第116話 こんなに長くなるとは思わなかった

 登場人物


 六郎とリエラ:歯向かうなら叩き潰す。もはや主人公というより悪の魔王と言った二人。


 クロウ:帝国皇子にして六郎の数少ない仲間(?)。現在絶賛仲間割れ中。


 ユリア:六郎とリエラに啖呵を切った才女。クロウを思ってのことだが、クロウが死地へと飛び込む結果になったことに少々後悔中。根は真面目で良い子。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 クロウくんあーそぼ!


 って訪ねたら、クロウの保護者に剣を向けられ、何やかんやあってクロウと六郎が戦う事に。

 六郎の異常性を知っているクロウ。突っ込むという事は勝算があるはずだが……



 ☆☆☆




 六郎へ向けて一瞬で間合いを詰めたクロウ。


 逆手に持った黒い短刀が音もなく六郎の首筋へと迫る。

 上体だけを後ろに反らし紙一重で躱した六郎が、クロウの顎先へ向けて右足を蹴り上げ――その視界の端で感じた違和感に足を止めて、バックステップ。


 六郎の鼻先を掠める短剣の切先。


っち思うとったが使えるんやねぇか」


 笑う六郎の視線の先では、順手に持った短剣をクルリと逆手に持ち替えたクロウ。


 逆手での頸動脈狙いが外れた瞬間、手先で器用に順手に持ち替えたクロウの横薙ぎ。

 単に振った刃を引き戻しただけ。重量の軽い短剣ならではの取り回しだが、そこに持ち換えを加えたクロウの一撃は、六郎のカウンターを止めるだけの効果はあった。


 逆手から順手――間合いに、六郎はバックステップで躱すしか無かったのだ。


「……この程度で感心して貰っちゃ困るよねぇ」


 クルクルとクロウの手の中で弄ばれていた短剣がピタリと止まる――音もない踏切がクロウの姿を消し、石畳の上で小さく旋風が舞う。


 六郎のように力強い踏み込みはない。


 間合いを詰めたクロウが再び六郎の左頸動脈を狙う。

 今度はダッキングで躱す六郎――の顔面に迫るクロウの左膝。

 鼻先に迫る膝をクロウの右側に潜り込む様な形で避ける六郎。

 回避の勢いでついた左膝に体重を載せ、左腕をクロウの右膝裏に滑り込ませる。


 片膝を上げ右足一本に体重を乗せていたクロウ。


 その体重の乗った右足を、六郎の左腕が思い切り刈り取る。

 崩れるクロウの体勢――がそれを許さないように、クロウの左手が地面を捉えた。


 軸足を刈り取られ、バランスを崩した筈のクロウだが、支えた左腕を支点に飛び上がりクルクルと回転して地面へ着地。


 それと同時に再び間合いを詰めてくる。


 突き出されるのは短剣の柄部分。

 逆手に持った手、その先で光る短剣の柄頭が六郎の眉間に迫る。


 迫る柄頭を前に、六郎が左逆手で腰の鉄扇を抜く。

 左逆手で抜いた鉄扇を腕に添わせ、

 上段受けの要領で短剣部分を上に打ち払う六郎。


 六郎の上を滑り逸れていくクロウの突き。


 それを上目に六郎が身体を反転。

 クロウの突き出された腕を掴んで一本背負い。


 宙に浮き上がったクロウ――がそれは六郎の投げに合わせて飛んだだけだ。


 六郎の腕から勢いよく飛び出し、再び開いた間合いの先で、クロウが地面にフワリと降り立った。


 そのクロウに向けて今度は六郎が接近。


 地面を割る踏み込み。

 繰り出される右鉤突きボディーブロー

 その一撃はクロウの左手に払われいなされる。


 崩れる六郎の体勢。

 クロウはいなした勢いそのままに回転。


 回転するクロウの逆手に持った短剣が六郎の後頭部へ――


 崩れた体。

 完璧なタイミング。


 六郎以外の誰もが、完璧だと思われたその一撃。


 それが六郎の頭蓋を突き破る―― 


 その瞬間、六郎の後頭部がクロウの視界から消え、逆にクロウの側頭部に衝撃が走った。

