第138話 ――空を飛んで行くのがロマンだよね。

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。戴冠式までの二ヶ月強を大人しく(本人たち談)過ごしていたらしい。


 クロウとジン:帝国の皇子と亡国の近衛。戴冠式までの二ヶ月強を精神をすり減らしながら過ごしていた。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 戴冠式に乗り込むのにミュラーとかいう巨大なドラゴンを召喚しました。


 ☆☆☆



 靄がかった草原に、空を覆う分厚い雲。本来ならば既に稜線を輝かせる太陽はその姿を隠し、辛うじて白んできた空に遅い夜明けを感じることが出来る。


 姿を見せぬ陽も、未だ暗い空も、これから始まる戦いを予見――


「ガハハハハー! こいつぁエエのぅ!」


 ――先の見えぬ暗闇をぶち破るのは、六郎の上げる高らかな笑い声だ。


 腕を組み仁王立ちの六郎は、全身に強い風を受けているのだろう、振袖と髪が「バタバタ」と大きな音を立ててはためいている。


「ちょっと、そこはって言ってるじゃない」


 そんな六郎の背をボコスカと叩くのは、眉を釣り上げるリエラだ。ちなみにジンとクロウは座ったままそんな二人を「やっぱ似た者同士じゃん」とジト目で眺めている。


「ガハハハ」風を受けて高らかに笑う六郎。

「ちょっと邪魔よ」その六郎を座らそうと肩を押さえつけるリエラ。

「六郎殿は寒くないのか」ジンが眉を寄せれば

「馬鹿だからね。大丈夫なの」クロウが溜息をもらした。


 今、六郎達は【女神庁】で紹介された『ミュラー』の背に乗って高速で帝都を目指している真っ最中だ。


 全員の予想を上回り、【女神庁】に辿り着くまでに一週間以上がかかっていたようで、ミュラーを出現させた時点で、既に年が明けていたのだ。


 あと半日もしたら始まる戴冠式だが、ミュラーで飛べば数時間で辿り着くとの事なので、急ぎミュラーと共に『原始のダンジョン』上部に転移させてもらい逆ピラミッドの上から飛び立ったのがつい先程だ。


 魔力を纏って飛翔する竜種は本来飛行時に風の影響を受けない。


 だがそれは自分の身体を覆うのみで、背中に乗せた人にまで作用するわけではない。とは言え、流石はペットとして飼われていただけある。

 本来は竜自身しか覆うことのない魔力の恩恵だが、座っている状態ならば人も覆うくらいまで広げて纏っているらしい。


 このあたりの情報も【女神庁】からもたらされたものであるが、それ以上に驚きだったのが――


 ――え? これ、アタシのペットなの?


 だったと言う事だろう。


 【女神庁】曰く、この世界の管理者がリエラとなった時点で、【女神庁】のアクセス権限は一旦リセットされ、リエラにのみアクセス出来るよう改変されている。

 つまり、『秘密の質問』は女神になる前のリエラ自身について問うたものだったのだが、記憶を失っているリエラには分からなかったのだ。


 ――お前、ワシの『上杉』ん事あない莫迦にしとったくせに


 六郎のジト目から逃げるように目を逸らしたリエラに、クロウもジンも「似た者同士じゃん」と妙に納得していたのが出発前。


 そして――


「ロクロー! そろそろ代わりなさいよ! って言ってるじゃない!」


「待たんね。もう少しくらいエエやねぇか」


 ――今も最前列の特等席という見晴らしの良い場所を巡って争う二人を見て、「やっぱ似たもの同士」と二人溜息をついた。


 結局ギャーギャー騒ぎまくった結果、リエラを前に立たせ、その後ろに六郎が陣取るという何処かでみたような構図に。


「キャー! やっぱり良いわね! 風が気持ちいいー」


 風を一身に受けるリエラが歓声を上げるが、クロウもジンも納得がいかない。


 あれだけ寒いだ何だと言って、自分だけバッチリ防寒具を完全装備していたくせにである。


 そもそもミュラーは座っている搭乗者を守るよう訓練されている。魔力で覆い、吹き付ける風の影響を受けぬようにだ。訓練してあるという事は、飼い主は座って乗っていたのだろう……はずなのに、その飼い主が座る気配がないのだ。前列で立つことを「指定席」と宣うようなぶっ飛びな飼い主の行動に、クロウとジンはどちらともなくミュラーの背を優しく撫でた。


