第132話 目的ばかりを追いかけると手段を見落とす

 登場人物


 クロウ:帝国の皇子にしてクラルヴァインの衛戍司令官。キレ者の実力者だが基本的に実力は隠すタイプ。


 ユリア:クロウの副官。ヘラヘラと仕事をサボるクロウを唯一椅子に座らせることが出来る存在。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 六郎とリエラの容赦ない攻撃で教会が集めた戦力は土の下に消えました。


 ☆☆☆




 千切れた足を抑えて蹲る一人の男。それを包む淡い光はもう長いこと当たりを照らしたままだが、男が上げるうめき声が収まることはない。


 今も数人がかりで男に回復魔法をかける男女の集団。彼らの額に浮かぶ脂汗も、長いこと魔法を駆使している事を物語っている。


「どんな感じかな?」


 そんな集団の後ろから聞こえてきたのはクロウの声。今はいつものようなダラしない格好ではなく、しっかりと司令官として軍服に身を包んだ姿だ。彼らを労るような優しさを滲ませた声に、魔法を駆け続ける集団の女性が口を開く。


「……何とか一命はとりとめました……が、失った足の方は――」


「いや、十分だよ」


 首を振る女性に手を挙げて、荒涼とするダンジョン前に視線を飛ばすクロウ。


「危なかった……」


 ポツリと呟いた自身の言葉に「いや本当に」とブルりとその身を震わせた。


「『危なかった』じゃないですよ。一歩間違えたら?」


 クロウの後ろから顔を覗かせたユリアの顔面は、青を通り越して真っ白だ。


 ユリアの言葉と顔色が示す通り、クロウはリエラの魔法に巻き込まれかけたのだ。


 つい先程起きたそれを思い出したクロウは、再び身を震わせた――


 六郎たちと別れ、急ぎ街に戻ったクロウはその足で衛戍司令室へと急いだ。


 サクヤを心配するジンと入れ替わるように、ユリアと救護部隊を引き連れて再びダンジョン前に戻った時には、全ての騎士が倒れ伏していた。

 状況を確認しようと視線を巡らせると、中央に立つリエラと六郎が目に入った。


 リエラが杖を両手に、全身から闘気を迸らせていく――


 状況は全くわからない。だがリエラが杖で地面を突いて起きた地鳴に、一瞬で総毛立った。

 肌が粟立つ感覚は三魔王を前にした時のそれと同じ……いや、それ以上だ。


 ――ヤバい。


 近くに目的の人物がいたのは、本当に幸運だったと言える。


 考えるより先に身体が動いた。

 クロウは一人の男を拘束する蔦を斬り裂いた――割れる地面。


 輝く地割れ――本能に従うように男の襟首を掴んで飛び上がる。


 宙を行くクロウを、いや男を逃さんとでも言いたげに、大地が大口を空けて二人に襲いかかる――二人分の重さのせいか、はたまた大地の執念か。とにかく巨大な口が男の片足を食い千切った。


 それでも足一本で済んだと安心しかけたクロウは目を見開き一瞬でその考えを頭の隅へ。なんせ、閉じたはずの口が再び光り輝いたのだ。

 それも一瞬。輝いた口が弾け跳び、無数の礫がクロウと男に襲いかかった。


 結果、クロウよりも爆心地に近かった男は全身に礫を浴びて虫の息に。

 何とか離れた木立へと引き摺り回復をかけ続けたのが、冒頭の様子に繋がっている。




「正直申しまして、未だに目を疑っています」


 クロウ同様荒涼とした大地に溜息をついたユリアは「本当に……あの時断っていて正解でした」と呟いた。

 以前リエラに「戦うか?」と聞かれて「ノー」と答えた自分の判断に感謝している。ちなみに、そんなやり取りがあったなどと知らないクロウは怪訝な表情をしているが、ユリアは多くを語らず手を挙げるだけで何でもないとの意思を示した。


