第131話 信じたいモノと真実は得てして違う

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。敵対者は全て灰燼と化す歩く厄災でもある。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 【女神庁】をあとにした四人を待ち受けていたのはダンジョンを取り囲む教会勢力だった。

 嬉々としてそれに向かう六郎とリエラ。そして貴重な情報源を確保するため走るクロウとジン。

 急げ二人とも。奴らのぶっ飛び具合は日毎に増してるぞ。



 ☆☆☆




「女神様の敵だ! かかれーー!」


 枢機卿の老人が上げた叫びで、周囲の騎士たちが六郎達に向けて一斉に襲いかかった。


 六郎とリエラに向けて全方向から突き出される槍――

 飛び上がる六郎。

 防護壁に篝火を反射させるリエラ。


 飛び上がった六郎の右膝が、騎士の顔面に突き刺さる


 凹むバイザー。

 グシャリと響く鈍い音。


 それとほぼ同時に、防護壁が穂先を防いだ甲高い音が耳鳴りのように響き渡った。


 ここはリエラに任せても問題ないという音を背後に、己の膝で沈みかけた騎士の肩を蹴って六郎が更に跳躍。


 二人、三人と顔面を踏み抜いて辿り着いたのは更に奥で隊列を組む騎士たちのド真ん中だ。


「馬鹿め自ら飛び込んでくる――」


 ――勝ち誇ったように笑う騎士へ、六郎が着地とともに肩にかけた振袖を前方に放り投げた。


 一瞬視界が奪われたのだろう、言葉に詰まった騎士の顔面に、振袖越しに六郎の飛び蹴り。


 吹き飛ぶ騎士。

 振袖を爪先で引き寄せた六郎。

 それを今度は左手で引っ掴み、着地の瞬間に別の騎士の足元を振袖で薙ぐ――


 足に絡めた振袖を思い切り引く六郎。

 足を絡め取られた騎士が宙を舞えば

 その勢いで回転した六郎の後ろ回し蹴りが別の騎士を吹き飛ばした。


「思ったよりやるぞ! 全員でかかれ」


 振袖を片手に持つ六郎に一斉に突き出される槍。


 ギリギリまで引き付けたそれを飛び上がり躱す六郎。

 その真下で交差する無数の穂先。

 宙に浮く六郎はクルクルと回転しながら振袖を羽織り直し――

 回転と落下の勢いを、その集まった穂先へと思い切り叩きつけた踏み抜いた


 六郎を中心に跳ね上がる槍と、それに腕を持っていかれて仰け反る騎士たち。


。もっと本気で来んか」


 すり鉢状に持ち上がった槍の一本を六郎が掴む。

 槍一本分の隙間を縫う六郎の投擲――

 空気を裂く音すら置き去りに、宙を行く槍が数人の騎士を穿って闇夜に消えた。


 一連の攻防で若干後退する騎士たち――を前に溜息をついた六郎が弾けるように振り返った。


 六郎の眼の前に迫る黒い閃き――それを中指と人指し指で掴んだ六郎がニヤリと笑う。


「こぉら共。コソコソ後ろからなんぞツマラン奴らやの」


 指先で掴んだ黒光りするダガーナイフをヒラヒラと振る六郎の視線の先には、騎士とは違う全身黒尽くめ達。


 六郎を前に口を開くことなくゆっくりと展開する異端審問官達。音もなく自身へと襲いかかる彼らを前に、六郎の耳に「何だこの固い防護壁は」とリエラの方から悲鳴のような怒号が響いていた――





