第130話 宗教の勧誘って大体強引じゃない?

 登場人物


 六郎とリエラ:主人公とヒロイン。旅の目的が「自由に生きること」から「リエラ教の設立」に変わっているが、気にしない。それが今のやりたいことだから。(主にリエラが)


 クロウ:帝国の皇子。やれやれ言ってるけど、一番真面目。軽口とやる気の無さで適当さをアピールしてるけど、多分部屋の中とかめちゃくちゃ綺麗。


 ジン:亡国の近衛。真面目な性格通り、冗談はあまり言わない。冗談を言えば本気にするピュアっぷりなのであまりイジるとトンデモナイ事になる。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 クロウの兜が大きくて大変そうでした。

 ※訳:ダンジョンから【女神庁】での調査に時間が掛かっていたので、お客教会を迎えるために一旦帰還することにしました。


 ☆☆☆




 光が収まった四人の視界に映ったのは、ダンジョン入口へと続く広い空間だった。


 石造りの簡素な部屋は、ダンジョンの外見からしたら時代錯誤な雰囲気だ……とはいえ『ダンジョン』らしさでいえば、間違いなく正しいダンジョンの姿と言っていいだろう。


 石造りの広い空間。

 そこへ続く出入口。

 部屋の中程にある転移用の水晶。

 奥には下層へ続く階段。


 まさしく『ザ・ダンジョン』のその空間だが、いつもとは違いそこに足りないモノがある。


「……誰もいないねぇ」


 つぶやくクロウの言葉通り、人っ子一人いない光景は、ダンジョンへの入口に似つかわしくない。


 基本的にアタックするなら朝からというのが定石だが、夜間にアタックにくるパーティもないわけではない。朝の転移水晶待ちという混雑を避ける為に夜間に訪れるパーティもいるのだ。


 仮にたまたま今日アタックするパーティがいなかったとしても、


 つまり――


「きっちり封鎖されてるって訳だな」


 ――背に担いだ大剣の柄を強く握りしめるジンの言葉通りだ。


「こりゃ暴れがいがあるの」


 笑う六郎が感じているのは、この離れた空間にいても感じられるほどの強い敵意だ。

 外からこの空間に届くほどの明確な敵意。そんな状況にあって振袖を翻し、躊躇うことなく入口へと向かう六郎の後に続くのは――


「ちょっと、?」


 これまた敵意を前に躊躇いのないリエラだ。


「お前はホンに莫迦やの。説得なんぞしても誰も【リエラ教】に改心なんぞせんぞ?」

「ムッカー! やってみないと分かんないでしょ?」

「やらんでも分かるわい」


 笑う六郎と頬を膨らませるリエラと言う、普段と微塵も変わらない二人を前に一瞬出遅れてしまったクロウとジンが復帰――


「ストップ、ストーーップ!」


 ――間一髪で入口と六郎達の間に身体を滑り込ませるクロウ。慌てた様子で「ね? ちょと待とうよ」と口を開くクロウに六郎もリエラも盛大に眉を寄せた。


「いやいやその『お前何言ってんの?』って顔したいのはボクの方だよ」


 額の脂汗を拭ったクロウが続ける。


「叔父上の目的……いや手段の一つにアルタナ教を潰すって行程があるわけじゃない? なら素直にそれに乗っかる必要はなくない?」


 クロウの上げる尤もらしい声にジンが賛同の意を示すが、を一蹴するのは六郎とリエラの盛大な溜息だ。


「相手ん最終目的も、手段も分かっとるならワザワザする必要はねぇやろ。ここでそん手段ば叩き潰せば、次にどげん策を繰り出すか分からん。そいが主らん身近に害なす可能性も否定できん」


「そうそう。相手が折角ゴールも道も準備してくれてるんだもの。乗っかった方が


 笑うリエラに頷いた六郎が、「そう云う訳じゃ」とクロウの肩を叩きながらその脇を抜けその後をリエラがついていく。既に入口脇の壁に手をかけた六郎を「あー!」と頭を掻きむしりながらクロウが振り返った。


「オーケー。ボクも覚悟を決めるよ」


 一歩踏み出すクロウを振り返った、六郎は呆れ顔ままで首を振る。


「主とジンには関係なかろう。教会やらと揉めるんはワシとリエラん問題じゃ。それに主にゃ仕事を頼みたくての――」


 そう言いながら六郎はリエラに「出しちくれい」と手を差し出し、ポシェットから黒い鉱石を受け取った。


「こいをピニャん所まで届けちくれい。『刀ば一振り頼む』っち」


 差し出された鉱石と言葉にクロウが「これって……」と目を白黒させる。六郎としてはダンジョンに突入してから二週間十四日も経っているなら、ピニャと接触できているだろうという目論見だ。


