第120話 ズレてても進む話もある
登場人物
六郎:主人公。リエラ曰く莫迦のクセに勘がいい。
リエラ:ヒロイン。最近【リエラ教】なる宗教を作ろうと企む一番の黒幕。既に御神体は準備済み。因みに胸部装甲は――ッグフ
クロウ:帝国の皇子。企みがあってリエラと六郎に近づいたが、今や完全に絆されたオジサン。
☆☆☆
前回までのあらすじ
クラルヴァインの教会勢力を焼き払ったリエラ。その足で聖堂を潰しに行かなかったのは……クロウの邪魔が入ったから……ではなく、【リエラ教】の聖堂として再利用する気だったから
☆☆☆
リエラを背負った六郎が屋根の上を駆け、そして城壁の上を飛び越え街の外へと降り立った。
そのまま振り返らずに街道を外れた草原を駆け抜ける。
踏みしめる草花は未だ夏の気配を残しているが、顔に当たる風と色づき始めた樹葉に秋の気配が直ぐそこに感じられる。
「賑やかな季節も終わりかしら」
顔にあたる涼し気な風に目を細めたりエラが呟いた。それは来るべき冬へ思いを馳せただけか、それとも過ぎ去った仲間への回顧か。
「お前がおりゃ、何処だって何時だって賑やかやねぇか」
それを笑い飛ばす六郎に、「コッチのセリフよ」とリエラも笑う。
四人でのダンジョン探索は楽しかったが、何だかんだ言ってコンビでやってきたのだ。またその時に戻っただけだとリエラは六郎の背中に自身の顔を埋めた。
六郎に背負われることにもなれた。
リエラの体温を背中に感じる事が日常になった。
このダンジョンを攻略したら二人で何処に行こうか。奇しくも同じことを思った二人の視界に巨大な逆ピラミッドが見えてきた。
「よう考えたら、宝ば手に入れてどうするとね?」
巨大ピラミッドを見上げながら走る六郎が苦笑い。
ジンと別れた以上、ジンから依頼されていたダンジョン最奥の宝を求める必要性はなくなった。
リエラがダンジョンの奥に興味を示しているから目指すだけで、別に宝が欲しいわけではない。
「手に入れてから考えたらいいわよ」
そう言っておきながら、「あ、【リエラ教】の神器って事にしてもいいわね」と続けたリエラに六郎は呆れたような溜息をついた。
「今日も今日とて大盛況じゃな」
入り口へと続く階段を見上げる六郎。そこに映るのは、階段を昇りそして降りてくる冒険者達だ。
既に太陽が高くなっているため、朝一のようなダンジョン待ちの列こそ少ないが、同時に朝にはない帰還してくる冒険者達が朝とは違う賑わいを見せている。
満足そうに笑うもの。怪我を負い仲間に運ばれるもの。悲喜こもごもを横目で見る六郎が、何かに気がついたように大きく溜息をついた。
「で? 主ゃ何のようね?」
ジト目で振り返った先には、「あれぇ、やっぱり気づいちゃう?」とトボけた表情のクロウだ。
軍服姿ではなく、いつものダラけた格好だが無精髭だけはなくなっている。
「何しに来たのよ?」
同じようにジト目なのはリエラだ。確かに少しだけ寂しさを感じていたが、それ以上に六郎と二人っきりだったのを邪魔されていい気分がしていない。
「クロウの方なら、青年たちと一緒にいても問題ないって言ってたじゃん」
口を尖らせるクロウに、「全然可愛くないわ」とリエラが頬を膨らませた。
「あれあれぇ? もしかして青年と二人っきりが良かった?」
「はあぁぁぁ? そ、そんな訳ないでしょ?」
図星をつかれたリエラの顔が一気に上気する。それを見てニヤニヤと笑うクロウが
「青年、愛されてるねぇ」
と六郎の肩に肘を乗せれば、「ちょっと、違うって言ってるでしょ?」と赤ら顔のリエラが頬を膨らませてクロウを睨みつけている。
「リエラぁ、雷ば落としたれ」
ニヤリと笑う六郎に「ちょ、それは勘弁」とクロウが両手を挙げて二人から距離を取った。
「で? 結局ん所、何しに来たんじゃ?」
腕を組む六郎の前で、クロウが「分かってるだろ?」と言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「そりゃ決まってるでしょ。愛しい青年と嬢ちゃんの手助けに――」
「おうリエラぁ、行こうか」
そんなクロウを無視するようにクルリと振り返った六郎。リエラの肩を軽く叩いてダンジョン入り口へと――