「それにしても……ロクローはこちらに気づいていたようですが」


 六郎達が歩いていった街の方を振り返ったユリアに「そうだね」とクロウは未だ荒れ地を眺めたまま答えた。


 男を助けて直ぐ、歩きだした六郎の視線に気がついたクロウが手を振ったのだ。


 そんなクロウに呆れた様な表情を見せた六郎だが、それだけで特に追求する事もなくリエラとともに街へと向かって歩いていった。


「嬢ちゃんと違って、青年は戦いにおける『情報』の大事さは知ってるだろうしねぇ」


 腕を組んで身体を木に預けたクロウの後ろから「知っていてあの惨劇ですか?」と非難の声が届くが、

 ただただ肩を竦めるだけしか出来ないクロウの耳には、またしても非難めいた溜息だけが聞こえた。


 六郎は情報の重要性を知っていて、あの惨劇を起こした――つまり六郎にとってユルゲンの目的などどうでもいいのだろう。

 本来相手の情報が分かれば、こちらの動き方も変わってくる。それが目的という些細な事でも、だ。

 目的を潰すための措置を講ずる。

 相手の目的を逆手に取った策を練る。

 目的を知るだけでも、動き方は変わってくる。それに得られる情報はそれだけではないかもしれない。


 だが、六郎には。そういった事には。相手がどう動こうが、事がどう転ぼうが、「」という事実に変わりはないから。


 それは自信でも驕りでもない。単純にに則った理念だという――斬るなら正面から堂々と、という馬鹿げた道理に。


 そもそも既に『斬る』事が決定事項なのも六郎らしい。仮にユルゲンの目的が、【黒い意思】の打倒だとしたら、普通の人間であれば何とか協力を考える筈だが、それすら興味がないのだ。


 相手が六郎の道理に反した時点で、斬る事は確定済みだ。


 それはどう取り繕っても、

 利己

 気儘

 独善

 恣意

 我儘

 と言った、己の事しか考えていない痴れ者の行動原理だが、そんな単純な言葉で片付けられる六郎ではない事を知っている。


 そして六郎が振るう剣、そこには事も――。

 つまり六郎は己が正しいとも、相手が悪いとも思っていない。つまり六郎は「己の道理」を「正義」だなどとコレッポッチも思っていない。


 己の心にのみ従い、それを「正義」と殊更に主張することもしない。


 そんな人間の行動理論など、うまく言語化出来るわけがない。


 どうしようもない事だが、もう少し周りにも気を使って欲しいともう一度小さく溜息をついた時――


「司令官。対象の意識が戻りました」


 ――先程口を開いた女性がクロウを振り返った。


「ご苦労さま」


 その女性を労うように肩に手を置けば「殿下、セクハラです」とクロウの後ろから辛辣な声。


 苦笑いでその手を退けたクロウに、女性も同じように苦笑いを返してクロウに道を譲る。その顔には「愛されていますね」と言外に含まれているが、それに対する答えを持ち合わせていないクロウは肩を竦めるだけだ。



「さて……同胞の君、怪我の具合はどうだい?」


 声をかけられた男が苦しそうな表情のままクロウを見上げる――


「……もしやクラウス殿下か……?」

「口の利き方に気をつけろ。階級の上下も分からぬか?」


 苦しそうに口を開く男性を冷めた目をしたユリアが踏みつけた。折角癒やしたばかりとはいえ、救護部隊にも男性の口調は思うことがあったのだろう、「ユリア参事官、腕の骨くらいならば折っても構いません」と女性がニコやかに笑っている。


「まあまあ、領軍と国軍は組織形態が違うから」


 とそんな二人を宥めるのが、渦中のクロウという謎な図式だが、上の人間に言われてはユリアも女性も口を噤むしかない……冷めきった瞳で男性を見据えたままだが。


「さて、申し訳ない。君しか助けられなかったのだが……。まず、なぜ叔父上の部隊がこんなところに? 教会側からは『自分たちだけでやる』と通達があったはずだが?」


 クロウは口を開きながら男性を起こして木に凭れさせた。暫し流れる沈黙に男性が何度か口を開こうとしては止め、そして忙しなく周囲に視線を泳がせている。


「大丈夫。ここにはボクらしかいないし、そもそも同じ帝国同士だよ?」


 クロウが肩に手を乗せると、男性は一度クロウを見てもう一度視線を下げた。


「……分からない」

「分からない?」


 ポツリと呟かれた言葉を、クロウが小首をかしげて反芻した。


「目的は分からない。ただ俺達は、『』とだけ言われていた」


 下を向いたまま吐き出された言葉に、クロウはユリアと顔を見合わせ、眉を寄せた。


「なぜ、教会勢力なのでしょうか? あの二人ではなく?」


 別に男性に問うた訳では無いユリアの言葉に、男性が肩を跳ねさせ「わ、分かりません!」と首を振り、それを見た全員が苦笑いでユリアを一瞥。


「何でもいいんだよ。なんか噂とかさ……部隊の中でも『何で?』って声くらい上がったでしょ?」


 苦笑いのまま声をかけるクロウに男性はその顔をもう一度見て、再び顔を下げた。


「……分からない。ただ、『今の教会はだ』と隊長が言っていたと誰かが――」


 そこまで口走った男性が「知らないんだ。本当に」と怯えたようにその肩を両手で抱きしめた。

 そんな男性を前に、立ち上がったクロウは顎に手を当てながらゆっくりと思考を巡らせる。


 その場を救護部隊の面々に任せて、少し離れた位置へと歩くクロウ。


「ユリアちゃん、今の話どう思う?」


 同じようについてきたユリアに視線だけを向ければ、ユリアは「殿下の予想どおりかと」と小さく溜息をついた。ユリアが聞いていた「ユルゲンがアルタナ教を潰す」という予想と大きく外れていない部隊の運用に、ユリアは悪夢が現実になったとばかりに頭を抑えている。


