第118話 神様とか信じるタイプのはず無いじゃん
登場人物
六郎:主人公。やりたい放題、暴れたい放題してきたツケか、よく分からない神に目を付けられ別の空間に拉致られた。……んだけど多分誰も心配してない。
エセ毘沙門天:六郎の羽織る振袖に宿った新たな神。毎回エセ毘沙門天って書くのが面倒なので『異形』と表記される可哀想なやつ。
リエラ:ヒロイン。ちょっとだけ六郎を心配している。ちょっとだけ。
クロウ:帝国の皇子にしてクラルヴァインの衛戍地司令官。六郎と喧嘩して腕を落とされた。
ユリア:クロウの補佐官。クロウが無事ちょっとホッとしている。内心六郎には戻ってきてほしくない……のだが、何となく五体満足で戻ってくるんだろうな。という予感がしている。
☆☆☆
前回までのあらすじ
クロウとの決着に水をさされた六郎。その存在に「帰れ」と吐き捨てたが、逆に異空間へ閉じ込められる羽目に。
……一つだけ言おう。連れ去る相手を間違えているぞ。全力で逃げることをオススメする。
☆☆☆
宙へ浮く異形へ向けて、六郎が右手に持ったサーベルを振り降ろした。
響き渡るのは耳鳴りのような高い音――
六郎の振り降ろしたサーベルが、異形から数センチ先で何かに阻まれるようにカタカタと震えている。
「硬えの……」
異形から距離を取った六郎が、サーベルを肩に鼻を鳴らした。
『無駄だ。小さきものよ。この空間は我が生み出したもの。我の――』
異形の言葉を最後まで待たずに、六郎が再び跳躍――上半身を捩じり、回転の力を背中から腰へと伝播させていく。
腰に溜まった力を一気に解放。
思い切り突き出した飛び後ろ回し蹴りで、空間に銅鑼のような音が響き渡った。
『無駄――』
その言葉も待たず、六郎は見えない壁を蹴って後方宙返りと共に着地。
着地の衝撃を膝でタメに変換。
音を置き去りにする踏み切りが六郎を運ぶ。
空間を震わすほどの力強い踏み込み。
射出のエネルギーがその一歩に集中
脚から腰、腰から背、背から肩――そして腕へ。
突き出した右正拳が、空間全体をビリビリと震わせる。
『無駄だと言っているだろう』
呆れた様な声が壁の向こうから響く。
「やかましか。
吐き捨てた六郎の切り返し左正拳。再び揺れる空間に、異形が面白くなさそうに口を閉じた。
黙り込んだ異形に、「おうおう、エエ子じゃ」と六郎が笑い、再び拳を振り抜いた。再び震える空間だが、先程に比べると震えが弱く、拳が当たった音も甲高い。
先程より明らかに固く頑丈になった壁。それでも六郎は変わらずそこに拳や蹴りを叩き込んでいく。
六郎が殴り、蹴る度に、見えない壁は強度を増すように空間の震えも、拳が当たった音もどんどん小さくなっていく――
遂に六郎の拳を持ってしてもビクともしなくなった頃、壁の向こうから再び異形が口を開いた。
『無駄だと言うことが分かったか?』
「そうじゃな……こんままでは、ちとキツイの」
手で顔をパタパタと扇ぐ六郎が、大きく溜息。
「壁くれぇなら、生身でもぶち破れるっち思うたんじゃが」
苦笑いをこぼした六郎が、肩幅に開いた脚を前後へ。
手の甲同士をすり合わせるように顔の前で腕を交差。
そのまま額付近まで上げた腕を勢いよく下ろす――
腰に当てた左手、肩の前に突き出した右拳。
構えのまま、六郎が静かに息を吐けば――
薄っすらと六郎を包み込む黒い闘気。
立ち上る湯気のようにゆっくりと、だが確実に大きくなっていく闘気を前に、異形が初めて焦った様な表情を浮かべた。
