第123話 そりゃ相性ってのがあると思う

 登場人物


 六郎とリエラ:新たな魔王と魔神のコンビ。恐らくこの二人のほうが世界を滅ぼしそうだが、本人たちにその自覚が無いのが一番危うい。頑張れ黒幕! こいつらの暴挙を止めるられるのはお前たちだけだ。


 クロウ:六郎と戦って生き延びた三人のうちの一人。もう二度と戦いたくないと思ってるが、六郎はいつかまた仕切り直したいと思ってる。


 ジン:一般常識を持つパーティの良心……だったはずだが、最近は六郎の好戦的な空気に毒されつつある。いつか六郎と戦ってみたいと思っているが、クロウに全力で止められている。


 ☆☆☆



 前回までのあらすじ


 アクセス権限復旧プログラムも佳境。空に浮かぶ神殿に乗り込みました。


 ☆☆☆



 神殿へと突入した四人を待ち受けていたのは、もうお馴染みの幾何学模様とそれを照らし出す怪しい炎――既に三度目となる景色を照らし出すのは、鮮やかな緑の炎だ。


 鮮緑色の炎がユラユラと揺れる度、照らされた幾何学模様も大きく揺れ動く。閉じられた神殿にあって炎を揺らす風に混じるのは、紛れもない強大な気配。

 肌がひりつく様な異様な気配に――

 ジンとクロウは生唾を飲み込み

 六郎は笑顔をこぼして

 リエラが溜息をつく。


 強大な気配に、そして鮮緑色の炎に誘われるように、奥へと向かった四人を迎え入れたのは――


「今度はかいな」


 ――腕を組む六郎が見上げるのは、巨大な鎖に繋ぎ止められた大きな異形の姿。


 人の胴体に手はなく、代わりに生える極彩色の翼。ハーピィのように鉤爪はなく腰から下は孔雀のような尾が垂れ下がっている。

 長い髪は先端にかけて羽毛に変わり、頭頂部からは孔雀のような冠羽がその顔を覗かる半分人間で半分鳥の異形。


「奇跡が起きて、戦わなくても良いって事にならないかな」

「無理だろうな」


 同じように異形を見上げるクロウとジンには、既にリエラの補助魔法がかけてあり、一応の準備は万端と言って良いだろう。


 異形を前に準備万端な四人の耳に


『アクセス権限復旧プログラム。権限観測基準の状態を確認――』


 空間に響く無機質な声が届いた。


『権限観測基準の状態良好。解放します――』


 その声に反応するように、異形を覆っていた鎖が砕け散り、異形が大きく脈を打つ。


「待って待って待って心の準備が――」

『権限プログラムの難易度最高レベルにつき、枷も解き放ちます――』


 クロウの叫びを無視する続く声で、周囲を覆っていた幾何学模様が一点を目掛けて逆再生のように戻っていく。既に見慣れた光景であるが、それでも空間を包む気配が大きくなっていく感覚だけは慣れることはない。


