第114話 そろそろ目的の概要くらい話してもいいよね
登場人物
クロウ:帝国の皇子兼、クラルヴァインの衛戍地司令官。皇子ムーブの時は身だしなみを整えたイケメンにクラスチェンジする。
ユリア:クロウの副官。色々あったがクロウとは腐れ縁。クロウを一番理解する存在。
ユルゲン:クロウの叔父にして次期皇帝。年老いてから帝位につこうとするハッスル爺さん。
ジルベルト:ユルゲンお抱えの怪しい爺さん。
☆☆☆
前回までのあらすじ
異端審問とかいうフラグを速攻で回収した六郎とリエラ。穏やかだったクラルヴァインに再び嵐の予感が
☆☆☆
クラルヴァインの大通りに面した大きな石造りの建物。周囲のどの建物よりも立派なそれは今、帝国行政府クラルヴァイン支部と呼ばれている。
元々ギルバート商会の本部であった建物だが、商会が潰れ、クラルヴァインの行政府が焼け落ちた後、革命政府が政庁として使用していたものを、帝国軍が接収したのだ。
巨大な建物であったそこには、行政府は勿論のこと、衛戍司令室に与えられたフロアも存在する。
行政府の五階。ギルバートの元プライベートエリア。その長い廊下を急ぎ歩く二つの足音。騒がしい建物の中にあっても負けないその足音から伝わるのは、焦燥、怒り、そして――――幾ばくかの呆れだ。
「全く……一体全体何を考えておいでですか?」
「だからゴメンって。とりあえず小言は後で聞くから――」
そんな足音を体現するように、頭を抑えるユリアの横でクロウも同じ様に頭を抑えている。普段のラフな格好から軍服に着替え、髭と髪を整えたクロウだが、顔色は良いとは言えない。
クロウの顔色を示すように、普段は静かな衛戍司令室にも関わらず、今は上を下への大騒ぎだ。
理由は勿論――
「異端審問官と揉めるだなんて……」
ユリアの小言は止まらない。それもそうだ。大陸で最大の勢力を誇り、国家に対してさえ発言力を持つのが教会ことアルタナ教だ。
そこの異端審問官と揉めるなど、世界を敵に回したと言われても仕方がない。
唯一救いなのが――
「最早『クロウ』という人物は死んだことにするしかありませんね」
――クロウという偽りの人物で、その事態に遭遇したことだろう。
クロウとクラウスが同一人物だと知っているのは、この司令室でも元々の部下達だけだ。つまりクロウと言う隠れ蓑を捨てる代わりに、クラウスという人物は逃げることが可能なのだ。
隣で発せられたユリアの冷たい声に、クロウは一瞬苦虫を噛み潰したような顔に。
分かっていたことだが、他人にそれを言われると、ジンやサクヤをおいて再び逃げ出すようで気が引けてしまう。
今も引き摺る後悔を振り払うように、頭を振ったクロウ。
「とりあえず話の続きは後にしよう。来てるんだよね?」
司令室への扉に手をかけて、ユリアを振り返った。
「はい。もう既にご到着されています」
答えたユリアに頷くだけでクロウは司令室の扉を開ける。そこに居たのは、そわそわと落ち着きのない一人の老人だ。
赤紫の小さな帽子は司祭の位を表し、そしてリエラと比べると幾分派手な僧服には羽振りの良さが見て取れる。
そんな老人がクロウとユリアの入室に気づき立ち上がる。顔は緊張で強張り、吹き出す汗に混じるのは怒りか焦りか……
「すまない。お待たせした」
クロウは努めて平静に口を開き、司祭を通り過ぎながら執務机に向かう。そんなクロウを待ちきれないとばかりに
「こ、これは由々しき事態ですぞ?」
興奮気味に口を開く老司祭。
「そうだな。由々しき事態だ」
落ち着き払いながら、椅子に腰掛けたクロウが「とりあえず座られたらどうか?」と司祭へ着席を促した。
それに従いもう一度腰を降ろした司祭だが、それでも興奮冷めやらぬ司祭は、「フーフー」と荒い息とともにクロウを見ている。
「クラウス殿下……いや、今は敢えて司令官とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
「お好きなように」
興奮したまま目を血走らせた司祭と、先程までの焦りが嘘のように落ち着きにこやかなクロウ。
「殿下、此度の騒動……もちろん衛戍司令官として犯人捕縛へのご協力を願えるのですよね」
司祭が発するの怒気の籠もった声に、クロウは大仰に溜息をついてみせた。
