第126話 世界の謎は上澄みだけでもお腹いっぱい
登場人物
六郎とリエラ:主人公とヒロイン。痴話喧嘩を繰り広げるも、結局はちゃんと分かりあえてる二人。爆発しねぇかな。
クロウとジン:リエラの正体に驚きつつも空気を読める二人。
☆☆☆
前回のあらすじ
世界の謎をほっぽらかして、六郎とリエラがイチャついてました。爆発したらいいのになー。って思いましたが、そうしたら話が終わるので我慢しました。
☆☆☆
一頻り叫んで落ち着いたのか、軽く咳払いをしたリエラにクロウとジンの視線が向けられた。
とは言え、視線が向けられただけで特に二人が何かを発することはなく――
「何も……聞かないのかしら?」
小首を傾げるいつもの雰囲気のリエラに、二人して顔を見合わせたクロウとジンが、これまた同時に肩を竦めてみせた。
「まあ……聞かなくても……ねぇ?」
「ああ。あれだけイチャつけば、俺たちにもある程度の事情は分かる」
少し悪戯っぽく笑うジンに、「い、イチャついてないわよ!」とリエラが口を尖らせ、六郎は呆れたように小さく溜息をつくだけだ。
「とりあえず嬢ちゃんが女神様ってことでオーケー?」
苦笑いのクロウに「ま、作られた女神らしいけどね」とリエラも苦笑いを返してみせた。
「作られたにしろ何にしろ、嬢ちゃんが女神様ってことの方が色々納得だよ……ただまあ……何というか……」
「何よ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
言いよどむクロウにリエラが眉を寄せる。
「いや、ほら……」
「思うとったよりガサツで莫迦やっち云いてえんやろ」
ニヤニヤ笑う六郎を、「だぁれが莫迦よ」とポカポカ殴りつけるリエラ。
そんな二人を「またイチャついてる」とは突っ込まない二人。ただただ生温かい目で二人を見守るだけだ。
一頻り二人が騒ぐのを見守っていたクロウが再び口を開く。
「とりあえず、嬢ちゃんが今のアルタナ教で信奉されてる女神様。そしてそれが人の手で作り出されたのなら――」
考え込むクロウは、ユルゲンの目的を思い出しているのだろう。
今のアルタナ教を潰して新たな宗教を作り上げる。成程、ユルゲン程女神に傾倒していたのなら、それが紛い物であったと気がついたらそのくらいやりそうだ。
クロウの予想は当たっていたと言える。ただそれだけでは説明がつかない。仮に人造の女神が居たとして、ユルゲンが狙っているもう一柱の女神とは何なのか。
【聖典】がリエラを讃えたものだとすると、【偽典】に記された内容はもう一柱の女神を讃えた物となる。
ここにはリエラ以外にも無数の人造女神の予備軍が記されているわけだが、それらの時期からしてリエラと別の女神とは考えにくい。
深く考え込むクロウを前に六郎が盛大な溜息をついて口を開く――
「考えとったって仕方あるめぇが。折角答えがあるんや。見た方が早えやろ」
六郎が親指で差すのは宙に浮くホログラムだ。
「ま、確かにそうだねぇ……オジサンは読めないから翻訳お願いねぇ」
肩を竦めるクロウにリエラが「はいはい」とコンソールを操作して画面を戻した。
「どれにする?