 まるで全てを飲み込み吹き飛ばすかの如き気配――その気配を発している異形が、胸の前で折りたたんでいた翼を大きく広げて天に向けて咆哮を上げる。


『其は、■■が遣わし一柱。大いなる恵みにして厄災。天空の守護者、成育の象徴、生命刈り取る息吹、全てを飲み込む星の暴風。名を――アトモス』


 アトモスと呼ばれた異形が翼を折りたたみキリモミ状に回転しながら上昇――上空で再び翼を広げ、今度は六郎たちへ向けて咆哮を上げる。


「ちょっとちょっとちょっと――だからまだ心の準備が――」


 見上げるクロウの非難の声を掻き消すように、アトモスが翼を羽ばたかせる。


 交差する翼付近から発生する斜め下方向きの竜巻。

 唸りを上げて襲い来る暴風に四人が一斉にその場を離れた。


 床に当たった竜巻が――床を抉って飛び散る。


 礫の混じった小さな風の刃。それを――


 六郎が躱して

 ジンが叩き落し

 クロウの風が相殺すれば

 リエラの防護壁が受け止める。


 四人がそれぞれの方法で防いだ初撃だが、それで終わるわけもなく。上空のアトモスがその翼を羽ばたかせた。


 吹き付ける暴風の数も範囲も初撃の比ではない。


 吹き荒れる暴風。

 バラバラに飛び散った四人。


 大剣を振り回し

 竜巻で掻き消し

 防護壁が身を守れば――


 ――目前に迫った暴風を前に、口角を上げる六郎。


 思い切りしゃがみ込み、を作った六郎の踏み切りが床を砕く。


 音を置き去りに、


 高速で飛び出した六郎を包む衝撃波。

 ぶつかった竜巻は破裂するように外側へと霧散。


「降りてこんか。戯けが――」


 霧散する風を背に、眉を寄せた六郎の拳が一閃――

 アトモスの顔面を上から下に殴りつけた。


 はるか上空、アトモスの顔面付近で発生した力の奔流。

 殴りつけた六郎と、それを耐えようとするアトモス。

 両者の力が打つかり合い、神殿内部を明るく照らし――た瞬間、轟音が部屋全体を揺らした。


 遅れて吹き荒れた風が、周囲の炎を大きく揺らす。


 ユラユラと揺れた炎が映し出したのは――地面にめり込んだアトモスの姿だ。


「げ、ゲンコツ?」

「無茶苦茶だ」


 まさか魔王相手に拳骨。しかもちゃんと叩き落とすとは、クロウとジンをしても夢にも思わなかったのだろう。ポカンと開いた口が言外にその思いを匂わせている。


 そんな二人が唖然と上空へと視線を投げれば、キラリと一瞬何かが光る。

 高速で落下してきた六郎の飛び蹴りがアトモスへと――吸い込まれる前に、その巨体からは想像もつかない疾さで飛び立つアトモス。


 狙いが外れた六郎の蹴りが床に刺さる。

 揺れる空間と炎。


「……怪獣対決だわ」


 呆れ顔のリエラの視線の先では、「こぉら! 逃げんなや!」と再び宙を蹴ってアトモスに迫る六郎の姿。


 迫る六郎を嫌がるように、羽ばたくアトモスの後ろに緑色の魔法陣。


 無数の竜巻が六郎目掛けて放たれた。

 荒れ狂う局所的な暴風。

 が、そんな暴風も六郎が描くを捉える事が出来ない。


 宙を縦横無尽に駆ける六郎は、鏡に反射する光の如き疾さだ。


 カクカクと桜の軌跡が暴風を避けたかと思えば――「遅えわい!」――六郎の飛び蹴りがアトモスの右脇腹に突き刺さった。