「――ストップストーップ! 冗談、冗談」
――その前に先回りするクロウに、「次、ツマランこと云うたらそん首刎ぬっぞ」と六郎のジト目が突き刺さる。
「首は……勘弁かなぁ」
苦笑いで距離を取ったクロウが頭を掻く。
「目的……は、そうだね……一つはこのダンジョンの謎が知りたい」
先程までのふざけた表情から、真剣なものに一転させたクロウが指を一本立ててみせた。
「一つっち事は、未だ他にもあるんか?」
頷いたクロウが六郎とリエラに手招きをする。周囲に目を配らせる様子から、どうやら他には聞かれたくない事のようだと、六郎とリエラも訝しがりながらもクロウの元へ。
「もう一つは……ボクの叔父上……それの野望を止めたい」
クロウの真剣な述懐に、リエラと六郎が顔を見合わせ同時に
「叔父上ぇ?」
「野望?」
と素っ頓狂な声と共にクロウへと視線を投げた。
「ちょ、声が大きいって――」
慌てたクロウに連れられ、六郎とリエラは一旦ダンジョンから離れた近くの岩場へ。吹き抜ける風の涼しさも相まって、岩場の影は既に秋の気配が支配している。
夏の終わりを感じる日陰で、クロウが語るのは彼が今まで手に入れ、そして考えついた推論だ。
「ボクの叔父上、ユルゲン・マイヤーが何か企んでいる事くらい知ってるだろ?」
開口一番そう告げられたリエラと六郎の頭に疑問符が浮かぶ。正直ユルゲン・マイヤーなる人物も、「何か企んでる」と言われても二人からしたら思い当たる節がないのだ。
「その企みについて――」
「待て待て待て。ワシらはそんゆるげんやら云う奴も、そん企みも知らんぞ?」
眉を寄せる六郎に、今度はクロウが訝しげな表情を浮かべる。
「え? でも青年はあのジルベルトと面識があるでしょ?」
「じるべるとちゃら誰ね?」
「知らない」
リエラに視線を移した六郎だが、頼みの綱も肩を竦めるだけで「アタシがその他大勢なんて覚えてるわけないでしょ」とバッサリ斬り捨てられてしまった。
「ええ? だってあのオケアヌスの神殿の上で――」
「おうおう! あん爺ん事か。知っとるが知らんぞ?」
笑う六郎にクロウは頭痛を覚えたかのように頭を抱えている。相手の顔は知っているが、その他の事はよく知らないのだという六郎に、「ならあの神殿の上での会話はなんだったんだ」とボヤくクロウだが六郎からしたら相手が勝手に喋っただけで、内容など殆ど覚えていないのだ。
「オケアヌスの神殿? 爺? 誰それ?」
そしてそれ以上にタチが悪いのがリエラだ。六郎から話すら聞かされていない上に、ジルベルトと言う名前はとうの昔に忘れ去ってしまっている。
あまりの話の進まなさに、クロウが「こりゃ駄目だ」と天を仰いだ。
流れる沈黙。そこに吹き抜ける風。「すずしぃー」響くリエラの呑気な声。
この状況にクロウは意を決したように、口を開く。
「とりあえず、ボクの叔父上が何かを企んでる。そしてその企みの一端に君たちが組み込まれてるんだよ」
一から十まで説明する事を諦めたかのように、クロウが早口で捲し立てた。
「なにゆえ――」
「異端審問官、その派遣を許したのがボクの叔父上だ」
六郎の疑問をぶった切って、クロウが説明を続ける。なぜ六郎達が巻き込まれるかどうかなど、クロウも詳しくは分からないのだ。
「アタシ達を潰そうって事?」
小首を傾げるリエラにクロウが全力で頭を振った。
「異端審問官程度に二人がやられる訳ないでしょ……」
ため息混じりのクロウに、「ま、でしょうね」とリエラも肩を竦める。
「でも、クロウとかジン。あとはレオンとかなら兎も角、知らないオジサンなら――」
「だからそこにジルベルトが……って、兎に角叔父上は二人の実力を知ってる。知ってて教会勢力をぶつけてんの」
疲れ切ったクロウの叫びが岩場に響いて反響する。
「知っててぶつけるっち事は……」
「教会が潰れてもいいってこと?」
首を傾げて見つめ合う六郎とリエラに、「それしか考えられないかな」とクロウが漸く進んだ話にホッと胸をなでおろした。
「でも教会なんて潰してどうするの?」
「そらぁ、既存の宗教ば叩っ潰すんじゃ。お前と同じ目的やろうが」