【女神庁】の変遷。
気候変動への対策。
人口推移表
ダンジョン管理
【女神の冠】のインストール。
【何とか】奪還の歴史
【何とか】への対策。
順当に行けば【女神庁】の変遷が良いと思うんだけど?」
三人を見回すリエラに頷くジンとクロウ、そして「ワシは何でもエエわい」と既に興味がなさそうのは六郎だ。
「じゃ、【女神庁】の変遷ね――」
リエラが操作するとホログラムが、幾つもの画像を映し出した。リエラには見覚えがある、そして三人は初めてみる画像――
「え? これ動画なの?」
一番左上にある何かが燃え上がるような画像に記された再生を示す三角印。そしてその下にある『ファイル0001』という動画のタイトルとも言える文字列。それを見たリエラが眉を寄せた。なぜなら――
「再生される言語って多分今のと違うわよね……」
――記されている文字列が違うのだ。話されてる言語が違う可能性がある。六郎はリエラの恩恵により言語は理解できるだろうが、そもそも六郎が生きてきた時代からしたらオーバーテクノロジーの塊。出てくる言語をそのまま理解できるかは微妙だ。……それはジンとクロウにおいてもそうだが、六郎より興味を示している分まだマシだろう。
聞かせるなら、全員で聞いた方が良いのだが……逡巡したリエラが、「あ、そうだ」と思いついたように画面を戻し『【女神の冠】のインストール』の項目を選択する。
出された文字列を目で追っていたリエラが「うん。いけそうかも――」とポシェットの中から、兜を二つ取り出しコンソールの上に置いた。いつぞや身ぐるみを剥がした都市国家連合の兵士から拝借した兜だ。
「アクセス権限者の命により、言語モジュールのインストールを実行」
その言葉が合図のようにコンソール上の兜が光輝く――時間にしてほんの十数秒。輝いたそれは今は何の変哲もない兜にしか見えない。
「これ、被って――」
それをクロウとジンの二人に手渡すリエラに、「え? ナニコレ?」と二人は完全に困惑顔だ。
「うーん。簡単に言うと、疑似神器? 言語理解しか能力のない出来損ないだけど」
笑うリエラにクロウもジンも引きつった顔を抑えられない。
偽物とは言え、こんなに簡単に神器を作られては溜まったものではない。そもそも神器とはそれが適合しなければ、ただの宝の持ち腐れなのだ。そんな思いが言外に含まれていた二人の表情に
「大丈夫よ。能力と効果時間を限定する代わりに誰でも使えるから」
リエラが微笑みかけた。
「言語理解を……多分一日程度かしら。それが過ぎたら兜が耐えきれずに崩れるわ。まあ兜を犠牲にするかわりに、
説明しながらコンソールを操作するリエラに「それでも十分便利すぎるけど?」とクロウが苦笑いを浮かべるが、それにリエラは首を振って答えた。
「こんな便利なもの、何回もポンポン使えるわけ無いでしょ。インストールの回数制限くらいあるわよ」
盛大なため息のリエラが再び『【女神庁】の変遷』を選択。再び現れた画面を前に、クロウとジンが生唾をゴクリと飲み込んだ。
これから語られるのは誰も知らないこの世界の真実――リエラがゆっくりとコンソールのボタンを押した――
『――――2―――。せ――――も――――――』
「何これ! データが壊れてるじゃない!」
燃え上がる何かも途切れ途切れのノイズが混じる映像に、頬を膨らませたリエラが隣の動画を選択して再生を押す――
『モンス――――――人――――――』
草原を蠢く大量のモンスターは、スタンピードとはまた違う……だが今の世界からは考えられない程雑多で多種多様なモンスターが草原を闊歩している動画だ。
先程よりはノイズはマシだが、音声は先程と殆ど変わらない途切れ途切れで、一体何のことか分からない。
その後も順番に動画を再生していくが、どれもこれもデータが破損しているように、ノイズ混じりの音声と動画のせいで、殆ど情報らしい情報は得られない……唯一――
「あ、何か冒険者っぽい人達だ」
クロウが反応したのは幾つめの動画だろうか。中央に六郎のような黒髪が印象的な高身長の青年を置いた数人の男女。
老若男女の区別のないグループが仲良さそうに映る写真だけの動画だ。