 くの字に折れ曲がったアトモスが吹き飛ぶ――その先に回る桜の軌跡。


で戦え!」


 飛んできたアトモスを叩き落とす六郎の拳骨。


 再び床にめり込んだアトモスに、今度こそ六郎の飛び蹴りが突き刺さった。


 床一面に一気に蜘蛛の巣が走り、アトモスの口から青い血液が吹き出す。


 アトモスの上からヒラリと飛び降りた六郎が溜息を一つ。


「こいつ……何か弱くねぇか?」


 親指でピクピクとするアトモスを指差す六郎が、呆けたままの三人を振り返った。


「……い、いや……そんな事はないんじゃないかなぁ?」


 引きつった笑みを返すのはクロウだ。


 正直言って、こちらの攻撃が届かぬ上空から風の魔法を降り注がせる。それだけでも脅威……なのだが。


「空ば飛んで妖術ば使うだけやったら、と大して変わらんめぇが」


 腕を組む六郎の溜息が再び響いた。


 確かにハーピィや鳥たちも空をとんで魔法を主体に戦っていたが、それとアトモスでは次元が違う。


ん時は面白かったの」


 懐かしむように虚空を見上げた六郎に「寺じゃなくてテラね」とリエラですら突っ込む場所がそこしか見当たらない。


 確かに力だとか疾さだとかはテラの方が上かもしれない。それでも空という無限のフィールドを支配するアトモスは脅威だ。


 フラフラと飛び上がったアトモスがもう一度翼を広げた。


 巨大な姿。

 ダメージを負って尚、迸る闘気。

 空という相手のフィールド。


 どう見ても脅威のはずなのだが……


「なんかツマランの。あとは三人で戦っちゃらんね」


 まさかの討伐目前に、頼みの最大戦力が離脱宣言。しかもその理由が「ツマラナイ」という理解し難いもの。


 確かに三人でも

 クロウの柔軟な魔法と剣。

 ジンの持つ一撃の破壊力。

 そしてリエラの馬鹿げた規模の魔法。

 それらがあれば討伐は可能だろう。可能だろうが、間違いなく苦戦はする。


 故に――


「ちょっと、アンタも戦いなさいよ!」

「そうだぞ青年! 若者は働け!」

「討伐勝負はどうなるんだ?」


 ――上がる非難の声。それを煩そうな表情を隠すこともなく、小指で片耳を塞ぐ六郎が溜息。


「そない云われてもの……張り合いがねぇけ……」

「張り合いが無くても倒すの! ――」


 そこまで口走ったリエラが「しまった」という表情をこぼして両手で口を覆う。が、それを聞いていた六郎が見る間に喜色満面へと――


 その表情を見て「あちゃー」と頭を抱えるジンとクロウ。


 折角押せ押せドンドンだったのだ。面倒くさい変形をする前に倒してしまえば良かったものの、六郎の表情からそれは叶わないと三人は悟った。


 先程までのやる気のなさは何処へやら。再びアトモスの前に歩き出た六郎が胸を張って睨みつける。


「おう貴様キサン……早う変身せんね」


 片眉を上げる六郎に、他の三人が頭を抱える……魔王相手に堂々たる発言に。そして「早く変身して強くなれ」という最早六郎以外には理解が出来ない宣言に。


「あれぞ? ちゃんと?」


 腕を組みアトモスを眺める六郎の言葉に、三人がその姿を想像する――肩口からは翼が生えているので、腕は恐らくその下か胸の辺り。ニョキニョキと生えてきた雄々しい足と尻から伸びる孔雀の尾――