 様な格好でクロウの一撃を躱した六郎。

 その勢いで振り上げた左足が、クロウの側頭部を襲ったのだ。


 咄嗟に六郎の上を飛び越え衝撃を逃したクロウだが、着地したそこに迫るのは六郎が繰り出した追撃の蹴り上げ。


 顎先を掠める必死の一撃を、クロウは何とかバク転で躱した。


 距離を取ったクロウを前に、六郎は相変わらず楽しそうな笑顔だ。


「大した武器もないのに……嫌んなっちゃうよ」


 言葉とは裏腹。クロウも六郎に負けじと獰猛な笑みだ。


「阿呆。こん身一つありゃ何でん武器になるわい」


 それに笑い返す六郎が、腰を落とす。


 笑う二人の姿が消える――


 六郎が繰り出した蹴りをクロウが躱し、

 クロウのカウンターを六郎がいなす。


 クロウが掴んで六郎を放り投げれば、

 それに合わせて飛んだ六郎が、クロウを投げ返す。


 白昼の大通りで、舞い上がる砂塵。お互いの攻撃を真正面から受けず、受け流しいなす二人の神速の攻防で、周囲に巻き起こるのは旋風にも似た突風だ。


 そんな旋風を割って時折現れる組み合った二人の表情は、何処までも楽しそうで……





 サーベルの柄をギュッと握りしめて、そんな二人を眺めるユリア。ハラハラとした表情には、二人の様な楽しさなど微塵も感じない。どちらかと言えば、自分が暴走したことで二人が衝突してしまった事への罪悪感すら感じられる。


 ユリアとしては剣を抜き、相手に決別を言い渡すだけで退いて貰いたかった。それが気がつけば命のやり取りだ。

 クロウの強さは知っているが、六郎の異常さもよく知っている。それ故不安は一向に拭えない。


「……何て顔してんのよ。こうなる運命だったのよ」


 そんなユリアと対照的な呆れ顔のリエラが、二人の戦いから目を話さずにボヤいた。

 行政府へ続く階段へと腰を降ろして、頬杖までついているリエラに「あ、あなたは心配ではないですか?」とユリアが目を見開く。


「心配? そんなもの必要ないわよ。アイツが


 薄く笑うリエラに、ユリアは生唾を飲み込んだ。


「何故そこまで……」

「決まってるじゃない。アタシが信頼しなくて誰が信頼するのよ?」


 笑うリエラの視線の先、それをユリアも追う――そこにはクロウに放り投げられた瞬間、飛び上がり逆にクロウの腕を掴む六郎の姿。


 捻り上げ逆に投げ返す六郎に、クロウが苦虫を噛み潰したような顔をしながら同じように飛ぶ。


 切れた間合いは一瞬で、再び二人の姿が消え所々で拳や脚を打ち付け合う音と、鋭い風切り音だけが木霊する。


「アイツはね。このアタシが唯一認めたヒトなの。このアタシの隣に立っても良いと唯一認めたヒト――だから勝つわ」


 初めてユリアに視線を合わせたリエラ。そこにはただの小娘の戯言、と吐き捨てる事が出来ない妙な説得力がある。


「――で? あなたの信じるヒトはどうかしら?」


 自信に満ちた笑顔。ともすればその笑顔に負けてしまいそうになる。それでも――


「私の信じる方も、絶対に負けません」


 ――ユリアは負けじと言い切って、クロウの戦いに視線を戻した。


 その視線の先で、クロウが振り抜いた短剣が六郎の頬を掠める。


「そ。ならそんな物騒な物はしまって、見学なさいな。それとも……アタシと戦いたいって云うなら相手になるけど?」


 ユリア同様、戦いへと視線を戻したリエラが肩を竦めながら笑って見せる。そんなリエラをチラリと見たユリアが「いえ、遠慮しておきます」と頭を振ってサーベルを鞘へと収めた。


 ユリアは己が強いという事を自覚している。


 部隊でも副長を務めていた理由は、クロウに次ぐ実力者だからだ。己の腕が立つこと、そしてそれがごく一部の才ある者の中にあることも知っている。相手がミスリルやオリハルコン程度の冒険者なら、負けるつもりは更々無い。


