第117話 人の喧嘩に首を突っ込んじゃ駄目

 登場人物とあらすじ


 今回は流れで省きます!


 ☆☆☆



 打つかり合う二人の修羅。その技の攻防で周囲に砂塵が舞い上がる。


 振り抜かれる短剣を躱した六郎が、カウンターに振り抜こうとした右手を止め、思い切り距離を取った。


「どうしたんだい?」


 薄く笑うクロウが持つ短剣が、ユラユラと陽炎のように揺らめいている。


「あんまま突っ込んどったら危ねぇっち思うてな」


 よく分からないが、長年の勘だ。完全に躱した筈の一撃だが、どうもそこから追撃が来るような気配を感じたのだ。


 そう答える六郎に「ふーん」とクロウが短剣を構え直した。


「ほら、来なよ。世界の広さを知りたいんだろ?」


 笑い手招きするクロウに、「ほたえなや小童が」と六郎が笑みを浮かべたまま一気に間合いを詰める。


 いつものように地面を砕く踏み込みとは違い、フットワークのような軽やかな踏み込みに合わせた右の二連ジャブ。


 爆ぜるような音で繰り出された二連撃。

 左右に頭を振るクロウの耳を掠める。

 続く六郎の左鉤突き。

 クロウの軍服を掠め、

 回転して繰り出された右の裏拳はクロウの前髪を揺らす。


 右手を振り切り回転途中の六郎に、クロウがカウンターの突き。


 ガラ空きだった体の死んだ六郎の土手っ腹に放った突き。


 完璧なタイミングのカウンターを、六郎は無理やり腰を更に捻りで背中側へと逸らす。


 背中へと逸れた一撃。

 交差する二人の身体。

 六郎の左腕が、クロウの伸び切った右腕を小脇に抱えた。


 肘関節が極まるより前に、再びクロウが六郎の後頭部へ向け手首のスナップだけで短剣を投擲。


 後方からの殺気に咄嗟に腕を離して回避に移った六郎。


 六郎の左耳から血が滴る。


「完璧に躱したっち思うたが」


 切れた間合いに切れた耳。


 滴る血を肩で拭った六郎が眉を寄せる。

 その視線の先では、再びフワフワと浮かんでクロウの手に収まる短剣。


「成程。……そん短刀からも妖術が出せるんか」


 六郎の質問を前に、クロウは黙ったまま短剣を構えた。


 完璧に躱した筈の一撃が耳を掠めた。つまり六郎の目算より短剣が太いということになるが、短い時間とはいえ何度も見てきている以上それはない。


 つまり六郎が言いたいのは、短剣の幅を風の刃で増していたという事だ。


「ワシん手ぇば斬ったんも、そん術理やな」


 六郎が開いて閉じる右手。既に止まった血だが、斬られた痕は今も赤黒く変色している。


「面白か……が、何故ワシん口ん中にある内に使わなんだ?」


 片眉を上げる六郎に、クロウはまたしても黙りだ。

 六郎が言っているのは最初の投擲を、口で白刃取った時の事だ。

 あの時使われていたら、少なくないダメージを負っていたのは間違いない。


 黙ったままのクロウを六郎が見つめる――


「なるほど。使わんではなく、使……持たんと使うんはみたいやの」


 笑う六郎に、クロウは内心で歯噛みしている。実際六郎の言う通り、クロウの持つ短剣は、クロウの魔力に反応して魔法を発動できる。

 だが、それは魔力を流し込むという必要があるため、手から離れている場合は少なくない集中を必要とするのだ。


 六郎に咥えられた時は驚きに加え、追撃のボディブローがクロウの集中を乱した。


 何とか集中を回復した時には、既に六郎の口から短剣は離れていた。


 確かに手から離れた場合の扱いに制限こそあるが、基本手から放す事の方が少ない。何より先程のような騙し討で、大体の相手は無力化出来る。


 ……普通は。


 騙し討を避けられ、まさか短剣の持つ弱点すらも戦いの最中で見破られるとは、流石のクロウもビックリと言ったところだ。



「ホント、馬鹿なのか賢いのか」


 クロウの苦笑いが六郎の予想が間違いではないと教えている。


「ま、そういう事。コレは特別製でねぇ」


 構えるクロウ、その短剣が薄っすらと緑の靄に包まれた。


「だからっ――」


 姿を消したクロウ。六郎の懐で、順手に持った短剣を振るう――

 それをいつもの感覚で躱そうと――した六郎が慌てて大きく距離を取った。


「――だからこんな芸当も出来ちゃうんだよねぇ」


 クルクルと短剣を弄ぶクロウ。その視線の先では、胸元の服を大きく裂かれた六郎の姿。傷自体はそこまで深くはないが、血が流れる程度には斬られている。


「……面白か芸当じゃが……


 笑う六郎に、クロウも「余裕ぶっちゃって」と笑みを返す。クロウの笑みは当然で――その場でクロウが短剣を振れば、六郎がその軌道を躱すように身を捩る。