 防護壁を打ち破ろうと何度も突き立てられる穂先を前に、リエラは欠伸を噛み殺していた。

 耳障りな甲高い音だが、それすらシャットアウトするように術式を組み直してからは、外で騎士たちが大声で叫んでいるだろう声すら聞こえない。


「あ、痛いと思ったら逆剥けがあるじゃない」


 外の喧騒などどこ吹く風。自分の人差し指に出来た逆剥けに眉を寄せたリエラが、ゆっくりとそれを反対の指先で摘んだ。

 正直回復をかけてもいいのだが、ちょっと綺麗に千切れたら嬉しいかも、と挑戦してみることにしたのだが――


「ったーい。もっと酷くなったじゃない」


 千切れるどころか、更に裂けたその傷にリエラが眉を寄せて苛立たしげに杖を一突き。

 防護壁の外にワラワラと群がっていた騎士たちを貫く巨大な氷柱。足元から突き出したそれは、貫いた騎士達も一瞬で凍らせた。


 もう一度杖で地面を突くと、粉々に砕けた氷が秋風にさらわれ消えていく。


 リエラを中心に一瞬でポッカリと空いた包囲――一度防護壁を解いたリエラが、「もう二度とやらないわ」と指先に淡い光を纏わせれば、包囲の向こう側がまばゆく輝く。


 闇夜を切り裂くのは、輝く軌跡や雷――教会の僧侶が使う神を思わす光の魔法がリエラを穿たんと一斉に襲いかかった。


 降り注ぐ光や雷がリエラを中心にその場を一気に白く染め上る。目を覆うほどの激しい光に、包囲を形成する誰もが勝利を確信する――ものの光が収まったそこから現れたのは、再び防護壁に包まれたリエラの姿だ。


「ば、馬鹿な。大司教たちの放つ奇跡だぞ?」


 誰かがポツリと呟いた言葉を、防護壁を解いたリエラの盛大な溜息が一瞬で掻き消した。


「なに今の? あれで攻撃のつもり? 見掛け倒しじゃないの」


 呆れ顔のリエラだが、ここ最近オケアヌスだのテラだのと魔王とばかり戦ってきたのだ。いかに大司教と言えど、たかが人間数人と魔王を比べる方が間違っているのだが……その魔王をたった一人で打ち倒す猛者が相棒なので、どうしても人間に対しての評価が過大になっている節がある。