「犯人……犯人ね。協力することは吝かではない。だが一つお聞きしても?」
目を細めるクロウの迫力に、司祭は真っ赤に染まっていた顔を白くしつつ頷いた。
「此度の騒動、異端審問官殿の民衆への暴行と拉致、これはアルタナ教が我々帝国と敵対するおつもりと考えて宜しいのだろうか?」
「そ、それはどういう――?」
「どうもこうも……異端審問官と言えど、法によって統治されたこの街で、勝手な理由で他人に乱暴を働き、あまつさえその身を拐かすなど許されないだろう?」
先程までの威圧を解いたクロウが、司祭に向けてニコリと笑い
「勿論、犯人の捕縛には我々帝国軍も協力を惜しまない。だが、此度の事件について、教会側からしっかりとした説明と確固たる理由を証明して頂けない限り、我々帝国としても協力することは難しいな」
ニコリと笑うクロウに、その後ろで黙って控えていたユリアは小さく溜息をついた。
クロウが言っているのは、
お前らのやってるのは他人の家に土足で入り込んで暴れたのと同じだ。
それをしないといけない理由を示せ。
それもフワッとした噂などではなく、確固たる物証を出せ。
そうでないと協力は出来ない。
という事だ。
教会相手に啖呵を切るには、ギリギリと言って良いラインだが、相手からしてもここは痛い部分だろう。
異端審問官は教皇直属の部隊だ。そんな人間が統治者の許可なくどこでも人を裁けたら、それこそ教会権力の横暴と言って差し支えない。
本来なら異端な考えを持って、国家や教会を脅かすような危険人物を取り締まるのが役目なのだ。
故に冒険者の「ただ神みたいなのを見たって言っただけだ」、という言う発言に繋がる。
勿論見せしめの意味合いも込めてこの様な事件が無いわけでは無いが、それでも必ず統治者の許可を取るのが慣例である。
教皇の権力を確固たるものにするため。
教会を利用して統治をしやすくするため。
両者の思惑が合致するからこそ、統治された場所でも異端審問官という特異な存在が許されているのだ。
「で? ユリアくん。教会側からそういった旨の連絡は?」
「はい。昨日騒動があった時までに、教会側からそういった旨の連絡は受けていません」
淡々と答えるユリアに頷いたクロウが司祭に向き直る。
「と、言うことだ」
笑んだクロウが司祭に向け続ける。
「教皇様と、統治者の合意なく暴れる異端審問官……お互いにこの事は知らなかった方が都合が良いと思うのだが?」
再びクロウから発せられた圧に、司祭は完全に縮こまっている。
その様子を見ながらユリアは内心安堵の溜息をついた。かなり力技だが、クロウの言う道理は教会側としても無視できない。
今彼らがやるべきは、異端審問官を独断で動かした人間の調査だ。
押し黙った司祭は何を考えているのだろうか。
ユリアがそんな事を思った時、司祭が笑みを浮かべながら懐を弄る
「おかしいですね? 此度のクラルヴァインへの異端審問官派遣は、貴方の叔父上、次期皇帝ユルゲン様からの依頼のですが?」
一枚の紙を取り出した司祭が勝ち誇った様に嗤う。
そこに押された封蝋を見たユリアとクロウの顔が強ばった。
それは――
「なるほど……確かに皇帝にしか扱えない印だ。ここは衛戍地と言えど、実質的な帝国領。統治者としては申し分ないな」
――帝国のトップが下したという事を示す証明書。
勝ち誇ったような顔の司祭。
苦虫を噛み潰したようなユリア。
そして――
その紙を見てから考え込むように、視線を彷徨わせるクロウ。
「殿下? どうされました? コレを見てもまだ協力できないと?」
「いや、次期皇帝の印があるのだ。協力を約束しよう」
考え込んだままだが、クロウは慌てることなく司祭に視線を向けて笑いかけた。
その言葉を聞いて勝ち誇った顔の口角を更に上げた司祭に、ユリアの視線が鋭く突き刺さる。敵意と殺気の籠もったそれに、司祭が怖気づいたように、「で、では犯人捕縛へのご協力を頼みますよ」と捨て台詞だけを残して部屋を去っていった。
司祭が去った後も、クロウは椅子に座り深く考え込んだままだ。
しばらく静かな時間が過ぎていく。じっと考え込んでいたクロウが漸く姿勢を変えた時
「……殿下。急にどうされたのですか? あのような小物に言われ放題とは」
待っていたとばかりにユリアが溜息と共に口を開いた。
