第113話 フラグ回収って早いほうが良いと思う

 ※教会で信仰される宗教の名前を【アルタナ教】に変更しています。特に深い意味はありません。


 登場人物


 六郎とリエラ:主人公&ヒロイン。魔王の首が手に入らなくてご機嫌斜めコンビ。今触ると危険。


 クロウとジン:人生最大の危機を切り抜けご機嫌なコンビ。今なら大体の事を許せると思う。


 ☆☆☆


 前回までのあらすじ


 魔王テラの首を持って帰ろうとして失敗しました。


 ☆☆☆




 四人がダンジョンから帰還したのは、まだ陽が高くなり始めた――つまり昼前だった。


 明るく四人を照らす太陽に、クロウとジンが眩しそうに目を細めれば、リエラと六郎は溜息をこぼした。


 折角魔王を倒したというのに、その手には何の成果もないままの帰還だ。六郎に至っては、この世界で唯一の刀まで折れている。

 ダンジョンに潜り損と言ってもいい状況に溜息が漏れてしまうのも仕方がない。


 反するクロウとジンの心は、高くなってきた陽の光同様晴れやかだ。


『アクセス権限プログラム』の進行度。

 魔王と相対して全員が五体満足という結果。

 そして、異端審問の回避。


 全てが順調に進む事態に、空に輝く初秋の太陽は二人を祝福してくれているのでは、と思えてしまうほどだ。


 夏の間に育ちきった草花を踏みしめる歩みは軽く、頬を撫でる風に混じり始めた秋の気配に口元が綻ぶ。

 漸く見えてきたクラルヴァインの灰色の城壁すら、クロウとジンには輝いて見えるから現金なものだ。


 頬を膨らませ、そしてツマラナそうにしていたリエラと六郎の二人だが、流石に街が見えてきた頃には機嫌も幾分か回復し、二人で「どっか食べに行くか?」、「いいわね」と街ブラデートの相談中だ。


 昼日中、出入りの多い城門前。秋に差し掛かったとは言え未だ高い気温。そんな中待たされていると言うのに、皆の心は吹き抜ける秋風同様穏やかだ。


 城門を守る兵士に向けて「お勤めごくろーさん」と、手を挙げるくらいには機嫌の良いクロウを筆頭に、四人は城門を潜り抜けた――。



「……何か変な雰囲気ね」


 開口一番、リエラの発言にクロウとジンが頷いた。


 六郎が齎した戰場モドキの荒れ果てたクラルヴァインとは違う。一見すると秩序が守られ、いつも通り賑やかな街に見えるのだが、どこかソワソワと落ち着きがない。


 視線がフワフワと宙を彷徨い、お互いをどこか信用できていない様な……皆が皆を疑い、同時に己の粗を隠すかのような――上辺だけの繕ったような表情が目立つ。


 そんな不思議な視線の多くは、他人を観察すると同時にある建物へ向けて注がれている――


「ギルドに何かあったのかねぇ?」


 ――視線を集めるギルドを、クロウが顎を擦りながら眺める。


 通りを過ぎる人。

 その場で会話を楽しむ人。

 露天で買い物をする人。


 様々な民衆が、チラチラと城門からほど近い場所に再建されたギルドの様子を気にしている。


でも来てるのか?」


 小首を傾げるジンに、「とびきりの問題児かもよ?」と笑ったクロウだが、何かを思い出したかのようにその笑顔が苦笑いに……。

 なんせ後ろにもその「」が居る。それも二人もだ。


 その事実にクロウは背筋を伝うものを感じるが、何となく振り返っては駄目な気がしている。


 何となく、この場を離れた方が良い。そんな予感がクロウの頭を掠めた時――


「疑心暗鬼ん視線……裏切りもんば探しとるごたる視線じゃの」


 嬉しそうな声音の六郎に、。他の三人が「裏切り者?」と振り返った。


「応。裏切り者じゃな……何の裏切りかは――」


 口を開いた六郎を遮るように、ギルドの大扉が勢いよく開き、一塊の集団が出てくる。


 暴れる冒険者を引き摺って出てきた集団――


 帝国兵とも都市国家連合兵とも違う甲冑姿。甲冑の上から纏ったフード付きの真っ白なコート。フードを目深に被り、全員顔こそ見えないものの、開けたコートから見える白銀に輝く甲冑の胸には太陽の中に輝く三日月の紋章――を表すシンボルが描かれている。


