第133話 爺で人攫いとか事案中の事案だと思う
登場人物
クロウ:帝国の皇子。皇子にあるまじき気安さと適当さだが、一番の常識人かつキレ者だったりする。
ユリア:クロウの副官。真面目で非の打ち所がないが、スキがなさすぎるのが玉に瑕。
六郎:主人公。アトモス、異端審問官、枢機卿と最近弱々な相手ばかりでちょっとテンション低め。
ジンとサクヤ:興国のため、直向きに頑張る物語の良心。
☆☆☆
前回までのあらすじ
ユルゲンの目的とその手段に気がついたクロウ。ジンとサクヤに迫る危機に――
☆☆☆
風のようにかけるクロウ――行く宛は分からないが、それでも今は動いていないと気がすまない、と街の周囲を駆け回る。
ジンは言っていた「潜伏生活は慣れていると」それに「安全な隠れ家に避難している」とも。クラルヴァインの街中では、あの異端審問官事件以降、サクヤどころかお付きの人間すらその姿を見せていない。
先程もジンと別れた後、ジンは門の外へ向かっていったので街の外に隠れ家がある、と見て間違いない。とは言えあの人数だ。いくら潜伏生活に慣れているとは言え、物資の運搬等を考えた場合、街から然程離れた場所とは考えにくい――
「クソ……こんなことなら尾行を付けとくべきだった」
宛もなく走り回るクロウが額の汗を拭った。後悔しても遅いが、何処の誰から情報が漏れるとも分からない以上、隠れ家を暴かないとした自分の考えを今は呪いたい気分だ。
城壁を駆け上がり、周囲に視線を凝らすクロウだが、残念ながらその視界に怪しいものは映らない。
「ユリアちゃんかい?」
振り返らずに口を開いたクロウの後ろで「はい」と影が短く答えた。
「殿下、私の部隊が捜索を開始しました。また、独断ですがあの二人にも協力を願っております」
影から現れたユリアを振り返ったクロウは驚いた表情を隠せない。
「よくあの二人が動いてくれたね」
クロウの言葉に頷いたユリアは「彼らとて義を重んじる精神は少なからず持ち合わせていたのかと」と呆れたように言うその後ろから、見覚えのある桜色の軌跡が空を駆け巡った。
二度三度空を駆け巡ったそれが、一瞬でクロウ達の元へ――城壁の上を陥没させるほどの勢いで現れた六郎は、そこに気を払えない程急いでいたのだろう。
「九郎、心当たりはねぇんか?」
「いや、街の外って事以外は――」
六郎の言葉に首を振ったクロウは、目の端に薄っすらと赤くそまる地平を見た。
ボンヤリと灯る明かりは、誰かが松明を持っているにしては大きく、そして城壁の上から見ても地平線ギリギリという遠さだ。
「あっこじゃな」
「恐らく――」
「スマンが、リエラに言伝ちゃらんね?」
六郎の言葉にユリアが「了解しました」と頷いた瞬間、二人は一気に城壁を蹴ってその外へ――暗闇をかける二つの軌跡は一瞬でその姿を闇に溶かしていった。
☆☆☆
クロウと別れた後、ジンは程なくして自分たちの潜伏先へと帰り着いた。クラルヴァインから然程遠くない丘の上にある洞窟。
かつてはこの辺りで活動してた盗賊団が使用していた拠点だが、今は居なくなった――いや、ジン達が壊滅させてからもぬけの殻だった場所だ。
街道からは見えず、逆に自分たちの位置からは街道が見渡せる絶好の位置。
とはいえ、入口こそ狭いが中はただの広い空間だ。仕切りも何もない、主君と臣下を隔てるもののないだだっ広いだけの空間。こんな場所にサクヤを住まわせるのは抵抗があったが、それでも悲願のためには仕方がないと皆が納得している。
そんな仮住まいだが、そこに辿り着いたジンの足取りは軽い。漸く神器の入手に目処が立ったのだ。それが三ヶ月後と少し先の話だが、今まで潜伏してきた期間を考えれば、三ヶ月などすぐである。
意気揚々と見張りへ手を挙げ、中へと進んでいく――
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
広間で微笑み返してくれるサクヤに、ジンの胸は熱くなる。
「サクヤ様……長らくお待たせいたしました。神器【女神の冠】の入手に目処がつきました」
膝をつくジンの報告に、サクヤが「まあ」と両手で口を覆えば、周囲からも感嘆と歓喜の声が響き渡った。
「ジン、苦労をかけましたね」
かけられた労いの言葉に「勿体ないお言葉です」と頭を下げた。
「ただ【女神の冠】ですが、少々事情がございまして……入手は三ヶ月程後になります」
続くジンの報告に、その場の全員の頭に疑問符が浮かんでいる。入手が先になるのは「目処が立った」という報告の時点で理解していたが、具体的な期間を告げられるとは思っていなかったのだろう。
言外に含ませた皆の視線を汲み取ったジンが、続けるように口を開く。
「期間が三ヶ月という理由ですが――」
途中まで口を開いたジンが、大剣の柄に手をかけて弾かれたように後ろを振り返った。
「ジン?」
「サクヤ様……人の気配がします……それもかなりの数です」
ジンがそう口走った瞬間、外から短い悲鳴が二つ響いて消えた。
拠点の中に響くやけに大きな靴音――カツンカツンとそれが少しずつ大きくなると、広間へ続く狭い入口から一人の老人が顔を出した。
仕立ての良い服と撫で付けられた白髪。一見すると執事のような見た目の老人だが、それから漏れる気配は、ただの老執事ではないこ事を如実に物語っている。ジルベルトの姿を見たこと無いジンだが、その纏う気配に「もしかしたら」とクロウ達が話していた人物を思いついている。