 短剣を起点に魔法を発生させる。今クロウは短剣に風の刃を纏わせ、それを長剣のように扱っているが、その長さと太さはクロウの匙加減一つで自由自在だ。


 加えて――


「こういうことも――」


 放たれたクロウの突きを六郎が紙一重で躱――した六郎が吹き飛んだ。


「――出来るよ」


 クロウが放ったのは、伸ばした刀身を避けられた瞬間、爆ぜさせただけの力技だ。


 だが回避から反撃に移るために、紙一重で攻撃を躱す六郎にとっては、面倒極まりない攻撃でもある。


 吹き飛び転がった六郎が、「ちと面倒じゃな」と間合いを一気に詰める。


 六郎の振り抜かれた正拳。

 クロウのダッキングからのカウンター。

 真下から六郎を切り上げる逆手の短剣。


 それを身体を開いて半身で六郎が躱せば

 六郎の顔面付近で風が爆ぜる。


 爆風を嫌うように六郎が顔を傾け

 体重が乗ってしまった右足をクロウが刈り取る。


 クロウの足払いを無理やり側宙で交わした六郎――と同時に六郎がクロウの首元に右腕を差し込み固める。

 側宙の勢いを利用した逆さ首投げ。


 それを後方後ろ宙返りで威力を相殺したクロウ。


 未だ首に腕を回されたクロウが嫌がるように短剣を――六郎の太ももに突き立てようとした短剣が空を切った。


「ホンっと嫌んなるよ……人の技術をさ――」


 再び間合いの外から短剣を振るうクロウ。


 振り降ろし、横薙ぎ、突き、袈裟斬り――そのどれもが鋭く、並の相手なら躱すことすら出来ない一撃。


 だが六郎からしたら軌跡だ。


 繰り出される剣閃を躱し、爆ぜる風はそれに合わせて飛ぶ。着地した先に振り下ろされた剣閃を半身で躱せば、目の前で石畳が真っ二つに斬れ再び爆ぜる。


 その勢いで後方宙返りをしながら、同じように飛んできた礫を掴み、着地と同時にクロウへ放る。


 唸りをあげて飛ぶ礫をクロウが叩き落とせば、その間に六郎が間合いを詰めて振り抜いたクロウの腕を掴み上げて放り投げる。


 回転したクロウが着地と同時に風で爆発を起こして距離を取り、風弾や風の刃を混ぜた剣閃を繰り出した。


 幾つかが六郎の皮膚を裂くも、どれもこれも致命傷には程遠い。薄く斬れた手の甲を舐めた六郎がクロウに向けて獰猛に笑い


んクセに中々斬れるやねぇか」


 小馬鹿にしたように片眉だけを上げて見せた。


 笑う六郎の視線の先で、クロウの額に青筋が浮かぶ。

 完全に挑発と分かっているのに、我慢がならないようにクロウが一気に間合いを――詰めようとした瞬間、目の前に顕れたのは六郎。


「くっ――」


 慌てて突き出した短剣――に六郎が笑う。


 クロウ本人はカウンターのつもりだろうが、慌てて突き出した短剣に、身体がついてきていない。


 手打ちで突き出される短剣。

 左足を踏み込み、クロウの背中側へ回るように躱す六郎。


 その右脇にクロウの右腕を抱え込み――「ヤバっ」――蛇のようにクロウの肘へと巻き付け左手でクロウの肩を抑え込めば


「クソ――」


 肘と肩が極まったクロウを引き摺り倒すだけだ。


 完全に肩と肘を極められたクロウの身体が、地面に向かって傾く――中、クロウの左手から出た巨大な風玉が六郎を襲う。


 風玉に吹き飛ばされるように、クロウの肘から手を離した六郎。


 開いた両者の距離。

 右手を擦るクロウと、「まぁた服が破れてしもうたやねぇか」と溜息の六郎。

 対照的な二人の間に、野次馬の視線が集中する。


「時間もねぇし……そろそろ決着といこうかの」

「そうだねぇ――」


 迸る闘気が二人を包む――蜃気楼のように靄掛かるクロウ。そして――


 背後に巨大な異形を背負う六郎。


 その姿に集まってきた野次馬が騒ぎ立て、逃げ惑う。


「あ、あれが……」


 六郎の背負う異形を見上げるユリアの顔面が見る間に青褪めていく。その禍々しい気配に。その人智を超えた存在感に。



 踏み切ったのはほぼ同時だった。


 仕掛けたのはクロウ。

 的を絞らせないような、陽炎を纏う神速の突き。


 ユラユラと揺れて見え、間合いすら測れない短剣。

 だがそれに惑うような六郎ではない。

 見据えるのは切先ではなく、それを持つクロウの手


 繰り出された突きを冷静に見きった六郎が、クロウの右手首を鉄扇で叩く。


「ぐっ」


 痛みに顔を歪めたクロウだが、その手が緩んだのは一瞬だけで短剣は放さな――クロウの右手首を叩いた六郎は鉄扇を翻し、手首のスナップで今度はクロウの右手甲を思い切り叩いた。


