第125話 傷ついた女の子を励ますのは世界を救うより難しい
登場人物
六郎:自動ドアにテンション瀑上がりの主人公。多分エスカレーターとか見たら一日中遊んでそう。
リエラ:自分がもしかしたら作られた存在では……という疑惑が浮かび上がったヒロイン。現在テンションは低め。
クロウとジン:ロストテクノロジーを前にいっぱいいっぱいの二人。暫くは空気に徹する……と言うか訳が分からなすぎて多分「何も言えねぇ」状態。
☆☆☆
前回までのあらすじ
『アクセス権限復旧プログラム』をやりきった四人は、『原始のダンジョン』改め【女神庁】へとアクセスすることに成功。
そこにあるロストテクノロジーに六郎が燥ぐ中、リエラという存在の根幹を揺るがす事実が告げられる――
☆☆☆
「……じん……ぞう……女神って?」
呆けたように呟いたクロウの声がやけに煩く部屋中に響き渡った。
「言葉の通りでしょ。人が女神を作るのよ」
淡々と言い放つリエラを六郎はツマラなそうに眺めている。淡々と話を進めるリエラを見ているのは面白くないのだ。
何も知らない女神を名乗る存在。知っているのは自分が『管理』している間だけのこと。つまりそういう事なのだろう。
リエラは誰かに作られた女神だと言う事だ。
六郎からしたらよく分からない。人がまぐわって人が生まれる以外に、生命を生み出す方法があるのだという。
成程この理解の及ばない物たちを見る限り、遠い未来にはそんな技術が出来ているらしいが、結局のところまぐわって生まれるのとその違いがよく分からない。
ただリエラにとっては、そうでないのだろう。誰かに存在を作り出されるということは、恐らくリエラにはショックな出来事だったと見える。ただ淡々と事実を述べていくリエラからは今までのような温かみは感じられないのだ。
その無機質な感じが六郎からしたら面白くない。勝手に諦観した感じがして、全く持って面白くない。
「とりあえず、これから見てみる?」
一応声はかけるものの、誰も反応できない状態に、リエラは淡々とその『人造女神』とやらの項目を開いていく。
「まずは……概要かしら――『【女神庁】の目的を未来永劫引き継ぐため、この『人造女神』計画を立ち上げ――』【女神庁】の目的が無いと意味が分からないじゃない」
口を尖らせるリエラだが、いつもと比べると何処か覇気がない。
「ま、いいわ。『【杖】の神器による思いの集約と【衣】でそれを具現化することで神の魂を作り出す。そして【腕輪】をもって元の魂に固定化。更には【冠】を使った全知のインストールによる完全なる神を作り上げる事を――』……毘沙門天を作った思いがアタシの【杖】のせいなら、近くにあるだけでも良いってことかしら」
独りごちながら画面を戻したリエラが、『被検体』と書かれた項目を開いた――そこには番号が振られた無数の顔写真。
「『人造女神』のくせに男もいるのは何なのよ」
老若男女の区別のない様々な顔写真にリエラが口を尖らせた。そんなツッコミよりも、連続する衝撃にクロウもジンも浮かぶホログラムに意識を奪われたままだ。
それをスクロールしていくリエラが「あ――」と声を漏らした。そこに映し出されたのは、リエラとそっくりの少女の顔。
今のリエラともそっくりだが、あの『輪廻の輪』にいた時のリエラからすると髪の色、長さ、何もかもが瓜二つのその写真を、リエラが震える指でゆっくりとタッチする。
空宙に映し出されるのは、巨大なリエラの顔写真。今よりも若干鮮やかな黄金の髪だが今と同じサファイアブルーの瞳と目鼻立ち。何処からどう見てもリエラにしか見えない写真に、
「え? 何で?」
「リエラ殿――」
クロウとジンが呆けたまま画面を凝視している。
「『被検体 一〇九八八。肉体年齢は十七歳。具現化した神格と元の魂との融合率も高い優秀な素体。ただし元の魂の性格だろう。我儘と傲慢さが前面に出た自分勝手な神。他の神々でも元の魂の性格が出る事は普通だが、ここまで前面にでたのはこの素体が最初で最後。全知のインストールは見送り。原因の究明が済み次第、感情を消して神兵として使用推奨』……か。誰が自分勝手な神よ」
ツッコミながら画像を戻したリエラだが、そのツッコミには元気がない。