「まさか壁如きに、全力をぶつけねばならんとはの――」
笑った六郎が、表情を一転真剣なものに。
短く吐いた息と共に繰り出された左正拳突き。
何の変哲もない、ただの正拳突き。それが見えない壁に打つかった瞬間、ガラスが粉々に砕ける様な音とともに、六郎と異形を隔てていた壁が崩れ去った。
困惑した表情の異形を前に、六郎が「つまらない」という気持ちを隠す事なく鼻を鳴らす。
「リエラに聞いたわい。貴様はワシから生まれたんやろうが?」
六郎が言わんとしている事が分からないのか、困惑顔のままで黙ったままの異形。沈黙を是と捉えた六郎が更に続ける。
「ワシの残り滓ば集めたごたるんが貴様。そして貴様が作った壁。……本家本元、大本大本命のワシが砕けん道理はねぇの」
片眉を上げた六郎に、異形が三叉戟を構えてその表情を憤怒に変えた。
『傲慢なる者よ。神を畏れぬ者よ。よほど我直々の神罰を食らわされたいとみた』
「やかましか。なぁにが神じゃ、神罰じゃ。どの位置で物ば云いよんじゃ」
再び拾い上げたサーベルを肩に、六郎が盛大に溜息を一つ。
「悪いが、ワシは神も仏も信じとらん。寺に預けられたけぇ、貴様の姿形になっとるだけでだけで――」
サーベルの切先を異形へと向ける。
「――ワシからしたら貴様は、ただ神を語る物の怪と変わらんの」
『我をモンスターと蔑むか。愚昧なり、小さきものよ。貴様に神の何たるかを、貴様の矮小さを見せてやろう』
「そん言葉そっくり返すわい。たかが物の怪如きが神を語るなや。身の程を教えたるわ」
笑う六郎に向けて繰り出される三叉戟。
飛び上がり躱した六郎。
三叉戟の上を二、三歩かけ上がり一気に跳躍。
「首、寄越せや!」
首筋へ向けて振り抜いたサーベルに、異形が首を仰け反らせそれを躱す。
横薙ぎを振り切った勢いで六郎が左脚を繰り出す。
射出の勢い止まらぬ六郎の左前回し蹴り。
更に仰け反った異形の鼻を爪先が掠めれば、
ダメ押しの右後ろ回し蹴りが異形の鼻っ柱を――捉えようとした右踵が見えない壁に打つかった。
一瞬止まった六郎の脚。すぐさま壁を砕いたものの、その一瞬で異形は大きく距離を取り六郎を睨みつけている。
空振り距離の空いた六郎がそのまま地面へ――
「どうした? 神ば名乗るんに、人間風情の刃や蹴りに腰が退けとるぞ?」
――サーベルで肩を叩き笑う。
異形は気づいている。六郎の一撃を貰うのが拙いことに。
六郎は気づいている。壁を壊せた時点で異形をぶち殺すことが出来ることに。
それでも異形自身、まさか人間程度に遅れを取るとは思ってもいないようで
『ますます持って器として気に入った――』
したり顔の異形が片手の宝塔を掲げれば、空間を包む天井から無数の稲光が降り注ぐ。黒く禍々しい雷が六郎を射抜かんと轟音を立てながら襲いかかった。
全方位から迫る雷光を前に、六郎が口角を僅かに上げる――その身を再び黒い闘気が包んだ時、六郎の周囲で黒い軌跡が幾つも閃いた。
六郎に当たる寸前で掻き消された雷の雨。
「雷切……意外に大したことねぇの」と六郎が笑えば
『ありえん……』と異形が瞠目して固まる。
固まる異形を六郎が見逃すはずもない。黒い闘気を纏ったまま、その場で一回転――繰り出した横薙ぎが、黒い斬撃を飛ばした。
轟音とともに飛ぶ斬撃に、異形が目を見開きながらも三叉戟で受け止める。
黒い三日月に押されるように若干後退った異形だが、『小癪な』と三叉戟を力一杯振り降ろしてそれを霧散させ――たその視線の先には獰猛な笑顔で飛び上がる六郎の姿。