 示指、中指、環指、その三つの骨に走る痛みに。

 思わず走った電気のような痺れに。


 クロウが思わず短剣を手放した。


 それを見て「一撃目で落とせるち思うたが」と六郎が笑うが、クロウからしたらどの道落としたのでアウトだ。


 クロウの手から落ちた短剣を、六郎の左足が思い切り蹴飛ばす。


 蹴り飛ばされた短剣が、唸りを上げ行政府の五階付近へ深々と突き刺さった。


 短剣を失ったクロウが、腰のサーベルに手をかけそれを抜き打――つ右手首を抑え込むのは六郎が左逆手に持ち替えた鉄扇。


 六郎の鉄扇を押し返そうと、クロウが右手に力を込める。

 その瞬間六郎が手首を返して鉄扇をクロウの手首内側へ滑り込ませた。


「なにを――」


 押さこまれた腕が一転、引かれるような形にクロウの思考が一瞬止まる。


 右手首に絡ませた鉄扇。

 突き出たサーベルの柄。


 それにクロウが気がついた時は遅かった。


 六郎は右手をサーベルの柄に伸ばし、左手の鉄扇に絡ませたクロウの右手を外へ払いつつ逆にクロウのサーベルを抜き去った。


 宙で煌めくサーベル。


 その軌跡に避けられないと悟ったクロウが、左腕で首筋を守りながら六郎の懐へ――


 サーベルの根元で捉えたせいか。着ている軍服の性能か。はたまたクロウの火事場の馬鹿力か。とにかく左腕の中程で止まったサーベルに、六郎が「やるやねぇか」と口角を上げた瞬間。


 サーベルを持つ六郎の腕に、背後から巨大な腕が伸びてきた。


 まるで六郎を補佐するようなその腕に、その場の全員が目を見開き息を飲む中、止まっていた筈のサーベルがクロウの腕に更に食い込んでいく。


 それがクロウの腕を断ち切り、首元へ――当たるその寸前で六郎がサーベルから手を放した。


 静まり返った大通りに響き渡る乾いた金属音。


 腕を落とされたクロウに駆け寄るユリア。

 失くした腕の痛みに耐えるように蹲るクロウ。

 勝手に動いた自分の手を見つめる六郎。


 大きく溜息をついた六郎が、背後を振り返った。


「リエラぁ、九郎ん腕ば治しちゃらんね」


 その言葉に頷くリエラを目の端に、六郎は視線を更に上へ――


「こおら戯け。誰がワシん喧嘩に手ぇ出してエエっち云うたんじゃ」


 睨みつけるその先には、宙に浮く振袖と、それを取り囲むようにくっきりと浮かび上がっってくる異形の姿。


 その口角をニヤリと上げ『――――』よく分からない言葉を呟き、手に持った三叉戟を六郎へと突き出した。


「何見よんじゃ。早う往ね。貴様キサンなんぞお呼びでねぇわい」


 睨みつける六郎の視線の先で、異形が三叉戟を地面に突き立てる――歪む風景が六郎と異形を取り囲んでいく。


「ロクロー!」


 叫ぶリエラの声に、六郎は視線と笑みだけを返した――「心配するな」と。





 歪みに取り囲まれた六郎。そこは目に映る風景全てから、色が失われたような灰色の世界だ。


『……褒めて遣わす。小さきものよ』


 そんな歪んだ世界に男と女の声が二重に響く。


『我の器として、十分に発達したその身体……我に差し出すが良い』



 片耳に小指を突っ込み、呆れた表情の六郎の前に先程と同じ異形がよりハッキリと現れる。


 三叉戟を六郎へと突き出し、不遜な態度で自身を見下ろす異形へ六郎が溜息を一つ。


「何云いよんじゃ戯けが。人ん喧嘩ば邪魔するだけやのうて、身体ば寄越せっちな? 寝言は寝て云え」


 六郎が地面に落ちたサーベルを拾い上げる。


「いや、エエわ。そん寝言も聞きたないの。一生醒めん夢に落としたるわい」


 獰猛に笑う六郎に、異形も『身の程を知れ。小さきものよ』と笑う。


「九郎ん首落としそこねたけぇ、貴様の首ばもらうぞ――」


 踏み切った六郎が、異形に向けて剣を振り降ろした――

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