第119話 天罰と言えばやっぱり雷
登場人物
六郎:信じるのは己の力とリエラだけ。でもそれを本人に言うとドヤ顔されそうなので内緒。
リエラ:信じるのは己と六郎だけ。女神のくせにそれでいいのか。と言われたら「女神だからこそいいの」と返すハイパー我儘ヒロイン女神。
司祭:哀れな子羊
クロウとユリア:クラルヴァインの衛戍司令官と副官。お互いがお互いを認めあってる大人な関係。近すぎてそれ以上発展しない、周りから見てたらもどかしい二人。
☆☆☆
前回までのあらすじ
神を名乗るエセ毘沙門天をボコしたら、今度は神の使徒を名乗る奴らが現れた。
一つだけ言おう。お前ら程度で一話持たせられる訳がないだろ。馬鹿なのか。
☆☆☆
「なんじゃ? こん爺は?」
「さあ? 多分教会の司祭とかじゃないの?」
司祭を指差す六郎と、肩を竦めて司祭の頭にのった帽子を見つめるリエラ。二人を前に司祭は興奮を隠せないように鼻息荒く私兵に「絶対に逃がすな」と声を荒らげている。
六郎とリエラを取り囲むようにワラワラと集まってくる兵たち。ツヤの無い銀色の甲冑と白銀に輝く甲冑。そしてそどちらにも施されたアルタナ教の紋章――教会が有する教会騎士と兵たちだ。
どの教会にも数人は常駐しており、有事の際は司祭などの一存で動かすことが出来る。
……もちろん騎士や兵を動かした後には、詳細な報告などが必要だが……それでも異端者を追い詰めるために派遣する事は珍しくはない。
自分達を取り囲む教会の私兵に、六郎は退屈そうに盛大な溜息をついた。
「どげんする?」
「そうね。話くらい聞きましょう。一応アタシの信者だし」
肩を竦めるリエラに、六郎が「ま、エエわい」と再び溜息をついた。
完成した包囲の間から、出てきたのは兵に指示を飛ばしていた小さな老人だ。
「もう逃げられないぞ」
勝ち誇って笑う老司祭。その姿を見た六郎は「腹立つ顔しとるの。うっ殺してしまおうで」とボヤくが「ちょっと待ちなさいって」とリエラに叱られている。
「それで? 教会の司祭様が何の御用かしら?」
「何の用も何も決まっている。お前たちには異端の疑いがかかっている。我々と一緒に来てもらうぞ!」
老司祭が腕を上げると、それに反応して兵たちが槍を構えた。
「異端……異端ね……。派手な服で不摂生な身体。そんな奴に異端って言われてもね」
冷めきった瞳のリエラに、老司祭が一瞬たじろいだ。
「この服は女神様の威光を示すためのものだ。それに私には信者を導くという役目もある。飢えている暇などないのだ」
口角泡を飛ばす司祭に、リエラが「あっそ……」とつまらなそうに呟きながら視線を細めた。
「みっともない身体も、似合わない華美な服も、どれもこれもアタシの威光を傘に着てやりたい放題の結果ってわけね」
ポシェットから出した杖をクルクルと回して地面を一突き――リエラの周りを薄っすらと覆う真っ白な闘気。
「ギルティよ」
殺気の籠もったリエラの視線に、司祭が顔を青くし、兵たちが槍を持つ手に力を込めた。
「うっ殺してしまってエエんか?」
「必要ないわ。……自分の不始末くらい自分でするわよ」
薄く笑ったリエラが杖で地面を一突き――槍状にせり上がった地面が六郎達を囲む兵を貫いて持ち上げる。
その光景に老司祭が完全に腰を抜かしてへたり込んだ。
「あら? 誰一人として耐えられないの? 教会の兵は精鋭って聞いてたんだけど?」
呆れ顔のリエラがもう一度杖で地面を一突き――せり上がった地面から伸びる蔦が司祭を縛り上げて空中へと持ち上げた。
「や、やめろ! 何をする!」
暴れる司祭だが、リエラの出した蔦はビクともしない。
「く、くそ! これでも――」
血走った瞳の司祭、その手から放たれた光の矢がリエラに向けて襲いかかる――が、その矢はリエラの目の前で霧散していく。
「何今の? それで攻撃のつもり?」
完全に蔑んだ瞳のリエラがその杖を高々と掲げる。
「あまり趣味じゃないんだけど……貴方たちに己の立場ってものを教えてあげるわ」
膨れ上がるリエラの膨大な魔力に、六郎が「こらぁスゲぇわい」と笑いながら距離を取った。
「刹那を駆ける瞬きの旅人よ その荒ぶる槍を持って 我が前に立ちふさがる敵を穿て――」
青空が一転、空を覆う黒い雲に野次馬が恐れ慄き、司祭は「ば、馬鹿な……これは――」と青を通り越して真っ白な顔で呆けている。
「――神雷」
その言葉とほぼ同時、リエラの目の前で蔦に囚われていた司祭へ巨大な雷が降り注いだ。