「教会騎士……」


 目を見開いて小さく呟いたクロウだが、それ以上にその騎士たちを率いている二つの影を見て生唾を飲み込んだ。


「……


 クロウと同じ様に生唾を飲み込んだジンの呟きに、クロウだけが真剣な表情で頷き返した。


 真っ白なコートを率いているのは、彼らと違い黒いコート姿の二人。

 折り返された襟や袖口に施された細やかな意匠、コートの中に見える内着、そして肩に当てられた革すらも全て黒く塗りつぶされているが、唯一彼らの背負った教会のシンボルだけが真っ白に輝いて見える。


 そんな黒尽くめのフード二人が引き連れる教会騎士が、暴れる冒険者を真上から押さえつけた。


「ってーな! 離せって!」


 口角泡を飛ばす冒険者だが、腕に浮かぶ青筋虚しくその身体はピクリとも動かない。


「……連れて行け。重要参考人だ」


 淡々と言葉を発する異端審問官の一人に、教会騎士が「はっ」と頷けば、その男を軽々と抱え上げた。


「くそ、離せって! おい誰か助けろよ!」


 冒険者達が喚くものの、通りを歩く住民は誰一人として目を合わせようとはしない。


 異端審問官……教会の教えに異を唱える者を、女神の存在を否定する者を、捕らえ尋問し根絶やしにする存在。


 彼らに睨まれること、それ即ち教会からの死刑宣告と変わらない。そんな存在と関わろうという人間などいるはずがない。

 誰もがその存在から目をつけられぬよう、


 ……そう。普段通りに。


 目をつけられたくないが故に、部屋に籠もってやり過ごそうなどと考えてはいけない。誰が密告するか分からないからだ。

 いつもの時間、いつもの場所、いつもの人……それら普通は、

 教会が派遣した死刑執行人が間近にいようとも、普段通りでなければならない。それから逃れるという事は、後ろめたいことがあると後ろ指さされても文句は言えないのだ。


 だから、民衆は普段通りに振る舞う。


 通りを歩き。

 世間話に花を咲かせ。

 商店で物を買う。


 今この時、この瞬間だけは全員が全員の監視者なのだ。



 だから――だからクロウもジンも内心ヤバいとは思っても、それをにも出さない。全方位様々な位置から投げかけられる監視の目。こういう時、人というのは恐ろしく敏感だ。


 ……告げ口が成功すれば、自分は神の信徒だと証明することが出来る。


 証明できれば、自分が異端を問われる事はない。


 自分の命が助かるのであれば、他者の些細な変化すら見逃さない。生存本能なのだろうか……とにかく人は誰かを犠牲にして自分が助かるとなった時、予想もしない能力と勘を発揮する。