「はるか昔にも冒険者はいたんだな……」
感慨深げに頷くジンに、「次の動画行くわよ」とリエラがノイズ混じりで何の役にも立たない動画をぶった切って先へと進める。
漸く動画が仕事をし始めたのは、数が残り少なくなってきてからだった。
映るのは先程まで通ってきた廊下や部屋――
『こうして――――は思いを具現化する仕組みにより神器の作成を成功させた。一時平穏を得たものの、数千年にも及ぶモンスターとの戦乱に疲弊し救いを求める人々の為に、【女神庁】と名前を改め、今日に至る。【女神庁】の意義はその存在全てを持って、女神という存在に成り代わることである。つまり人々の神を求める願いを叶える……それが【女神庁】の存在意義である』
――そしてそこで忙しそうに働く様々な人々だ。
そんな映像をポカンと眺めていたリエラが、「理解は半々ってところかしら?」と口を開けばジンとクロウもそれに頷いた。
動画の殆どが長年の間にデータを壊し、残っていたのは恐らくリエラが生み出される千年と少し前の物からだ。
時代が前に行くごとに動画の破損が激しくなるのは、それぞれの時代に撮られた動画を、コンソールが変わるごとにダウンロードし直したのだろう。
繰り返すうちに破損が大きくなり、今では全く役に立たない動画に成り下がっている。
それでも欲しかった部分については、重要な事実が判明したのだ。
「もう一柱の女神は【女神庁】全体って事でいいのかなぁ?」
「ちょっと違うわね……神を望む人々の思いそのものが、女神なのよ。それを叶えるシステムとして【女神庁】があっただけ……つまり女神なんていなかった。人々の望みそれこそが女神の正体ってことになると思うわ」
そう言いながらリエラが続く動画を再生する。
流れた動画に映るのは――リエラ以外の三人にも見覚えのある者達――今の世では少し形を変え、【三魔王】と呼ばれる者達だ。
『そもそも神とは何なのか。古い宗教などに見られる神は、人がそれを臨んだ結果生まれた偶像に過ぎない。だが今この世界では神器により人々の思いを集めて具現化する事が可能となっている。人々の思いを具現化する。それこそが神の御業。【女神庁】が成し得た様々な偉業の中で、特に気候変動への取り組みは後世へと語るべきであろう。オケアヌス、テラ、アトモス……それらの生態型AIに組み込まれた人々の願いを具現化した魂。これにより人々を悩ませていた気候変動問題は一気に解決を見せる。詳細は別項『気候変動への対策』を参照のこと――』
動画の中では――
虹色に輝く鱗を持ったオケアヌスが海を鎮め、
美しい羽を持つアトモスが風を起こして種を運び、
輝く体毛のテラが土壌汚染を癒やしている。
「……女神の眷属……なるほど。【レオナ手記】に記されていたのはこの事か……」
呟くクロウにリエラが頷き、ジンは若干置いてけぼりだ。……ちなみに六郎は既に飽きて目を瞑って座り込んでいる。
「でも分からないねぇ……なんで眷属たちは魔王になったのかな」
顎に手を当てるクロウの視線の先には、残り少なくなった動画のサムネイル。どれもこれも他の動画と違い、砂嵐のようなサムネイルは急遽保存されたかのように、ファイル名すらも奇妙な文字列のままだ。
「とりあえず続きの動画を見る? 分からなかったら後で『気候変動の』も見てみましょうか」
そう言いながら続く動画を選択したリエラの耳に――
『ガガガガガガ―――ザザッザザザザザ――――』
――耳を塞ぎたくなる程のノイズが飛び込んできた。
「ちょっと、音量調節ミスってるじゃない――」
片耳を塞ぎながら慌ててボリュームを下げたリエラだが、急に発せられた大きな音に、目を瞑っていた六郎も飛び上がり臨戦態勢だ。
そんな六郎に「何でも無い」と手を挙げただけのリエラが再び動画を再生――流れるのはこの部屋を斜め上からの俯瞰で映し出した映像。まるで防犯カメラの様な映像に、混じるノイズの間から聞こえてくるのは――
『……な、なんで? くそ、制御が効かない……オケアヌスが……』
『博士、テラもアトモスも制御が効きません――』
『これは……これが【黒い意思】の力だというの?』
