第135話 直感で生きてるやつから目を離したら駄目

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。基本的に自分たちのやりたいように動く問題児コンビ。


 クロウ:帝国の皇子。最近は六郎とリエラのストッパー役が板についてきた。


 ジン:クロウ同様、六郎達のストッパー。ただちょっと天然なのでズレてたりする。


 ユリア:クロウの副官。六郎とリエラについては……どっかで野垂れ死んで欲しいという程度には嫌い。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 怒り狂ってアホになったジンを取り敢えずド突いて大人しくさせました。


 ☆☆☆



 ジンを包む淡い光。そこかしこに突き立てられた松明とそれを揺らす北風。


 ユラユラと揺れる光に照らされて見えるのは、洞穴から搬出されてくるグッタリとした人々――その様子を心配そうに見つめるクロウと、呆れを隠さないような溜息の六郎。そして――


「へぇ? 手加減が上手になってるじゃない」

「こ、これの何処が手加減された人間なんですか?」


 笑うリエラとギョッとした表情で眉を寄せるユリアだ。


 リエラからしたら、六郎に襲いかかっておきながら五体満足のジンは、ちゃんと手加減されたと言う認識だが、ユリアからしたらそうではない。

 骨折に打撲、擦り傷は数えきれない程、正直生きている方が不思議な状態で、「手加減出来てる」と言われても「お前何言ってんの?」という具合に意味不明なのだ。


 今もジンを癒やしながら「出来てるじゃない? ちゃんと腕もくっついてるし……内臓だって無事よ?」とリエラが笑えば「当たり前です!」とユリアが呆れた溜息を漏らしている。


 そんな騒ぎ声を一際強い北風が連れ去った頃――


「ん……ンン――――」


 近くで騒がれたからか、それとも六郎の手加減が本当に上手くいっていたからか……思いの外早くジンがうめき声と共にその瞼を開いた。


「気分はどうかしら?」


 笑うリエラを前に、一瞬疑問符を浮かべたジンだがその直後――


「サクヤ様!」


 ――叫びながら跳ね起きた。


「くっ……」


 フラつくのだろうか、頭を抱えるジンに「急に動いたら駄目だよ」「そうです、酷い怪我だったのですから」とクロウとユリアが優しく声をかけている。


 座り込むジンとそれを優しく介抱する二人――そんな三人を眺めながら


「ああいうんは、治した奴が云うんやねぇんか?」

「アタシが治したのよ? あの程度で倒れるわけないじゃない」


 リエラの隣で片眉を上げる六郎と、それに頬を膨らませるリエラ。周囲を覆っていた炎はいつの間にか消え去り、月明かりすら無い暗い荒野に冬の到来を告げる風が吹きすさぶ。


 洞穴の中から運び出される人の姿も既に消え去り、この場に残っているのは六郎達五人だけだ。


 座り込んでいたジンも、漸く状況が飲み込めた……いや色々と思い出したのだろう。止めるクロウやユリアに「頼む、行かせてくれ!」と叫びながら立ち上がろうと必死だ。


 そんな三人のもとへ、ゆっくりと歩く六郎。その背中に「珍しい……」とリエラの興味深そうな声が届くが六郎は「乗りかかった船じゃ」と肩を竦めるだけで振り返ろうとはしない。


