第112話 神様に感謝したくなることくらい誰でもある
登場人物
六郎とリエラ:主人公とヒロイン。規格外なうえ、自己中という歩く厄災のようなコンビ。気に食わなければ直ぐに「ギルティ」という神も仏もない奴ら。
クロウとジン:二人に苦労させられてるコンビ。帝国の皇子と亡国の近衛。因縁があるはずだが、主人公コンビのせいでそれも忘れられつつある……。
☆☆☆
前回までのあらすじ
魔王テラをいわしました。刀が折れたけど、良く考えたらこれって序盤で手に入った素材にしては息が長かったと思います。
☆☆☆
神殿内部を照らす黄色の炎より、強い
その焚き火を囲む――
笑顔の六郎。
ニマニマが隠しきれないリエラ。
完全に無の表情はジン。
そして――
「で、なにコレ?」
――事態のシュールさに耐えきれず、苦笑いで後ろを指差すクロウ。
クロウが指差す先には、大人二人分はあろうかという巨大な三つの獅子頭が仲良く並んでいる。
「何っち、寺やら云うモンスターん首やねぇか」
満足そうに笑った六郎に、「寺じゃなくてテラね。テラ」リエラが呆れ顔で突っ込んでいるが、クロウからしたら突っ込む場所が違うとでも言いたい所だろう。
「いやいやいや……それはしってるけど、そうじゃないでしょ? なんでここに? そもそも本当に首を持って帰るの?」
慌てふためくクロウ。その後ろにはボンヤリと浮かび上がる三つの獅子頭。中々にホラーな光景にも関わらず、
「あん真ん中んが一番エエ顔しとるの」
「ならアレはアタシんだからね」
そのホラー要素を指さしながら笑う六郎と、それをジト目で見るリエラ。
「ちょっと、ジンくんも何か言いなよ? このままだとオジサン達――」
クロウが勢いよく振り返る先では、
「この大剣……魔王の首をおとしたのに刃こぼれ一つないんだ……」
焚き火に照らされた大剣を見つめ「ウフフフ」と真顔のままで笑うジン。
完全に現実逃避モードに入った
「なーんでじゃ? 一番エエ首は武者働きんワシん物やろうが?」
「駄目よ。そういう約束じゃない」
「この大剣は凄いなー」
揺れる炎が照らすのは、完全に収拾がつかない仲間たち三人の姿だ。そんなどうしようもない奴らからクロウは視線をそっと逸し、揺らめく炎にさっき起きたばかりのバカみたいな話を思い出す――
☆☆☆
満足そうに横たわるテラ。
「さて……と」
その隣で膝を叩いた六郎が腰を上げた。
「おおいジン、すまんが――」
「駄目よ!」
ジンへ向けて手を挙げる六郎。そんな六郎とジンの間に滑り込んだリエラが、腰に手を当て頬を膨らませた。
「何も云うてねぇやないか」
「云わなくても分かるわよ! どうせ武器を貸せって云うんでしょ?」
腰に手を当てままのリエラがジト目で六郎を睨み「そしてそれで首を落とすんでしょ?」と口を尖らせる。
「分かっとるんやったらエエやねぇか!」
「莫迦ね! そんなデッカい首なんて持って帰ってもどうしようもないわよ」
頬を膨らませるリエラの言い分だが、それを聞くクロウとジンは、それどころではない。
使い途だの何だの、という問題どころではないのだ。
こんな大きな首、持って帰れば絶対に騒ぎになる。そしてモンスターの名前を言えば、その騒ぎは最近起こった革命どころの話ではないだろう。
魔王の首――それが示すのは、聖典の否定だ。つまり教会勢力に対して中指を立てるが如き行為なのだ。そうなれば問答無用で異端審問官が派遣される。
そして当然の如く異端審問官相手に暴れる六郎とリエラ……そうなれば相手は教会全体だ。