 だから――



「離せって! ただ単に、?」


 ――冒険者達の上げる悲鳴など、聞こえてはならない。自分たちもその場にいたなど、ましてやがその中心だなどと、少しも素振りを見せてはいけない。


 そうしていれば、平穏のうちに今日が終わる。何もなく――


「あ、あの野郎だ! あの野郎が変な神を――」


 ――担がれる冒険者が、目聡く六郎に気が付いた。指を指す冒険者に、クロウは歯噛みしジンは六郎の目立つ外見を今だけ呪っている。


「女神様以外を神だなどと口にするな」


 淡々とした言葉だが、そこに含まれるのは明らかな殺意。


 異端審問官の一人が、担がれる冒険者の指を掴み躊躇いなくへし折った。響く音と野太い悲鳴。


「連れて行け」


 その言葉に頷き、遠ざかっていく悲鳴と教会騎士たち。残ったのは、未だ一〇を下らない教会騎士と、二人の異端審問官だ。


 確実にこちらを、いや六郎を見ている。


 黒いフードに視線を隠されているが、それでも感じる敵意の籠もった視線に、クロウもジンもなるべく敵対行動だけは取らないように――


「おうこら、ワシに用があるとやったら早う云わんね」


 ――後ろの問題児が炎を放り投げた。


「えー? あんな無視して御飯食べたいんだけど」


 それに油を注ぎ込むのは、もう一人の問題児だ。


 完全に敵対行動とみなされる発言。その事態に周囲は息を飲み空気が張り詰めていく――


「……そこの四人。我々と来てもらおうか」

「断る。要件も云わずに『ついて来い』やら云うな戯けが」


 腕を組んだままの六郎に、黒フード二人から殺気が漏れ始めた。


 剣呑とし始めた空気に、住人たちも身の危険を感じたのか、少しずつ遠巻きに――六郎達を囲むように少しずつ後ずさっていく。


「我々の要求を蹴るという事は……貴様ら四人、全員異端認定という事で構わないのだな?」

ん分際で、どの位置から誰に向かって物ば云いよんじゃ。主らん要求が何でも通るっち思うな」


 殺気がダダ漏れの異端審問官に対して、六郎は余裕の笑みで腕を組んだままだ。


「四人とも極刑だ」


 膨れる殺気を六郎が鼻で笑う。


「さっきから四人、四人と一纏めに云うてくれるが……毘沙門天ば降ろしたんはワシは一人ぞ? 後ん連中は関係ねぇの」


「それを決めるのは我々だ」


 いつの間に抜き去ったのか、黒フードの二人が短剣を逆手に腰を落として構えた。逃げようがない、避けようのない展開にクロウとジンも腰を落とし――


「やめとけや。主らは巻き込まれただけやろうが」


 それを制するように六郎が手を挙げ、「そうそう。これはアタシ達の問題」とリエラがその横に並んだ。


「庇っても無駄だ。我々が異端と認めたら、それ即ち罪なのだ」

「面白か言い草やな。まるで主らが黒云うたら、白でも黒になるやら云うごたるが?」


 一歩踏み出した六郎に、黒フード二人の殺気が膨れ上がる。


「そうだ。我々が黒といえば白も黒になる――」


 完全に臨戦態勢。膨れる殺気と溢れる闘気で黒フードの裾がヒラヒラと揺らめく。


「それはエエの。――」


 それを前に余裕で笑った六郎――その首筋に迫る神速の短剣――は六郎に届かない。


 首筋に短剣を這わそうと距離を詰めた黒フードの腹に突き刺さるのは、六郎の前蹴りだ。

 綺麗に決まったカウンターに、黒フードが口から胃液と血が――その背後から飛び上がるもう一人の黒フード。


 六郎へ向けて棒手裏剣を投擲。

 顔面に迫る棒手裏剣

 ブレる六郎の右腕。


 先程まで六郎へ迫っていた棒手裏剣が忽然と姿を消し、「なっ」驚愕の声を漏らした黒フード。

 その視線の先には、六郎の右手指の間に収まった棒手裏剣。


 六郎が右手を振り棒手裏剣を投げ返す。


 それを空中で撃ち落とした黒フードが、フワリとした軌道で瓶を投げつけると同時に着地とバックステップ。


 距離を取った黒フードに眉を寄せ、フワリと飛んできた瓶に視線を合わせた六郎。

 それを狙っていたように、黒フードが一瞬で間合いを詰める。


「なるほど」


 笑いながら瓶を遠くへ押し飛ばした六郎――が、カウンターの蹴りをと思った瞬間ガクンと足に感じる重み。


 最初に突っ込み、カウンター一撃で沈んだと思っていた黒フードAが六郎の足へいきなり組み付いたのだ。


 掴まれた足。

 迫る凶刃――を前に六郎が笑う。


 黒フードAが組み付いたままの足を強引に振り抜く。


「は?」

「え?」


 反応してももう遅い。高速で突っ込んできた黒フードBとAが打つかり響くのは骨の砕ける鈍い音。


 ピクピクと痙攣する黒フード二人に「おお、中々頑丈じゃな」と笑いながら近づく六郎。


「き、貴様! よくも――」


 漸く事態が飲み込めたのか、白フード達が武器を抜くが――その身体を地面から生えた蔦が一瞬のうちに取った。


「はいはい。あなた達もギルティね」


 リエラが杖で石畳を叩くと、地面がひび割れ亀裂が光り輝く――最近見たばかりのその光景にジンとクロウが言葉を失えば、一瞬で地面が陥没と隆起を繰り返し、その荒波に白フード達が残らず巻き込まれていく。


 金属が潰れる鈍い音。

 くぐもった悲鳴。

 ときおり吹き出す血飛沫。


 それらが収まった頃には、まるで最初から何もなかったかのように、まっさらな大地が残っているだけだ。


 それを見ていた六郎が「相変わらず派手よの」と笑いながら黒フードたちに近づいていく。


「黒は黒……白は白……そいは変わらん。もし変えるっち云うんなら――」


 黒フードの一人の頭を踏み抜く六郎。鈍い音とともに地面に血が飛び、ゆっくりと広がっていく。


「――云うんなら、力が足りんの。誰にも屈せん力ば持って出直してこい」


 もう一人の頭も踏み抜いた六郎が、「期待して損したわい」と小さく溜息をついた。


 白を黒と出来るだけの実力があるかと思いきや、そうでもなかったのだ。


「ま、こいつらの力って云うより、教会の権力じゃない?」


 肩を竦めるリエラに、「そんなんばっかりじゃな」と六郎が呆れ顔を見せた。


「あら? アタシはアタシ単体で白を黒に出来るわよ?」

「与太飛ばすなや」

「ムッカー! 本当ですぅ!」


 仕出かした事態の大きさなど何のその。固まるクロウやジン、そして恐れ慄く民衆を前にいつもの調子の六郎とリエラの笑い声が秋風に乗って明るい太陽の元、街に響いていた。

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