第137話 最終決戦にいくならば――

 登場人物


 六郎とリエラ:手紙を届けるために砦一個落とす常識外れの主人公とヒロイン。世界の発展とかどうしたんだよ。お前らが滅ぼしそうじゃん。という声は彼らの耳には届かない。


 クロウとジン:帝国の皇子と亡国の近衛。因縁浅からぬ二人だが、今は何だかんだ手を取り合って最後の敵に立ち向かうこの物語の真の功労者達。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 サクヤとユルゲンの邂逅の裏で、リエラと六郎は砦を襲っていました。



 ☆☆☆





 吹きつける北風が粉雪を舞い上げる。今のところ積もることはないだろう雪だが、それでも北風とともに吹き付けるそれは、


「うー! 寒ーい!」


 リエラの叫びを攫い、代わりに刺すような痛みを肌にもたらしている。


「なーんが『寒い』じゃ。そげなした格好しとるくせに」


 リエラの隣で眉を寄せる六郎の言う通り、リエラは僧服の上から真っ白ボアのコートとフカフカのマフラー姿だ。


「そん襟巻きば寄越せや」

「い、や、よ! アンタは熊の毛皮でも羽織ってなさいよ」


 吹き付ける北風などなんのその。いつも通り元気な二人だが、元気なのは二人だけ――


 既に冬という厳しい季節を伝える風の中……クロウはボンヤリと未だ明けぬ空、その先にボンヤリと浮かぶ『原始のダンジョン』を見上げ


「長かった……本当に長かった」


 まだ暗い中、陽が差していないにも関わらず、その頬に走る一筋の光が見える。溢れてしまったそれは、断じて寒さのせいなどではない。

 クロウにとってはとも言える、様々な思いの詰まった感情の結晶。その煌めきを横目に


「大袈裟ね」

「何じゃ? そげんに帰りたかったとね?」


 溜息を漏らすのはリエラと六郎だ。ちなみにジンはリエラと六郎がを知っているだけに、頬を濡らすクロウの肩を叩いてその気持を労い、トンチンカンな発言の二人にジト目を向けている。


 そう……クロウの頬を濡らすのは、この二ヶ月強で経験した、が今終わることへのだ。


「長かった……本当に……本当に長かった」


 人目も憚らず――と言っても六郎達しかいないが――片手で顔を覆うクロウの苦労をあざ笑うのは勿論


「そう? 意外に直ぐだったじゃない?」

「雑魚ばかりでツマランかったわい」


 クロウの苦労、その元凶たる二人だ。


「直ぐだった? すっごく長かったよ! 二人のせいで!」


 額に青筋を浮かべたクロウが振り返れば、二人が肩を竦めて顔を見合わせた。自分たちが仕出かした悪事を理解していないような素振りに、クロウの額に青筋が更に増えていく。


 思い出すだけでも胃が痛くなる日々――


 暇だと言って、クラルヴァイン周辺に潜む山賊や盗賊を狩るくらいならまだ良かった。


 その過程で国境線を犯したとイチャモンを付けてきた都市国家連合軍を、その抗議に現れた使者の首を問答無用で刎ねるわ、それを都市国家連合側に直接持っていくと騒ぎ立てるわで大変だったのだ。


 実際国境線は犯していないし、都市国家連合側のイチャモンだっただけにクロウも六郎達を止めるのに苦労した。


 恐らく六郎やリエラを捕らえる事で、勢力を弱めた教会側に貸しでも作ろうという魂胆があったのだろう。だが相手はこの二人だ。道理の外れた政治的思惑など、この二人からしたら暴れる理由以外の何物でもない。


 何とか二人に「大事の前の小事だから」と言って落ち着かせたのも束の間――次に現れたのは空気の読めない教会勢力だ。


 本気で「馬鹿じゃないの?」と相手に掴みかかりたいクロウを横目に、クラルヴァインの街中で二人がもう暴れる暴れる。最後にはクラルヴァイン大聖堂に立てこもった武装集団相手に火を放つという暴挙にまで出る始末だ。


