第136話 思わぬ所で意見が一致する事ってあるよね

 登場人物


 サクヤ:亡国の末裔。神器に適合する稀有な存在。それゆえユルゲンに目を付けられ女神の器として攫われる。


 ユルゲン:次期皇帝。サクヤを器に女神を降ろして【黒い意思】を打倒しようと画策中。


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。現在サクヤを器にするかもと聞かされてリエラが大いに怒ってる。多分世界滅ぼすんじゃないかってくらい。【黒い意思】とかよりコイツらのほうが危ない。


 クロウとユリア:帝国の皇子とその補佐官。六郎やリエラとともにユルゲンを止め、なおかつ【黒い意思】を打ち倒そうという常識人。ただパーティメンバーの中にそれより恐ろしい存在が居る事には目を瞑っている。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 ジンから状況を聞き、情報をまとめて共有するクロウとユリア。その情報に憤慨して突撃をかまそうとするリエラと巻き込まれた六郎。

 ……主人公サイドはグダグダですね!


 ☆☆☆




 グラーツ帝国某所――


 美しい湖畔に臨む静かな邸宅。その一室からサクヤは湖をボンヤリと眺めて溜息をついていた。あの日ジルベルトに攫われてこの邸宅に軟禁されてから既に一週間が経っている。


 帝国式であるが美しいドレス。

 新鮮で美味しい食事。

 掃除の行き届いた清潔な屋敷。


 囚われの身ではあるものの、邸宅の周辺であれば外にも出られるし、基本的には何不自由のない生活だ。何不自由のない生活だが――


「すみません。少しお話しませんか?」


 ――サクヤが振り返った先にいた侍女は、会釈をするだけで何も返してくれない。


 自分が何処に居るのかも分からない。なぜ攫われたのかも分からない。そして近くにいる人間は、自分を監視するだけで何も話してくれない。


 せめて何かしらの情報を得ようと試行錯誤したものの、今のところサクヤの行動は全て空回りし続けている。


 再び漏らした小さな溜息は、自分の情けなさを呪ってのものだ。


「リエラさんならどうしてたかしら……」


 窓際に頬杖をついて考えるのは、最近仲良くなった友人のことだ。自分と殆ど変わらない年齢の彼女は、オルグレン王国でをはせた冒険者だという。

 実際噂通りぶっ飛んだ行動をとる彼女だが、不思議とウマが合う部分も多く休みの日などは色々な話に華を咲かせた間柄だ。


 とはいえ彼女は冒険者。恐らく自分のように簡単に攫われたりする事はないのだろう。……もし攫われたとしてもリエラなら簡単に逃げ出せるのだろう、と思えば何とも自分が情けなく思えてくる。


 サクヤ自身、幼い頃から魔法の鍛錬を積み、自衛という面では――そこまで考えたサクヤが思いついたように顔を上げた。


「そうだわ……逃げたら良いじゃない」


 小さく漏らしてしまった本音に、恐る恐る侍女を振り返る――どうやら幸いにも聞こえていなかったようで、待機する彼女の姿に変わりはない。


 簡単に攫われてしまった故忘れていたが、サクヤ自身ある程度戦えるように鍛えてある。

 実戦と訓練との違いは先の事件で嫌というほど身にしみたが、それがサクヤの行動を止める理由にはならない。そう思い立ったサクヤの思考を遮断するようのは、部屋に響き渡ったノックの音だ。


 煩くはないが力強いそれがサクヤの考えを咎めているかのように、部屋に響けば思わずサクヤの肩がビクリと飛び跳ねた。


 部屋の主であるはずのサクヤの返答を待たずに開かれる扉――現れたのは初老の男性だ。

 身につけられた仕立ての良い服と整えられた髭と頭髪。ひと目でこの邸宅のだと分かる男性が手袋を外しながら部屋へと入ってきた。


「……気分はどうかね?」


 気さくな様子で話しかけてくる男性だが、鷹のように鋭い瞳にサクヤは見覚えがあった。


「まさか次期皇帝ユルゲン・マイヤー様にお目通りが叶うとは」


 真っ直ぐに自分を見つめえすサクヤに「ほう?」とユルゲンが楽しそうに笑う。


「私の事を知っているなら話が早いな。まずは強引に招待したことをお詫び申し上げよう」


 笑いながら話すユルゲンに「次があるなら招待状をお願い致します」とサクヤも笑みを返した。

 目の奥が笑っていないそのサクヤの笑みに、ユルゲンは「ただの小娘」と侮っていた自分の考えを少しだけ改めた。とはいえ少しだけだ。状況的にはユルゲンが圧倒的な強者であることに変わりはない。


