第122話 空中神殿とか言うロマンの塊



 登場人物


 六郎とリエラ:主人公&ヒロイン。自由に世界を生きて良いと言われた殺人マシーンと、それを送り込んだ諸悪の根源。


 クロウとジン:主人公ズに苦労させられるコンビ。ちなみにジンはまだクロウが帝国の皇子とか知らない。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


【リエラ教】の為、『原始のダンジョン』最奥を目指します(←違う)


 ☆☆☆




 いつもの無機質な声と白い光に包まれた四人を迎え入れたのは――青空と白い雲の合間に浮かぶ無数の島々だ。静寂に包まれ生物の気配のない空間に、心地よい春のような穏やかな風が吹いている。


「これはまた……」

「落ちたらどうなるんだろうねぇ」


 六郎達四人が立つ小さな島の縁で、クロウとジンが下を覗き込みながらブルりと身を震わせている。


「下は海っぽいわね」


 同じ様に下を覗き込んだリエラが、膝を払いつつ周囲を見回す。


 自分たちが立つ小さな島。その前方には大小無数の浮島と――オケアヌスの神殿を彷彿とさせる空中神殿だ。


「とりあえず、あんデケェ建物の中に入りゃエエんじゃろ?」

がないけどね」


 六郎が指差すが、その巨大神殿に入るための足場は見当たらない。


 基礎ごと引っこ抜いてきたような巨大な神殿。入口の大扉の下に伸びる無数の柱だが、それが突き刺さる筈の地面がなくプカプカと雲間を漂っている。


 そんな神殿の周りを同じ様に漂う無数の浮島は、まるで風に流されるようにあっちへ来たり、こっちへ来たりを繰り返すだけだ。


「近づくだけ近づいてみようやねぇか」


 笑う六郎が、近くを浮遊するもう一回り小さい浮島へ向けて跳躍――瞬間全員が風が脈打つのを感じた。言葉にすればそれこそ「ドクン」と。


 穏やかだった風に、混じるのは腐臭と殺気。


 鋭く凍てつくように変化した風が、島の下方から吹き抜けたと思えば六郎たちの前に無数の異形が顕れた。


「出るよね。やっぱ出るよね!」

「ハーピィと鳥系のモンスターか」


 クロウがボヤけば、ジンが大剣を抜いて構える。浮島の間を埋め尽くさんが如き大群に、リエラも杖を素早く構えて魔力を練り始める。


「いよーし、ジン。どっちが多くぶち殺せるか勝負しようやねぇか」


 六郎の言葉に、ジンが一瞬驚いた表情をするものの「武器も持たず勝負とは……舐められたものだ」と笑いながら六郎とは別の浮島へ跳躍。


「九郎、主ゃ今回はリエラん守りじゃな」

「はあ? 要らないわよ! アタシだって一人で戦えるわ」


 振り返った六郎に、リエラは眉をひそめて口を尖らせ


「じゃあオジサンの分まで宜しく」

「なんでよ! アンタも戦うの!」


 ドサクサに紛れて、離脱しようとするクロウの首根っこを引っ掴んだ。


「ロクロー、こっちは大丈夫だから、好きに暴れてきなさい」


 六郎へ微笑みかけリエラの腕の先では、襟が食い込んだ首をタップし続けるクロウ。




「ホンなら行くかの……どっちが早う辿り着けるか――」

「競争と言うわけだな」


 頷きあった六郎とジンが足場にしていた浮島を蹴る――



 目の前に出現した複数の大鳥を、ジンが飛び上がりながら大剣で一閃。