「でも……」

「でももヘチマもねぇの。ワシらはどうせここから街中で動きにくうなるじゃろ。ならせめて主とジンくらいは軽快に動いて貰えるようにしとらんと」

「適材適所ってやつよ」


 六郎とは反対側の壁から外を覗いていたリエラが、笑いながら振り返った。


 笑う二人リエラと六郎を前に、頷くことも首を振ることも出来ない二人クロウとジン


 まごつく二人に軽く手を振ったリエラが「そんじゃヨロシクねー」とその手をかざせば、二人を包む見たことのある淡い光――その光に包まれた二人が姿を消すと、六郎が小さく溜息。


「妖術は何でんアリじゃの」

「短距離しか無理だけどね」


 肩を竦めたリエラが外を指させば、包囲の少し向こうに一瞬だけ小さく見えた光。この位置から見えるということは、少なくない光量なのだろう。こんな暗闇であの光量は――と六郎が思ったものの、幸いなことに全員が『原始のダンジョン』を注視しているのか特に騒ぎが起こることはない。


「包囲ん後ろば気にせんのんか……阿呆ばかりでは出来んの」


 外へと踏み出し肩を落とす六郎を「後ろから誰が来るのよ」と呆れ顔のリエラが追いかけた。


「お前が居るやねぇか。そいで自分ば飛ばして、挟み撃ちにでん出来るやろ?」


 階段を降りはじめた六郎がチラリとリエラを見やれば


「誰が転移なんて予想するのよ。それに――」


 呆れ顔のリエラが、眼下に広がる無数の篝火を指さし


「それに。後ろからなんて。


 頬を膨らませた。


 ――そげな女神でエエんか?


 と言いたくはあるが、それは止めておこうと六郎は苦笑いだけで口を噤む。えらく好戦的な女神だが、本人が楽しければそれでいいのだろう。


 そんな苦笑いの六郎に、「ちょっと! 何か失礼な事考えてるでしょ?」と口を尖らせながらもリエラも階段を降りる。


 二人を視認してから更に強まった敵意と殺気だが、それを気にした素振りもなく二人は楽しげに笑いながら階段を一歩一歩降りていく――。






 階段を降りきった二人を取り囲むのは、無数の教会騎士とそれを従える異端審問官。そしてその後ろに控える豪奢な僧服に身を包んだ老人達。様々な色の小さな帽子を見るに、上は枢機卿から下は司祭まで。様々な階級の僧侶が杖を構えてその顔を憤怒に染め上げている。


「さてと……やかましか奴九郎がおらんけぇ、存分に暴れられるの」

「だから最初は説得からって云ってるでしょ?」


 大軍を前に退くことのない二人の様子に、それを取り囲む騎士たちの敵意が更に一段階上がった。


 そんな今にも襲いかかってきそうな騎士たちの間から、緋色のカロッタ小さな帽子を被った老人が進み出てくる――


「お前たちが『リエラとロクロー』で間違いないな?」


 尊大な様子で口を開いた老人を前に、六郎が「だったら何ね?」と小さく溜息をついた。自身の言葉に反応するように増す殺気から、どうやら偉い人間なのだという認識は出来たが、それこそ「だったら何ね?」と言うのが本音だ。


 ちなみにリエラに至っては、教会の人間であったにも関わらず、その頭に乗るカロッタの色が示す身分を思い出せないでいる……否、覚えてすらいない。全く興味がないのだ。白色教皇も含めて。


 教会でも教皇に次ぐ権力を持つ枢機卿。枢機卿自体は数人いるが、全員がどの国でも最高賓客扱いで、誰もが彼らに頭を垂れる……はずなのに、それを前に全く動じる素振りを見せない二人に、老人の頬が少しだけヒクつく。


「お前たちには異端の容疑に加え、クラルヴァインでの司祭虐殺の容疑もかかっている。大人しく我々についてきて貰うぞ?」


 怒りに顔が強ばる老人が手を挙げれば、それに呼応して突き出される武器と杖の先端に集まる魔力。六郎達へ向けて分かりやすい脅しの格好だが、残念ながらそれが通じる彼らではない。