 だが、目の前で今も「ロクロー、遊んでたらぶっ飛ばすわよ」と呑気な声援を上げる少女にはどうやっても勝てるイメージが浮かばない。


 その胸にチラつく木製タグは一体何なのか……。


 そう思えるほど、リエラから発せられる気配は異質なのだ。六郎同様、この世のモノではないかのような――


 過る不安を拭うように、ユリアは頭を振る。相手が誰であれ、それでもユリアはクロウを信じると決めた。ならば――


「殿下。いつまで遊んでおられるのですか。早くを出して下さい」


 ――やるべきは、クロウへ声をかけ尻を叩くことだろう。





 もつれ合った二人が、地面を転がる。下になったクロウが、六郎へ短剣を突き出せば、それを仰け反って六郎が躱す。


 僅かに空いた隙間にクロウが足を捩じ込み、六郎を押し飛ばした。


 間合いが切れた二人。その体中には土埃に切創、そして痣や擦り傷と幾つもの戦いの痕が見て取れるが、二人共まだ息は切れていない。


「準備運動はこんな物でいいかな」


 クロウを包む気配が変わる。周囲の温度が下がった思えるほどの殺気。


「さて……本気を出せって言われたからねぇ」


 構えるクロウの身体を蜃気楼が包む――


 クロウが指を鳴らせば、六郎へ向けて風の刃が三つ――


 高速で迫る刃を前に「そよ風やな」と笑った六郎が、霞む腕を振り回せば、それが発生させた衝撃波で風の刃が霧散する。


「……ったく素手で魔法を掻き消すなって話だよねぇ」


 腕を振り抜きガラ空きになった六郎の胴。その懐にいつの間にか潜り込んでいたクロウ。


 逆手のまま頸動脈へ振り抜かれる短剣。

 上体を反らして躱す六郎が、返しの一撃を塞ぐように振り抜かれたクロウに右腕を右手で抑え込んだ。

 腕が体の前で交差するクロウ。


「ガラ空きじゃ――」


 突き出される六郎の左鉤突きボディブロー――を前に「君がね」とクロウが笑う。

 抑え込まれたままのクロウの右腕――その先で短剣を器用に持ち替えたクロウが、手首のスナップだけで六郎の右側頭部へ向けて短剣を投擲。


 真っ直ぐに飛来した短剣に、六郎の顔面が殴られたように逸れる――


あふへえのあぶねぇの――」


 ――衝撃で顔こそ持っていかれたが、咄嗟に顔を反らし短剣を口で白刃取った六郎が笑いながら今度こそ左鉤突きボディブロー


「……バケモンだよねぇ」


 脇腹をかすめた六郎の拳から逃げるように、距離を取ったクロウが、苦笑いだ。


 頭に刺されば良し。仮に避けられても、左肩に刺さる軌道だっただけに、まさか口で掴まれるとは思ってもみなかったのだ。


「さぁて……形勢逆転じゃが?」


 短剣を構え笑う六郎を前に、クロウも「そう思うかい?」と笑みを返し指を鳴らした。


 その行動に一瞬眉を顰めた六郎だが、「――っ」と舌打ちとともに短剣を放り投げた。

 短剣を握っていた六郎の右手から血が滴る。


「……指くらい飛ばしたかったんだけどねぇ」


 クロウが笑い指を鳴らすと、短剣がフワフワと浮き上がりクロウの手の中へ――


「……面妖な。主ん短刀……普通やねぇの」


 薄っすらと切れた掌を何度か握りしめた六郎。六郎の問にクロウは黙りのまま、クルクルと短剣を弄ぶ。


「妖刀か……こりゃ面白くなってきたの」


 右手を前に構える六郎をクロウ同様の靄が包み込む。


「面白い? 相変わらずガキだねぇ……世界の広さを教えてあげるよ」

「教えてくれや。……こん世界ん広さやらを、ワシに見せてみろ」


 笑い合う二人の姿が再び消える――集まってきた野次馬の悲鳴を掻き消すほどの旋風が大通りを包み全てを舞い上げていく。

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