「さて、今回君にご足労願った理由だが……年明けに開催される私の戴冠式に出席してもらいたくてね」

「あら? ユルゲン様自らが陣頭指揮を取って滅ぼした国の末裔をですか?」


 鋭くなったサクヤの瞳をユルゲンは笑い飛ばした。


「そうだな。私が滅ぼした……その理由が聞きたいかね?」

「ええ。是非とも――」


 鋭い視線が空間で交差する。そこにあるのは囚われの小娘と誘拐犯などではなく、間違いなく一国を預かる王同士の腹の探り合いだ。


 暫く交差した視線にユルゲンが満足したように笑った。それは「いいだろう。本当の事を聞かせよう」と言外に含ませたような笑い――


「君が……君が欲しかったからだよ。サクヤ嬢。神器の適合者。女神を世界に降ろしうる存在である君が――」


 笑顔を一転させてユルゲンの見せた表情はとても真剣なもので、サクヤにはそれが冗談だと笑い飛ばすことが出来ないほどだった。


「私の言葉の真意は戴冠式で分かる。あと二ヶ月……来るのが楽しみだ」


 そう笑うユルゲンの笑顔は、邪悪とは言い難いどこまでも己を信じた男のそれだった。


 ☆☆☆



「女神の降臨……私が……」


 湖畔を歩くサクヤがポツリと呟いた。


 つい先程まで滞在していたユルゲンから聞かされた驚くべき内容。この世界の成り立ち、そして女神という存在。

 正直「そんな与太話」と笑い飛ばせたらどれだけ楽だったか。だが、それを許さない程の真剣さがユルゲンにはあった。


 サクヤ自身ユルゲンの話を完全に信じてはいない。だが、あの男……ユルゲンにとってはそれが真実でそのために動いているという事だけは間違いない。


「戴冠式……」


 ポツリと呟く言葉は遠くに控えている騎士や侍女には届かない。


 こちらが信じる信じないは別にして、ユルゲンは己の語った信念に突き動かされている。であれば彼の言う通り、戴冠式にジンやクロウ、そして六郎とリエラも現れるだろう。……神器を手に。そしてサクヤを助けに。


 ユルゲンは更に語った。「助けてもらうとしたらその時しかない」と。それ以外の時に現れてもサクヤを殺すとジン達に伝えているのだとか。


 戴冠式を指定した以上、がユルゲンの狙いであると彼らは分かっている。分かっていても突っ込んでくるのがサクヤの知る彼らだ。


 こうなればやはり己が逃げ出すしか無いとサクヤが腹を括ったその時、ユルゲンから告げられたのは無情な一言。


 ――ああ。逃げるなら仲間が死ぬことを覚悟するんだな。


 サクヤがここを離れれば、ジンや今まで付き従ってくれた皆に迷惑がかかる。恐らくジン達も今ほぞを噛む思いを押し殺して動きたい思いを我慢しているに違いない。


 であれば自分も耐えねばならないのだろう。


 結局自分に出来ることは待つことだけだ。と、何度目か分からない溜息を漏らしながら、サクヤは先程ユルゲンから手渡された一通の手紙を取り出した。見たことのない意匠の蝋印と上質な紙。差出人の名前には――


 クラウス・グラーツ(クロウ)


 と記されている。クロウが何かを隠していると思っていたが、まさか帝国の皇太子だったとは夢にも思わなかったサクヤからしたら驚きのカミングアウトだ。


 だがそれ以上に驚いたのは、宛名だ。


 ユルゲン皇帝へ。サクヤちゃんに渡してね♡


 その文字はどう見てもサクヤの友人が書いたものにしか見えない。


 この手紙を差し出した時、ユルゲンは初めて困った様な表情を浮かべていたのをサクヤは思い出している。


 ――とんだ跳ねっ返りだ。あれを器になどと……


 とブツブツ呟いたユルゲンが、とある冒険者二人がクラルヴァイン近くの砦をたった二人でまで追い込んだことを教えてくれた。

 馬鹿みたいに大規模な魔法を放つ女僧侶と派手な意匠の男だったそうだ。


 あわや砦が陥落……という寸前に女僧侶がこの手紙を城将に差し出したそうだ。


 ――これを皇帝に届けてくれるなら見逃してあげるわ。


 そんな捨て台詞とともに二人が砦を後にしたそうだ。


 相変わらずの無茶苦茶ぶりだとサクヤの頬が自然と綻ぶ。封を切った手紙に書かれていたのは、更に見慣れた文字……ジンだ――堅苦しい挨拶やサクヤの身を案じる内容ばかり。不器用で融通の利かない彼の優しさに自然と瞳から感情が溢れ出す。