 ……お前も苦労してるんだな。


 言外にそう含んだ行為に、ミュラーが嬉しそうな咆哮を挙げればリエラが「ちょっとあの辺にブレス吐かせてもいいかしら?」と笑顔で二人を振り返った。


「「駄目」」


 ジト目の二人に、口を尖らせたリエラ。そもそもブレスの意味が分からない六郎が小首を傾げれば、リエラが嬉々としてブレスについて説明している。あまり良い予感のしない二人の会話は――


「エエやねぇか! ほな戦ん狼煙代わりに天守に向けて一発ブチかまそうで」


 ――帝都に乗り込んで一発目にブレス攻撃をすると言う、悪の大魔王のような結末に着地した。


 このままでは皇城が焼き払われる。青い顔をしたクロウが、


「た、戴冠式は皇城じゃなくて、大聖堂で行われるから」


 と狂気の矛先を変えるために声を張り上げた。


「え? 大聖堂でやるの?」


 眉を寄せるリエラに「そうそう、大聖堂のはずだよ」と間髪を入れずクロウが声を張り上げる。


 事実クロウの言う通り、帝国の戴冠式は大聖堂で行われる。


 代々の皇帝は女神より統治を任されているという図式を踏襲し、大聖堂にて女神の代弁者たる法皇から冠を賜るのが通例だ。


 今回の戴冠式も、慣例に漏れず大聖堂で行うとの通達が各国になされている。


 教会勢力の武力を削ぎ、『教会』という組織自体への疑念を植え付けることに成功したユルゲン。その彼がどんな目的を持って大聖堂で、更に法皇から冠を賜るのかは彼にしか分からない。

 だが、ユルゲンに何かしらの考えがあっての事だろうとクロウは警戒している。


 とは言え、大聖堂で行われるのは事実だ。警戒はするが、結局やることは乗り込んでぶっ倒すという六郎スタイルに着地するしか無い。


「大聖堂でやるの?」


 クロウのように疑問を浮かべたのか、リエラがもらした怪訝な声が風に乗ってクロウの下へ――


「皇城をぶっ潰しても良いって言ってたのに?」


 ――違った。壊せる場所が変わったことに憤慨しているようだ。その証拠にジト目のリエラが、六郎の脇越しにずっとクロウの事を見てくる。


 たまらずクロウが視線を逸らせば、「エエやねぇか。聖堂とやらば吹き飛ばせば」と六郎が笑い飛ばした。


「だから聖堂は駄目だってば! 【リエラ教】の総本山にするんだから」


 とリエラが頬を膨らませているが、クロウからしたらそれどころではない。


 聖堂を吹き飛ばせば、それこそ各国の要人から一般市民まで巻き込まれかねない。流石にそうなればいくら何でもやりすぎだ。

 敵はユルゲンとジルベルトであって、それ以外に被害を出すのは流石に拙い、とクロウが顔を青くするが


「心配しなや。民草まで巻き込むほど落ちぶれとらんわい」

「そうそう。アタシは女神よ?」


 全く信用出来ない答えが前から聞こえてくる。


 とは言え、何だかんだ言ってリエラは「聖堂は駄目」と言っているし、六郎ではミュラーにブレスを吐かせるなど出来る筈もない。飼い主でも何でも無いのだ。六郎が何を言ってもミュラーが聞くわけがないのだ。


 一先ず大聖堂に襲撃をかけるという暴挙はなさそうだ、とクロウが胸をなでおろした。


 そんなクロウの思いを知ってか知らずか、先程までブレスで盛り上がっていた二人だが六郎が思い出したように手を叩いた。


「とりあえず、帝都についたらピニャん所ば寄って刀ば受け取らんとな」


 腕を組み直した六郎に、「ああ、それもあったわね」とリエラが小さく溜息をついた。


 六郎が頼んだピニャの捜索だが、帝都にいたので簡単に見つかった。見つかったのだが、刀を打つには己の工房でないと無理だというので、二ヶ月程前に素材を届けて貰っているのだ。