「「「なんか格好悪い」」」


 三人が声を揃えたのとほぼ同時、唸り声を上げるアトモスの背後に浮かんだ魔法陣から無数の風刃が六郎へと襲いかかる。


 それらを振袖の一振りで掻き消した六郎が大きく溜息。地面が爆ぜて六郎の姿が消えたと思えば、再び床へと叩きつけられるアトモス。


 床にめり込んだアトモスの上に降り立った六郎が、その巨大な顔面に平手打ち。


「早う変身せぇっち。あれぞ? 間違っても羽がデカくなるやら、色が変わるやらしたら速攻でうっ殺すけの」


 その言葉に三人がブルりと身を震わせた。なんせ三人は【聖典】に記された真のアトモスの姿を知っているから。


 そんな三人の思いなど知る由もなく、アトモスもこのままでは拙いと感じたのか空へ向けて大きく嘶いた。


 アトモスの全身から迸った風が六郎を弾き飛ばし、アトモスの身体を再び上空へ――


 真下に出現した鮮緑色の魔法陣から光が立ち昇りアトモスを包み込む。

 その光が収まり中から出現したのは――


 極彩色の羽と冠羽、尻尾を漆黒に染めたアトモス。そしてその胸からは――昆虫の足の如く、人の手が六本生えている。


「小せえ! 何かそん手は! やり直せ」


 怒る六郎の叫びなど何のその。嘶いたアトモスの背後に出現した巨大な魔法陣。


 それが輝けばアトモスを暴風が覆う。

 同時にその六本の腕を六郎へ翳せば――六郎の周囲に発生した魔法陣から無数の風の弾丸が六郎へと襲いかかった。


 降り注ぐ風弾を、アトモスとの距離を詰めることで躱す六郎。

 その背後から六郎を追うように迫る風弾。


 それらを無視して飛び上がった六郎の飛び蹴り一閃――が、風の膜に阻まれるように六郎が弾け飛んだ。


 弾け飛ぶ六郎を追いかける風弾。


 空宙で六郎へと迫る風弾だが、身を捩って振袖を振り回す六郎がそれを掻き消した。


 その六郎に再びアトモスが天に向けて咆哮――オケアヌスのとき同様アトモスの前面に六つの亀裂が入る。


 それに手を突っ込んだアトモス――「漸く武器かいな」と六郎が少しだけ嬉しそうに笑えば――引き出されたのは、漆黒の杖が


 ピクピクと動く六郎の蟀谷。


「杖なんぞ六本も要らんめぇが!」


 叫ぶ六郎。

 顔を覆うリエラ以下二人。

 再び咆哮のアトモス。


 その身体に比して小さな手が杖を掲げれば、最早数えることすら困難な程の夥しい魔法陣。


 そこから放たれる様々な風の魔法。


 風刃

 風弾

 風槍


 は勿論のこと


 風刃をまとめた様な球

 巨大な鎌

 竜巻


 まで


 ありとあらゆる風の魔法が六郎へ向けて襲いかかる。


 最早逃げ場すら無いような面制圧の暴風を前に六郎が「芸がねぇ」と大きく溜息。振袖を手にその場で高速回転。


 巻き上がる風が巨大な竜巻となり、襲い来る風を巻き込みその威力を増していく――


 天を穿つほどの竜巻が収まり、六郎が振袖をバサリと肩に戻した頃、そこに残っていたのは抉れた床と宙に浮かぶアトモスだけだ。


「……次」


 手招きする六郎を前に、アトモスの背後で巨大な魔法陣が一際輝いた。

 アトモスを覆う風の膜が範囲を狭めた代わりに、離れた六郎の位置まで聞こえる程の風の鳴き声が響き渡る。


 収縮していく風の膜。それでも未だ巨大な暴風の塊だが、その濃度は先程までとは比べるべくもない。


 自分を弾き飛ばした時以上の暴風を前に――六郎が「ジン、剣ば寄越しちゃらんね」と笑いながら手を差し出した。


 呆気にとられながらも大剣を渡したジンの目の前で、それを青眼に構える。


「ロクロー殿?」

「来い――」


 呆けるジンやクロウ達と違い、笑う六郎だけは相手の意図を汲んでいる……否、相手が六郎の意図を汲んだと言うべきか。

 兎も角、笑顔の六郎にリエラが「二人とも離れるわよ」とその意図を理解してジンとクロウを引っ張り後方へと下がった。


「何をする気だ?」


 今も収束していく風の膜を眺めるジンの声にクロウも肩を竦める。


「真っ向勝負ってやつでしょ……アイツ嬉しそうだもの」


 リエラの嘆息が合図だったかのように、咆哮を上げたアトモスが地面へ向けて急降下――ガリガリと床を削って突進するアトモス。


 それを前に六郎が「よか」と笑って床を蹴って突進。


 目前に迫ったアトモス。

 床を踏み抜く程の踏み込みとともに振り下ろすは大剣。


 打つかり合う二者の衝撃で空間全体が白く光り輝いた。




 光が収まった後に残ったのは、真っ二つに分かたれたアトモスと――キラキラと舞い落ちる


「雪って……とんでもないじゃないの……」


 最早溜息すら出ない。そんなリエラが降ってきた雪を手に乗せて乾いた笑いを上げる。

 リエラが言う物理魔法とは――圧縮された空気が開放されることで温度を下げる物理現象だ。


 アトモスが凝縮した暴風。

 衝突の際に圧縮された両者の間の空気。


 本来なら空気を圧縮すれば温度も上昇するのだが――衝突があまりにも一瞬で圧縮され温度が上昇するより先に、一気に開放されたそれらが空間全体を一気に冷やした。空気中の水分を凍らせ雪に変えるほどに。(※)


「わぁー綺麗」

「あの大剣は凄いなー」


 最早現実逃避のクロウとジン。圧縮と温度の関係など分からない二人からしたら、それ以上に魔王を一刀両断の六郎という存在の方が驚きで、現実逃避くらいしたくなるものなのだ。


 そんな魔王殺しはと言うと


「最期はまぁ……エエ勝負やったの……」


 満面の笑みでキラキラと輝く結晶をその手に――


「手向けん華じゃ。受け取れ」


 ――手の中で融けるそれを握りしめ、雪の華が降り注ぐアトモスに背を向ける。


 アトモスの死体に落ちたそれがポツポツと蒸発していく。まるでそれに乗ってアトモスの魂が天に昇るかのように。




 ※多分、どれだけ一瞬で圧縮しても現実なら温度は上昇するかと思います。試してないので分かりませんが……。ここはファンタジーってことで。

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