その未来を想像したクロウとジンが、「いや、リエラは教会側じゃん。今回は流石に無いわ」と今も頬を膨らませる僧衣姿の少女に一瞬の安堵を――
――ゴミばかり、よく燃えるわ――
――安堵を吹き飛ばすが如き高笑いの空耳が、二人の耳へと飛び込んできた。
リエラは僧侶。リエラは教会側。リエラは聖典の守護者……のはずなのに。リエラは教会側の人間のはずなのに……今もジンとクロウの二人の脳内では聖堂を破壊し尽くし最後に火を放つリエラが浮かんでいる――ちなみに高笑いで。
それを想像した二人がブルりと身を震わせた。
確実にトラブルの種だ。しかも特大の。大陸全土をも敵に回しかねない行為だが、この二人ならやりそうだ。いや、絶対にやる。
そしてそれは、クロウにとってもジンにとっても都合が悪い。
クロウは六郎を利用して次期皇帝の野望を打ち崩そうと。
ジンは、六郎達と協力して興国のキッカケを掴もうと。
それぞれの思惑があって、
現時点で二人は『リエラとロクロー』の仲間だと思われている。そんな中、『リエラとロクロー』が教会と揉めるという事になれば、自動的に二人もそこにゲットインだ。
もう一度身を震わせた二人が顔を見合わせ、どちらともなく頷いた。
「青年、首はやめとこう。邪魔になる」
「そうだロクロー殿。首よりテラが持っていた得物を貰ってはどうだろうか?」
リエラに加わり説得を始める二人だが――
「何云いよんじゃ? 首が一番の証明やろうが?」
――その証明する事が、一番タチが悪いと分かっていないのが六郎だ。
「折角首が三つもあるんぞ? 三人で一つずつ掲げて帰りゃエエやねぇか!」
六郎の言葉に、ジンとクロウが目眩を覚えたように眉間を抑えた。その脳内で再生されるのは、巨大な首を武器に挿して練り歩く六郎以下三人だ。
突き立てる中指の大きさが規格外だ。デカすぎてもう天にまで届くんじゃないかと思うくらい。
「アンタ莫迦でしょ?」
リエラの怒声に「よくぞ言ってくれた」と声には出さないが頷く二人。
「なんでアタシの分がないのよ! アタシも戦ったんだけど?」
前言撤回。こいつも馬鹿だった。それを思い出したクロウとジンは最早遠い目をして虚空を見つめている。
もう後は野となれ山となれ――そんな気持ちで二人のやり取りを見守るだけしか出来ないジンとクロウ。
「何じゃ? お前も首が欲しいんやねぇか」
ニマニマと笑う六郎に、眉を顰めたリエラが「はぁぁぁぁ?」と盛大な疑問符。
「首は要らないって云ってんじゃない!」
叫ぶリエラにクロウとジンが現実へと帰ってきた。おかしな方に振れたと思ったが、リエラは案外マトモだったようだと再び顔に血色が戻ってきている。
「さっき『アタシん分が』やら何やら云いよったやねぇか」
「それは手柄の話で、三人だけ手柄はおかしいでしょ?」
腰に手を当て口を尖らせるリエラに、「いや、ボクたちも首は要らないかな」とクロウがすかさず援護射撃だ。
「ほら見なさい。アンタだけよ、首が――」
「エエか? リエラ……ワシは何もただ首を落としてぇだけやねぇ。こいはお前のためでもあるんぞ?」
腕を組み堂々とした様子の六郎に、「首が為になるってどんな話だ」とは誰も突っ込めない。そのくらい六郎が放つ自信は揺らぎがないのだ。
「よく考えてみぃ。首ぞ? 魔王ん首ぞ? そいを持って帰りゃどうなる?」
横たわるテラを指差す悪い顔の六郎に「大騒ぎになるよ」と突っ込もうとした矢先、
「はあ? そんなもの、いつも以上に皆に気味悪がられるだけでしょ?」
呆れ顔で「莫迦じゃないの?」と言うリエラだが、クロウとジンからしたら「君も大概馬鹿だけどね」と突っ込みたくて仕方がない。