 ピニャから完成の報告を受けたのはつい先日の事なので、襲撃前に武器を調達してからという話だ。


「で? どこで貰うの?」


 リエラのジト目が示す通り、待ち合わせ場所などを決めていないあたり、六郎もピニャも適当だ。


「まあ工房とやらは、あん女子オナゴが知っとるんやろ?」


 振り返った六郎にクロウは「知ってるはずだよ」と頷いた。


「まあ、時間はあるらしいし、ちぃとばかし祭りん雰囲気でも――」


「見えた。帝都だ!」


 六郎の言葉を遮るのは、はるか前方を指差すクロウだ。快適だったとは言えない空の旅だが、終わってみれば存外早いもの。とはいえ分厚い雲に覆われている筈の空も既に明るく、時間がかなり経過している事は確かだ。


「こらぁデケぇわい! 攻めがいのある城じゃ!」


 笑う六郎が示す通り、巨大な皇城とその城下に広がる広大な街は堅牢な城壁に覆われ地上から攻めるならかなりの労力を要する事だけは分かる。


「そりゃ大陸最大最強の国家だしね」


 呑気なリエラと六郎とは違い、ジンとクロウは気を引き締めるように真っ直ぐ帝都を見据えている。


 近づいてきた帝都を眺めながら


「で? 結局何処に降りたら――」

「シーッ!」


 口を開いたリエラを止めたクロウ。口に人差し指を当て音を探るように視線を固定しながら、皆に黙っているよう手を挙げる――


「鐘……の音?」


 ポツリと呟くリエラの言う通り、風を切る音に混じって一瞬だけ聞こえたのは鐘の音。すぐに聞こえなくなったそれだが、クロウは未だに人差し指を口に当て視線を固定したまま音を拾おうと賢明だ。


 暫く続く沈黙だが、結局それ以上鐘の音は――


「最悪だ! !」


 ――慌てたようにクロウが叫んだ。響いていた鐘の音は戴冠式の開始を告げるそれだ。


 鐘を合図に法皇が新皇帝に冠を授け、その音が終わると同時に新皇帝からの演説がある。

 それが終われば後はただのお祭り騒ぎだ。


 つまり鐘の音が終わったという事は、今現在ユルゲンが何かしらの演説を実施しているところだろう。


「どうすんのよ? 間に合わないわよ?」


 リエラの言葉通り今から着陸する場所を模索していては間に合う筈もない。とはいえ、このまま突っ込む訳には――


「こんまま突っ込め!」


 六郎の言葉に従うようにミュラーが加速して大聖堂へ向けて一気に加速してく。


「青年、どうするつもり――」


「ミュラー! あん鐘楼ば打ち抜けや!」


 声を張り合げた六郎に応じるように、ミュラーが鎌首を擡げ――口から巨大な炎球を吐き出した。

 まさか六郎の言うことを聞くとは思わなかったが、その辺りは生物としての「逆らってはいけない」という本能なのだろうか。


 とにかく恐るべきスピードと精密さで飛ぶそれが、空に届くほどの轟音を響かせ鐘楼を文字通り消し飛ばした。


 明らかに騒がしくなる眼下の街並み――


「全員、飛び降りっぞ!」


 言葉と同時に六郎がミュラーの背中より飛び出した。慣性に従い、斜め下に高速で降りる六郎の先には大聖堂。巨大なステンドグラスに施されているのは、アルタナ教を示す太陽と月を模した紋章だ。


「ちょっと、待ちなさいって」

「ああ、もう成るように成れ!」

「サクヤ様、今行きます」


 六郎に遅れること数拍、全員が六郎を追うようにステンドグラスへと突っ込んだ。


 ガラスの割れる音を響かせ、六郎が降り立ったのは巨大な聖堂中央だ。


 赤絨毯の道を中央に、左右に別れた長椅子に伏せているのは見た目に高貴そうな人々ばかりだ。

 全員が轟音と闖入者に驚き固まる中、赤絨毯を真っ直ぐ歩く六郎の先には、皆より一段高い場所に立つ一人の老人――驚いた様なユルゲンを前に六郎が獰猛に笑う。


「おう、爺。?」


 その言葉にニヤリと笑うユルゲンの視線の先で、六郎を追うようにリエラ達も聖堂へと降り立った。


 ☆☆☆



 後の世において、【神殺し】と呼ばれた事件はこうして幕を開けた。


 

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