たり前だけど……俺たち以外の国も結構招待されてるんだな」


 頬杖をついたままのアレンが、ある一角に視線を投げればその視線に気がついた一団が、慌てたようにその視線を逸した。


 睨みつけるようなアレンの視線に


「アレン……行儀が悪いぞ」


 ジト目のレオンがその頭を軽く小突けば「仕方ねーだろ、つい二ヶ月前まで敵同士だったんだ」とアレンが口を尖らせてレオンを睨み返した。


 アレンが見ていた一団は、都市国家連合の盟主で構成された集団だ。つい最近までアレン率いる王国騎士団第十三隊が防衛する砦を中心に、幾度となく戦端を開いた相手達だけに、アレンにも含むものがあるのだろう。


 一頻りガンを飛ばしたものの、アレンは飽きたように視線を逸した。


「……どうだった? ……戦争は?」


 前を見ながら話すレオンに、頬杖をついたままのアレンが「別に――」とだけ答えた。


 暫く流れる沈黙を――


「――俺の方は大したことなかったよ。


 視線を斜め下に固定したままのアレンが破った。


 アレンの言う通り、都市国家連合との戦争は、レオンが担当した公国側と比べるとマシであった。開始の一手から六郎達に返り討ちにされ、続く第二波以降は盟主国家クラルヴァインがガタガタになった事で足並みがバラけてしまい、大した脅威らしい脅威はなかったのだ。


 それでも戦争だ。仲間が傷つけば死にもする。だから――


「大したことなかったけど、


 ――アレンは盛大な溜息をレオンに返すことしか出来なかった。


 六郎達のお陰で、かなり力が削がれた相手とは言え、死傷者を出した以上将として責任を感じない訳では無い。


 別に死傷者が出たのはアレンの指揮が悪かった訳では無い。

 王国は【国崩し】で疲弊し、都市国家連合だけでなく同時期に公国側からの攻撃もあった。

 ただでさえ少ない戦力を更に分散させての迎撃と考えれば、十分過ぎるほどの戦果だ。


 ……それでもそれを誇れる程、アレン自身戦場という異常事態に慣れている訳では無い。


 そんなアレンの様子を見たレオンは、それでも必要な経験だと口から出そうになった労いの言葉を飲み込んだ。代わりに――


「そうか……?」


「出来たら二度と会いたくねーよ」


 自嘲気味に笑うアレンの言葉に「そうか」とだけ答えたレオンは柔らかく笑った。


 アレンがあの二人に会って以来、日々の鍛錬の量が倍以上に増えたと人伝に聞いているのだ。

 レオンもそうだが、アレンも漏れなく天才型の器だ。それに自惚れ鍛錬を怠ったことなど一度もないが、それでも己が強いという自負はあった。


 その自負を一瞬で打ち砕かれ、更に――本人六郎たちの意図せぬところだが――陰から助けられていたのだ。プライドが高かったアレンからしたら悔しさは一入ひとしおだった事だろう。


「そもそも気になってたんだが、兄貴とアイツらが友達って――」


 思い出したようにアレンが顔を上げた瞬間、聖堂の鐘が鳴り響いた――


「おっと……もう始まるのか」


 レオンが居住まいを直すように、周囲でザワついていた人々も静かに座り眼の前に現れた二人の老人へと目を向けている。


 片方は紛れもなく教皇だろう。豪奢な僧服にこれまた豪華な司祭冠ミトラ。権威を表すマントも白く長い裾を二人の修道女が厳かに摘んで持ち上げている。


 女神を示す金の杖を片手に、ゆっくりと歩く老人――厳かな雰囲気というよりも、賢威という贅肉の重さに耐えかねるように足が動かないと言った方が正しいかもしれない。


 その証拠に――


「すげーデブじゃねーか……」


 ――呆けるアレンの呟きに、レオンが無言で肘を入れる一幕があったほどだ。


 兎に角短い距離を歩いた教皇が司祭の持つ台から王冠を手に取った――その前に進み出るのはこれまた豪華な服に身を包んだ老人……ユルゲンだ。


 軍服のような服の上から真紅の分厚いマントを羽織ったユルゲン。マントに施されたのは、帝国を表す翼を持った獅子の刺繍だ。


 教皇とは違い、服の上からでも分かる鍛え抜かれた身体と伸びた背筋。堀が深く鷹のように鋭い瞳と整えられた髭。


「ジジイのくせに強そうだな」


 再び突き刺さったレオンの肘。アレンが自分の脇腹を抑えている間に、ユルゲンが教皇の前に跪いた。


 無言でユルゲンの頭に載せられる冠――一際大きく鐘が鳴り響けば、周囲から自然と拍手が沸き起こった。


 厳格な儀式であるため、終始無言で行われるそれに、観客も無言だが割れんばかりの拍手で新たな皇帝の誕生を祝福している。


 鐘の余韻と拍手が鳴り止んだ頃、新皇帝ユルゲンは一段高い場所で周囲を見渡し己の胸の前で拳を握りしめた。


「お集まりの帝国臣民諸君、そして諸外国の来賓各位……本日は我が戴冠式へ出席頂き感謝の意を示させていただく――」


 始まったユルゲンの演説に、「偉そうだな」とアレンが呟けば、「偉いからな」とレオンもそういいながらも面白くなさそうに溜息をついた。


 今も周辺諸国の安全を訴えるユルゲン――自分が主導して様々な戦を起こしておきながら、だ――それに胡散臭さしか感じなくても仕方がないだろう。


 とはいえ、今は父であるカートライト公爵の名代だ。胡散臭かろうが何だろうが、戴冠式出席という義務は果たさねばならない。


 演説を聞いた後は各国での懇親会、そして夜には舞踏会だという。それ故婚約者たるジゼルを連れて来たのだが、レオン自身も政治と陰謀渦巻く舞踏会など好きになれない。


「出来たら街に繰り出したいな」


 ポツリとレオンが呟いた頃、周囲が少しずつザワつきはじめた――その様子にレオンが眉を寄せれば、「あのジジイ、ぶっ込んできたぞ」とアレンが苦笑いでレオンを肘で突いた。


