第129話 夢中になると思ったより時間が経ってるってのはよくある
登場人物
六郎とリエラ:主人公とヒロイン。「世界のために」とか格好いい理由で戦う事はない。常に自分のためだけに戦うという我儘コンビだが、結局世界のためになりそうなので万事オーケーかな?
クロウとジン:世界の秘密に触れてなお、危機を食い止めるために動く正義感の強い仲間。まともな神経を有しているので、彼らがいなければ物語がもっと迷走していただろう影の立役者。
☆☆☆
前回までのあらすじ
ユルゲンと【黒い意思】。爺コンビはお互いにお互いを利用し合うビジネスライクな関係だった。
二人共己の目的のために相手を利用し、それを相手に公言するという強者ムーブをかますという余裕っぷり。
☆☆☆
ドクンドクンと脈打つ球体に繋がれた月桂樹の冠――
「【女神の冠】と言えば、やっぱりこのタイプよね」
それを見つめるリエラはご満悦だ。
現在四人はサクヤのために【女神の冠】を絶賛制作中である。ホログラムに記されていた『【女神の冠】のインストール』を利用して、新たに持ち運び可能な神器を作成しているのだ。
説明に従いリエラがコンソールを操作し、【冠】の形を選んだ所、冒頭のように部屋の中央にあった脈打つ球体に繋がれる形で月桂樹の冠が出現したのだ。
リエラは勿論、クロウもジンも女神の被り物といえばこの形で、納得のため異論が出ることもなく、スムーズにインストールへと移行した訳だが――
「女神ん冠がどげな形かは知らんが……こいは何をしとんじゃ?」
――脈打つ球体に繋がれた草で出来た冠など、六郎からしたら謎でしか無い。
興味が惹かれるままに、眉をよせてそれに手を伸ばそうと――
「ちょっと! 触っちゃだめ。インストールってあるし、神力は勿論だけど情報を入れてるんだと思うけど」
――伸びてきた六郎の手をつねるリエラが、頬を膨らませながら首を振った。言外に「余計な事をするな」と含ませたリエラの表情に、肩を竦めて引き下がる六郎。
結局のところ六郎からしたら、リエラの説明もよく分かっていないのだが。情報を入れるだの何だのと言われても、六郎からしたらもう何がなんだかサッパリの状況に、つまらなそうにその光景を眺めるしか出来ない。
腕を組んで巨大な球体を見上げる六郎の隣で、リエラも同じように球体を見上げた。球体が脈打つ度、薄っすらと冠が光り輝いて見えるのは見間違いではないだろう。
「結局この球体も何なのか分からなかったな」
ジンが振り返ったのは、コンソールを触る兜姿のクロウだ。
「んー? そうだねぇ」
一瞬だけ顔を上げたクロウの視線を「カシャン」と落ちてきたバイザーが遮った。それを上げ直したクロウだが、その視線は再びコンソールへ。正確にはコンソールの真上水平に出している小さなホログラムの上に……だが。
ジンやクロウの言う通り、この球体について色々調べたがよく分からなかった。
天井から伸びるコードに繋がる球体。勿論その説明も、【女神庁】の変遷の中になちゃんとあった。……が、ノイズ混じり雑音だらけの動画では、結局のところ「はるか昔からある」という事以外全く分からなかったのだ。
そんな殆ど役に立っていないコンソールだったが、「ちょっと触ってみたい」と言うクロウの希望から今は他の仲間の邪魔にならないよう、ホログラムを小さくしてクロウが内容を確認している。
ジンに話しかけられても上の空のクロウだが、それも無理はない。どうやら気になる事があるようで、先程から眉根を寄せたままホログラムとにらめっこの時間が増えている。
「うーん。文字化けばかりだねぇ」
ボヤくクロウが今度はゆっくりと顔を上げる。急遽作成した疑似神器のサイズが合っていないので、勢いよく顔を動かすとバイザーや兜がズレるのだ。
「そりゃそうでしょ。タイトルから文字化けしてたもの」
それに溜息を返すリエラの言う通り、最初の段階から文字化けを起こすほどデータが破損していたのだ。タイトルが文字化けしているのだ。
「【黒い意思】の正体でも掴めればと思ったけど……」