「期待外れね。アタシへの敬意が足りないんじゃない?」


 片眉を上げるリエラが杖の先端に光を集めた――リエラが言っているのは、「奇跡は女神様への信仰によってのみ威力を増す」という盲言を馬鹿にしての事だ。


 集まった光が一瞬で伸びれば、生成されたのはいつか見せた光の剣。


 それを力いっぱいリエラが横に薙げば――悲鳴とともに光の軌跡上で上下に分かたれる騎士や僧侶たち。

 ドサドサと音を立てて崩れ落ちる死体を前に、


「アタシの権威を利用する事しか考えない莫迦には、最高の最期じゃない?」


 笑うリエラの耳に届いたのは「こぉら! ワシまで斬れるやねぇか!」と響く六郎の楽しそうな声だ――






 六郎に襲いかかる異端審問官。

 その一人の振り降ろしを左手で払いつつ右逆手に持ったダガーナイフで頸動脈を掻き斬る。

 力が抜けたその死体を左手で思い切り振り回して、後続の黒尽くめを殴り飛ばした。


 死体からショートソードを分捕れば――


「二刀か……新免やら云う奴を思い出すの」


 ――それを右手、ダガーを左手に黒尽くめを前に構えた。


 笑う六郎を前に異端審問官達が再び音もなく襲いかかる。


 飛来する棒手裏剣を左手のダガーが全て弾けば

 その間に間合いを詰めた一人の胸にショートソードが突き刺さる。


 胸から股まで斬り裂いた六郎が右足で死体を蹴り飛ばし

 横から来る一人のダガーを正面に捉えて左のダガーで迎え撃つ。

 受け止めた瞬間の勢いで、後ろ向きのまま逆側に飛ぶ六郎。

 それを逃さんと、左右斜め後方から飛びかかる二つの黒い影。


 振り下ろされた右斜め後ろからの一撃

 迎え撃つは六郎の下から刷り上げるような右のショートソード。


 左斜め後ろからの刺突――を身体を捻って脇を通せばその腕を左手で抱え込む。


 着地と同時に、六郎が身体を右に思い切り捻れば

 小脇に腕を抱えられた一人が、もう一人に思い切り打つかった。


 打つかり倒れる二人を突き刺す六郎のショートソード。


 それを引き抜こうとした六郎の視界にまばゆい光が――口角を上げながら飛び上がれば、ショートソードの柄を溶かして何人かの異端審問官を巻き込むリエラの一刀。


「こぉら! ワシまで斬れるやねぇか!」


 相変わらず派手で、思い切りのいいリエラの攻撃に思わず笑いが漏れてしまうが、一応クレームだけは入れておこうと声だけ張り上げた。


 暗闇の向こうから響く「この程度でアンタが斬れる訳ないでしょ!」リエラの声に呆れ顔の彼女を思い出した六郎は、別のショートソードを拾い上げ異端審問官に向き直った。


 リエラの一撃で数人が減ったものの、それでも十人以上はいる彼らは誰一人として退く素振りを見せず、油断なく六郎の一定の距離を空けて構えたままだ。


 ユラユラと揺れる異端審問官に向けて、六郎が左手のダガーを投擲。


 一人の頭が吹き飛べば、それが合図のように再び一斉に襲いかかる黒尽くめ――が、彼我の距離を詰めたのは六郎も同じ。


 地面を陥没させた六郎の踏み込み。

 それが齎した横薙ぎは一太刀で二人を斬り裂き、三人目の腹を中ほどまで斬って剣が折れた。


 一瞬で吹き飛んだ仲間に、異端審問官が初めてギョッとした表情を見せれば


「こん程度でビビるな」


 と六郎がその頭を掴んで地面に叩きつける。


 地鳴を思わす響きが辺りを駆け抜け、潰れたトマトのように血と脳髄を撒き散らす頭。


 その行動で一瞬止まった六郎に、今しかないと周囲から一瞬で間合いを詰めた黒尽くめ。

 目、首、胸、脇腹――急所を狙う鋭い刺突。


 躱して蹴り上げ掴んで踏み落した。


 腕を掴んだ一人をぶん回せば、周囲を囲んでいた異端審問官が慌てて回避の行動を。


 後ろに飛び退った異端審問官だが、一人の前に一瞬で出現する六郎。

 慌てたように黒尽くめがダガーを横に薙ぐ。


 それを右手で受け止めた六郎が、左手で相手の右肘を抑えて関節をへし折る。


 枯れ木を折った様な音とくぐもった声。


 六郎は逆に曲げた相手の肘をさらに押し曲げ、相手の手にあるダガーをその脇腹へと突き刺した。


 膝から崩れるその男の頭を六郎が蹴り上げれば、破裂する様な音とともに弾ける頭部。


「次」


 顔に返り血を受けた六郎が手招きをすれば、その様子に怒ったように残り少なくなった黒尽くめから殺気が漏れる。


 肌を刺す様な殺気に包まれ、ニヤリと笑った六郎の後方で、今度は盛大な雷が降り注いだ――。




 六郎から上げられた非難の声に、同じように声を張り上げて返したリエラ。


 その目の前には、上下を真っ二つに分かたれた無数の死体が転がり、濃厚な血の臭いを撒き散らしている。


「うへぇ……クサイわ」


 鼻を摘んだリエラが手を振れば、それに合わせるように風が彼女を包み込む。


「ま、ちょっとはマシかしら……」


 頬を膨らませるリエラの前に、ようやく別の部隊が現れた。どうやら異端審問官は六郎に付きっきりなのだろう。今も包囲の向こう側で数人の黒尽くめが打ち上がっては消えている。


「あなた達……この死体の山を見てもまだかかってくる気?」


 リエラが呆れた声を漏らせば、「当たり前だ」と包囲の向こう側から聞こえる怒声。


「我々は女神様の威光を守る騎士。仮に死んだとしても、あの世で女神様にお会いして労って貰えるのだ! 誰が死など恐れようものか!」


 聞き覚えのある怒声は、恐らく先程の枢機卿とやらであろう。


 その発言にリエラは呆れを通り越して、盛大な笑い声を上げた。


「あの世で女神様に会える? 無理に決まってるじゃない」


 馬鹿にしたようなリエラの笑い声に、周囲の殺気が膨れ上がる。


「まあ、死ぬのも悪くないかもね」


 リエラが杖を掲げれば、夜空の星を覆う分厚い雲――そのまま杖を一突き。


 巨大な雷がリエラを包囲する騎士たちに降り注いだ。


 真っ暗な闇夜を切り裂く巨大な雷――それが一瞬煌めけば、後には何も残っていない。包囲を形成していた騎士も。その前に倒れていたぶつ切りの死体も。


 それはあまりに一瞬で、あまりに光が強く、目が眩んだと錯覚してしまうほどの光景だ。そんな中一人残された枢機卿だけが、腰を抜かし「な、何なんだ貴様は」とゆっくり後退っていく。






 降り注いだリエラの雷が合図だったように、異端審問官へと肉薄した六郎。

 一人の頭を捩じ切り、もう一人の腹を貫けば、最後の一人が慌てて距離を取った。


 それを前に、ダガーナイフを拾った六郎が再び手招き。


 その様子に「舐めるな!」と黒尽くめが懐からナイフを数本投擲。タイミングと場所をズラしたそれを六郎が躱し、最後の一本を撃ち落とした瞬間、その真後ろから現れる同じ軌跡の少し小さなナイフ。