 演説をよく聞けば、先程まで周辺諸国、ひいては大陸の安全を掲げていた内容だが、アルタナ教への批判と取れるようなものに変わっているのだ。


「――例えば、考えが違う等という理由一つで軍を差し向けたりする事を、女神様が望まれるだろうか?」


 完全に批判と捉えるには微妙な表現だが、これはつい最近「異端だ」と言って強大な武力を動かした教会への批判にしか聞こえない。加えて「女神が望むか?」と付け加える皮肉ぶりだ。


 ……異端だ何だと言う行為こそ異端だぞ。


 と何でもかんでも「異端」と決めつける教会への宣戦布告に聞こえなくもない。


 思わぬ方向に軌道がズレた演説であるが、ユルゲンの斜め後ろで顔を真赤に怒りを隠すことのない教皇以外は、周囲に少しの困惑と大きな賛同を生み出しているようにも見える。


「こりゃ荒れるぞ――」


 苦笑いのアレンがそう呟いた時、ジゼルの耳がピクリと動いた――


「なんか……外が騒がしいです」


 訝しげに耳を動かすジゼルだが、レオンもアレンもその騒がしさは分からない。ただ一人ジゼルだけが


「空……なに……ドラゴ……ン?」


 そこまで言った瞬間、何かに気がついた様なレオンが、「伏せろ!」と大声を張り上げ、ジゼルを抱えるように椅子の間に滑り込んだ――瞬間、耳を劈く轟音が聖堂全体を揺らした。ビリビリと震える空気にいくつものステンドグラスが割れてそこかしこから悲鳴が上がる。


「一体何が――」


 レオンと同じように伏せたアレンが、頭を抑えながら顔をあげた時、ガラスの割れる音と共に一人の青年が聖堂のど真ん中に舞い降りた――


 見覚えのある長い黒髪――首の後ろで一本にまとめられたそれが揺らめけば、青年が肩から羽織る派手な意匠の服が割れた窓から吹き込んできた風でフワリと動く。


 あまりの出来事に、全員が悲鳴をあげる事すら忘れる中、その青年がユルゲンに向けて真っ直ぐ進み――


「おう、爺。招待に応じたったぞ?」


 ――獰猛に笑えば、青年の飛び込んできた場所から更に三つの影。


「ちょっとロクロー! 聖堂は壊しちゃ駄目って言ったでしょ?」

「もうそんな問題じゃなくない?」

「サクヤ様は? サクヤ様!」


 煩い三つの人影に、周囲の人々が更に言葉を忘れて状況を見守る中、アレンの持ち上げていた頭を上から力強く抑え込む一つの腕――レオンだ。


「何すんだよ兄k――」

「シー! 声を出すな。気配を殺せ」


 コソコソ声で器用に怒るレオンに、アレンが眉を寄せると、ジゼルを抱きかかえたまま頭を低くしたレオンがアレンとの距離を詰めて更に声を落として続ける。


「いいか。今日俺たちは何も見ていない。騒動が収まったら、直ぐに王国に帰るぞ」

「何で?」


 眉を寄せるアレンに、レオンが「バカ! デカい声を出すな」と再び小声で器用に叱りつけた。


「あれが誰か分からないのか?」

「誰って……『リエラとロクロー』だろ?」

「そうだ。気づかれたらどうなるかくらい分かるだろ?」


 声を落とすレオンにアレンも漸く事の重大さが分かったようで、少し青くした顔でゆっくりと頷いた。


 気が付かれたら巻き込まれる……間違いなく。


 そしてそれは、恐らくレオンやアレンが予想しているより遥かに大騒動だ。恐らくこの国を揺るがすレベルの。……なんせ【国崩し】、【クラルヴァインの悪夢】と立て続けに国を揺るがして来てるから。


 それすら想像だ。……つまり巻き込まれる可能性の事件は、国を揺るがすよりも大きい可能性がある。


 そんなものに巻き込まれてはたまらない。


 二人して更に頭を低くするが、アレンが恨みがましく口を開く。


「そ、そもそも何であの二人がここに?」

「俺が知るわけ無いだろ」


 膨れ上がっていく六郎の闘気が空気をビリビリと揺らす中、「教会と揉めてるとは聞いていたが……」レオンは顔を伏せたまま呟いた。


「教会と揉めてるからって、大聖堂まで乗り込んでくるか?」

「来るだろ……あの二人だぞ?」


 椅子の下でコソコソと話す二人だが、六郎の闘気がいつの間にか事に気がついていない。


「お前も見ただろ? あの二人の異常性を?」


 レオンの言葉にアレンが頷けば、「本来はその百倍はヤバいと思っとけ」そうレオンが囁いた瞬間、二人の上に影がかかる――。


 顔を、頭を伏せていても「あ、暗くなったな」と分かるほどの影にアレンが顔を上げ――「あ、バカ!」――るそれを止めようと、レオンも顔を上げた瞬間


「おう、知っとるごたる気配がするち思うたら、レオンやねぇか!」


 満面の笑みの六郎が二人を見下ろしていた。

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