「はよう死ねや!」
再び薙がれるサーベルを、慌てて引き戻した三叉戟で受けた異形。
ぶつかるサーベルと三叉戟の柄がチリチリと火花を散らす。
不意に六郎が力を抜く――サーベルを押し戻さんとしていた異形の三叉戟が僅かに傾いた。
その僅かに出来た隙間に、六郎が宙を蹴って飛び込む。
音を置き去りにする程の速度の突き――何とか顔を反らした異形だが、その耳が吹き飛ぶ。
『ぐぅぅぅぅ』
痛みに仰け反る異形――その背後に着地した六郎がそのまま反転。
飛び出した勢いで、宙を浮く異形の足首を薙げば、アキレス腱が真っ二つに裂かれて黒い靄が吹き出した。
片足を上げ、痛む足首を見るように背を丸める異形。
そんな異形の真下から六郎が勢いよく跳躍。
屈む異形が気がついた時には遅かった。
六郎の飛び蹴りが異形の喉仏に突き刺さる。
喉仏へめり込む六郎――喉を押され、自然に下がってくる異形の顎先。
反動を利用した六郎が顎先へ向けて膝蹴り一閃。
下がった顎を強制的にぶち上げる六郎の膝蹴りで、異形の身体が後ろに傾いた。
『お、おのれぇ――』
バランスを崩しながらも異形が宝塔を翳せば、宙空に出現する無数の黒い焔。それが六郎目掛けて降り注ぐ。
黒い焔に包まれ燃え上がる六郎を見て、ニヤリと口角を上げた異形――だが
「
黒い火達磨から聞こえてくる余裕そうな笑い声。黒い焔に包まれた六郎がその場で回転――焔が霧散すれば、そこには黒い闘気に包まれた六郎。
闘気を纏った六郎が更に速度と力を上げ、異形の周りを飛び回る。
脚を払い、額に拳を打ち下ろし、尻を蹴り上げ、胸に飛び蹴り。
完全に横倒しになった異形の真上から、回転しながら落下する六郎のダメ押しの踵落とし。
空間全体が震え周囲にヒビが入るが、六郎の猛攻は止まらない。
倒れ伏した異形の胸を蹴ってもう一度飛び上がれば、その身に纏った黒闘気を右手サーベルに集約――まるで巨大な楔のようなサーベルを異形の胸へ迷わず投擲。
それが異形に突き刺されば、そこへ向けて再び六郎の踵落とし――震える空間に走るヒビが広がり、それは異形の身体全体にまで伝播している。
『……なぜだ。なぜ貴様には我の神罰が効かん。雷も焔も……なぜ貴様には通じない』
完全に空間に縫い留められた異形が、自身の胸の上にいる六郎へ忌々しげな視線を送る。
「当たり前じゃ。壁ん中に隠れ、戦う事から逃げとった輩ん刃がワシに届くか。戯けが」
溜息をついた六郎が、異形の胸に刺さったサーベルを引き抜いた――
「ワシに話を聞いて欲しいなら、身一つで真正面から来い。そん時はもうちっとマシな戦いが出来るかもしれんの……まあ次はねぇが」
――引き抜いたサーベルを黒い闘気が包み込む。
『解せぬ。我は神……神を前になんと不遜な――』
「やかましか。神なんぞ信じとら――――――いんや、一人だけおったの……」
笑う六郎に全身がヒビ割れた異形が怪訝な表情を返した。
「姦しい俗物な女神が。ワシが信じる神はそいつ一人で十分じゃ。その他はお呼びでねぇの」
振り上げた六郎のサーベルがヒビ割れから漏れ入った陽に煌めく。
「じゃけぇ、貴様は逝ねや。神様ごっこがしてぇんなら、他所でやるとええわい」
振り降ろしたサーベルが異形の首を落とす。それと同時にガラガラと音を立てて崩れていく空間は、異形首がの発した『おのれ……まさか我が喰われるとは』と言う恨み言すら飲み込み崩れていく。
