第121話 見せる侠気。与える加護。

 登場人物


 六郎:主人公【リエラ教】の信者一号。担当は。そもそもの存在が異端なのでこいつから見たら大体の人間が異端。ちなみに本人は【リエラ教】の信者ではないと言い張っているが、すぐ異端認定して気に食わないと首を刈ろうとしてくるという仕事熱心さを持つ。


 リエラ:ヒロイン。【リエラ教】の開祖にして御本尊。世の全ては己の物というトンデモナイ邪神にして女神。相手の同意を得ずに信者認定してくる。


 クロウ:帝国の皇子。【リエラ教】の信者二号。担当は広報。皇帝に就いて【リエラ教】を国教にするよう迫られている。叔父が皇帝になっても、自分がなっても地獄が待っているという苦労人。


 ジン:亡国の近衛。巻き込まないように今回の探索は置いていかれた子。うまく【リエラ教】の信者認定を逃れたラッキーボーイ。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 クロウの叔父ユルゲンの目的に近づいた三人。途中式は間違っているのに解答は合っているという奇跡を見せた彼ら。

【リエラ教】VSよく分からない陰謀という世界にとってどちらが勝っても負の遺産しか残らない戦いが幕を開ける。


 ☆☆☆



 意気揚々とダンジョンへと続く階段の昇る三人。本来昇る者と降りる者が左右に分かれて使用しているこの階段の……ド真ん中を。


 人が居ないのかと言われれば否だ。

 陽は既に中天を過ぎているが、流石大陸一のダンジョン。この時間帯でもダンジョンへと向かう人の波は途絶える事はない。


 そんな耐えることのない人波をして、階段のド真ん中を堂々と歩けるのは――他の人間が三人を見る度、

先頭にリエラ、その後ろを横に並んだ六郎とクロウ。丁度三角形のような形で三人が突き進めば、冒険者がそれを避けるように綺麗に割れていく。


 三人を見つける度、「お、おい」「アイツラだ」とヒソヒソ話しながら、階段の端へと避け関わり合いを持たぬように目を逸らす冒険者達――分かっていたが、こうも避けられると仕出かした事の大きさがよく分かる。


 よく分かるのだが――


「嬢ちゃんはブレないと言うか、堂々としてるねぇ」


 ――人々に視線を逸らされ、ヒソヒソと噂され、

避けられているにもかかわらず、堂々と胸を張って歩くリエラの姿に斜め後ろのクロウが溜息をついた。


やけぇ、エエんやねぇか?」


 ニヤリと笑いリエラ同様堂々と振袖を翻す六郎に、「ホント、賢いのか馬鹿なのか」とクロウが再び盛大な溜息をついた。


 六郎が言っている必要な事――ここで目立つ事は教会側へ六郎達がここに居ると知らしめる為である


 今やクラルヴァインに駐屯中の帝国兵からも、追われる身となった六郎とリエラだが、やはり二人を一番捕まえたいのは教会側だろう。

 衛戍司令室としては、二人の捕縛に協力を約束したものの、こんな化け物二人に兵を当てることなどしたくはない。


 であれば、ダンジョンに閉じ込めて、そこに教会を突っ込んだ方が良いのだ。


 今は指揮をとっているユリアが上手く制御して街の周囲から少しずつ捜査範囲を広げている所だろう。そんな中これだけ堂々とダンジョンへ突入する姿を見せれば、嫌でも情報が帝国兵へと入る。


 情報を得た衛戍司令官室としては、ダンジョン周囲を封鎖し、そこで教会への協力というスタンスが取れる。

 如何に教会と言えど、

如何にユルゲンと言えど、

「教会への異端」という理由だけで兵士をダンジョン内にまで派遣させることは出来ない。


 ダンジョンという何があるか分からない場所での戦闘は、未知数な部分が多い。


 罠やモンスター。

 死角だらけの慣れない環境。

 特殊層という謎の現象。


変数だらけで、包囲網形成など出来るはずがない。

 