 そんなユリアの言葉を受けて、「予想どおり……予想通り」と呟くクロウだが、何処か釈然としない表情だ。


「何か気になる事でも?」


 考え込むクロウの様子に、ユリア頭を抑えたまま視線だけを投げた。正直今の情報の何処に気になる事があったのか、ユリアからしたら見当がつかない。


「いや、今の教会はだって……」

「それは、彼らを教会に向かわせるための方便では?」

「そうだとしても、がすぎない? わざわざ『異端』って言う、今の教義に反してるっていう必要はないよ。今潰すつもりなら、『教会の教えは嘘だ』って言った方が後々がスムーズだ」


 クロウの言葉に「一理ありますね」とユリアも考えこんだ。


「教会を異端認定するということは……」

「教会勢力の刷新?」

「刷新してどうするのですか。ユルゲン様はを呼び出すのでしょう?」


 ユリアの呆れた様な声に、クロウはまだ女神の謎を教えていないことを思い出した。


「あー、あのね。女神って――」


 そこまで口にしたクロウが口を噤む。何か頭の中で繋がりそうなのだ。急に口を閉じたクロウに「何なのですか?」とユリアが眉を寄せるが、それに手を上げるだけで「待って」と伝えるクロウ。


 教会勢力の異端認定

 誰も知らない女神の秘密

 女神という存在の作り方


「そうか……叔父上は本当にを降臨させるつもりだ」


 呟いたクロウに「だからそう言ってたじゃないですか?」とユリアが再び眉を寄せるが、今のクロウにはそれを説明する余裕はない。


 女神とは人々の思いの結晶であり、急に今までの異端が本当だと言ってもそれを信じる人は少ない。であれば、今の勢力を異端として教会のトップをすげ替えたほうが早い。


 


 それに対する思いを新たな女神を作る素材として用いるつもりなのだろう。要は教会のトップだけでなく、女神もすげ替えるのだ。


 誰も姿かたちを知らないのだ。ユルゲンが女神として降臨させた所で、それが違う存在だなどと誰も指摘できない。


 アルタナ教という母体はそのままに、女神という不安定な存在をユルゲンが形にするつもりなのだ。


 予想が確信に変わったクロウに、更なる疑問が思い浮かぶ――


「女神を……女神の器はどうするつもりだ?」


 人工的に女神を作っていたあの【女神庁】でさえ、女神を容れる器を準備していた、況やユルゲンをや、である。


 それこそトップの教皇や枢機卿などが思い浮かんだが、どれもこれも老人ばかりだ。女神というには程遠い。


 思いついたクロウはもう一度男性の元へ――


「すまない。他に何か気になった事はなかったか?」


 肩を掴むクロウに「ヒッ」と短く男性が声を漏らすが、「知らない。分からない」と首を振るばかりだ。


「何でもいいんだ。噂でも――」

「本当に知らないんだ。俺たちの部隊ここで教会勢力の足止めしか――」

「『俺たちの部隊は』? 他にも部隊がいるのか?」


 肩を掴むクロウの手に自然と力が入る――それに男性が顔を歪ませると「すまない」とクロウがその手を放した。


「詳しくは知らない。だが、が同じようにクラルヴァインに入ったとは聞いている」

「目的は?」

「詳しくは知らない。ただ噂では人を捜していると――」


 その言葉にクロウが屈んだまま考え込む――ジルベルトがクラルヴァインに人を捜しに来ている。十中八九女神の器となる人物だろう。


 そこまで考えたクロウの脳裏には、【女神庁】で見た様々な情報が浮かんでは消えていく――


 具現化した神格

 融合率

 神器の適合

 元の魂の性格

 衣による具現化


 ――脳裏に浮かんだのは、元々【衣】を纏っていた一族であるサクヤの笑顔だ。


「サクヤちゃん達が危ない」


 ユルゲン達の目的にクロウが気がついたのは、既に魔の手は件の少女へと伸びていた時だった。

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