「頼む! 行かせてくれ! サクヤ様が――」

「落ち着きなって、まずは状況を――」

「そんな悠長なことを言っている――ガハッ」


 クロウに掴みかかっていたジンに振り下ろされたのは、六郎の鉄拳。


「ちょっと青年――」

「あ、あなた何をしてるんですか?」


 慌てるクロウや叫ぶユリアを無視して、六郎は血を拭うジンの前に屈みこんだ。


「なして殴られたか分かるか?」


「…………」


 ジンにも心当たりがあるようで、真っ直ぐな六郎の視線から逃れるように目を逸らした。


「主君が……大事な人間が攫われて、疾く動きてぇ気持ちは分かるわい」


 ジンを前に溜息をついた六郎が、「ワシも経験があるけぇの」とチラリとリエラを振り返るが、その言葉が聞こえていないリエラはキョトンとした表情で首を傾げるだけだ。


「気持ちは分かるが……まずは落ち着け」


 六郎が立ち上がれば「すまない」と視線を逸したままのジンが呟いた。


「『悪い』っち思うとんのんじゃったら、クロウやそこん女子オナゴ、それにリエラに云うたれや。お主ん心配ばして駆けずり回ったんやけ」


 再び六郎がもらした溜息に、

 クロウが「そりゃぁ……」と頭を掻き、

 ユリアが「オナゴとは何ですか」と眉を寄せれば、

「アタシのはアンタが暴れたせいだけどね」リエラが頬を膨らませた。


 流れる沈黙とリエラの正論に全員の視線が六郎に集まる。非難めいた視線を「火の粉ばはろうただけじゃ」と鼻を鳴らして六郎が一蹴。


 いつもと変わらない雰囲気のお陰か、漸く落ち着きを取り戻したようにジンも今は大人しい。

 大人しくなったジンの前から離れる六郎と、入れ替わるようにクロウが近づいていく――


「とりあえずさ……状況を教えてもらえないかな?」


 クロウが屈んでジンと視線を合わせる。


 暫く流れる沈黙を、ジンがポツリポツリと破っていく――





「ジルベルトで間違いないねぇ」


 ジンの話を聞いたクロウが天を仰ぐ。クロウの考えた通りにユルゲンが動き出したのだが、もう少し早く気がついていればと後悔せずにはいられないのだろう。


「しかも神器を揃えて持ってこいですか」


 ユリアの溜息からは「三ヶ月かかるんですよね?」という声が聞こえてきそうだ。


 ちなみにジンの説明を聞きながら、ユリアを初め、六郎とリエラも自分たちの置かれた状況をクロウから説明されている。


 ユルゲンがアルタナ教を潰すのではなく、乗っ取る形で新しい女神を作ろうとしている事。そしてその器にサクヤが選ばれているだろうこと。


 その説明を聞いたそれぞれの反応は――


「なるほど」

「よー分からん」

「はあ? アタシという女神がいながら?」


 と三者三様だ。


 加えて――


「ロクロー、早く行くわよ! アタシを莫迦にしてるわ。天罰を下すわよ!」


 ――落ち着きのない暴れ馬が一匹生産されるという始末だ。


 今も「早く! 今すぐ! ナウ!」と喚くリエラに呆れ顔の六郎と、任せたとばかりにリエラの方には視線すらやらないクロウとユリア。


「ちなみにですが……殿下への『宣戦布告』については丁度先程受け取った書状がそうかと……」


 そう言いながらユリアが懐から一枚の封筒を出した。その蝋印に記された帝国の皇室を示す紋章にクロウが溜息をつきながら封を切る。


「……ユルゲン様はなんと?」


 ユリアの心配そうな表情を松明の明かりが弱々しく照らし出す。


「大体は一緒かな……少し違うのは、戴冠式当日に神器を持ってこいって。あとは…………『はいくらでもいる』だって」


 書状から視線を上げたクロウの顔に浮かぶのは静かな怒りだ。


「脅しでしょうか?」

「分からない。でも嘘だとも言い切れない」


 クロウの漏らした盛大な溜息を北風が攫っていく。


 ……代えはいくらでもいる。つまりサクヤじゃなくてもいいとユルゲンは言っているのだ。その発言の真意は、ユルゲンの指定する行動を取らないのであれば、即座にサクヤを殺すという事だ。