 そんな場所に一歩でも入れば、追う者が追われる者に変わってしまう。個ではなく集団で動く貴重な兵を、わざわざ個別撃破しやすい空間へ投入するなど、反対しか起こらない。


 そんな状況にありながらも、「クラウス衛戍司令官」によるダンジョン内部までの捜査を行っていると説明をするのだ。これ以上の協力はないだろう。


 これだけ協力のスタンスを取れば、後は教会側が好きにすれば良い。


 ダンジョン内部まで追いかけてきても良し。ダンジョン前で待っていても良し。


 衛戍司令室としては、教会側と六郎達を合わせた時点で協力の義務を果たしたことになるため、後は


 どうせ異端審問官も教会騎士も全滅させられだろうから、「死体処理等が楽になるように外でやり合ってくれ」。という思惑もあったりする。


 そういった隠された思惑まで読んでいるかは分からないが、六郎の言葉を推し量るに、リエラも六郎もクロウやユリアがここに教会勢力を流す事は気がついている。


「そこまで気が回るなら、揉めない選択肢とか、オジサンを虐めない選択肢とかも取れたんじゃないの?」


 誰に言うでもない、クロウの独白にリエラが怪訝な表情で振り返った。


「向こうが揉めるって言ってきたんだし、クロウのもあの女の人が揉めるって言ってきたんじゃない?」


 眉を寄せるリエラに「そりゃまぁ……そうなんだけどさ」と歯切れの悪いクロウ。


 実際に言われるとなのだが――


「そりゃそうだけどさ……普通はこう沈静化とか……あるじゃない?」


 ――それでも問題を沈静化させるどころかドンドン薪を焚べているのは紛れもなく二人なのだ。文句の一つも言いたくなるものである。


 そんなクロウのボヤきを運ぶのは、上に行くにつれ出てきた風だ。クロウのボヤきを応援するかのように、リエラ達の髪や衣服をバタバタと揺らすが――


「沈静化? 。ね? 六郎」


――そんなチクチクしたボヤきが通じる二人では無い。


「応。ちゃんと沈静化させとるぞ」


 リエラの言葉に揚々と頷く六郎。急に大きな声を出したからか、近くを通り抜けようとした冒険者の一人が「ヒッ」と妙な悲鳴を残して足早に駆け抜ける。


 そんな冒険者を見送ったクロウがジト目で二人を見比べ――


「嘘はいけないねぇ……沈静化なんてさせたことないじゃない」


 ――口を尖らせる。


「あるわよ! ちゃんと。毎回沈静化させてるもの」

「どこが?」

「ちゃんと向かってきてる奴ら?」

「うっ殺して静かにさせとるけぇ、沈静化やろ?」


 得意気に頷く二人に、「だめだコイツら」と呟くクロウの声は秋風に攫われて消えていく。


「オジサンもう嫌だ……ジンくんが恋しい」


 顔を覆いよよと泣くクロウだが、急に泣き出したオジサンを不気味なモノのように一瞥しながら逃げる冒険者に気づいていない。


「居らんのやけぇ云うても仕方あるまいて」

「そうそう。泣いても笑っても三人で――」


 最後の一歩を昇りきったリエラが怪訝な表情で言葉を切った。立ち止まったリエラに「どうしたんじゃ?」と六郎がその肩越しに入口近くに視線を投げれば――


「……遅かったな」


 入り口横の壁に背を預ける見慣れた人影。短く切り揃えられた灰色の髪に若干疲労の浮かんだ真紅の瞳。

 横に立てかけられた身の丈ほどの大剣と、前が完全に開いた上着から覗く鍛え抜かれた上半身。


「なんしよんじゃ? 

「え? ジンくん?」


 六郎の声に気がついたクロウが顔を上げ、ポカンとした表情でジンを見ている。


「何してるも何も……ダンジョンへ行くんだろ? ついていくに決まってる」


 呆れ顔のジンが壁に預けていた背を起こし、大剣を背負った。


「エエんか?」

「良いも悪いも、最初に誘ったのは俺の方だ。ここで一人逃げるのは筋が通らないだろ? それに――」


 堂々と張る胸を右拳で叩き


「それに、俺たちは元々眷属信仰の国だ。異端だなんて今更だろ?」


 笑うジンに「ジンくーーーん」とクロウが半泣きですり寄る。


「こら、やめろ鼻水をつけるな」


 今も「オジサン一人じゃ心細くてぇ」と半べそのクロウを鬱陶しそうに押しやるジン。





 一頻り二人が戯れるのを見守っていたリエラが小さく溜息。


「それで? 貴方のは大丈夫なのかしら?」


「ああ。問題ない。これでも潜伏生活はお手のものだ。も皆も既に安全な隠れ家に避難済みだ」


 敢えて名前を出さないリエラの優しさに破顔したジンが頷く。


「そう……なら良いわ。今日から貴方はね」


 意味深に笑うリエラ。ジンの隣で苦笑いのクロウと「まだ云うとんか」とリエラの後ろで呆れ顔の六郎。


「は? え? 三号? 信者?」


 そして勿論理解など出来るはずもないジン。


 困惑するジンに


「諦めろ」

「いずれ分かるよ」


 とだけ告げる六郎とクロウが、それぞれジンの肩を叩く。


「いや、全然意味が分からない――」

「ほらさっさと行くわよ、信者ズ! 【リエラ教】を世界に広めるために」


 入り口へ一歩踏み入れ振り返ったリエラを


「だあれが信者じゃ」

「目的変わってるよね?」

「【リエラ教】? は?」


 と三者三様の反応を示しながら、三人が追いかければ――



『アクセス権限復旧プログラム、最終シークエンスを実行します』


 ――聞き慣れた声と真っ白な光が四人を包み込んだ。

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