諦めたようにクロウが伸びをすると、再びバイザーが「カシャン」と音を立てて落ちる。
クロウが目を付けたのは、最後の項目『【■■■■】への対策』だ。文字数からも【黒い意思】である可能性が高かったのだが――リエラが言う通り題名が文字化けしているのだ、内容も文字化けしているのは必然と言えるだろう。
「昔に一度発生して、それを倒したらしいんだけどねぇ」
兜に手を突っ込んで頭を掻くクロウに「へぇ? 倒したことがあるの?」とリエラが興味深そうに横からホログラムを覗き込んだ。
「あれ? これって――?」
眉を寄せるリエラに「うん」とクロウが頷いてホログラムを再び最大に――
「さっきん絵ぇと同じやねぇか?」
声を上げる六郎に「絵じゃなくて写真ね」と突っ込むリエラの言う通り、ホログラムに表示されたのはクロウが「冒険者たち」と言った人々の写真だ。
「そ。この冒険者たちに話が聞けたら良かったんだけど」
苦笑いを浮かべるクロウだが、無理なものは仕方がない。彼らがどうやって【黒い意思】を倒したのか。そして倒したはずの【黒い意思】が何故また復活したのか。そういった類のことは殆ど分からなかった。
それでも得た物はある――
「倒せるって分かっただけで良いじゃない」
「そうじゃな。叩っ斬れるっち分かっただけで十分じゃ」
――かつて倒したと言う事実は、この二人にとっては最大の情報だ。
リエラと六郎の前向きとも言える発言に、「ま、確かにね」ととりあえず同意を示したクロウがコンソールから再び顔を上げた。
あとは魔王の前身である眷属を作った経緯だの、良く分からない地図だとか、今のクロウ達には必要のない情報ばかりが目立つ。
もしかしたら細部まで見ていけば、もっと面白い情報もあるかもしれないが、なにより情報が多すぎてそれを精査するだけでも一苦労なのだ。
一旦休憩にしようとコンソールを離れたクロウ。
ホログラムを見上げて、「あ、この人刀持ってるわ」、「おうおう。こん世界にもあったんじゃな」と写真の人物たちを前に話に花が咲くリエラと六郎。
唯一冠を見つめたままのジンだが――
「ところで、このいんすとーる? はいつ終わるんだ?」
眉を寄せるジンの視線の先には、未だ薄っすらと光るだけの冠だ。
「うーん。どうなのかしら……ねえ? システム【女神の冠】さーん! これって残り時間とか分かんないの?」
空宙に向けてリエラが尋ねれば『はい』と短く答える無機質な声――
『現在プログラムの進捗は凡そ0.0005%です。現在の進捗へ要した時間から逆算するとシステム時間で2160時間程かかります』
――告げられた無情な事実に
「はあ? えっと……二千てことは……三ヶ月もかかるの?」
リエラが素っ頓狂な声をあげる。
告げられた時間の長さに、他の三人も驚いた顔をするがそれの上を行くリエラが「時間かかり過ぎじゃない?」と今もいきり立っている。
「まあまあ。神器作るんだから時間くらい――」
そんないきり立つリエラを宥めていたクロウが、何かに気がついたように口を噤んで顔を青くした。
「どうしたんだ?」
そんなクロウの様子に眉を寄せるのはジン。
「いや。時間で思い出したんだけど……ボクらここに入ってからどのくらい時間が経ったのかな?」
慌てる様なクロウに小首を傾げる六郎とリエラ。
「ほら……ボクらを狙って異端審問官とか来る予定じゃん?」
その言葉で「あ、そうだったわ」とポンと手を打ったリエラ。クロウ以下全員が逼迫した事態を完全に忘れていたのだ。
異端審問官及び教会勢力が戦力を整えてクラルヴァインもとい『原始のダンジョン』に来るには時間がかかるだろうが、今まで魔王を倒したら外では一週間経っていました。という事が起こっていた。
アトモスを倒し、仮に一週間経っていたとして……この空間でも同じように時間の流れが違えば、思っていた以上に時間が掛かっている可能性がある。
それを理解したリエラが
「そんな事って分かるのかしら? ねぇ! 教えてもらえる?」
再び宙に向けて声を上げれば、返ってくるのは『はい』という無機質だが希望のある声。