ニヤニヤと笑う六郎に、「はあ? アタシの【リエラ教】を横取りする気なの?」とリエラが眉を吊り上げた。
「そらぁそうじゃろ。九郎の叔父やら云うたら、帝国ん偉いさんじゃろ? どこぞん小娘が立ち上ぐる訳ん分からん宗教なんぞより、余程人が集まるかもの」
ニヤニヤと笑う六郎に、「誰が訳の分からない小娘よ」とリエラの怒りのボルテージが上がっていく。
それを見ながら「何で青年が煽ってんの?」と至極真っ当な突っ込みをしているクロウ。本当は新しい宗教を作るのではなく、もう一柱の女神を呼び出そうとしているのではと睨んでいるが、そんな事を言えば火に油を注ぎそうなので、そこには触れない。
クロウの予想では、この世界には魔王を作り出した女神がいた。元々は女神の力を分け与えられた繁栄を象徴する眷属だったが、いつからか災いを運ぶ魔王になった彼ら。
そしてそれを調伏し、今の世の礎を作り上げたあとから来た女神。
アルタナ教で信奉されているのは、このあとから来た女神で、元の女神がどうなったのかは分からない。
それでもユルゲンが教会を潰す事が手段であるなら、最初の女神の復活かそれに準ずることくらいしか思いつかないのだ。
そして復活すら何らかの手段で、そこから何を企んでいるかはクロウにも分からない。
だからクロウに出来るのは、ユルゲンが女神を復活させるのを阻止するくらいだ。
……本当はアルタナ教を潰すのを止めたい所だが……
「アッタマきたわ……【リエラ教】と全面対決って訳ね」
プンスコ怒るリエラは既にアルタナ教を潰すつもりなのでどうしようもない。まだ出来てもいない【リエラ教】をさも正道かのように言い放つ少女に、頼もしさ以上に危なさを感じるが、ユルゲンよりはマシだと信じている。
「そう云やぁ、お前ん事ば狙っとる連中がおったやろ?」
六郎が思い出したようにリエラを見ながら「ポン」と手を打った。
「そう云えばそんな事もあったわね……」
考え込むリエラに、「あいも、そんゆるげんやら云う奴ん差金やねぇんか?」ニヤニヤと笑う六郎の適当な煽りにクロウが「それは知らないけど違う気が……」と止めに入ろうとした瞬間
「絶対そうよ! 多分アタシのこの杖を狙ってたのよ!」
リエラが断言してしまったことで、クロウの否定は風に流され消えてしまう。ちなみに暗躍していたのは確かにユルゲンだし杖も欲していたが、本命の狙いはリエラ本人だったので微妙にズレてはいる。
「新しい宗教を作るのに、アタシのこの神器を狙ってるんだわ!」
ズレてるが、目的を繋げられるのが莫迦の持つ特権だ。
「最近大人しいのは、アタシたちに【女神の冠】も手に入れさせるつもりなのよ」
大人しいのは目的がサクヤに変わったからだが、【女神の冠】を手に入れさせるのは当たっている。微妙に掠り続けるリエラの予想。
ユルゲンがリエラを狙っていた事など知らないクロウだが、やけに筋が通って聞こえるリエラの予想に、そして何時になくやる気になっているリエラに水を差さぬよう黙っている。
「もしかしたらお前ん黄金像も狙っとるかも知らんぞ?」
「はあ? 完全にアタシの敵じゃないの!」
ただ一人焚き付けている六郎だけは、暴れる理由になるトラブルが欲しいのと、リエラをおちょくるのが楽しいだけだ。
「そうと決まったら行くわよ!」
まだ何も決まっていないが、リエラの中では既に決定事項があるようだ。そしてそれに誰も反論など出来ない。
「まずは【女神の冠】を手に入れて相手の出鼻を挫くわよ」
高々と腕を挙げて進みだしたリエラ。その背中を見ながら
「……やりすぎてもうた」
「青年のせいだよ……」
苦笑いの六郎とクロウ。【女神の冠】はジン達に渡して興国の旗印にする事を覚えているのだろうか。そう言いたげなクロウの瞳に六郎が「知らん」とばかりに肩を竦めてみせた。
「信者一号と二号、早く行くわよ【リエラ教】に仇なす敵を倒すのよ」
振り返ったリエラの勢いに頷いた二人が
「いつん間にか信者にされてしもうとる」
「オジサンも」
ボヤいた声を秋風が攫っていく。
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