 ――ゴミばかり、よく燃えるわ


 高らかに響くリエラの笑い声は、ここ数日悪夢としてクロウを悩ませていた事は誰にも話していない。


 教会勢力と揉めた時に何が一番困ったかと言うと、既にユリアが自部隊を引き連れて帝都へと帰還の途にあったことだろう。

 二人の暴挙を止めるのに、クロウとジンしかいないという悪夢。


 のない悪夢のような戦いは、これから始まる最終決戦を前にクロウの精神と体力をガリガリと削っていたのだ。


 そんな諸悪の根源はと言うと――


「だって向こうが襲ってくるんだもん」

「火の粉ば払うただけじゃ」


 一切悪びれる様子もない。そんな二人に、「そうだとしても、暴れすぎじゃん」ともう何度目になるか分からない苦言をクロウがこぼした。


「『暴れるなら叔父上とかジルベルト相手に頼む』って何度も言ったよね?」


 何度言っても聞かないのだ。それでも腹立たしいこの気持ちをぶつけねば気がすまないと、クロウが蟀谷に青筋を一つ浮かばせた。


「応。云うとったの」

「じゃあちゃんと言う事聞いてよ!」

「一応手加減しとったやねぇか」


 カラカラと笑う六郎にクロウの頬が引きつった。隣国の軍隊をボコして、教会の抱える武力を叩き潰して、聖堂を燃やしてそれで手加減していたのだという。


 何かを言おうとクロウの口がパクパクと動くが、紡ぐべき言葉が出てこない。そんなクロウを労うようにジンがもう一度その肩を叩いた。

 この二人に何を言っても無駄だというその仕草に、クロウも諦めたように肩を落として項垂れる事で応えた。


 吹き付ける北風がより一層強くなる。


「ほら、そろそろ行くわよ。そろそろ【冠】も出来てるはずだし」


 マフラーに首どころか口元まで隠したリエラが振り返れば、クロウとジンも居住まいを直してその後に続いた。


 舞い散る粉雪がその数を増やし、地面が薄っすらと雪化粧を初めるた頃、四人の姿がダンジョンの入口へと消えていった――











『お帰りなさい■■女■■■■■八』


 久方ぶりに聞こえた無機質な声に、四人の視界が白から一転して風景を映し出した。


 凡そ二ヶ月と少し前、辿り着いた白い壁や床で出来た無機質な空間。フヨフヨと浮かぶガードボットもそのままに、ここだけ時が止まったような空間を、四人は記憶を頼りに奥へと進んでいく。


「結局、この施設を作った目的は大体分かったけど、【黒い意思】とかダンジョンについてはよく分からなかったねぇ」


 クロウのボヤきに誰も応えない。いや、応えられないというのが正解だろう。長い時間を経て、保存されていた情報の多くが欠落しているのだ。

 ダンジョンに関する情報に関しても同様だ。


 ただ一つだけ分かったのは、かつて世界にはダンジョンなどなかったという事だけ。


「【黒い意思】とダンジョンに関係がかもしれないわね」


 ようやく応えたリエラが過去形で言ったのは、出現時期が同じ様な時期だった事と【女神庁】でダンジョンを管理している旨の表記があったことからだ。


 同じ時期に出現しておきながら、方や【女神庁】の管理下に、。方や【女神庁】から討伐される存在に。分かたれた以上、今は関係が薄いと見て良い故の過去形だ。


「真実は闇の中……か」

「本人に聞きゃエエじゃろ」


 溜息をついた六郎の言葉に、「そりゃそうだけど」とクロウが肩を竦めた。実際に知っているモノに聞けば良いのだが、そいつが正直に答えてくれるかどうかは未知だ。


 納得の行かなそうなクロウに対して六郎が再び溜息を一つ。


「何でん気にし過ぎじゃ。相手ば叩っ斬る。そん事実だけありゃぁエエやねぇか。そこにあるならそれでエエやねぇか。海やろうが、山やろうが、ダンジョンやろうが……そいが存在しとる。ワシにはそん事実だけで十分じゃ」