『権限者がこの空間に来てから、システム時間で11時間程経過しています』
告げられた体感時間とほぼ同じ時間に、六郎以外の全員が胸をなでおろした。
「ちなみにだけど、アトモスを倒すためにダンジョン入ってからだとどのくらい?」
『復旧プログラムの最終シーケンスからですと、347時間経過しております』
告げられた経過時間に全員の頭上にハテナが浮かんだ――ちなみに六郎はずっとハテナだが気にしても仕方がないのでその辺りはリエラ達に丸投げしている。
六郎の事はおいといて、兎に角この空間に来てから十一時間は納得できる。だが、アトモスを倒す為にダンジョンに入ってからだと二週間が過ぎているという。
「いつもは一週間じゃん!」
慌てるクロウに「そんな事言われても知らないわよ」と口を尖らせるリエラ。
「と、とりあえずこの周辺がどんな状況かモニターに出せたりする?」
『はい。可能です』
「じゃあお願い!」
リエラの声に『了解しました』と声が響けば、ホログラムに映し出される真っ暗な画像。何処まで言っても真っ暗で何も見えないそれは、暗闇と言うより何かがカメラを覆っていると言われた方が納得できるほどの暗さだ。
「なにこれ?」
『現在の【女神庁】周囲の状況です』
淡々と答える声に全員が押し黙る。なんせ何も見えないのだ――
「まるで洞穴んごたるの」
腕を組んだ六郎の何気ない一言に『いいえ。正確には地面の中です』まさかの回答が返ってきた。
「地面の中って――ああ、そういう!」
理解したリエラだが、それを周りに説明する暇はない。『原始のダンジョン』は【女神庁】の本体ではなく、何らかの付随施設もしくはダミーだという事を一から彼らに説明する暇はない。
「ここじゃなくて、地表にでてる施設の周りを映してほしいんだけど」
『転移施設周辺ですね。了解しました』
リエラの予想通り、『原始のダンジョン』はここへの転移施設がメインの付随施設で間違いなかったようだ。
ダンジョン化しているのは謎だが、恐らく防衛機構と考えれば納得はできる。
リエラがそんな事を思っている間に、ホログラムに映る画像が切り替わった。
暗くなってきた空を真っ赤に染め上げる無数の篝火――ダンジョンを包囲する帝国軍に混じるのは沢山の教会騎士だ。
そんな彼らの向こうに天幕が設置されていく様子から、未だ彼らが到着して間もないと言う事だけは分かる。
「ギリギリ間に合った……と思って良いのかな?」
「帰りに二週間かからなかったらね」
チクリと差すリエラの言葉にクロウが若干青くなる。なんせ場を任せているのはユリアだ。あまり遅くなれば彼女に掛かる負担はそれだけ大きくなる。
「ここから最短で帰る事って出来るのかな?」
クロウが声を上げるが、頼みの声は黙りだ。不満を顔いっぱいに浮かべたクロウが、リエラに視線を移せば「はいはい」とリエラが口を開く。
「ここから一旦帰りたいんだけど、すぐに帰れるかしら?」
『はい。可能です。帰る場合には適応術式の付与が要らないため、即座にお送り出来ます』
響く声に色々聞きたい事があるものの、それ以上に急がねばならぬ状況だ、「なら直ぐに送って」とリエラが声を上げれば四人を淡い光が包み込む――
淡く光る視界の中で、六郎はホログラムに映った青年たちを目に捉えていた。楽しそうに笑う青年の顔が一瞬だけ不敵な笑顔に見えた。それはまるで「お前にも出来るだろ?」と六郎を挑発しているような、激励しているような不敵な笑顔。
その笑顔に返す六郎も、もちろん不敵な笑みだ。
「誰に向かって、どの位置で物ば云いよる」
呟いた声だけを残して、六郎達は光に包まれその場を後にした――
※明日から帰省するため、更新が不定期になるかと思います。(特に明日は長時間運転のため更新できません。)
お盆休みの方は、ゆっくりと。そしてお盆もお仕事の方は、暑さにお気をつけて日々をお過ごしください。
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