 完全に虚を突かれた一撃に、六郎が口角を上げながらそれを躱す。


 少し態勢が崩れた六郎を見た瞬間、異端審問官が地面を穿つ踏み切りで六郎との間合いを詰める。


 両逆手に持ったダガーナイフ。

 振り抜くのは『X』の軌跡。


 崩れた六郎の態勢。

 闇夜に紛れる黒い刀身。

 幾度となく相手を屠ってきた必殺の一撃――


 に六郎が一歩踏み込みその手のダガーナイフを真っ直ぐ突き刺した。


 胸を貫かれ、刃を振るう力を失った男がゆっくりと倒れていく。斜め下方から繰り出されていた両刃は、その軌跡を交わらせることなくユラユラと揺れながら男に従い落ちていく。


「次……っと?」


 崩れ落ちた男から視線を上げた六郎が眉を寄せた。あんなにいたと思った騎士達だが、その殆どが姿を消し、残っている者も蔦に縛り上げられ、地に伏したままなのだ。


 リエラの調子は良いらしい。


 そのリエラはと言うと――腰を抜かしたまま後ずさる枢機卿をゆっくりと追いかけている。


「なんじゃ? もう終いかいな?」


 そんなリエラに近づく六郎に、「さあ? 相手次第じゃないかしら」とリエラは肩を竦めるだけだ。


「お、お前たち! 何をしている、そんな草など引きちぎれ!」


 口角泡を飛ばす枢機卿だが、騎士たちは藻掻くだけで誰一人として絡まった蔦から逃れることが出来ない。


「こんな戯けが大将首かいな?」


 呆れた六郎の声に頷くだけで答えるリエラ。


 六郎が枢機卿の喉笛を掴み上げ、持ち上げた。


 ゆっくりと込められていく力に、「ガッ、はなせ――」と枢機卿が苦しげな声を上げる。ミシミシと骨の軋む音が響くが、急に六郎がその手を放した。


「ガ――ハァハァ」


 酸素を求めて枢機卿の口がパクパクと動けば、何とも情けないと六郎が一瞥。


「こげな首は要らんわい」


 それだけ言うと。もう仕事は終わりとばかりに腕を組んで枢機卿を見下ろすだけだ。


「貴様ら……覚えておけ。仮に私がここで死のうとも、女神様の威光を示す尖兵は絶えることはない。何故なら我らは死を恐れぬからだ。死んだとて――」


「だから無理よ」


 枢機卿の言葉を遮るリエラの冷たい一言。あまりに冷たいその言葉に、枢機卿はおろかその場で地に伏せる騎士たちも騒ぐことを忘れたように静かになった。


「何度も云ってるじゃない。あなた達はあの世で女神になんて会えないわ」


 リエラの見せる冷たい笑顔に、枢機卿はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「あなた達はあの世で女神に会えない。……だって……だって

「きゅ、休暇?」


 リエラの言葉を反芻する枢機卿。その表情に浮かぶのは完全に困惑だ。


「そ。休暇よ。


 呆ける枢機卿の顔は、リエラの発する言葉の意味が分からないとでも言いたげである。


「あなた達があの世に行く頃には……そうね――


 その笑顔を表すならば、まさに妖艶。そして漸く言葉の意味が追いついてきた枢機卿が「き、貴様! 女神様を愚弄する気か!」と怒声を張り上げるが、リエラには届かない。


「ま、あの世に行けば分かるわ」


 杖を掲げるリエラの全身を蜃気楼が包み込む――


「万物を支えし偉大なる帝王よ。そなたの上に伏せるは愚かなる贄。その荒ぶる怒りをここに顕し我が敵を喰らい尽くせ――」


「そ、その詠唱は――」


大地の顎門マキシア デ テラ


 魔法を叫んだリエラが杖で地面を突く――


 地面に走るヒビ割れ。

 そこから漏れる黄色い光。


 次の瞬間、至るところでヒビが地割れに代わり、割れた地面がせり上がった。


 まるで何か巨大な口が獲物を下から喰らうかのように。


 至るところで持ち上がる大地の顎が全ての騎士を喰らい尽くしていく――


「相変わらず派手やの」

だから仕方ないわ」


 笑ったリエラが杖でもう一度地面を付けば――そこには初めから何もなかったかのような荒涼とした風景が広がっていた。


 包囲していた騎士たちも。声を張り上げていた枢機卿も。その後ろに広げられていた天幕も――何もかもが消えた世界に残ったのは二人。


「首……落とし損ねたんやが」

「アンタが要らないって云ったんじゃない」


 ノンビリとした声を上げた二人の声を涼しくなった風がさらっていく――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る