 割り切った六郎の発言に「身も蓋も無いけど……今はそれでいいかな」とクロウもある程度の納得を示した頃、ようやく目的地であるコントロールルームが見えてきた。


 何事もなくその扉をくぐり抜ければ、いつぞやのように中央で脈打つ巨大な球体と、それに繋がれた月桂樹で出来た冠が目に入る。


 球体の後ろに映し出されているホログラムのモニターには


『インストール完了』


 の文字が浮かび、それに頷いたリエラが冠を手にとってシゲシゲと眺めた。


「やっぱり……予想時間より早く終わってたみたいね」


 手に取った冠をジンに手渡したリエラに、残りの三人が首を傾げるが「良くある事よ」とリエラは肩を竦めるだけでそれ以上は答えようとしない。


 流石にこの三人に、インストールの予想時間など大体が目安で、余程環境が悪くない限り予想時間より早く終わることなど説明する程には時間が余っている訳では無い。


 その証拠に――


「【冠】が手に入ったのは良いが、ここから帝都まで軽く見積もっても一週間はかかるんじゃないか? 間に合うのか?」


 ――焦るジンが言う通り、時間で言えばかなりギリギリだ。更に言うと、今までの予想通りここに辿り着くのに一週間ほど掛かっているとしたら……確実に間に合わない。


「大丈夫よ……ここから帝都まで最短で行きたいんだけど、転移とかで飛ばせたりしない?」


 宙へ向けてリエラが叫べば――


『帝都……情報を検索中……ヒット。ここから帝都までですが、長距離転移装置が破損しているため転移での移動は不可能です』


 ――返ってきたのは無情な声。


「うーん。他に方法とか無い?」


『ダンジョン間の転移は如何でしょう? 帝都近郊にあるダンジョンへの転移ならば可能ですが』


 声が響けばホログラムに映し出される帝国の地図。帝都とその周囲にあるダンジョンが点滅して表示されている。


「どう? 帝都民としてどのダンジョンが近いのかしら?」


 振り返ったリエラに、クロウは眉を寄せて難色をしめした。


「帝都近郊のダンジョンはどれも帝国軍の管理下にある。それに直線距離はそこまでだけど、どのダンジョンも場所が悪い。……帝国軍を潜り抜けて、山奥や谷底から帝都まで行くとすると時間よりも体力的に厳しいかも」


 クロウの言葉に考え込むリエラだが、その横で六郎は眉を寄せてそんなリエラを見ている。


「何を迷っとるか分からんが、あん動画とやらにば映っとったやねぇか。そん船があるんやねぇんか?」


 腕を組む六郎の発言に、「それよ」とリエラが手を叩けば――


『空宙要塞ですが、現在動かすだけの動力源と操縦に可能な人員がおりません』


 ――再び突きつけられる無情な現実。


「えー! 空飛んで行けたら楽そうだったのに」


 頬を膨らませるリエラにの言葉に、一瞬だけ沈黙が流れた。


『……空を飛んで行きたいという事であれば、可能ではあります』


 沈黙を破る無機質な声に、リエラだけでなく全員の意識が虚空へと集中した。


『……アクセス権限者の所持品をサーチした結果、作成可能ですがいかが致しましょう?』


「それって時間はかかる?」


『いえ、作成自体は数分で可能かと』


「じゃ、お願い!」


 ポシェットを差し出した笑顔のリエラに、『了承いたしました』と無機質な声が返ってきた。


『異次元より該当素材をピックアップ――』


 声とともに、空宙で形度られていくナニカ……巨大な魔石を中心に、高速で生成されていくそれは、高い天井をもってしても全て入り切らない程の大きさだ。


 屈んでいる様な格好。そして畳まれていても巨大だと分かるその翼。太い四本脚と、長い首――


より形状を復元……種族名古代竜エンシェントドラゴン――』


 身体を覆う黒い鱗、その一つ一つが人の頭よりも大きく、何よりも美しい。


 現れたドラゴンが上げる巨大な咆哮に、ジンやクロウだけでなく六郎やリエラも耳を塞ぎ、その迫力を前に笑みをこぼす程だ。


『――個体名。どうぞ、こちらなら四人同時の飛行及び操縦士の必要性もないかと」


 何の気なしに言ってのけた無機質な声だが、六郎以外の三人はそれどころではない――


「「「ミュラー? これがミュラー?」」」


 綺麗にハモった三人の声には「ペットとは」という言葉が多分に含まれていた。

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