『兎に角迎撃よ! 【人造女神】の投入を!』
『ですが、まだ全知のインストールが済んでいません、中には問題のある個体も――』
『構わないわ。全責任は私が取るから! 兎に角【人造女神】及び、天使型アンドロイドの投入を』
――逼迫した状況で叫び合う複数の人々。全員が今見ているコンソールの前でホログラムを見上げ、中心にいる人物に従い各人がコンソールを操作しているところで映像はプツリと途切れた。
誰も何も言わない。ただ黙って再び映し出された動画一覧の群れをボンヤリと眺めるだけだ。
流れる沈黙の中、生唾を飲み込んだリエラが最後から一つ前の動画を選択した――
『……博士、オケアヌス達の封印は完了しました……ですが、人々を支配する【黒い意思】滅びへの意思の大きさは――』
『分かってる……分かってるわ……』
『……【女神庁】は終わりだ……』
誰かがポツリと呟いた言葉に、力なく膝をつく人、両手で顔を覆う人、各々が落胆を見せ、一人、また一人と部屋を後にしていく――残ったのは先程の動画でも中心にいた一人の女性。
『またなの……また……この世界も滅んでしまうの』
女性が膝をついた瞬間動画が途切れた。
再び部屋を支配する沈黙に、
「で、でもこの世界は今も続いてるよねぇ?」
とクロウが皆を見回せば、唯一ジンだけが怖ず怖ずと頷く。
「その謎は、コレを見てから考えましょ」
そう言いながらリエラが最後の動画を選択する――そこに映ったのは、カメラを覗き込むような一人の女性だ。
流れる様な銀髪にメガネと白衣。少し頬が痩けているが美しい女性のドアップからゆっくりと女性が引いていく。
『……ここにこの記録を残すわ。どうか…………どうかこれを見た人がいたら……貴方の世界の神に伝えて欲しい。これらから語る事実を』
そう言って女性は大きく深呼吸をする。
『昔、この世界が危機に瀕した時、ある人が禁忌を犯して世界を作り替えたの。その辺は前の動画を見て欲しいんだけど……私が言いたいのは今度は私が禁忌を犯すってこと。……でも前と同じ手は使えない。だから……私は世界を割るわ。無理やり世界を割る……それが何を起こすかわからない。本来交わることのないパラレルワールドを無理やり作るの……だからもしかしたら――』
言いよどむ女性が咳込み血を吐き出した。
『――もしかしたらもつれ合う世界が誕生するかもしれない……でも……それでもこの世界を救えるかもしれないなら……』
再び言葉に詰まる女性が下を向く。
『もちろんあなた達を助けるための措置も準備してある……それでも私を恨んでくれても構わない。勝手に生み出し、勝手に使命を与える事を。でもお願い、聞いて。あなた達は人々の願いが生み出した存在でもあるの。だから……この世界に潜む【黒い意思】の根絶を――』
そこまで言うと女性はカメラに背を向け、コンソールの前に立った。
『権限者の命によりシーケンスを実行、全ての人造女神の魂を還元するとともに、彼らの魂へ第一級指令を追加。追加内容は【世界の繁栄と管理】』
女性が言い切るとホログラムに薄っすらと映っていたカプセルに入った人々が光に包まれ消えていく――
『更に還元のエネルギーを持って、ここを分岐としてそれぞれの女神が辿り着いた幽世毎に分離――』
コンソールが、いや部屋全体が大きく光り輝く――
『勝手なお願いでごめんなさい……でも、世界をお願いね』
光に包まれながらこちらを向いた女性だが、光が収まった瞬間忽然とその姿を消していた。
暫く何もない部屋を流していた動画だが、終わりが来たようにプツリとその再生を停止し、また何事もなかったように動画一覧へと画面が戻った。
「ホンっと勝手だわ。……つまりあの『輪廻の輪』はこの時生まれたって事なのね」
呟くリエラに六郎が溜息混じりで口を開く――
「ホンで? 【黒い意思】やらはどうするんね? ブチのめすんけ?」
「そんなもの決まってるじゃない――」
ニヤリと笑うリエラの顔に、六郎は意味深に頷きクロウとジンは苦笑いで顔を見合わせるしか出来ないでいた。
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