「断る。そもそも爺、主ゃ誰ね?」


 腕を組んで老人を真っ直ぐ見据える六郎。その傲岸不遜とも言える態度に、ついに枢機卿を固めていた騎士の一人が声を張り上げた。


「貴様、枢機卿に向かって――」


 怒りに武器を付き出そうとするその手を、老人が軽く押さえて更に一歩前に踏み出した。その表情は怒りを通り越して呆れに近い表情だ。


 ゆっくりと首を振る老人が、これまた演出じみた様子でゆっくりと口を開く――


「度し難い。神の代弁者である私を知らぬとは……」


 紡がれた言葉の内容に、六郎が呆れ顔でリエラを振り返れば――


「はあ? 神の代弁者? アンタみたいな脂ぎった爺なんて知らないんだけど?」


 ――案の定眉を釣り上げ、般若のような顔で怒るリエラの姿。


「言葉を慎め、小娘風情が」


 思わぬリエラの発言が癇に障ったのだろう。先程とは違い、顔を赤らめ声を荒げる老人は六郎から見たら小物にしか見えない。


「誰が小娘よ。アタシこそが神、アタシこそが唯一絶対の女神、リエラ様よ」


 そんな小物を前に、胸に手を当てたリエラが完璧な笑顔を見せる。呆気にとられて黙り込む周囲は、完璧女神スマイルに呑まれたのか、それともリエラのあまりにもぶっ飛んだ発言のせいなのか。


 兎に角黙り込んだ周囲の様子に、リエラは己の威光が通用したと思ったのだろう「そうだ。あなた達、【リエラ教】に改宗しない?」と、ここぞとばかりに布教を始める始末だ。


 相手はただ単に面食らってるだけなのに、それを分からない辺り……いや、隙あらば己の考えを打ち込む辺り、流石はリエラだと六郎は内心苦笑いだ。


「リ、リエラ教?」


 漸く復帰してきたのか、一人の騎士がリエラの言葉を反芻すれば


「そ。アタシを崇める新たな宗教よ」


 ドヤ顔で胸を張るリエラ。

 再び流れた沈黙を破るのは――


「だ、誰がお前などを」

「図に乗るな」

「異端者め」


 ――堰を切ったように吹き出す不平不満の嵐だ。


 とどまることを知らない不平不満の嵐に、「ぐぬぬぬ」と歯噛みするリエラと大きく溜息をつく六郎。


「お前は……ホンに人気がねぇの」

「うっさい!」


 六郎が呆れ顔でリエラを見やれば、その肘鉄が脇腹を襲う。


「……ま、いいわ。【リエラ教】は後で布教するとして……あなた達の中で、誰かを勝手に異端認定して殺すことに躊躇いがある人は?」


 脇腹を抑える六郎を尻目に、真剣な表情のリエラが再び周囲を見回した。一拍置いて周囲から「プッ」と聞こえる失笑にリエラの目の前で老人が勝ち誇ったようにニヤリと笑う。


「馬鹿め。そのような輩などいない」


 大仰に腕を広げる老人の後ろで、全員が勝ち誇ったようにその武器を掲げる。


「我らが黒と言えばそれが女神様の意思」


 掲げた武器を再びリエラ達に突き出す騎士たち。どうやら全員が異端認定という超法規的措置に対する罪悪感など持ち合わせていないようだ。


 膨れ上がる敵意。

 小馬鹿にしたような視線。

 横柄な態度。

 脂ぎった顔。


「ギルティね。全員あの世に行きたいんだって」


 諸々を含めて裁きを下したリエラの視線に、「最初からその予定やろうが」と六郎が何度目かの溜息を返した。


 そんな非難とも取れる溜息を受け流したリエラが、ポシェットから杖を引っ張り出してクルクルと回す――


「サクッとやっちゃいましょうか。ご飯食べたいし」


 笑うリエラの言葉に、一瞬で周囲の殺気が今日一番の濃さに膨れ上がった。


「女神様の敵だ! かかれーー!」


 顔を赤くした老人の声で、二人を取り囲んでいた騎士たちが一斉に襲いかかった。



 ☆☆☆


「ジンくん、急ごう! 早くを呼ばないと」


 風のように駆けるクロウに、その後ろからジンが訝しげな表情を返す。


「応援? あの二人に?」


 必要ないだろうと言うジンの言葉にクロウは首を振った。


「要るよ。がチラリと見えたんだ」


 クロウの表情には焦りがありありと浮かんでいる。


「あの二人でもヤバいのか?」

! あの二人だからヤバいの! 折角情報を仕入れられそうな人間がいるのに、あの二人に任せたら全滅させるじゃん!」


 クロウの必死な言葉にジンの顔も青くなる。その脳裏には高笑いで全員を殺して回るリエラと六郎の姿だ。


「お、応援と言うのはつまり――」

「そ。救護部隊!」


 リエラがいるなら必要ないだろう部隊だが、あのリエラだ。「敵を全部潰したら良いじゃない。そしたら作戦も何もないわ」と笑って言いそうだ。いや言うだろう。いや確実に言う。


 その予想が二人の脚に更なる力を齎す。風のように駆ける二人の真後ろで盛大な爆発音が上がった――


 振り返りたくなる気持ちを抑えて二人は駆ける。六郎達の頼みなど二の次で、必要なを助けるために。

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