第134話 普段大人しい奴ほどキレると怖い
登場人物
六郎:主人公。最近見えているところでは首を落としていないが、実は裏では結構首を取っている。刈り取った首はクラルヴァイン近くに勝手に埋葬しているが、近隣の農村からクレームが来ている事を知らない。
クロウ:帝国の皇子件、現クラルヴァインのトップ。最近近隣の農村から上がってくるクレームに頭を悩ませている。原因は分かっているが、また頭を悩ませる一因。
ジン:真面目一徹。六郎が首を埋葬する時に巻き込まれて手伝うことが多い。
☆☆☆
ジルベルトにサクヤを奪われたジン。怒りに囚われたジンとサクヤの行末は――
☆☆☆
「こりゃエラ事じゃな」
地面に降り立った六郎が呟く。
遠くに浮かんでいた仄かな明かりは巨大な炎の渦と化し、周囲を昼と見紛うほどの明るさで照らし出している。
燃え上がる地面とそれに取り囲まれ、逃げ場をなくした多数の兵士。そして――
「あれが……ジンくん?」
――呟いたクロウの言葉通り、炎の切れ間から見えるのは大剣を振り回す炎に包まれた男だ。
力に任せて大剣を振り回し、逃げ惑う兵士たちを文字通り千切って投げる姿は、普段のジンからは想像すらできない程凶悪だ。
「まるでモンスターんごたるの」
「青年がそれ言っちゃ駄目でしょ」
笑う六郎に呆れ顔で突っ込むクロウが、炎とジンを飛び越えて向こうに見える洞穴へと消えていく――その背中を見ながら六郎は小さく溜息をついた。
異様なジン。そしてこの状況。既に手遅れだろう事を六郎は理解している。恐らくクロウも頭では分かっているのだろうが、やはり己の目で確認せねば気が済まないのだろう。
律儀と言うか、非情になれないというか。
もうこの状況を見た時点で、六郎やクロウに出来ることはない。せいぜいジンが落ち着くのを待ってから事情を聞くくらいで、後はサクヤを取り返す算段をつけるのが最優先事項だ。
とはいえ、他に生き残りが居るかどうかの確認も必要といえば必要か、と六郎は既に見えなくなったクロウの背中から視線を逸した。
炎に退路を塞がれ、前にはジン――成す術もなく燃やされ千切られ数を減らしていく兵士。
最後の一人がその身体を上下に分かたれた後、ジンの咆哮が夜空を揺らした。開けた胸元からも立ち上る炎を見て「なるほど」と頷いた六郎は、初めてジンの服装に意味があった事を理解している。
そんなジンと視線がかち合った――間髪を入れず六郎へと接近するジン。
地面を穿つ踏み込みとともに、ジンがその手の大剣を横に薙ぐ。
フワリと飛んで躱した六郎が、「何じゃ。怒りすぎて阿呆になっとるんか」と呆れた笑顔を見せた。
「コロス……殺してやる!」
「ほたえな小僧」
大剣を振り上げたジンの前で、溜息をついた六郎が片手で指を鳴らした。
その音が合図だったかのように、ジンが突進。
大上段から振り下ろされた大剣。
脳天に迫るそれを、
引いた左足の勢いそのまま六郎が回転。
回転に合わせ六郎は左の裏拳を――放つその視界の端に、跳ねるように六郎の延髄へと迫る大剣。
倒れ込むように――お辞儀の格好で躱しながら、六郎は倒した上半身の勢いに合わせて左の踵を振り上げた。
ジンの右顎を捉えた六郎の踵。
浮き上がるジンの身体。
倒した上半身を思い切り引き上げた六郎――その勢いで右足を思い切り振り上げる。
右足が捉えたのはジンの頭。
今度こそ盛大に吹き飛んだジンが地面を転がり砂埃を舞い上げていく。
転がり立ち上がったジンが、再び咆哮を上げたかと思うと、一瞬で六郎の前に――
横薙ぎの一閃――が屈んだ六郎の髪の毛を数本舞い散らせれば
六郎の掌底がジンの顎先を貫いた。
身体が浮いたジンの足元を刈り取る六郎の足払い。
刈り取りの勢いをそのままに、回転した六郎の肘がジンの鳩尾に突き刺さった。
盛大に吹き飛び洞穴横の壁に突き刺さったジンを見ながら、
「面妖な炎じゃ」
六郎は今しがた打ち付けた右肘をチラリと見遣って軽く払う。
炎に包まれたジンの体は、その炎の見た目に反して想像以上に熱くはないが硬いのだ。熱くないのはいいのだが、見た目以上に硬いのは正直驚いた。とは言え今は「そういうものだ」と納得して殴っているので、さしたる問題はないのだが。
「ちょっとちょっと、何の騒ぎ――」
慌てて出てきたクロウを尻目に、壁を砕いてジンが再び六郎へ肉薄。
振り下ろされる一撃を再び躱した六郎――を衝撃が襲った。
空を斬ったジンの大剣が大地にぶつかった瞬間爆発したのだ。
魔力だけの爆発というより、炎が爆ぜた様な熱を持った一撃。肌を焼くその感覚を覚えながら吹き飛ぶ六郎は、「そんなんも有ったの」と宙で身体を回転して受け身を――とる六郎に迫る追撃の刃。
鼻先に迫る刃を蹴り上げるが、その軌跡を巨大な炎の渦が追いかけた。
刃は逸れても肌を焼くその感覚に、宙を蹴って間合いを切る。
「なんで二人が戦ってんの?」
「知らん。襲ってきたけぇ応じとるだけじゃ」
洞穴から叫ぶクロウに、面倒だという思いを隠すことなくヒラヒラと手を降って六郎が答えた。
「コロス……コロス!」
叫ぶジンが間合いの外から大剣を振り下ろせば――まるで龍の息吹のような炎が渦を巻いて六郎に襲いかかる。