 ちゃんと無事だったのだ、と。


 そのくせ自分の事は一切書かず、長々とサクヤの心配ばかりを綴る彼。


 最後に綴られた「戴冠式の日、必ずお助けいたします」その一言を言うだけなのに……こんなに自分の心配をしなくてもいいのに。


 この思いはしっかりと戴冠式の日に返そう。なぜなら――


『せっかく攫われたんだし、白馬の王子を待っても良いんじゃない?』


 ――ジンの手紙とは別に入っていた友人の手紙。短いけれど、それでも彼女らしいそれに、そしてその言葉に自分も甘えて良いのだと思えたから。


 必ず助けに来ると言ってくれる彼を信じて今は待とう。そう思いながらサクヤは手紙を大事そうに胸に抱いた。


 湖畔を吹きぬける風は日増しに冷たくなっている。


 それに負けぬ暖かさを抱いて、サクヤは来るべき日を見据えるように顔を上げた。



 ☆☆☆



「いやホンっと、何してんの? 手紙届けるだけって言ったよね?」


 叫ぶクロウを前に、リエラと六郎が耳を塞いでいる。


 街に帰ってきたら、ユリア率いる部隊に連れられクロウの居る衛戍司令室へと通された二人は、今まさにクロウからお説教を貰っているのだ。


 ジン達が襲撃を受けてからすぐ、リエラの勧めで皇帝の首を落とそうと行動を開始した六郎達。それをクロウやジン、そして渋々のユリアに止められて一旦は街に帰った。


 そんな暴走特急の二人は行動を抑止され、基本クロウの監視下にあったのだが……


 リエラが「サクヤに」と言ってジンに手紙を書かせた後、六郎と二人、


 クロウとしては、街の出入り口には帝国兵が居ること。基本手紙を出すなら冒険者ギルド、もしくは行商人にでも頼むもの。という常識のせいで問題ないと思っていたそれだが……待てど暮せど二人が帰ってこない。


 もしや――


 そう思ったときには手遅れで、クロウの耳に飛び込んできたのは寝耳に水の報告だった。


 ――クラルヴァインに一番近い砦が陥落した。


 正確には陥落手前だったそうだが、正直「陥落した」と言われても語弊がないほどに瓦解させられたそうだ。


 そして下手人はたった二人だという。


 本気で目の前が真っ暗になった。そんなクロウの耳に飛び込んできたのは、リエラと六郎が街に帰ってきたという報告。


 大手を振って正門から帰ってきた二人を急ぎ補足して、冒頭の発言に繋がったのだ。


「そりゃボクの名前なら届けられるかもって差出人の名前を貸したけど……ふつう、砦まで持っていく?」


 頭を抱えるクロウに「だってそっちのが確実じゃない」とリエラが頬を膨らませた。


「だからって、ボッコボコにしてから『手紙届けてね。じゃないと殺すわよ』は駄目でしょ!」


 背もたれに身体を預けて天を仰ぐクロウに、六郎とリエラは肩を竦めた。

 今もブツブツと「あー、ちょっと目を離しただけで砦滅ぼすとか魔王じゃん」と呪詛のように呟くクロウと、「殿下、もうこの二人は放出しましょう。我々の手には負えません」ジト目で六郎たちを見るユリア。


 ちなみにジンは今もダンジョンに潜って修行中だ。


 ジンがいない以上、クロウとユリアでこの二人のコントロールをしないといけないわけだが……


「あ、そうだ。ねえクロウ? サクヤちゃんからのお返事が欲しいから別の砦に聞きに行っていい?」

「お、エエのぅ。次はジンも連れてこうやねぇか。対人戦のエエ訓練になるわい」

「駄目だってば!」


 笑う二人には手綱などついていないのか、暴れる暴れる、暴れまくる、でコントロールなど出来たものではない。


「とりあえずあと二ヶ月は大人しくしといて! 然るべき時になったら皇城の一つくらいぶっ壊してもいいから」


 顔を覆うクロウと、彼の差し出した対価の大きさに目を見開くユリア。皇城を潰すということは、帝国の威信を大きく削ぐ事になる。


 だが――


「仕方ねぇの。そん近くにあるやら云う聖堂も一緒なら我慢したるわい」

「聖堂はダメよ。【リエラ教】の拠点にするんだから、騎士の宿舎とかで我慢なさい」


 ――対価に出すまでもなく、既に城一つは落とすつもりだった発言の二人。


「早く来て……戴冠式」


 天を仰ぐクロウは、奇しくも同じ事をユルゲンが言っているなどとは夢にも思わないだろう。

 なんせその理由が真反対なのだから。

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