再び表示される顔画像の数々。それが映ったホログラムを、手持ち無沙汰のようにスクロールしては戻すリエラ。
「こ、これはどういう……事なんだ?」
ジンが漸く絞り出した声に、その手を止めたリエラが力なく笑う。
「どうもこうも、あなた達の信じてる女神様は、昔の人が作り出したまやかしって事よ」
溜息をついたリエラが、「あ、あのクソ女神もいるじゃない」と笑いながらタップするのは、かつてあの『輪廻の輪』でリエラに「負け犬」とメッセージを送ってきた女神だ。
いつもと違う様子のリエラに、クロウもジンもあまり深くは突っ込めない。そして六郎は腕を組んだまま指で腕を叩いている。
やはり面白くない。己には事の重大さは分からないが、リエラが意気消沈する程の衝撃だったのだろう。だが……だから何だと言うのだ。
生まれ落ちた理由。
生まれ落ちた経緯。
それが何だと言うのだ。今この場に立ち、リエラの頭で考え行動しているのは、リエラ自身の意思ではないか。生まれ落ちた……否、作り出した者達の思惑がどうあれ、それに従い無機質で無感情に全てを投げやるような態度になる必要などないではないか。
そう思えて仕方がない故に――
「なん拗ねとんじゃ」
――リエラの頭を掴んでワシワシと撫でる。
「はぁ? 拗ねてなんか無いわよ!」
「拗ねとるやねぇか。誰かに作られた存在やからなんね?」
確信に迫る六郎の発言に、「アンタ……」、気づいてたの? との言葉をリエラは続けられない。六郎がこの手の話に興味はない事に加え、文明の差がありすぎて理解など出来ないとタカを括っていた所へ思わぬカウンターを貰った形だ。
「お前が何であれ、お前はお前やろうが」
強く言い放つ六郎の手を、リエラが眉を寄せながら跳ね除けた。
「アンタに何がわかるのよ! 何も分からないくせに、勝手なこと言わないで」
何時になく真剣なリエラの表情に、クロウとジンがオロオロと二人を見比べる。
「分かるわけねぇやろうが。
呆れたように片眉を上げた六郎に、リエラがその眉根を更に寄せた。
「カッチーン! ホンっと女心の欠片も分からない朴念仁ね! こういう時は優しい言葉をかけるのが普通なのよ!」
「阿呆。ワシがそんなタマかいな。ワシが出来るんは、敵ば叩っ斬ること。そいだけじゃ。……それが何であろうと。お前とワシに仇なすモンを叩っ斬ること。それが例え神と呼ばれる存在やろうとな」
力強く言い切る六郎に、「な、なによそれ……」とリエラが力なく視線を逸した。
「お前はどうなんじゃ?」
「は?」
急に振られた話に頭がついてこないのか、リエラの盛大な疑問符が部屋中に響く。
「お前はどうやと聞いとんじゃ……誰かに作られたからっち云うて、そん目的に唯々諾々と従うんか?」
腕を組みリエラを見下ろす六郎。敢えてリエラを見下ろすその傲岸不遜な態度は、六郎からの分かりやすい挑発だ。
そしてそんな挑発に乗るのが――
「はあ? そんな訳ないじゃない! 何でアタシが訳の分からない奴らの目的に従わないといけないのよ!」
――ボルテージも上がり、既に自己の存在意義すらグチャグチャなリエラ。
「ホンなら何故
再び片眉を上げ呆れ顔を見せる六郎を前に、リエラが一瞬言葉に詰まる。
「す、拗ねてなんかないわよ!」
「拗ねとるやねぇか。『何でもエエ』。『どうとでもなれ』っち具合で話しば進める戯けん何処が拗ねとらんとね?」
見下ろしていた格好を解き、顔を寄せた六郎から、リエラが嫌がるように顔を逸した。
「べ、別に拗ねてもいいじゃない! アタシは作られた存在なのよ? そんなショック……拗ねてもいいじゃない!」
瞳に浮かべた感情を零さないように必死に叫ぶリエラ。そんなリエラに六郎は呆れていた表情を一転。
「別に落ち込むなやら云うとらん。落ち込みたきゃ落ち込みゃエエ。ワシも九郎もジンも、お前が落ち着くまで待つくらいは出来る。が、拗ねても何もならんやろうが。拗ねて投げやりんなって、何がある? それこそ『感情ば殺す』やら云うお前を作った奴らん思惑通りやねぇんか?」
六郎が指差す先には、今も並んだ顔写真の数々。感情を殺し人の魂に神格を乗せ新たな神を作り出す。
作り出した神々をどう使うかは分からないが、少なくとも彼らの思惑通りに動く存在だということは間違いないだろう。