「殺す……のぅ?」
巨大な炎を前に片眉を上げて腰を落とした六郎の右正拳――弾ける風圧が炎を掻き消し霧散させていく――弾ける炎を突き破ってジンの突進。
超速の突進に加えた大剣のリーチ。
そして炎の中から現れるという虚をついた攻撃。
完璧なタイミングの切っ先が六郎に吸い込まれるように――ジンの喉仏を掴む六郎の左手。
切っ先が通り抜けたのは、六郎が開いた体の真横。
交差のタイミングで六郎がその左手でジンの喉を掴んで、勢いそのまま地面に叩きつけた。
「ガッ――」
肺の空気が抜け、酸素を求めるようにジンの口がパクパクと動く。
「こぉら。そろそろいい加減にせんか。そげな力技でワシが殺せるっち思うとんのんか?」
「コロス……コロス」
抑え込む六郎の左手を両手で掴んだジンが燃え上がる――
「やかましか!」
そのジンの顔面に突き刺さる六郎の右拳骨。
霧散する炎を前に呆れ顔の六郎がジンを引き摺り起こす。左手一本で持ち上げられるジン
「何時まで阿呆さらしとんじゃ。早う正気に戻れ。正気に戻って、頭と技ば使うてかかってこい。ツマランやろうが」
獰猛な笑顔でジンを放り投げる六郎に、「え? 正気に戻ったら終わりじゃないの?」とクロウが非難の声を上げる。
「コロス……コロス!」
再び上がるジンの咆哮に、六郎が盛大な溜息。
「仕方がねぇの……そん程度ん腕でワシが殺れるっち思うとんなら……そんまま死ね」
弾ける地面。
消える六郎の姿――
一瞬でジンとの距離を詰めた六郎。
慌てるように振り抜かれる一撃――は間に合わない。
地面を穿つ踏み込みとともに六郎が放った左
その一撃が、ジンがもつ大剣の柄頭を捉える。
空気を震わせ、大剣がジンの手から吹き飛ぶ――
壁に刺さる大剣。
「危なっ!」
響くクロウの悲鳴。
それを掻き消すのは六郎が繰り出した右後ろ回し蹴り。
ジンの右側頭部に当たったそれが、凡そ人を蹴ったとは思えない程の音で響き渡った。
吹き飛ぶジン――を追う六郎。
回り込み、真上から右拳を叩きつければ
地面に叩きつけられるジンの身体。
それが跳ね上がれば、打ち上げ気味の左
転がり砂埃を上げるジン。
六郎はと言うと、クロウの真横に突き刺さった大剣を引っこ抜いている。
起き上がったジンの身体を纏う炎は最初とすると随分と弱々しい。それでも瞳に宿る変わらない憎悪に六郎がつまらなそうに鼻を鳴らして大剣をジンへと放り投げた。
投げられ地面に刺さった大剣を躊躇いなく抜いたジンが、それを肩に担ぐ――
弾けるように飛び出したジン――に合わせて六郎も地面を蹴る。
一瞬で詰まった彼我の距離。
反応できたのは――六郎だけだ。
突き出した右の肘鉄がジンの身体を『く』の字に曲げて再び吹き飛ばす。
「戯けが。力に振り回されとるようじゃツマランぞ」
六郎の言葉が聞こえているかは分からないが、飛び上がったジンが再び六郎に迫る――炎の軌跡を描いて地面を滑る大剣。
それを振り上げ六郎に――「遅え」――振り上がった大剣を前に六郎が高速でその両拳をジンに打ち付けた。
連続して繰り出された拳が破裂するような音で空気を揺らし、ジンの動きを一瞬止める。
振り上げられたままの大剣と両腕。
その間を縫うように、六郎の右足刀蹴りがジンの喉仏に突き刺さった。
吹き飛ぶジンの身体から炎が剥がれ落ちるように霧散していく――
転がったジンが起き上がることはなく、周囲を覆っていた炎もジンに呼応するように少しずつ小さくなっていく。
「ジンくん……生きてるよね?」
「知らん。ただまあ、こん程度で死ぬタマではなかろう」
苦笑いのクロウに、肩を竦めて見せる六郎。
その様子に慌ててジンへと駆け寄るクロウだが、その光景に再び六郎は小さく溜息をついた。
律儀なのだろう。
六郎は「知らない」とは言っているが、六郎が手加減していたのはクロウの目から見ても明らかだったろう。加えてジンの強さだ。何だかんだ言っても魔王との戦いを乗り越えてきたのだ。
あの程度の攻撃であれば、魔王の放った一撃のほうが余程強大だ。
……であれば、死ぬ道理などないのだが、やはり自分で確認したいのは律儀な性格なのだろう。
「生きとるやろうが?」
「……何箇所か骨は折れてるけどね」
非難めいたクロウの視線に「そんくらいせねば、止められんやろうが」と六郎は悪びれる様子もなく頭をかいた。
手加減こそしているが、中途半端な手加減では止められないと踏んで、ある程度重さのある攻撃も入れている。それこそ相手の動作を奪うよう骨を折る目的で。
ジンを見下ろし安堵の表情を見せるクロウから、六郎は視線を外して洞穴を見つめる。
「中はどうやった?」
「……皆……なんとか生きてた……ただ――」
「間に合わんかったんじゃろ?」
溜息をついた六郎に、クロウはジンを見下ろしたまま静かに頷いた。
「一先ずリエラが来るまで待機じゃな」
吹き抜ける風は先程までの熱量を奪っていくかのように冷たい。直ぐそこまで来ている冬を感じさせるそれに、クロウの「クソ……」という呟きだけが小さく響いて消えていった。
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