霧散するように消え去った空間。残ったのは、どこまでも広がる青空と、フワフワと舞い落ちてくる振袖。そして――
「何かこらぁ?」
――六郎の手に残った、黒い塊。そこから溢れてくるのは清廉とは言い難いが力強い気配だ。
「ロクロー! 無事なの?」
塊を見つめる六郎の耳に届いたのは、リエラの心配そうな声音だった。
「問題ねぇの」
そんなリエラに手を挙げ、舞い落ちてきた振袖を掴んだ六郎が、バサリと音を立ててそれを肩に羽織る。いつもどおりの六郎に「も、問題ないって……」とリエラの不満顔が止まらない。
不完全とはいえ曲がりなりにも神と呼ばれる存在に連れ去られたのだ。「問題ない」の一言で片付けて良い内容ではない。
言外に含ませたリエラの表情に、六郎は仕方がないと小さく溜息。
「大丈夫じゃ。あん物の怪は首ば落としてぶち殺したけぇの」
笑顔を見せる六郎に、「は?」とリエラの素っ頓狂な疑問符が突き刺さった。
問題ないとは言っていたが、まさか神をぶち殺す、しかも首を落とすなど……理解が追いつかないリエラが、
「首……おとしたの?」
とポツリと聞き返せば、
「応。小生意気に上から物ば云いよるけぇ、ボコボコに殴って最後に首ば叩き落したったわい」
六郎はカラカラと笑い、その手に持っていた塊をリエラに渡した。
豪快に笑う六郎を前に、リエラは「は、はははは」と乾いた笑いが止まらない。六郎に手渡されたのは紛れもない神気を帯びた鉱物だ。つまり不完全とはいえ神を殺したというのは本当なのだろう。
あれだけ取り込まれるかも……と心配していた男は、まさかの神を殺してその存在を消してしまった。
神に喰われるどころか、神を喰らってしまった。
そんな男は思い出したようにリエラを振り返り
「そういや九郎ん奴はどうしたんじゃ?」
と小首を傾げている。
「……あそこ」
リエラが指差すのは、行政府へと続く階段。そこに腰を降ろしたクロウと彼を労るように横に座るユリアの姿。
六郎と異形によって切り落とされた腕は繋がり、顔色こそ悪いものの元気そうに「お帰り」と六郎へ向けて手を上げている。
「おうおう、元気そうやねぇか。腕もくっついたの……」
クロウへと近寄る六郎に、「そ、それ以上は近づかないで下さい」とユリアが立ち上がって腕を広げた。
「こおら、退かんね小娘。邪魔が入ったけぇ、仕切り直そうや――」
「いやいや、もうやらないからね?」
ユリアの後ろで顔を青くするクロウに、「なんじゃツマラン」と六郎が鼻を鳴らした。折角そのために腕もくっつけて貰ったのだが、相手にやる気がない以上楽しめそうにない。
「まあエエわい。今回は邪魔も入ったし興が削がれた」
クルリと反転した六郎が、「リエラぁ、そろそろダンジョンやらに行くぞ」とリエラの元へ。
「アンタが寄り道したクセに、偉そうに云わないで」
頬を膨らませるリエラを伴い、その場を後に――
「見つけたぞ! 異端者どもめ!」
――去ろうとした六郎とリエラを呼び止める声に、二人が振り返った。
赤紫の小さな帽子に派手な僧服――クラルヴァインの教会に務めている老司祭が私兵を伴って行政府前の通りにドカドカと入り込んできた。
「次から次へと……今日は阿呆ばかりよう釣れるの」
「大体アンタのせいだけどね」
二人の盛大な溜息は、再び戻ってきた騒がしさに掻き消されて消えていった。
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