 これが単なる脅しなのか、それとも本気なのか、それはユルゲンにしかわからない以上、こちらの取れる手は限られてくる。


 片手で蟀谷こめかみを揉むクロウにユリアが一歩近づいた。


「誰かを派遣しましょうか?」

「いや、やめとこう。それこそ勘付かれたらサクヤちゃんの身が危ない」


 蟀谷こめかみを揉んだままのクロウが手を挙げて、ユリアの考えを制する。


 完全に後手に回った以上、出来ることは二通り。


 相手に勘付かれないように潜入してサクヤを助ける。

 相手の条件をある程度のみ、直接対決でサクヤを助ける。


 この内、最初の『相手に気づかれない』というのは確実に無理だ。なんせ、こちらの陣営には歩く災害が二人もいるから。


 やつらにかかれば、


 偵察のはずが殲滅に。

 潜入のはずが正面突破に。

 暗殺のはずが大立ち回りに。


 とかく目立つのだ。否、煩いのだ。馬鹿みたいな規模の魔法をボコスカ放つし、手当り次第の敵を殺して回るし。とにかく目立つし煩い。


 そんな災害二人を伴って、『相手に気づかれずに……』など土台無理な話である。


 こうなってくると、打てる手は『相手の条件をある程度のむ』しかなくなってくる。非常にリスクが高い選択肢だ。


 既に後手に回っている状態で、相手の条件をのむのだ。かなり厳しい戦いになることだけは分かる。


 とはいえ、出来る事はやっておくのがすいとしての務めなわけで――


「ユリアちゃん、ギルドの臨時支部長がいたよね? あれに連絡を取れるかな」


 顎に手を当てたまま視線だけを動かしたクロウに、ユリアは「ギルドですか?」と一瞬だけ眉を寄せた。


 寄せた眉が、何かに気がついたようにピクリと動き――


「……なるほど。手駒を動かせば目立ちますが、冒険者なら」

「そういう事。と言っても、叔父上の噂を集める程度くらいしか出来ないだろうけど」


 肩を竦めるクロウに、「直ぐに手配させます」とユリアが敬礼。


 先程まで黙ったまま二人を見比べていたジンだが――


「……本当に帝国の皇子だったんだな……」


 ポツリと呟くその表情は複雑だ。


 先程自分の状況を説明する際に、クロウがする補足の説明に彼の身分についても明かされている。

 帝国によって故郷を滅ぼされただけあって、ジン達からしたら帝国は敵だ。だがそれ以上に、今まで過ごした時間はクロウというは信頼に足るという思いはある。


 そしてそんなクロウは、ジンの信頼通りサクヤを助けるために色々動いてくれるというのだ。


「本来は敵……かもしれないけどさ。ボクも叔父上を止めたいんだ。それにサクヤちゃんを助けたい。だから協力しようよ」


 加えてこの言葉……。ここまで言われて意固地になる程ジンとて子供ではない。




「ああ。俺の方こそよろしく頼む。そして助けてくれてありがとう」


 ジンはクロウとユリアに向けて深々と頭を下げた。


 ジン個人としてはすぐにでもサクヤを助けに行きたい。だが、クロウやその周囲が色々考えて行動してくれているそれを潰す訳にはいかない。なにより一度相手にはこっぴどくやられているのだ。助けに行くなら確実に準備をしてからでないと、自分の命どころか、サクヤの生命を危険にさらしてしまう。


 今始めて六郎がなぜ自分を殴って「落ち着け」と言ったのか分かった気がする。


 助けたいなら、どうするべきか、それを考えねばならないのだ。


 考えた上で突っ込むならよし。だが、激情に任せて、その場の気持ちだけで突っ走っては成功するものもしない。

 そう考えれば六郎やリエラにもしっかりとお礼を――とジンが辺りを見回すが、当の本人たちが見当たらない。


「ロクロー殿やリエラ殿が見当たらな……い?」


 そこまで言ってジンの背筋に冷たいものが走った。先程まであれだけ騒いでいたのだ。静かになったのはいつからだろう。


 同じように異変を感じたクロウが周囲をキョロキョロ――


「あ、あそこ!」


 クロウが指差す先には、暗闇しか見えない……が目に魔力を込めてよくよく見ると――小さくなった六郎の背中とその隣に陣取るリエラの背中。


「と、とととと取り敢えずあの二人を止めよう!」


 慌てるクロウに、「あの二人は放っときましょう」とユリアが冷たい視線を返すが、クロウはそれどころではない。


「あの二人が動いたら全部めちゃくちゃになるんだって! 取り敢えず舞台が整うまではあの二人には待機してもらわないと!」


 風のようにかけるクロウをジンも追いかける。


 勝手に突き進む六郎とリエラ。それに慌てるクロウとジン。気がつけばいつも通りの様相に、「大丈夫。絶対に助け出せる」とジンが呟いた言葉だけが、冷たくなった風の中で暖かさを与えてくれるのであった。

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