「分かってる……分かってるけど――」
溢れそうな感情を必死に留めるリエラが続ける。
「――アタシは作られた存在なのよ? 紛い物なの。……アタシという、神であるという
瞳から溢れる感情は、作られた女神なんかではないと殊更に主張している。主張しているのに、その本人がそれに気づけないもどかしさに、クロウとジンが更にオロオロと六郎達を見比べる。
そんな溢れてしまった感情を拭ったのは、まさかの六郎。六郎らしからぬ慈愛に満ちた行動に、ジンとクロウの目が点になる中、リエラは「やめてよ」と再び顔をそらしてその手から逃れた。
顔を逸し、瞳にまだ感情を溜め込むリエラを前に六郎が盛大に溜息を一つ。
「ホンマにそう思っとんなら道化やの」
紡がれた厳しい一言に、リエラの細められた瞳が六郎を捉えた。だがそんな視線など何のその、腕を組み再びリエラの前で胸を張る六郎が続ける。
「
「どういう……」
六郎の真意に気づけ無いのか、リエラの表情は怒りから一転訝しげなものに。
「生まれ落ちた理由がなんであれ、どう生きるかはお前次第やろうが」
不意に見せた六郎の優しい笑顔に、「そんなもの――」と呟きながら顔を逸らすリエラ。
「無駄やっち云えるんか?
ワシを心配してワザワザこん世界に降りてきたんも。
苦しい思いをして身につけた戦うすべも。
『旨い旨い』やら云うて食い散らかしたモンも。
二人で歩いたあん道も。
何もかんも作られ与えられた無駄なもんか?」
真剣な表情で語る六郎に「く、食い散らかしてはないでしょ?」と慌てて向けられたリエラの顔は紅潮している。
その顔を見て「フフッ」と小さく笑った六郎が再びリエラの頭に手を載せた。
「どうなんじゃ? 無駄なんか? どれもこれも作られ与えられた感情なんか? やりてぇ事も与えられたモンなんか?」
再び眉尻を下げた六郎のそれは、リエラにしか向けない表情。六郎自身分かっている。こんな顔を向けるのは二回も経験した人生でリエラだけだと。そんな特別を前に
「やりたい……事……?」
と六郎の瞳を真っ直ぐ見据えながら反芻するリエラ。
「
ニヤリと笑う六郎はいつもの顔だ。誰にでも見せる顔。だがそれはリエラに向けてメッセージでもある。誰にも屈しない、誰にも媚びへつらわない。その表情は皆が知る『リエラとロクロー』の体現でもある。お前のやりたい事はそれと同じではないのか? というメッセージ。
「そ、そうに決まってるでしょ! アタシはアタシを崇めさせる宗教をアタシの為に作るのよ! それは誰でもないアタシがアタシの為に決めた事よ!」
それが正しく伝わったのだろう。顔を赤らめ頬を膨らませるリエラも、幾分いつも通りだ。
「ホンならそいでエエやねぇか。作られた理由やら、存在やら、そんなもんどうでもエエわい。大事なんはお前がどう生きてどう死ぬか……そいを
再び口角を上げた六郎がリエラを見つめながら口を開く――
「どうなんじゃ? 決められ与えられる人形んごたる生きてぇんなら勝手に拗ねて、そん【生】を放棄したらエエわい……が、少なくともワシはお前と面白可笑しく生きてきてぇっち思うとるがの」
笑いながらリエラのデコを軽く指で小突いた六郎に、デコを抑えるリエラが「……卑怯よ。そんなの……」口を尖らせた。
「ホンっと嫌な人。女心も分からないガサツで最低で莫迦で……でも――」
そこまで言ったリエラが頬を赤らめ身体ごと六郎に背を向けた。
「でも……ありがと」
ポツリと呟いた言葉だが、六郎にだけはしっかりと届いている。それでもそれに反応してはいけないのだろうと、六郎は「莫迦が莫迦やら云うんやねぇの」と笑いながら頭を掻くだけに留めていた。
固く重かった空気がゆっくりと霧散していく雰囲気に、クロウとジンが漸く大きく息を吐き出し
「何か色々ツッコミどころがあったけど……」
クロウの呟きに顔を見合わせ頷きあった二人が
「……愛だな」
「愛だねぇ……」
と呟いた言葉にリエラが「はあああああ?」と顔面を真っ赤にしながら盛大に吠えた事で、四人を包む空気はいつも通りに戻っていた。
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