それは一瞬。司祭の身体を通り抜け、地面を穿った一撃で、宙に縛り付けられていた司祭の姿は文字通り跡形もなく無くなっていた。
黒い雲が消え失せ、大通りは再び青空と陽の光に包まれた。ただそこにはいつもの喧騒はなく、風が抜ける音だけがやたら煩い沈黙が支配している。
「……まあまあね。派手なだけで大した事無いわ」
今しがた強大な雷を落として見せたリエラが、盛大なため息とともに六郎を振り返った。
「呪い付きん妖術は初めてやな」
呆れ顔の六郎にリエラは「まあね」と小さく笑った。
「本来なら詠唱なんて必要ないもの」
そう言いながらリエラが地面を叩けば、再び襲来した黒雲が空を覆い、もう一突きで先程より大きな雷が降り注いだ。
せり上がっていた地面に縫い留められていた教会の兵たちを焼き払い、地面を砕いて更地へと変えていく。
「ね? 要らないのよ」
六郎に向けてウインクするリエラの真後ろでは、今も天の怒りに焼かれたかの如く、地面から煙が立ち昇っている。
実際リエラにとって詠唱など不要以外の何物でもない。敢えて詠唱をしたことで相手に今から使う魔法がどんなものなのかを認識させただけに過ぎない。
神の雷とも言える魔法……否、奇跡。
教会において高位の神官が、数人がかりで発動できると言われている奇跡だ。かつて女神が魔王を調伏した際に使用した奇跡の一つとして伝わるそれは、今の時代では再現するだけで多大な犠牲を払う教会の切り札の一つでもある。
それを単体で使用する……それが消えゆく司祭の目にどう映ったのかは分からない。
だが確実に単なる異端者でないことだけは伝わっただろう。
そしてそれはこの場に詰め寄った野次馬にしても同様だ。
リエラの放った魔法の凄さが分からないまでも、それが異常なことだという事くらいは嫌でも認識できる。
だから今も慌てふためき、逃げ惑いながらも六郎とリエラに対して畏怖の視線を向けているのだ。
「雷さんもビックリやけぇ、そらぁ腰も退けるわな」
そんな状況に苦笑いを向けるのは六郎だ。
「いいのよ。それが目的でもあるし」
杖をしまうリエラに、「効果があるとエエけどの」と六郎が眉を寄せた。
リエラが敢えて詠唱や魔法を見せたのは、教会に所属する無辜なる信者に向けてという意味合いが強い。
野次馬がこの話を口さがなく広めれば、嫌でも信者の耳にリエラの存在とそれが放った奇跡が飛び込む事になる。
そうなれば、リエラと言う存在に神を見た信者の一部は無駄な争いなどせずに降るかもしれない。
もしかしたら更に「異端だ」と言われて追いかけられる可能性もあるが、どのみち異端審問官に追われ、教会全体が敵なのだ。何もしないよりはマシで、無辜なる信者が少しでも助かればというリエラの温情……いや、ニマニマと口元が緩むリエラを見た六郎が考えを改めた。
「お前……何か悪い事企んどるやろ?」
「は、はあ? 企んでません!」
リエラの上げた怒声に、落ち着きを取り戻し始めていた野次馬たちの肩がビクリと跳ねた。
「いんや。そん顔は悪いこと企んどるっち顔じゃ……」
リエラに顔を近づけ覗き込む六郎。その近さに「ちょ、近いわよ」と六郎の肩を押しながら赤ら顔を背けるリエラ。
「何企んどるんじゃ?」
「何も企んでないわよ!」
大通りの衆人環視の中見つめ合う二人……だがその会話の内容は褒められたモノではないが。
「躊躇いのねぇ坊主どもへん攻撃……見せびらかした神ん業……お前、もしかして――」
完全に目が座った六郎に、「ちっ、気づいたか」とリエラが盛大に舌打ちをこぼした。
「お前、
六郎の言葉にリエラは返答につまる。
馬鹿のくせに妙に勘がいい。
今のリエラの心の中はそんな気持ちで一杯だ。
このタイミングで六郎に気づかれたのは誤算だが、そのうち明らかになる事だとリエラは気持ちを切り替えた。
「別にいいでしょ。アルタナ教にはアタシの像どころか名前もないのよ?」
開き直ったリエラが頬を膨らませる。
アルタナ教は女神を奉じているが、その存在は【女神】とだけ称されて像の一つもない。【女神】に名前もないのだ。実際リエラも自分の本当の名前など知らない。己が世界の管理者で女神という認識しかなかったのだ。
であれば折角なら【リエラ教】に改名して、今生が終わった後も信者たちに自分という存在を崇めさせようと思ったのだ。
リエラを崇め【リエラ教】自体の構想は無いわけではなかった。ただ、曲がりなりにもアルタナ教も自分を奉ずる宗教なのだ。迷いこそあった。だかそこに教会と揉める事件が起きてしまった。