 空中に描く黒い軌跡が、鳥たちを全て両断。

 何の抵抗もなく、次の浮島へと辿り着いたジンへ、四方八方から鳥たちが襲い来る。


 全方位からの突進に、大剣をもつジンの手に青筋が一つ――

 右斜め前からの三羽を左切上げで両断。その風圧が周りの鳥をよろめかせる。

 ジンは切上げの勢いで反転。

 振り上げた大剣を袈裟に下ろせば二匹が纏めて散り、風が弾ける。

 袈裟の勢いで反転しながら切上げ気味の左薙。


 数羽が纏めて飛び散れば、通り過ぎた大剣が再び逆の軌跡を描き後続を仕留める。


 振り上げる度

 切り下ろす度

 身体を反転する度


 ジンの剣閃は加速を増し、今や局所的な暴風と化している。


 目に見える程の黒い暴風に、鳥たちが突っ込み、ハーピィが魔法を飛ばすも、そのどれもが暴風に切り刻まれ、虚しく散っていくだけだ。


 既に止めることの出来ない暴風と化したジン。その暴風域にパラパラと小石が混じってくる。

 振り降ろしが地面を穿ち、振り上げる大剣が礫を舞い上げる。


 そんな礫が無数に混じった暴風が一瞬収縮――かと思えば解き放たれたように、礫が全方位へと高速で飛び出した。


 ジンを遠目から見ていた鳥やハーピィの身体を貫く礫の数々。


「先に行かせて貰うぞ!」


 宙からボトボトと落ちる死骸の隙間から、ジンが見たのは六郎の姿だ――





 六郎は自身へ向けて飛んできた風の刃を、右手で引っ掴んだ振袖を勢いよく振り回すことで掻き消した。


 頭上で二、三度グルグルと回して肩に羽織り直した六郎が、小さく溜息。


「妖術は要らんけぇ、早うかかってこんね」


 そう言うものの、それを聞いてくれるモンスターでは無いわけで。


 六郎を危険視しているのか、ジン相手のように直ぐに飛びかかって来ない。


 ハーピィも。

 炎の鳥も。

 氷の鳥も。

 大きな鳥も。


 どいつもこいつも、遠くから魔法を浴びせ続け、時折狙いすました様な突進を食らわせるだけだ。

 今もまた、魔法を避けた六郎へ向けて、大鳥がその嘴を――

 嘴を掴んだ六郎が、大鳥を振り回し、幾つかの魔法を撃ち落としそのまま放り投げた。


 大鳥に怯んだハーピィ達が、一瞬六郎から目を離せば――


「来い云うても来んけぇ、ワシから来てやったぞ」


 ――ハーピィの背後から響く声。


 それに一匹が振り返――った首がそのまま一回転。糸が切れた人形の様に落ちていくハーピィを六郎が踏みつけ跳躍。


 距離を取ろうとしていた二匹の頭を掴み、そのまま宙を蹴って別の浮島へと一直線。


 頭を掴んだ二匹を地面に叩きつけた。

 揺れる浮島と舞う土埃――その向こうに見えるのは、巨大な氷塊を打ち返しているジンの姿だ――




 ジンは自身を取り囲むように展開する鳥型モンスターを相手に、大剣を構えている。


 大人すら丸飲み出来そうな巨大な鳥を筆頭に、炎を氷を雷を……様々な属性を帯びた鳥がジンを取り囲み奇声を上げている。


 ジンの振り回す大剣と、巻き上げる礫を警戒するように一定の距離を取って飛ぶ鳥たち。とはいえ、モンスターも優勢ではない。魔法を繰り出しても、ジンに掻き消されるか弾き返されるだけで、お互いが決め手に欠けた睨み合いが暫く続いている。


「ロクロー殿のように空宙を駆けられたら良かったのだが――」


 苦笑いを浮かべるジンだが、そこに悲壮感はない。


「――まだ宙は駆けられんが、少しでもがあれば問題はない」


 笑うジンが浮島へ向けて大剣を一振り――轟音とともに吹き飛ぶき浮島の一部。


 大小様々な岩石となって浮き上がったそれを、ジンが大剣で打ち上げれば――空中に一瞬だけ出現する


 地面を蹴ったジンが、それらの間を縫うように飛び交う。


 ジンは六郎やクロウのように、魔力を足がかりに空宙を蹴るだけの操作は出来ない。


 だが、空中ではなく岩石という認識出来るもの相手なら話は別だ。

 足裏に集中した魔力。足に触れる感触。それらの認識が容易になり、擬似的に宙を蹴る事が出来るのだ。


 つまり本来ならジンの踏み切りに耐えられない岩石群だが、今はある種触媒の様な役割を担っている。


 兎も角岩石を足場に、一気に宙を駆けたジンの大剣が閃く。


 近くにいた氷の鳥がキラキラと輝きながらその羽根を散らせば、離れた場所では雷が霧散するように別の鳥が弾けて消える。


 炎が舞い散れば、岩が砕けて、風が弾ける。


 ジンが空宙を駆け抜ける度、鳥たちがその羽根を散らして青空に様々な輝きを残していく。


 漸く事態の拙さに気がついたか、周囲の取り巻きがいくらか消えた頃、巨大鳥がその翼を大きく羽ばたかせた。

 巻き起こる暴風が足場代わりの岩石を吹き飛ばし、ジンの身体を再び浮島の上へと強制的に戻す。


 転がり受け身を取ったジンへ目掛けて襲いかかるのは、巨大鳥が生み出した竜巻だ。


 羽ばたく巨大鳥の竜巻に巻き込まれる取り巻きたち。


 それらを巻き込みながら襲いかかる竜巻を前に、ジンは呼吸を整え腰だめにした大剣を握りしめた。

 ジンを呑み込まんとする竜巻――と接触する瞬間、ジンは回転しながら思い切り大剣を薙ぐ。


 竜巻と一体化するように呑み込まれたジンだが、その勢いを止めるどころか更に加速させていく。

 回転を増したジンと大剣――不意にブレる竜巻。まるでジンが発生させたかのようにジンを中心に更に大きくなった竜巻を、巨大鳥目掛けて投げ返した。


 自分が発生させた時より更に大きくなった竜巻に、慌てたように距離を取った巨大鳥がジンを睨みつけながら奇声を上げる。


「どうした? 次は当ててやるから早くこい」


 大剣を腰だめにしたまま笑うジンに、巨大鳥が今一度大きく羽ばたく――だがそれは竜巻を発生させるものではなく、どちらかと言うと……


 鎌首をもたげた巨大鳥が、ジン目掛けて一気に急降下。周囲に衝撃波を発生させる程の速度で突っ込む巨大鳥。


 目前に迫る嘴へ、腰だめから振りかぶりへと変更したジンが大剣を叩きつける。


 鳥の発生させた衝撃波もろとも両断に切り裂く一撃。


 左右に分かたれた巨大鳥の向こうにジンが見たのは、六郎を取り囲み魔法を放とうとするハーピィの群れ――





 仲間を殺されたハーピィの群れが、怒り狂ったように六郎へ向けて四方八方から風の魔法を繰り出した。


 風の刃

 風の槍

 巨大な風玉


 唸りを上げる風が様々な形を取りながら、六郎へと襲いかかる。


 一見すると逃げ場のない全方位攻撃だが、それを前に笑う六郎。力を込めた左足で浮島を思い切り踏み込めば――


 消える六郎。

 傾く浮島。

 弾けた空気が魔法を掻き消せば――遅れて響く踏み切った轟音。


 傾きを立て直しながらユラユラ揺れる浮島。それを呆然と見つめるハーピィの真正面に――


「妖術は要らん云うたの」


 ――笑う六郎。


 仰け反るハーピィの首へ六郎の手刀一閃。

 吹き飛ぶ首が陽光に照らされる中、別の一匹の胸に六郎の貫手が突き刺さる。


 ハーピィに突き刺さり一本の腕が使えない六郎に、好機とばかりにハーピィが一斉に襲いかかる。


 襲い来るハーピィを前に、「よか」と笑った六郎が、腕を思い切り振る。

 遠心力に従って抜け飛ぶハーピィの死体。


 それが斜め上方の数匹を巻き込むが、ハーピィは構わず包囲を狭め、その鉤爪を六郎へと突き立てる。

 迫る鉤爪を前に六郎は宙を蹴ってフワリとその身を翻す。

 月面宙返りのように、身体を捻り頭を下に宙を飛ぶ。

 捻った身体が横を向けば、少しだけ開いた包囲の穴のスレスレを通る――瞬間、六郎の腕が一匹の頭を掴んで身体の回転を利用しつつ捩じ切った。


 一瞬で包囲の裏をついた六郎。

 慌てるハーピィの群れ――だが、時既に遅し。


 団子状にまで固まった群れの一匹を掴んだ六郎が、乱暴にを振り回す。の耐久度などお構いなしの力任せの一撃は、ごと獲物を数匹巻き込んで吹き飛ばした。


 バラバラと落ちていくハーピィの死体。


 鳥型モンスター達の魔法援助すら、振り回されるハーピィによって掻き消され、

 逃げようと飛び立つハーピィは脚を掴まれ、新たな盾兼武器となり魔法を、仲間を、散々に打ちのめしていく――


「……バケモンだよねぇ。よくあんなのと戦ったよ」


 苦笑いで頬を掻くクロウの視線の先には暴れ、ボロボロになった死骸を放り捨てる六郎の姿。


「レオン、ガイアスのカートライト親子以来じゃないかしら。アイツと戦って命が助かった人間って」


 呆れ顔のまま六郎を見ているリエラの言葉に「……運が良かったんだねぇ」と生存者の少なさにクロウは生唾を飲み込んだ。


 実際六郎と対峙して生きていた人間を知らない……いや、モンスターも――


 そう思ったクロウの視界には、何匹目のハーピィだろうか、六郎に片足ずつを掴まれる二匹のハーピィの姿が映っている。


 ただ周囲にはすでにぶつける様な仲間は居らず、二匹とも威勢よく六郎へ向けて奇声を上げ――るハーピィを掴んだ六郎が空宙で縦に高速回転。


 グルグルと回った六郎が、浮島目掛けて二匹のハーピィを思い切り投げつけた。


 空気を切り裂く音が聞こえたかと思えば――浮島が大きく傾き、「ズドン」と周囲の空気が振動する。


 傾いた浮島――の底から突き抜ける何かの影。と全体にヒビが入り崩れ落ちる浮島。


「島……砕いたわね……」

「砕いちゃったねぇ」


 それを眺める呆然とする二人。


 ガラガラと音を立てて浮島が崩れる中、周囲を覆っていた殺気と腐臭の混じった風が再び清廉なものへ――


 六郎やジンの周りをグルグルと回っていたモンスターたちだが、風の匂いが変わると共に一匹、また一匹とはるか上空へと姿を消していく。


「なんじゃ……もう終いかいな」


 六郎が空を見上げれば、不意に浮島がゆっくりと動き出した。


 揺れる地面に眉を寄せて周囲に視線を飛ばせば、六郎が乗っている浮島だけでなく、ジンが乗っている浮島も、そして別の浮島もゆっくりと動いている。


 動いていないのはリエラ達が乗っている初めの浮島と、奥に見える神殿だけだ。


 ゆっくりと動く浮島が、初めの島から神殿まで一本の道のように並び、神殿がその大きな扉をゆっくりと開いた。


「ロクロー殿、どうやら通って良いみたいだな」


 六郎より二つ程前の浮島から、振り返ったジンが声を張り上げる。


「みてぇやの……主ん方が先に進んどるけぇ、主ん勝ちやな」


 笑う六郎に「辿り着いてないから引き分けじゃないか」とジンも笑い返した。


「ほんなら魔王ん首ば獲ったほうが勝ちって事でどうじゃ?」

「分かった。全力で臨ませてもらう」


 笑い合う六郎とジンが神殿に向けて歩きだし――


「ちょっとロクロー! アンタが島一個落としたから通れないじゃないの!」


 ――歩きだそうとした二人の後ろから聞こえてくるリエラの怒声が清廉な風に乗って大空へと響き渡った。

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