呆れ顔のユリアに、クロウは「ん?」と視線だけを向けて、苦笑いを返した。
「小物って……可哀想に。まあ事実だけどさ」
背もたれに身体を預けたクロウが天を仰ぐ。
「まあ、どうせ死ぬからね。彼。……最期くらいはいい気分にしてあげようかなって」
笑うクロウに、ユリアが「死ぬ? 司祭がでしょうか?」と眉を寄せた。
「死ぬよ。……叔父上は潰すつもりなんだよ。アルタナ教を……嬢ちゃんと青年の力で」
☆☆☆
執務室の窓からユルゲンが見つめるのは、アルタナ教の大聖堂だ。
皇城の近くに立てられた大聖堂。そこには法皇を初め、枢機卿など数多くの教会関係者が今も生活を共にしている。
ユルゲン自信も長いこと通い詰めた懐かしい職場であり、この皇城よりも勝手知ったる庭のような場所だ。
そんな大聖堂を眺めながら、ユルゲンが口を開く。
「ジルベルトか……?」
音もなくユルゲンの背後に顕れたジルベルトが眉を寄せながら
「なぜ、クラルヴァインに異端審問官などを?」
ユルゲンの背中に問いかけた。
ジルベルトにはユルゲンの行動が理解できていない。六郎が異形を降ろした事など、とうの昔に知っていた。
そして六郎やリエラが【女神の冠】を手に入れる為に必要な事も知っている。
にもかかわらず、彼らを妨害するような一手を打った事が理解できないのだ。
「決まっているだろう……偽りの女神には、そろそろご退場願わねばならぬからだ」
大聖堂を眺めたまま振り返らないユルゲン。その瞳には何の感情も宿っていない。
「我らの目的は、真なる女神様の復活……その存在を隠し、偽りの女神を信奉する者共を一掃せねばならぬ」
振り返ったユルゲンの顔に、ジルベルトは息を飲んだ。一切の躊躇いのない表情は、かつてを共に過ごした仲間たちを見限るというユルゲンなりの覚悟の現れなのだろう。
「誰もが知らない。女神という存在の真意を……そして誰もが騙されている。偽りの女神に。私は……我々はそれを救わねばならぬ」
笑うユルゲンが、机に向かい歩き始めた。
「確かに既存の宗教体勢は壊す必要がありますが……何も今でなくとも」
「いや、今しかないのだ。今壊し、一度混乱の中に落とす必要がある……そうして初めて救いという物が、女神という存在が、真の意味で必要となる」
椅子に座ったユルゲンが引き出しから取り出したのは、二つの腕輪――【女神の腕輪】。
杖、衣、冠、と四対で神器と語られる最後の一つだ。
「……クラウス殿下、奴が邪魔する可能性は?」
眉を顰めるジルベルトの疑問は最もだ。六郎やリエラと親しいクロウならば、二人が教会と揉めるのを何とかして止めようとするだろう。
現に今当に、司祭を呼びつけているという報告を受けている。
「邪魔などしまい。いや、出来まい。あ奴は勘づく。私がアルタナ教を潰そうとしていることに」
笑うユルゲンが「あれは、あれで賢い男だ」と続ける。
「勘づくなら尚の事――」
「勘づくだけだ」
そう言い放ったユルゲンが腕輪を掲げ、その輝きに目を細めた。
「あれは賢い。賢い故に、動けん。動く事が出来ぬ。理由を探したがるのだ。賢い故に私の真意を探ろうと、これから始まる騒動への傍観を決め込む。アレはそういう男だ。可愛く賢い私の甥。賢い故に人の行動に理屈を探したがる。賢い故に人の真意を読み間違える。……己が最も情で動いている人間だと気づきもせず」
薄く笑い腕輪を置いたユルゲンに、「そこまで仰るなら」とジルベルトはそれ以上の追求を諦めた。
腕輪を撫でたユルゲンが、その輝きを名残惜しそうに引き出しへと戻した。
「悪魔のような二人が既存の女神という概念を壊す。そしてそれを調伏して――」
「我々が新たな女神を降臨させる」
ジルベルトの言葉にユルゲンが大きく頷くと、それに満足したようにジルベルトはその姿を僅かな影に溶かして消えていく。
残ったのは静寂と、降り注ぐ陽の光に照らされたユルゲンだけ。
「さて、始まるぞ……世界をひっくり返す狂宴が」
立ち上がるユルゲンが、もう一度窓の外をチラリと見た。長閑な秋風に乗って、遠くで鳥の声が聞こえてくる。その声にユルゲンが小さく笑うとカーテンを閉めた。
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