「こんばんは。東の国を収めし姫よ――」
恭しく頭を垂れるジルベルトを前に、ジンが「何者だ」と背の大剣を抜いた。
「さて姫よ。非常に急で申し訳ないが、私とともに来て頂けないでしょうか?」
ジンを無視するように、一歩また一歩とジルベルトが近づいてくる。
「断る……と申しましたら?」
胸の前に手を当て気丈に振る舞うサクヤの様子にジルベルトがニヤリ――
「断れば、貴女以外が死ぬだけですよ――」
――指を鳴らせばサクヤとジン以外の広間にいる全員が、苦しそうに床に這いつくばっていく。
「貴様!」
倒れていく仲間を目の端に、ジンが大剣を思い切りジルベルトに――叩きつけたそれは、甲高い音を鳴らしジルベルトの額数センチ先でカタカタと揺れるだけだ。
「ほう? 衰弱の魔法を弾いて動けるものがいるとは」
笑うジルベルトが手を翳せば、ジンが盛大に吹き飛んで広間の壁に穴を開けた。
「姫、貴女の判断一つでここに居る全員が死ぬことになりますが?」
薄く笑うジルベルトと、周囲から漏れる苦しそうな呻き声。隣に控えていた侍女は苦しそうに地面を搔きむしり、その爪には血が滲んでいる。
その手をそっとにぎっだサクヤが、諦めたように下唇を噛み締めた。
「……皆に手を出さないと……約束してくれますか?」
震えるサクヤに「ええ。約束しましょう」とジルベルトが笑いながらその手を差し出した。
差し出される手を前に、躊躇いながら、そして二度三度ジンが飛ばされた壁を振り返ったサクヤ――怖ず怖ずと出したその手をジルベルトが無理やり引っ張った。
ジルベルトに抱えられたサクヤから小さく「キャッ」と漏れた悲鳴に――
「サクヤ様を離せーーー!」
壁を穿って突進したジンの一振り。再び甲高い音を響かせたそれだが、それは一瞬でガラスの割れるような音を響かせて、ジルベルトの右腕を肩から一刀のもとに叩き斬った。
右腕を失ったジルベルトだが、その表情が苦痛に歪むことはない。ただ片眉を上げ「ほう?」と唸るだけでジンから距離をとった。
「宣戦布告はクラウスの方に届けてはいるが……」
考え込むジルベルトを襲うジンの一撃。それを今度はバックステップで躱したジルベルトが続ける。
「小僧、姫を返して欲しければ、【杖】、【衣】、【冠】を持って皇城まで来い――」
不敵に笑うジルベルトの後ろで空間が大きく歪む――
「サクヤ様ーーーーー」地面を蹴ったジンが思い切りサクヤへ手を伸ばす――
「ジーーーーン」同じように手を伸ばすサクヤ――
二人の指先が触れるか触れないか、その距離まで近づいた時、再びジンが大きく後ろへ吹き飛ばされ、サクヤは歪んだ空間の中へ。
「待ってます! 私待ってるから――」
サクヤの叫びすら歪んだ空間に取り込まれ、広間は静けさを取り戻した。
静かになった広間に、小石が転がる音が響き渡った――ガラガラと石を転がしながら、傷だらけの身体を引き摺りジンが壁から出てくる。
「――――」
ジンは声にならない怒りを、地面へ叩きつけた。それはジルベルトに向けてのものでもあり、力のない自分へ向けてのものでもある。
何度も何度も何度も何度も。
地面を殴るジンの瞳には感情が溢れている。だがその溢れる感情を現状が待ってくれるわけもなく――
「よし、手筈どおり全員殺せ!」
――入口からドカドカと入り込んできた兵士たちが、ジン達を前にその手の武器を構えた。
相手の勢力は分からない。ジンには帝国軍の姿は分かるが、マイヤー領軍の姿など分からない。だが一つだけわかる事がある。それは彼らが敵であり、サクヤを攫ったジルベルトの仲間だということだ。
その溢れる感情に任せて大剣を掴んだジンが、眼の前の一人を叩き切り、そのまま入口付近に固まる数人を斬り裂いた。
止まらぬ感情と勢いに任せて、狭い通路を大剣をまっすぐ構えて一気に駆け抜ける。
進む度、大剣に刺さる敵と重さを増すそれを気にせず、短い通路を一気に駆け抜けたジンが、外へ飛び出した。
眼の前に広がるのは、どこの部隊とも分からない多数の兵士だ。
「貴様ら……貴様らぁぁぁぁぁぁ」
叫んだジンが大剣を振れば、それに刺さっていた二つの死体が遠くへ飛んでいく。
それを目で追っている一人へジンは振り上げた大剣を叩きつける――怒りに任せたその一撃は、防御すら弾け飛ばし、文字通り人が紙くずのように千切れて飛び散った。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ」
怒りで全身が熱くなるのをジンは感じている。だが、今はそれに身を任せていたい気分だ。
飛んできた矢に向けて大剣を振り回せば、その風圧だけで矢が吹き飛んでいく。
ジンが大剣を振り回せば、兵士数人が一度に吹き飛ぶ。
防御も何も考えないジンの脇腹を槍の一撃が抉るが、それを気にせずジンが大剣を振り回した。
迸る闘気が熱を持ち、ジンの体を炎が包む――振り回す大剣が炎を撒き散らし、人を千切って焼いていく姿はまるで龍の怒りの如しだ。
「来い! 全員殺してやる!」
炎を纏うジンの叫んで大剣を突き立てれば、彼を包囲していた兵士達を逃さないように、周囲を炎が取り囲んだ――
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