魔王の首を持って帰って「気味悪がられる」だけで済むはずがない。大騒ぎだ。完全に。「上を下へ」が比喩でなくなるくらいの……大騒ぎだ。
「お前はホンに莫迦やのう」
笑う六郎に、「だーれが莫迦よ!」とリエラが眉を吊り上げた。正直ジンとクロウからしたら、「馬鹿が馬鹿に馬鹿みたいな話の中で馬鹿って言ってる」という救いようのない構図だ。
「魔王殺しは偉業やら云うとったやねぇか。そん偉業ん証明には首が一番やろうが」
自信ありげに笑う六郎。確かにそれが証明するには一番だけど、証明したら駄目な事一番でもあるという現実。
「そんな偉業なんて証明した所で――」
「大騒ぎぞ?」
ニヤリと笑う六郎に「え? 知ってたの?」と言う表情を隠しきれないクロウとジン。
「魔王を倒した女神の再来っち」
六郎のしたり顔に「ですよねー」と少しでも期待した事が馬鹿だったかのように、クロウとジンが二人して膝をついた。
「皆がお前に『凄い』っち云うてくるんぞ?」
「わ、悪く無いわね……」
口角がプルプルと震えだすリエラだが、完全に騙されている。皆が言ってくるのは「怖い。コッチに来ないで」だ。
「皆がお前ん偉業を崇めて追いかけ回すんぞ?」
「ま、まあそんなモノなくても、崇められてるけど?」
ニマニマが抑えきれなくなったリエラに、この流れは拙いとクロウが慌てて口を開く。
「も、盛り上がってる所悪いんだけどさ……多分魔王の首なんて持って帰ったら、追いかけ回してくるのは異端審問官じゃないかな」
苦笑いのクロウを見るのは、小首を傾げる六郎とリエラだ。
「イタンシンモンカンっち何ね?」
「何でアタシが異端審問官に追いかけられるのよ。アタシを異端認定するような莫迦こそ異端じゃない」
二人の出した回答に、顔を覆うクロウとその肩に手を置き首を振るだけのジン。
諦めた二人の前で
「分かったわ。今回に限って首は許すわ。でも一番いい奴はアタシのだからね」
「まあエエわい……」
ジンを見るリエラが、「貸してやれ」と言う具合に顎でシャクる。それに気圧されたように大剣を六郎へと渡したジン。
嬉々としてテラの首を落とし始めた六郎――「鬣が邪魔やな」、「こん首はどないなっとるんじゃ?」――馬鹿デカい独り言にリエラが大きく溜息をついた。
六郎が首を落として、それを洗うのに時間がかかり……結局四人はまたもやこの謎神殿の中で一夜を過ごす羽目に。
☆☆☆
思い返してみても、バカバカしくなるようなやり取りだったが、それでも結果として地獄への一本道を歩み続けている事実は変わらない。
大きく溜息をついたクロウが、もう一度後ろをチラリと振り返る。
「とりあえず……情報操作と口八丁で切り抜けるしかないかねぇ」
ポツリと呟いた声は、弾けた薪の音に掻き消された。衛戍司令室を総動員しての情報操作と、あとは「あ、この二人アタマおかしいんですぅ」とでも言って切り抜けるしかないだろう。
そもそも誰も魔王の姿など見たことが無いのだ。獅子頭を三つ持っていった所で……所で……
「見たこともないデカい獅子頭が三つ……魔王テラ以外ないよねぇ」
ボヤくクロウの声は誰にも聞こえず、夜が更けていく――
『アクセス権限プログラム……権限観測基準の撃破を確認。第一級指令に従い魔王テラの還元に移ります――』
静かに三つの首が無くなっていた事に気が付いたのは、焚き火が完全に消え全員が寝ぼけ眼を擦る頃だった。
六郎とリエラが頭を抱え、クロウとジンが本気で女神に祈りを捧げたのは、言うまでもない。
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