教会が襲ってくるなら、教会を叩き潰して【リエラ教】を作ればいいじゃない。
そう思いついたのはつい昨日のことだ。
「ホンにお前は……」
呆れた表情を見せた六郎だが、「ん? 像?」とその表情を怪訝なものへ。
「な、何でも良いでしょ――」
それに慌てたようなリエラが六郎の背を街の入り口へと――
「そういや、お前……あんダンジョンで手に入れた黄金ば何処にやったとね?」
ジト目で見つめてくる六郎に、「さ、さあ? 何のことかしら?」と顔を背けたリエラがパタパタと顔を扇ぐ。
「トマス
「な、何で知ってるのよ」
驚いた表情のリエラに、六郎のジト目が突き刺さる。
「お前……出せ」
ジト目のまま手を出した六郎に、「ぐっ」とリエラが後退った。六郎の言う通り、リエラのポシェットの中には、黄金で拵えた【リエラ像】が入っているのだ。いつか使うかもと準備だけはしていた。
「い、嫌よ。あれは御神体。軽々しく信者が――」
「だぁれが信者じゃ! 早う出さんね」
「ちょ、何処触ってんのよ! エッチ!」
六郎の手を叩くリエラだが、それで止まる六郎ではない。ポシェットに突っ込んだ手をゴソゴソ――「お!」――何かに気がついた様な六郎がその手を引き抜けば……出てきたのは黄金に輝くリエラの像だ。
陽の光を受けて輝くリエラの像。流れるような髪も、零れ落ちそうな程大きな瞳も、通った鼻筋も、形の良い唇も――そして膨らんだ胸
「おま……盛りすぎやねぇ――」
「こんくらいあるでしょ!」
杖を出したリエラが、そのまま六郎の頭を思い切り叩いた。
盛大な音が通りに響き渡り、恐れ慄いていた野次馬達も今だけは静かに。
頭を抑えて蹲る六郎と、頬を膨らませプンスコ怒るリエラ。
そんな二人に忍び寄る一つの影――
「あのさ……オジサン立場的に二人を捕まえないと駄目なのよ」
――額に青筋を浮かべたクロウが二人の間に割って入った。
「やること終わったんなら、イチャついてないで早く帰ってくれない?」
ヒクヒクと動くクロウの青筋と、それに連動するように大きく頷くユリア。そしてその更に後ろには――
「司令官、副官、危険ですお下がり下さい!」
集まってきた帝国兵達だ。
「分かるでしょ? あれだけ暴れたら兵が集まるくらい。ボクでももう止められないし、かといって兵を無駄死にさせたくないし……」
後ろを振り返らず待てのように手を挙げるクロウに、帝国兵達がその場で武器を抜いていつでも突っ込めるように構えをとる。
「だからさ……早く逃げてくれない? お願いだから」
クロウの言葉に顔を見合わせた六郎とリエラ。
「ホンならワシん願いも聞いてくれや」
笑う六郎にクロウが「再戦はなしで」と顔を引きつらせた。
「再戦やのうて、人を捜してくれ……」
「人?」
怪訝な表情を返すクロウに六郎が「応」と頷いた。
「ピニャやら云う
自分の腰より上を指す六郎に、「ドワーフ……かな?」とクロウが呟いた。
「……分かった。その鍛冶師を捜して連絡が取れるようにしよう」
「話せるやねぇか。次はちゃんと首ば綺麗に落としちゃるけぇ」
笑う六郎が、わざとらしくサーベルを振りかぶれば、クロウの前にサーベルを掲げたユリアが潜り込んで防ぐ。
「冒険者ロクロー、二度と殿下に関わらないで欲しいです」
「そいを決めるんは、アイツじゃろうて」
笑った六郎が後ろに大きく飛び退き、「リエラぁ、逃ぐっぞ」とその手を掴んで駆け出した。
「一番から三番隊までは犯人の追跡、残りの部隊は怪我人の捜索と現場の修繕に当たれ!」
ユリアの指示に「はっ」と短く返事をした帝国兵がそれぞれの任務にあたる。
それをボンヤリと眺めるクロウが、落ちてくっつけられた左手に視線を落として何度か握っては放してを繰り返した。
「痛みますか?」
「いや、全く……何事も無かったかのように快調だよ」
苦笑いをこぼしたクロウに「それは何よりです」とユリアが大きく安堵の息を吐いた。
「……行かないのですか?」
「行っていいの……?」
二人の耳に戻りつつある大通りの喧騒が響いてくる。
「後のことは万事お任せを。異端審問官はダンジョンへ派遣しますから」
笑うユリアに「街が汚れなくて何よりかな」とクロウも笑い、一瞬でその身を吹き抜ける風とともに消し去った。
「……ご武運を」
ユリアの呟きだけが、戻り始めた喧騒に掻き消されて消えていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます